10.剣聖と筋肉魔法
「それでは遠慮なく……『聞き届け我が信仰、授かりしは操力の加護』」
私は自身の胸に右手を当てて詠唱した。
そして発動する魔法。私は慣れているがギルツがこれを目の当たりにするのは初めてだろう。
体の内側から湧き上がる何か、そして訪れる変化。
徐々に体は膨張し、外部からも変化が見え始める。
「……これはまた、間近で見ると凄いな」
変化のスピードは一気に加速し、視線も高くなっていく。
私は見下ろすように、決闘を眺めていた観衆の騒めく姿を確認する。
「あれが筋肉聖女……」
「マジで化け物じゃねえか……」
やはりこの姿は誰の目から見ても変わらないか。
そもそも今回の婚約破棄騒動も言ってしまえばこの姿が根本の原因。
今の私を見た殿下が恐れた結果、私は聖女の任を解かれるまでに至ったのだから。
そして変化が終わる。本気を出すと言ったため魔法の出力も強めにした。
細身だった私の体格は比較的大柄なギルツより一回り大きくなっている。
「どうです、醜い姿でしょう?」
目の前にいる憧れの人も結局は男、こんな姿の女性に好意を寄せられても嬉しくないだろう。
やはり勝負に勝っても私は身を引くべき、一生誰とも結婚せず戦場に生きるのが私の運命か……。
私は半ば諦めつつ目を伏せた。しかしギルツは翻す。
「とんでもない。確かに女性としての美しさは損なわれたかもしれないが……素晴らしい肉体美だ」
「……嬉しいお言葉ありがとうございます」
ああ、やはり彼は優しい。幼い私が一目惚れするのも頷ける。
世辞でもそんな言葉をかけてくれる人間がいるってだけで私は前を向ける。
だから今は、彼の望み通り私の本気を見せよう。
「ではそろそろ……」
「ああ、参る」
先ほどと同じように攻めに来るギルツ。
しかし彼より大柄な体格を得た今、リーチの長さは私に優位がある。
返す刃で彼に一撃お見舞いしてやる。
「ぐっ……ぬぅ……!」
ギルツは反射的に私の剣戟を受け止める。
しかしそれは悪手。踏ん張ろうにも大質量に耐え切れない。
例えるなら羽虫が人の腕力に抗うようなもの。私の筋力はそれほどまでに強化されている。
そして間もなく、ギルツは後方へと吹き飛ばされる。
「うわっ」
「大丈夫か!」
飛ばされた体は観衆の方へと突っ込んだが巻き込まれたものはいないらしい。
心配される中、ギルツは勢いよく立ち上がる。
「今ので無傷ですか、流石です」
「確かに傷はないが……俺の負けだな」
「えっ?」
言われてギルツの視線の方向へ目を向ける。
そこには彼が使っていた剣、その残骸があった。
どうやら今の一撃で砕いてしまったらしい。
「すっすみません!」
「あーいいんだ、安物を持ってきた俺が悪い。しかし凄まじい馬鹿力だな、さすが神の奇跡。出来ればもっと試してみたかったな……折角の機会なのに勿体ないことをした」
「あはは……」
剣以上に、闘う機会を失ったことを悔やむ彼に私は苦笑する。
この姿を見ても怯えず蔑まないのは彼が優しいからなのか、それとも彼が剣聖だったからなのか。
ギルツは私の目の前まで接近し、見上げながら言う。
「さて、俺は負けた。約束通り望みを言ってくれ」
「ギルツさん……この姿の私を見てよくそんなことが言えますね」
「? その姿だと何か問題があるのか?」
「だって、こんな化け物と結婚したい男性なんているわけないでしょう」
「化け物? そんなこと思うはずないだろ。俺は誤魔化すことはあっても嘘は言わない。俺の好みは強い女性で、その肉体美もまた好ましく思っている」
その声に揺らぎは感じられない。
その視線はずっと私を深く貫いている。
だから私は、彼の言葉が本心としか思えなかった。
「……本当にいいんですか?」
「むしろ約束は果たさせてくれないと困る。俺を嘘つきにしないでやってくれ」
魔法を解き、膨張していた体が収縮を始める。
やがて変化が止まり、本来の高さ関係で視線が交差する。
彼がそうしたように、私も彼の目を見て思いを伝える。
「ギルツさん。これからの私を見ていてください」
「ん? そんなことでいいのか?」
「いいんです。折角自由になったのでちゃんと恋愛したいんです、私」
「そっか、分かった。俺も強さを求めるばかりで色恋は頭になかったからな。視野を広げることにするよ」
婚約の縛りがなくなり自由に恋愛できるようになったんだ。好きな人に好きになって欲しい、ただそれだけの純粋な恋愛を楽しんだって良いだろう。
私はこれからやりたいことをやる。女としても、剣聖としても。
「でも折角なのでまた手合わせお願いしてもいいですか? 次は魔法無しであなたに勝ちます。それで勝てたら……そのときはプロポーズでもしますかね」
「へぇ、面白いなそれ。じゃあ楽しみにしてるよ嬢……グレイシア」
「あーーーーはい!」
喜びが押し寄せ、返事の声も大きくなってしまう。
長年の想いを届け、女として見てもらえるようになった。ここ最近で最も嬉しい変化だった。
変化の大元は聖女から剣聖にさせられたこと、半強制的だったから不幸のように感じていたが、実際に待ち構えていたのは幸福ばかりだ。
今思えば父の言う通り、筋肉に聖女は向いてなかったのかもしれない。




