独身貴族は通行人とぶつかる
「ふむ、今日はいい写真が撮れたな」
森でケヅールの撮影に成功した俺は王都へと戻ってきていた。
エイトのパーティーと遭遇するというアクシデントはあったものの目的の写真は撮れたし、他にもいい写真が撮れた。
非常に実りのある一日だったといえるだろう。
写真を眺めながら達成感に浸っていると、不意に誰かとぶつかった。
手元にあった写真の束がバラバラと地面に落ちてしまう。
「すまない」
「いえいえ、こちらこそボーっとしておりました。申し訳ありません」
すぐに謝罪すると、相手の男性もすぐに謝罪してきた。
前を見ていなかったのは俺だけじゃなく、相手も同じだったらしい。
いい写真が撮れていて浮かれていたようだ。
やはり写真はゆっくりと家に帰って眺めよう。
落ちた写真を拾い上げると、相手の男性も手伝ってくれる。
「……美しい」
写真を拾い上げてポツリと呟く男性。
「まるで、その場に行って見ているかのような臨場感! こんな精巧な絵を描ける者がいるのか!? いや、これは絵画ではない? 君、これは一体なんなんだ!?」
熱のこもった声で一人叫んでから詰め寄ってくる男性。
急に謎のスイッチが入ったらしくとても興奮している。
「その前にどちら様だ?」
「失礼。これがあまりにも素晴らしいもので取り乱してしまいました。私はナルシス=フォトナーと申します」
ふんわりとした灰色の髪に優しげな顔立ち。
生地のいい衣服を身に纏っていることから商人かもと思ったが、どうやら貴族だったようだ。
「ジルク=ルーレンだ」
「ルーレンと言いますと、あの魔道具師の?」
「そうなるな。そちらは確かフォトナー家の当主だったか」
「かの有名な魔道具師に覚えて頂けているとは光栄です」
「そういう堅苦しいのはいい」
「いえ、魔道具作りも一つの芸術です。様々な画期的な魔道具を生み出すあなたに尊敬の念を表すのは当然です」
フォトナー家は芸術をとても尊び、造詣がとても深い家系だ。
その家系に生まれた者は絵画、音楽、演劇、舞踊、彫刻、建築といった何かしらの芸術を高いレベルで身に着けている。
家格はルーレン家と同じ子爵ではあるが歴史の長さや教養の高さから、貴族の中でも一目置かれている家だ。
会ったことは一度もなかったが噂通りの貴族だな。
「うちでも魔道具作りを習得しようとしている者がおりますが、中々ジルク様のようにはいきません」
「魔道具を作るには幅広い知識と修練が必要になるからな。一から学ぶよりも誰かに弟子入りする方が早いだろう」
「ええ、そう思いましてルーレン家の工房に息子を入れさせていただきました」
「そ、そうか。早いな」
適当に言ったアドバイスであるが、既にうちの工房に潜り込んでいるらしい。
行動が早いな。芸術を極めるためであれば手段を選ばないのだろう。
前にルーレン家の工房に顔を出した時に既にいたのかもしれない。
「それよりこれは何なのでしょう? 見たところ絵画ではなさそうなのですが一体?」
「宝具で撮った写真だ。この宝具を使って見えた景色を切り出して、そこに映し出すような効果だとイメージしてもらえればいい」
「なんと! そのような素晴らしい宝具が……ッ! そのよろしければ、他の写真も見せて頂けないでしょうか?」
「構わんが」
キラキラとした眼差しに負けて、俺はナルシスに拾い集めた他の写真も渡す。
ナルシスは自前の白手袋をつけているし、トリスタンと違って芸術への尊敬があるから汚したりはしないだろう。
「これは王都の近くにある森でしょうか?」
「そうだ。王都から東にある森の中だ」
「緑豊かでとてもいい光景ですね」
最初に目にしていったのは東の森の風景だ。
なんてことのない樹木だったり、地面に落ちる木洩れ日だったりを撮影したものだ。
自分が思う森の中のイメージを写真へと落とし込んでみた。
風景写真をめくっていくと次に出てきたのは森の中にいた動物や魔物たちの写真だ。
「この羽色は、もしかしてケヅールでしょうか?」
「ああ、ついさっき撮影に成功した」
「王族しか身に纏うことのできない繁栄を象徴する羽。こんなにも美しい鳥だったのですね」
ケヅールの写真を眺めながらうっとりとしているナルシス。
前回のブレブレな写真とは違って、そこには枝に止まって羽を休めているケヅールが収まっていた。
【擬態の外套】のお陰で気配を悟られることなく、じっくりと納得のいく写真が撮れた。
「こちらの写真は黒猪ですか?」
「そうだ。森で親子がうろついているところを撮影した」
「素晴らしい。こんなに間近で魔物を見たのは初めてです」
実際には間近というわけではないが、写真というものを初めて目にしたナルシスにはそう思えたらしい。
「私のような戦闘力のまったくない人間にとって外の森は踏み入ることのできない未知の場所です。それをこのように体験できるとは……」
俺の訝しんだ表情を察してかナルシスが語る。
俺のような冒険者でもない限り、一般人が外に出ることはできない。
いや、できるにはできるが大きな危険が伴うことだろう。
そんな危険な場所に貴族が一人で森に繰り出すことなどあり得ない。
戦闘力のない者にとって外の世界はあまりにも危険で、未知の世界なのだ。
そんなナルシスのような者にとって、こうやって外の景色を見られることは非常に面白いことなのだろう。
それからナルシスは写真をじっくりと眺め、最後の一枚を見終わると感動の息を吐いた。
「貴重なものを拝見させていただきました。本当にありがとうございます」
ナルシスから返してもらった写真をケースに収める。
「ジルク様、私から提案があります」
「なんだ?」
エイトたちのように写真を撮ってきて欲しいだとか売って欲しいだとか言うのだろうか?
「個展を開きませんか?」
「は?」
予想の遥か斜め上を行く提案に思わず間抜けな声が漏れた。
「ジルク様の撮影した写真を集めて開く展覧会です!」
「いや、言っている意味はわかるが、本当にこの写真で客が集まるのか?」
「集まります! それだけこの写真というものは素晴らしいです! 最初は貸画廊などの小さなスペースから始めますが、ステップアップを重ねて最終的には王立美術館で開いて満員にしてみせましょう!」
戸惑う俺をよそに写真展の展望を語っていせるナルシス。
「いや、しかし会場の確保やお金がだな……」
「そちらは全てお任せを! その辺りはフォトナー家が責任をもってやらせて頂きます」
個展の開き方や金銭面を理由に回避しようとしたが、ナルシスに回りこまれてしまった。
そうだった。こいつの家は毎月のようにどこかしらで個展を開いている家系だった。
個展を開くノウハウや会場主とのコネに資金と全てが揃っている。
「面倒はおかけしません。ジルク様は写真を提供してくださるだけでいいのです」
「……どうしてそこまでするんだ?」
「それだけ写真というものに芸術的な可能性を感じたのです。私のような世界の狭い者にとって写真というものは新しい世界を見せてくれる。その体験を皆さまにもして欲しいと思いました」
前世でもどれだけ文明が発展しようと、写真は人々の生活の中で息づいていた。
それはどれだけ生活が豊かになろうと、人々にとってかけがえのないものだからだろう。
エイトやマリエラたちのように一枚の写真に心を癒され、励まされる。
そこから楽しみや思い出を感じ取ることができる。
それは人の心にずっと残り続ける大切な記録だ。
プロでもない俺がそのような感動を与えられるかはわからないが、やってみるのも面白いかもしれないな。
「そうか。それならばやってみるか」
「ええ、いい個展にしましょう」
にっこりと笑みを浮かべながら差し出された手を俺は握り返した。
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