12.偽聖女と婚約者
遂に迎えてしまった憂鬱な日。
王子リュカ・ノーブルとの2週間の同棲生活初日だ。
同棲の目的は偏に私達の親交を深めるため。
元々王子は二十歳になると同時に結婚する予定だった。
しかしその一年前にして婚約破棄、そして新たな聖女である私と婚約することになった。
初対面というわけではないが、お互いほぼ話したこともない間柄。
結婚までの一年以内に仲良くなれとの王の指令が今回の同棲生活に起因している。
「第一王子のリュカ・ノーブルだ。正式な挨拶もできていなかったからな。しばらく共に過ごせることを嬉しく思う」
「こちらこそ挨拶遅れて申し訳ありません殿下。先日聖女の任を授かったフェリシア・ルベリオと申しますわ」
第一印象はまともな王子、私も礼儀正しく返答する。
しかしその礼儀も形だけ、私は既にこの男の正体を知っているから。
「筋肉女は愛せない」なんてふざけた理由で婚約破棄を求め、多くの人間に迷惑をかけた我が儘王子。
今更良い子ぶっても私は絶対にこの男を愛せない。
姉さまの魅力が分からない男と分かりあえるはずがない。
それなのに……。
「簡易ながらもてなしの準備をさせてもらった。お口に合うと良いのだが」
「お気になさらず、食欲がありませんので」
「では散歩に行かないか? 屋敷の庭園は隅々まで手入れさせておいたから見応えあるぞ」
「お気になさらず、長距離の移動で少し疲れていますの」
「ではマッサージなどはいかがだろうか? こんなこともあろうかと一流のエステ師を雇っておいたんだ」
「お気になさらず……」
うん。う☆ざ☆い。
おかしい、姉のグレイシアに会いに来ていた頃も疎ましく思っていたが、今この男に感じている嫌悪感はまるでベクトルが違う。
例えるなら以前は鬱陶しく飛び回る小さな羽虫だったのが、今や足元にすり寄るゴキブリのように思える。
吐き気を催すほど気持ち悪い。
「あの……何が目的ですの?」
これ以上続けられたら堪ったものではないので直接聞いてみることにした。
私の質問に王子はかなり渋っていたが、やがて返答してくれる。
「……詫びがしたい」
「お詫び?」
「俺はグレイシアと結婚したくなかっただけなのに気づけば大事になっていた。君には偽の聖女なんて嫌な役目を押し付けてしまって。本当にすまない」
王子の頭の辞書に謝罪の二文字があったことに感心する。
けどおそらく本心ではないのだろう。
自分から謝るのは業腹だが結婚するからには遺恨を残したくない、といったところか。これはそういう男だ。
結局人間は簡単には変われない、特に誰かのためではなく自分のためだけにしか動けない者は。
けど良い機会だ。少し弄ってやろう。
「わざとじゃないから許してくれ、そう言いたいんですのね?」
「そんなつもりは……! いや、今のはそう聞こえても仕方ないな。重ねて謝罪する」
「一つ気になるのですが、私に謝罪できるのであれば何故その気持ちを少しでもグレイシア姉さまに向けられなかったんですの?」
「それは……」
「一方的に縁を切って謝罪なし、それどころか最後まで憎まれ口まで叩く始末。私なんかよりずっと優れた姉さまのどこにご不満があったのか、参考までに教えてもらえますの?」
ねちねちと王子の小物臭い過去を指摘する。
プライドの高い彼のことだから、怒って私にも婚約破棄を突きつけてくるかもしれないな。
なんて考えていたが私の予想は見事に外れ、意外な答えが帰ってきた。
「ああ……グレイシアは本当に優秀な女だった。俺は知恵でも剣技でも勝てず、当然腕力も勝てん。惨めだったよ……」
「当然ですわね。競う相手が悪いとしか言いようがありませんわ」
「婚約相手があんな化物でさえなければと何度も思ったよ……圧倒的な才能と生理的に受け付けられない筋肉。俺はグレイシアの隣で生きることに耐えられなかった。俺の存在が霞んていく気がして……」
短絡的な馬鹿だと思っていたが、私の想像よりは繊細らしい。
受け入れる度量がないだけで理解する能はある。
だが折角広い視野も下らないプライドが台無しにしてしまっている。
「本当に身勝手ですのね。理由の全てが我が身可愛さなんて」
王子の存在がちっぽけすぎて言葉を選ぶのも面倒になってきた。
それに気づいたのか、王子もまた苛立った表情で反論する。
「そんなに悪いことなのか? 我が身が可愛いのは当然のことだろう。王子が普通の幸せな結婚を望むことは悪なのか?」
至極全うな疑問、本人はそう思っているのだろう。
けれど私は心底辟易した。
一丁前に屁理屈並べて、本当にうっざい……!
「そういう殿下こそ、普通の幸せをどの程度理解できていますの?」
「何を言う。そこまで世間知らずのつもりはない」
「いいえ、貴方は世間知らずのお坊ちゃまですの。いいですか? 普通の幸せな結婚ができる平民の方々は、少なからず努力をしていますわ。愛を探す努力、愛する相手にアプローチする努力、結婚生活のために働き続ける努力」
貴族にはおよそ経験がないであろう、平民の普通を列挙する。
私も経験はないが、少なくともこの男よりは想像できているつもりだ。
「殿下、あなたは幸せになる努力をしたんですの?」
「ど、努力くらい俺だって……」
「王である親に頼めば大抵の願いは叶う環境で、相手に詫びるときですら使用人に指示するだけ。あなた自身の努力の結晶はどこに?」
「っ……」
言葉を詰まらせる。つまり図星だと言うことか。
少しはマシになったかと思ったが、やはり私の想定以下の男か。
なら容赦する必要はないな。
「今日は休みますの。殿下も明日に備えてお休みになってくださいまし」
「分かった……ん? 備え?」
「はい。私、この同棲生活で一つ目標ができましたの。明日からは覚悟なさってくださいな」
「……覚悟?」
疑問符を浮かべる王子を放置して私は寝室へ向かう。
さて、明日は温室育ちのお坊ちゃまに少し地獄を見せてやるとしよう。




