11.聖女一家と元剣聖
翌日、何故か元剣聖のギルツが家に招かれていた。
「へぇ……その人が姉さまの好きな人……ふうん」
今は何故かフェリシアに吟味されるように見られ固まっている。
いつもは豪胆なギルツが緊張なんて珍しい。
「元剣聖なら身分は申し分ないでしょう。顔はまあ……及第点ですわね」
「フェリ、ギルツさんに失礼ですよ!」
叱りつけてみるもフェリシアは止めようとしない。
それどころか尋問かと思うくらいの勢いで詰め寄り始める。
(普段は聞き分けの良い妹なのになんで今日に限ってこんな……ギルツさん嫌な思いしていないといいんですが)
「それでギルツさん、あなたは姉さまのことをどう思っていますの? 姉さまの気持ちを知っていながらその純情を弄ぶつもりなら、容赦しませんわよ?」
「フェリ!」
「良いよグレイシア。姉想いの良い妹さんじゃないか」
「ギルツさん……」
暴走気味の妹に対しても真摯に受け答えしてくれるギルツ。
そして彼は語り始めた。
「俺も剣一筋で生きてきたから、正直色恋についてはよく分からん。だが、グレイシアのことを人として好ましく思っているのは間違いない」
「ふむ、具体的には?」
「そうだな……普段の女性らしさやいざというときの凛々しさ、それに目標のために努力を怠らない姿勢も好感を持てる」
「へぇ、だそうですわよ姉さま」
「あ、えと、その……ありがとござましゅ……」
フェリシアが頷きながら聞いている横で私は顔が熱くなるのを感じていた。
嬉しいけど何この羞恥プレイ。
しかしそんなのはお構いなしにギルツは続ける。
「そして何と言っても魔法を使ったときのあの姿、あれは本当に素晴らしい」
「へ?」
「ほほう?」
「本人は醜いだなんて言っていたがとんでもない。均整の取れた無駄のない筋肉、そして鍛え抜かれた重い一撃。あれこそ武を目指す者の極致だ」
「いや、あれは魔法のおかげで……」
「だとしても、強化された肉体を十全に扱える身のこなしは君の力だ。何より普段の姿、魔法で強化した姿、そして他人の戯れ言をものともせず戦い続ける芯の強い心、どれを見てもグレイシアは美しい女性だと思うよ」
「え……あの……その……」
「分かりますの! まさか私以外に筋肉状態の姉さまも愛せる殿方がいるなんて……中々やりますわね」
「お褒めに預かり光栄だフェリシア嬢」
フェリシアが納得してくれたようでひとまず安心する。
しかしギルツが私のことをそんな風に思っていてくれたなんて、これもう告白してもワンチャンある? いやお世辞かもしれないしそんな勇気もないし……。
何にしても今の言葉が聞けたことに関してはフェリシアに感謝しよう。
(嬉しい。嬉しいけど……やっぱり滅茶苦茶恥ずかしいです……! フェリからは言われ慣れてるけど、好きな人に言われるとなんか……何故だか筋肉も熱くなってきました!)
長い間憧れていた人に絶賛されるものだから感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。
体が疼く、これも筋肉の昂りか?
そんな私を差し置いて、部屋にもう一人の待ち人が入室してきた。
「お待たせ。何やら盛り上がっているようだね」
「ルベリオ殿、この度はお招きいただき……」
「お堅い挨拶はいいから。僕が君にお願いして家までご足労いただいたわけだしね」
そう、今回ギルツさんが我が家に来たのは父が呼んだからだ。
私は家族紹介の場みたいになってちょっと気が早くない?とか思っているが、本来の目的はなんなのだろう。
考えていると、父は真面目な顔で言った。
「改めてギルツ・バルトナー殿。この度は我々の勝手な都合で剣聖の座から下ろしてしまって誠に申し訳ない」
「え? 何で謝って、都合って?」
「あー……私からもごめんなさいギルツさん」
「グレイシアも!?」
「私は全然悪いことしてないですが、一応家族だしごめんなさい」
「フェリシア嬢まで……すまないが一から説明してもらえないか?」
「はい、実は……」
父の目的はギルツさんへの謝罪だった。
結果的にギルツさんは私達と王族のお家騒動に巻き込まれただけの一方的な被害者だ。
それらの経緯を全て話し、父はまたも頭を下げた。
「本当にすまなかった」
「そういうことでしたか……しかし何故話そうと思ったのですか? 言われなければ俺は気づきもしなかったのに」
「ギルツ君が気づかなくても、グレイシアは既に全部知ってしまっているからね」
「え? 私ですか?」
ここで私の名前が出てくるのは予想外だった。
何故謝る理由に私が関係するのか、その理由を父は語る。
「聞けばグレイシアは君に想いを寄せているそうじゃないか。けどこの娘は誠実だから、隠したままではずっと後ろめたく思い続けるでしょう」
「あっ……」
父の言葉に思い当たる節があった。
授賞式の前は彼に会うのが嫌になるほど申し訳なく思っていた。
今も少し思っている、こんな私が彼に好意を向けてもいいのかって。
そのわだかまりを父は解消しようとしてくれたのか。
「今回のことは娘達には一切非はない。我々のことはいくら恨んでくれても構わないがどうかグレイシアのことは……」
「ルベリオ殿、顔を上げてください」
懇願する父を見て、目頭が熱くなるのを感じた。
今まで父は私のことを成り上がるための道具として見ているんじゃないかって思っていたけど、ちゃんと娘として見てくれてたんだ。
(けどそんなに謝らなくても大丈夫ですよ。私の好きな人はそんなことで怒る人じゃないから)
「俺は誰も恨んでませんよ。経緯を聞いた今でも納得してますから。強さで言うならグレイシアには決闘で負かされてるから文句のつけようもありませんよ」
「ギルツ君……」
「それに剣聖なんてただの称号、最上位騎士のままだから変わったのは呼び名だけだし」
持ち前のおおらかさを見せつけ、父は感動していた。
ちなみに騎士の階級は最上位、上位、中位、下位の四つ。
剣聖というのは称号であり、階級で言えば最上位騎士と同じ扱いだ。
私は元々聖女で騎士とは関係なかったが、今回剣聖になると同時に最上位騎士の地位も与えられている。
「君は良い男だな……君になら安心して娘を任せられそうだ」
「お父様、気が早すぎます」
「ははっ、勿体ないお言葉感謝します」
後ろめたい真実を打ち明けても笑い合っていられるのは彼の人徳のおかげだろう。
それからもしばらく私達の歓談は続いた。
「グレイシア、そろそろ」
「はい。私はギルツさんを見送ってきますね」
「ああ。今度はゆっくり食事でもしようかギルツ君」
「お誘いありがとうございます。では失礼します」
私たちは屋敷の一室を去った。
見送りの途中、二人きりになったのを確認してから私は深くため息をついた。
「なんか……異様に疲れましたね」
「確かに緊張したが、家族相手でもそこまで気を張るものなのか?」
「ほんと、なんででしょうね……」
原因不明の気疲れに足取りが重くなる。
公衆の面前で告白紛いのことをしたから家族にまで知れ渡ってるし、しばらくは弄られるのだろう……。
「改めてすみませんでした。私達の家庭の事情に巻き込んでしまって」
「いいって、剣聖にこだわってたわけでもないし。俺は俺だ、何も変わらない」
「やっぱり、ギルツさんはすごいですね。いつも前向きで、器も大きくて」
「……俺はグレイシアが思うほど出来た人間ではないよ」
「? ギルツさんでも弱気になることがあるんですね?」
「弱気か……そうだな。すまない、今のは忘れてくれ」
表情に陰りを見せるギルツ、何か気に病むことでもあったのだろうか。
私はまだまだ彼のことを知らない。けどいつか彼の話も聞いてみたい。
その時間もこれからはたくさんあるだろう。
◇
二人が去った後の一室。残された私はつぶやいた。
「まさかこんなに早く意中の殿方を連れてくるなんて……」
「嫌なのかい?」
「当然ですわ。姉さまと一緒に居られる時間が減りますもの」
今はまだ交際にも至っていないそうだが、結婚すれば姉は家を出ていくかもしれない。
私にはデメリットしかないのだから正直全力で反対したかった。
しかしそれ以上に、私は姉の邪魔だけはしたくなかった。
「でも安心しましたわ。姉さまが幸せそうで」
「そうか……じゃあ今度はフェリシアの番だね」
「うっ……」
「くれぐれも、殿下に失礼のないように」
「分かってますの。これも姉さまのためですわ……」
良い気分になりかけていたが、一転して気分が悪くなる。
それは私に待ち受ける非常に憂鬱な催しが原因。
聖女になったことで成立した婚約、その友好を深めるために明日からフェリシア・ルベリオは王の息子リュカ・ノーブルとの同棲生活を開始する予定だった。




