エピローグ
研究室の扉が静かに開けられました。兄が入って来るのが見えます。兄の顔は憮然としたものでした。何しろ兄の実験は未だ道半ばであり、その完成を待たずわたくしは目覚めてしまったのですから。
「お前を至高の存在にしようと思ったのに。私の想いをお前は無碍にしようといのかい」
家族であったとしても、これは許せる発言ではありません。
「マイケル兄さんの独り善がりの為に、どれだけの生命を奪えば気が済むのですか。兄さんの願いが叶うという保証は全く無いのです。仮にその保証があったとしても、兄さんの行った事は人として犯してはならない罪で弁解の余地は何一つありません。兄さんは、兄さん一人ではどうやっても償い切れない罪を犯してしまったのです」
わたくしの話を聞いた兄は、今迄見せた事の無い傲慢な表情を露にしました。
「そんな他人の命など、お前に比べたら塵芥も同然。幾ら使い捨てられようとお前を至高の高みへと押し上げる為ならば、喜んで抛つべきだ」
矢張り、話の通じる相手ではありませんでした。
わたくしは、兄の正気を取り戻す事は諦めました。たとえ取り戻せたとしても、これからする事にかわりはありません。兄の罪は、もうたった一つの世界の法律では裁けないものなのです。せめて正気に戻って、その罪深さを自覚し悔いて欲しかったのですが。無理です。
わたくしは惜別の眼差しを兄に向けました。
「アウェイクン」
ここにある装置はわたくしの思考で操作できる様になっています。
兄の意識を狭間へと追い遣ります。
「ヴァニッシュ」
兄の身体を消滅させます。兄の意識は世界の狭間で孤立しました。ゾーイさんの経験を少しでも味わって下さい。
本来ならここで、わたくし自身も消滅するつもりでした。その上で兄とわたくしがアイソレーションされるようにするつもりでした。
ですが、わたくしは、わたくしを想ってくださる方々の為に、選択を変えました。
「インカーネーション・トゥ・ディノス」
そう、わたくしは、兄の意識をディノスの一頭へインカーネーションさせたのです。兄が、自ら行ってきた事を、自ら体験させる為に。兄は永遠に死ぬ事もなく老いる事なく、この世界が滅びるまで一頭のディノスとして生きなければなりません。
兄が乗り移ったディノスが激しく喚きながら暴れよとしますが、アルパ・ディノスは難無く下していきます。ディノスの群が、兄ディノスを取り囲みます。アルパは群を率いて、兄を連れていきました。わたくしもその後を追います。
ディノスの群れは、【太陽の埋められた丘】という名前のこの地の、深い深い遺跡の地下へと消えて行きました。
わたくしはそれを見送ると、研究室へと踵を返しました。後ろから一頭のディノスの遠吠えが聞こえた気がしますが、わたくしは振り向きませんでした。
わたくしには、未だしなけらばならない事があるのです。兄に向ける気遣いを他へと向けなければならないのです。
研究室へと戻ったわたくしは、端末に表示されたファイルを開いていきます。
【天空の監視者】
【生命の接吻】
【大地が眠る間に】
【赤い雨】
【太陽の埋められた丘】
最後のファイルは既に終了しました。残る四つのファイルに記された計画を実行していきます。一つ一つ間違いの無いように実行に移して行きます。
【天空の監視者】を終了しました。
ラウさんマリアさん。どうですか。うまくいってますか。天からの眺めは如何でしょうか。ルシエラさん、ベルさん、イザベルさん、おふたりを見守っていてくださいね。
【生命の接吻】を終了しました。
キュベレイ9さん。目覚めのキスはありましたか。まだ気が早かったでしょうか。ゾーイさん、近縁世界のミードさんやキュベレさん、ロイさんは見付かりましたか。
【大地が眠る間に】を終了しました。
ヴィーさん。無事目覚められましたか。動力パックは届いてますか。無茶はしないで下さいね。絶対ですよ。約束ですからね。ルウさんと仲良くしてくださいね。
【赤い雨】を終了しました。
ノアさん。ノアさんが今必死に抑えているその感情は、ノアさんにとって絶望でもあり希望でもあります。そして、それを浮びあがらせてくれる心の涙が赤い雨ではないかと。
ノアさんは絶望的な状況でも希望を見付ける事を諦めませんでした。ノアさんの赤い雨がノアさんを導いてくれる事を願います。
キュベレイさんの装置一基と動力源を、ノアさんの世界がどうしてこうなってしまったのか、全ての情報も含め残しています。
どのように使おうとノアさんの自由です。わたくしは、ノアさんのどの様な行動も絶対支持します。
すべての役目を果したわたくしは、未だ自身が受けるべき罰を受けていない座り心地の悪さを味わいながら、一人シルフのメッセージを読み返しています。
わたくしがこれから果さなければならない償いを考えながら。
わたくしが全ての償いを終えるまで待っていてくれると嬉しいです。
それまで皆さん。さようなら。
終
最後までお読み下さいました皆様、本当にありがとうございました、
これにて「メイデンス・イン・Dワールド」シリーズ完了となります。
いつかまた、別の作品で出会えますように
でわでわ




