13.偽聖女と教育
明朝、静かに眠る王子の耳元でけたたましい目覚ましの音が鳴る。
王子は不機嫌そうに目を覚まし、そばにいる私の存在を認識した。
「おはようございます。いい加減起きてください寝坊助さま?」
「おはようって、まだ6時ではないか……」
王子の意図しない目覚ましはもちろん私が準備したものだ。
普段より早い起床時間に不満があるようだが、甘えさせるつもりは毛頭ない。
「早く着替えを済ませてください。それともお手伝いが必要ですの?」
「いらん。朝食の準備はできているのか?」
「朝食ならその辺のパンでも齧っておいてくださいませ」
「扱いがぞんざいだな……? 使用人はどうした?」
王子はようやく思考が定かになってきたらしく、的を射た質問をしてきた。
本来王子を起こすのも朝食の準備をするのも使用人の仕事だ。
それがこの場にいない理由は……。
「居ませんわ」
「……は? いないって全員?」
「ええ。全員に暇を出しましたの」
「生活はどうするんだ」
「そんなもの自分でおやりなさい。自分のことは自分で、それが普通というものですわ」
「自分でって……」
何故王子である俺がそんなこと……と言った不満めいた顔で訴えてくる。
しかし私も反論する。
「普通の幸せが欲しいのでしょう? なら普通の苦労も知るべきですの」
「それは……その通りだな」
「はい。だからこの同棲生活でみっちり教育させてもらいます」
こうして王子リュカ・ノーブルの教育計画がスタートした。
「まずは洗濯ですわ」
「洗濯? 服はどこだ?」
「殿下が着るようなお高い衣類は素人が洗濯すると生地がダメになりますの。私達がやるのはベッドシーツだけにしておきますわ」
洗濯の方法は手洗い、少々原始的だが貧乏人の苦労を知る丁度良い機会だろう。
外干しまで終了し次の作業へ移行する。
「屋敷の掃除をしますの」
「掃除か……」
「汚れるのが嫌だと顔に出ていますわよ。全ての汚れ仕事を他人に任せるような心の汚れた旦那様はいりませんの」
「わ、分かったから」
用意した道具の中から王子がモップを手にしようとしたところで私は制止する。
「待った、床掃除は後ですわ。まずは窓拭きから」
「む? 床の方が汚れているだろう」
「掃除は高いところからやるんですの。床掃除後に上から埃を落としては二度手間になるからですわ」
「そういうものか……」
言われるがままに王子は濡れ雑巾を手にする。
ごねると思っていたが案外聞き分けは良いらしい。
そうして教育計画午前の部が終了した。
「昼食の準備をしますの」
「料理もできるのか」
「そのくらい当然ですわ」
昼食のメニューは簡易的にサラダとシチュー。
包丁の扱いだけ軽く教え、火を扱う部分は隣で見て貰うだけにした。
「味は大したことないな。特別旨くもない」
「それも当然ですわ。普段あなたが食べているのは高額の賃金で雇ったプロ、私のような素人が敵うはずもありませんの」
「そうか……」
「不味いなら捨てればいいんですの」
「別に、捨てるほど不味くはない」
「……ふん」
一々態度が癪に触る男だ。食うなら黙って食え。
心の中で悪態をついていると、私に聞いてきた。
「二つほど質問しても良いか」
「ご自由に」
「貴族の娘がどうしてここまでできるんだ?」
「ああ。私は聖女になる予定ではなかったので花嫁修行は一通り覚えましたわ」
将来の予定がないとはいえ、ルベリオ家のような名家の端くれはいずれどこかに嫁ぐことになる。
そのため子供の頃に教えられるのは一般教養、淑女としての作法、そして生活の知恵だ。
どれも身に付けはしたが、楽しいと思えなかったので最低限しか覚えていないが。
「なるほど……ではもう一つ」
「どうぞ」
「俺のことが嫌いなんだろう? 何故こんなに構う?」
流石に態度に出ていたか、まあ気付かれても然して問題はないが。
構う、というのは今日の教育計画のようなことだろうが。しかし理由か……。
「ええ、嫌いですわよ。姉さまの気分を害するようなお馬鹿さまのことは」
「相変わらず姉のことを好いているのだな……」
「けど貴方も劣等感を感じる程度には姉さまの素晴らしさを理解する頭があるようなので。救いようのある馬鹿だと判断しましたわ」
世界には2種類の馬鹿がいる。
姉さまの素晴らしさを理解できない馬鹿と、この男みたいに理解だけはできる馬鹿だ。
理解できるのであれば正常な感性の持ち主とみなし、最低限もてなすつもりだ。
いずれ姉さまを崇めるよう洗脳……もとい教育することも可能だろうし。
「馬鹿か……確かにそうかもな」
「反論しないんですのね」
「ああ。いくらグレイシアが結婚したくないほど苦手だったとはいえ、過ぎた口出しもあったと今は自覚している」
それほど長時間共にいた訳ではないが、どうも王子の性格が柔らかくなってきているように感じる。
これは教育の成果と言って良いのだろうか?
「ふーん……まあ後悔があるならまた会ったときにでも謝ってくださいな?」
「そうだな、ありがとうフェリシア。俺は……」
感謝と共に何かを伝えようとする。
しかしその声は大きな破砕音に掻き消された。
音源は屋内ではあるが室外、今のは窓が割れる音?
「今のは何の音ですの……?」
「分からない。様子を見てくる」
席を離れ、室外の音源の方へとゆっくり歩いていく王子。
姿が見えなくなってからしばらく経ち、私も様子を伺うことにした。
「殿下? そちらに何が……?」
「来るな! 扉を閉めろ!」
「? わ、分かりまし……」
「おっとそうは行かない。それ以上動くなよ、動けば王子の首をへし折る」
室内に侵入してきたのは王子の首に腕を回した大男だった。
後ろからも5人ほど同様の体格の男が現れる。
「お前が聖女だな? 一緒に来てもらおうか」
ここは現在王子と聖女が同居している屋敷。
そこへ侵入してくるということは、この男達は俗に言うテロリストというやつなのだろう。
第一章終了まで残り5話となりました。
毎日投稿も一旦そこで区切りとなります。




