独身奏者たちは写真展を見つける
新年あけましておめでとうございます
休日、私は友人であるローラとランチにやってきていた。
忙しい日々を送る奏者である私たちだけど、たまには息抜きも必要だ。
私とローラはこうやって定期的にランチ会を開催しているのである。
「この間、代打で演奏会の練習に混ざったのですが指揮者の方が非常に独特で……」
「あー、指揮者って人によって癖があるものね」
ローラのため息を吐きながらの言葉に私は深く同意するように頷いた、
オーケストラにかかせない大切な存在である指揮者。
団長であるエルトバは観客からの人気も高く、実力も兼ね備えている一流の指揮者だ。
しかし、すべての指揮者がそうというわけではない。
「どんな指揮者だったの?」
「小節ごとに止めて何を言うのかと思えば、強弱しか言わないタイプでして」
「あー! しょうもないことでいちいち演奏を止めてくる奴ね!」
そんなに細かく止められれば奏者としても萎えるというものだ。
それでいて注意する言葉がただの音の強弱だけ。もっと他に言うことがないのかと突っ込みを入れたくなる。
「それにやり直す時にやたらと最初から巻き戻すタイプで……」
「ええっ? 数小節前、せめて一、二段前からでよくない!?」
「そうですよね! そうですよね! それなのに楽譜のページ最初からやり直してくるんです!」
一小節分をやり直すだけでいいのに、わざわざ最初からやるだなんて非効率過ぎる。
時を巻き戻す魔法使いかしら?
こういう風に世の中には迷惑な指揮者というのがいるものだ。
迷惑な指揮者がいると奏者の心労がグッと増えるのである。
そんな風に指揮者の愚痴やコンサートマネージャーの立てた席の位置が悪かったなどと語り合って鬱憤を晴らしていると、いつの間にか昼食は食べ終わっていた。
「……ここアップルパイが美味しいらしいけどデザートはどうする?」
食後のデザートを提案すると、ローラが気まずげな表情でお腹を押さえた。
「遠慮しておきます。これ以上太ると今着ているドレスが危なくなりそうなので」
日々、ドレスを纏って演奏する私たちに肥満であることは許されない。
許されたとしても太った身体で演奏会に出るのは、女としての矜持が許さなかった。
「この間ドカ食いしたのが響いているんじゃないの?」
「そ、それは仕方がないじゃないですか!」
ローラが意を決して二軒目に誘ったというのに、ジルクは自宅にあるヒラメのカルパッチョを優先して帰ってしまったらしい。
それを嘆いたローラは行き場のない怒りをぶつけるように食に走った。
ドレスがきつくなってきているのはその影響に違いない。
まあ、本人が受けた仕打ちを考えると仕方のないことなのかもしれない。
「喫茶店でジルクと会ったけど平然としてたわね」
「多分、ジルクさんは何もわかってないんだと思います」
「あの感じからするとそうよね」
喫茶店に並んでいるローラを見たにも関わらず平然とした態度。
ローラから話を聞いた感じだと好意を寄せられたことすら気付いていないのかもしれない。
いや、気付いていて放置しているのだろうか? そうだとしたら中々に酷い男だ。
「もういいんです。終わったことですから」
「終わったって言う割に熱い視線を送ってなかった?」
「うう……だって、カッコいいんですもん」
「そうよね。見た目はいいのよね。見た目だけは……」
ルーレン家という地位や魔道具師という職業、功績、ルックスなどを考えるとジルクはとんでもない好物件だ。
しかし、その外面とは裏腹なひねくれた性格と独身至上主義という極めて変わった思想を抱いている。非常に残念な男だと言えるだろう。本当に勿体ない。
「もうジルクさんの話はやめましょう。気分転換にお散歩でもどうですか?」
「そうね。座り疲れちゃったし、少し歩きましょうか」
誘いをこっぴどく断られたにも関わらずローラはまだ気持ちを引きずっているのは明らかだ。
しかし、本人がその話題をしてほしくないのであれば、これ以上掘るのは野暮。
私は素直にローラの提案に乗ることにした。
レストランでの会計を済ませて通りを歩く。
お昼時を過ぎた王都の通りは早朝などに比べると少しだけ落ち着いている。
しかし、のんびりとしたお客を狙ってか通りでは盛んに客引きの声が響いていた。
「個展の案内です! よかったらどうぞ!」
立ち並んでいる店を見ながら歩いていると、突然チラシを渡された。
「……しまった。反射的に受け取っちゃったわ」
チラシをさっさと押し付けると、チラシ渡しの女性は既にいなくなっていた。
こういうものは受け取らない主義なのに私としたことが。間違いなくプロね。
「個展の案内と言っていましたね。何の個展なんです?」
ローラに覗き込んでき、私もチラシへと視線を落とす。
『ジルク=ルーレンによる写真展の開催』
目に飛び込んできた情報を呑み込むのに、私はしばし時間を必要とした。
「……なにこれ?」
ジルクが個展? 意味がわからない。
「魔道具の展示会という意味でしょうか?」
「いえ、宝具を使った精巧な絵画のようなものね。チラシに書いてあるわ」
ということは、以前アクウィナス伯爵と一緒に衣服屋を巡った時の宝具だろう。
写真とかいう精緻な絵画のようなものを瞬時に出せる能力。
あれを上手く扱って素敵な景色を撮影すれば、展示会をやるのに相応しいものになるかもしれない。
「主催はナルシス=フォトナーですよ!」
「ええっ、あの有名なフォトナー家の!?」
フォトナー家は多くの芸術家を排出する家系だ。
音楽業界で活躍する有名人にはフォトナー家や、それに縁のある者がかなり多い。
そんな芸術家系のトップとタッグを組んでいるなんて意味がわからない。
「どうします? ここから近いみたいですけど……」
おずおずと伺うようなローラの声。
「複雑だけど、行かないなら行かないで引っ掛かるわね」
既にジルクが展示会をするという出来事を知ってしまった。
頭の中でこびりついて逆に気になって仕方がない。無視した方が気持ちの悪いことになりそうだ。
「では、行ってみましょうか。どのような媒体であっても私たちにとっては糧になりますし」
「そうね」
音楽家として他人の作品に触れ、感性を磨くことはとても重要なことだ。
そう、これは音楽家として自らを高めるために見に行くのだと。
自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、モヤモヤとした気分が少し晴れた。
●
チラシを手にしながら中央通りから少し外れたところに向かうと、目的の展示会らしきものを見つけた。
会場はそれほど大きくはない貸画廊。
定期的に色々なクリエイターが展示会を開いており、私も何度か足を運んだことのある場所だ。
しかし、今日の会場は多くの人で賑わっていた。
これにはローラと私も呆然としてしまう。
この会場がここまで賑わっているところなど見たことがなかった。
「……すごい賑わいですね」
「え、ええ。混む前に早く入っちゃいましょう」
後ろを振り返ってみると、続々と会場にやってくる人々の姿が。
もたもたしていると入場規制をかけられて並ぶハメになるかもしれない。
私とローラはすぐに受付に向かって当日券を買って、会場へと足を踏み入れる。
「まあ! 内装が随分と変わっていますね」
「気合い入ってるわね」
ここの貸画廊は木製の床に真っ白な壁や天井といったスッキリとした内装であるが、本日の展示会のテーマである森を意識した装飾が施されている。
それにしても会場がやけに静かだ。
こういう人が多い展示会は多少なりとも人の話し声が響き渡るものだ。
しかし、その理由はすぐにわかった。
展示されている写真があまり美しかったからだ。
「……カタリナ、これが写真ですか?」
「ええ」
息を吐くような小さな問いかけに私は頷く。
目の前に展示されているのはケヅールが枝に止まって羽を休めている写真。
「……王族しか纏うことの許されない美しい橙色の羽根を持つ鳥。飾り羽の状態でしか見たことがありませんでしたが、実物はこれほどまでに優美な姿をしているのですね」
まるで、森の中で実際にケヅールを目撃したかのような臨場感。
ジルクの撮影した写真のリアル差、美しさに入場客たちは魅了されているのだ。
騒がしい王都で過ごしている私たちは、このような外の景色を目にすることがほとんどない。
きっと冒険者であるジルクだからこそ、危険な街の外でも撮影してくることができるのだろう。
ケヅールの写真から離れて次との写真へ。
ディアルカという鹿のような動物の写真だ。
背中にはたくさんの鳥が乗っている。
犬と猫がじゃれ合っているような微笑ましさがあった。
「あっ、下に解説がついてますよ」
『森の中に住むディアルカとウシツツキ。
ウシツツキはディアルカの体に付いている虫を食べている。ディアルカの個体によってウシツツキがたくさん止まる個体とまったく止まらない個体がいる。
清潔感のある人間とそうでない人間のように、ディアルカにも綺麗好きとそうでない個体がいるのかもしれない』
ローラに言われて視線を下に向けると、確かにコメントが載ってあった。
恐らく撮影者であるジルクのコメントだろう。
「そういう共生関係にあるのね」
「ディアルカさんにも色々なタイプがいるかもって思うと面白いですよね」
動物の生態などまったく知らない私たちにとって、こういうちょっとした知識は面白い。
この解説を見てから改めて写真を眺めると、ただのじゃれ合いという印象から変わり、動物たちの共生関係なのだと理解して捉え方が変わった思いだ。
そんな風に私たちは次々と写真を見ていく。
地面に落ちている木漏れ日の美しさ。
夕日が沈んでいき茜色に染まっていく森の姿。
透明感のある川の中で優雅に泳いでいる魚たち。
黒猪の親子。
ゴブリンたちやアッシュウルフの縄張り争いの写真などなど。
たくさんの写真が展示されていた。
そのどれもが美しい。会場の装飾も相まって、まるで森の中に迷い込んで実際に目にしているかのようだった。
「……私たちの知らない森の美しさがありますね」
「それと自然の厳しさもな」
「ジルクさん?」
ローラの呟きに反応したのは、撮影した本人であるジルクである。
「どうしてあなたがここに?」
「どんな風に俺の写真が飾られてるのか気になってな」
「会場の設営には関わっていないの?」
「そういう細かいところはフォトナー子爵に丸投げだ」
ということは、ジルクは写真を提供しただけになる。
それ以外のことはフォトナー子爵がすべてやったのだろう。
彼の気合い入り方がわかるというものだ。
まあ、でもこの写真を見れば熱を入れてしまうのも無理もないかもしれない。
「前は変な写真を撮ってたみたけど、ちゃんとしたものも撮れるじゃない」
「変な写真って何ですか?」
「ああ、前にこいつの変顔を――」
「聞かなくていいからローラ! ほら、他の写真を見るわよ!」
「あっ、ええ? 引っ張らないでくださいカタリナ」
ジルクが余計なことを口走る前に、私はローラの手を取って場所を移動した。
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