独身貴族は写真展を開く
ローラの手を引っ張ってツカツカと歩き去っていくカタリナ。
「あいつは、いつもせかせかとしているな」
せっかく個展に足を運んでいるというのに、もう少し落ち着くことはできないのか。
いつ見てもカタリナは行き急いでいるような感じがするな。
「よお、ジルク。なんか面白いことしてるじゃねえか」
忙しないカタリナの後ろ姿を見送ると、聞き覚えのある声がかけられた。
振り返るとグレアスとレナードがいた。
グレアスはセミフォーマルな衣装だが、レナードは黄色のスーツという派手な装いで、存在感が相変わらず凄いな。
「暇つぶしか?」
「おう、気分転換にな!」
「魔道具の展示会かと思ったら写真の展示会なんて面白いことしてるんだもの。気になって来ちゃったわ」
どうやら悪友二人は退屈しのぎにやってきたらしい。
「どういう原理かは知らねえけど絵画よりもリアルだな」
「写真をこんな風に使うなんて感心したわ」
「元々こういう使い方をするもので前回のような使い方は稀だ」
「あら、そう?」
そのように述べてみるも、興味をファッションに極振りしているレナードには響いていない様子だ。
カメラの本来の使い方はこちらが正しい。
「それにしてもジルクが展示会なんてね……」
「そうだな。こういうことを滅多にしないジルクが珍しいな」
確かに俺がいきなり展示会なんて開くのは明らかに不自然だろう。
こういう煩わしい出来事は俺が嫌うことだからな。
俺は写真展を開催するまでの経緯をレナードとグレアスと説明する。
「なるほど、それでナルシスが協力していたのね」
「なにがあるかわからねえ世の中だな」
「まったくだ」
ただ一人で楽しむための趣味がこのようなことに発展するとは。
「この盛況ぶりだと予算はとっくに回収して黒字でしょうね。外にも大勢の人が並んでいたし」
「ジルクの新しい副業だな」
「魔道具師として食えなくなったら写真家になるのも悪くない。が、宝具としての耐久値が未知数過ぎて安定性には欠ける。たまにやる趣味がちょうどいいだろう」
この宝具でいつまで撮り続けられるのかわからないのだ。
これだけに頼る道のりはリスキーでしかない。
残念ながら将来に備えた太い副業にはならないな。
「ジルクが食えなくなる未来なんて想像できねえけどな。んじゃ、俺はもうちょっと見ていくぜ」
「ああ」
グレアスは苦笑すると、一人で気ままに歩き出した。
一緒にいたレナードも付いていくかと思ったが、写真を見るでもなく傍にいる。
「舐め回すような視線を向けるな。不快だ」
「ごめんなさい、あまりにも素体がいいものだから」
本能的な危機を感じて注意するも、レナードはまったく悪びれた様子はなかった。
「それで俺に何か用があるのか?」
「察しが良くて助かるわ」
彼の反応からして何かしらの用事があることは明らかだったので、俺たちは会場の外に出る。
「それで?」
「あなたが手掛けている結婚指輪があるじゃない? あのとっても素敵なやつ」
「それがどうした?」
「あれをうちのウエディングドレス店と提携させて流行らせたいと思ってるのよ」
「なるほど」
今はエイトやマリエラの知人や冒険者を中心に徐々に広まっているが、ファッション業界で大きな影響力を持つレナードと組めば、大きく広まることだろう。
結婚式で結婚指輪を送るなんてことが当たり前になるかもしれない。
どうやらレナードは結婚指輪とウエディングドレスを相乗効果にしたビジネスを狙っているよう
だ。
成功するかは不明だが、この動きの早さは経営者としての才覚の一つだな。
「権利は俺にあるとはいえ、実際にほとんど作っているのはイリアとフィーベルだ。俺だけの一存で決めると後が面倒だ」
一人で勝手に決めると、イリアとアルトが文句を言ってきそうだからな。
「それならご実家の方で許可が取れれば問題ないのかしら?」
「そっちが快諾するようであれば、俺個人としては別に問題はない。ただ積極的に関わるつもりもないが」
結婚指輪はエイトとマリエラに贈るために作っただけで、商売にするつもりは全くなかった。
結婚というものに興味のない俺にとって、それを象徴する魔道具を作るのは微妙な気分になるのだ。あまり作りたいものではない。
「ひとまず、その言葉が聞けただけで満足よ。じゃあ、今度ご両親に挨拶に行くわね。うふ、なんだか嫁入り前の恋人同士ね」
「レナード、この話はなかったことにしよう」
「あぁん! 突然の婚約破棄! ちょ、ちょっと冗談じゃないの。そんな冷たい目をしないでよ。ゾクゾクしちゃうから」
仕事のためとはいえ、こんな奴を実家に紹介しないとならないのか。
考えるだけで頭が痛くなる思いだった。
●
レナードの相手をしているとドッと疲れた。
展示会の雰囲気もわかったことだし引き上げることにしょう。
とはいえ、このまま真っすぐ帰るのも失礼だ。
会場の裏方に徹しているフォトナーを見つけると声をかける。
「フォトナー子爵」
「ジルク様。展示会はいかがだったでしょうか?」
「良し悪しの判断はつかないが、とてもいい雰囲気で見やすいように思えた」
「そう言っていただけて嬉しいです。この写真というのは、もう少し大きいサイズにすることはできないのでしょうか?」
「生憎とそこまでの機能はないと思う」
「そうですか。もう少し大きくできれば見やすくなると思ったのですが……」
小さな写真を大勢の人に見てもらうのは難しい。
小さいせいか近くで見る必要があり、自然と人が密集してしまう。
展示している写真の数が多いから何とかなっているものの、設営する側からすれば頭を悩ませたことだろう。
「すみません。無理な注文を」
「いや、気にしていない」
「現在は入場制限をかけている状態でして明日以降も賑わうでしょう。この調子でいけば費用も回収でき、大きく利益も見込めます」
「そうか。それは良かった」
「この展示会が終われば、もっと大きな会場でやりましょう」
「気が早いな。まあ、それについては後ほど検討することにしよう」
展示会は一週間ほど開催が予定されている。
初日は好調な客入りであるが、明日、明後日以降もそうなるとは限らない。
好調な滑り出しとはいえ、今すぐに決めることでもないだろう。
「はい、その時はよろしくお願いたします」
そんな俺の返答にナルシスは気を悪くした様子もなく、にっこりとした笑みを浮かべて会釈した。
会場の仕事に戻っていくナルシスをよそに、俺は会場を出ていく。
「少し喫茶店に寄っていくか」
この後は工房に戻って仕事をする予定だが、心身ともに疲れた状態ではやる気が出ない。
喫茶店とそれほど距離が離れていないこともあり、俺はそのままロンデルの喫茶店に足を運んだ。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
喫茶店にやってくると給仕をしているリタの声が響き渡る。
無言で頷くと、俺はカウンター席に腰を下ろした。
「チラシ、見ましたよ。個展を開いているそうですね」
すると、ロンデルがチラシを取り出して言ってきた。
「あっ、学院の帰り道に賑わっているのを見ました! ジルクさん、個展をはじめたんですね」
「成り行きでだがな」
「まだ見に行っていないんですけど、写真展ってどんなものなんですか?」
「……説明するよりも実際に見た方が早い」
丁寧に説明してやりたいところではあるが、グレアスやレナード、ローラたちに説明して疲れた。
「それもそうですね。大分混んでいる様子でしたけど会場にはすんなり入れそうですかね?」
「今日と同じ客入りであれば、入場規制をされる場合があるだろう」
「うー、そうですよね。そうなると仕事前に行くのは無理かなー」
どうやらリタは明日も喫茶店で働くらしい。
放課後を労働に当てている彼女からすれば、長時間の拘束は勘弁して欲しいところだろう。
「少しくらい遅刻してきてもいいんですよ? なんなら明日は休んでも――」
「まだお店の仕事も完璧じゃないし、働き始めたばかりだもん。それはしたくない」
ロンデルの提案をきっぱりと断るリタ。
働き始めたばかりなのに私用で休日を貰うというのが彼女の中では許せないらしい。
真面目だな。年齢の割に本当にしっかりとした少女だ。
これにはロンデルも困り顔だ。叔父としては姪に自由な時間も楽しんで欲しいのだろう。
「それならこれを持っていくといい」
「招待チケットだ。それを提示すれば並ぶことなく優先的に会場に入れてもらえるだろう」
懐から取り出したのはナルシスから貰った三枚の招待チケット。
残り七枚ほどあるが、生憎と友人を呼ぶつもりは毛頭なかった。
敢えて候補があるとすれば、コンサートの招待券を貰っているカタリナに渡すことも考えたが、既に今日来ていたしな。増々使い道がない。
「すごい! でも、こんなもの貰っちゃっていいんですか?」
「余っていても使い道のないものだからな。好きに使うといい」
「ありがとうございます! これなら仕事に遅れることなく見に行けます!」
招待チケットを大事そうに手にしてお礼を言ってくるリタ。
「ねえ、叔父さん。ジルクさんにお礼としてアレを出していい?」
「いいですよ」
ロンデルが頷くと、リタが厨房の奥に引っ込んでいく。
どうやらチケットのお礼に何かを出してくれるようだ。
「すみません。気を遣わせてしまって……」
「気にするな。ロンデルにはいつも世話になっているからな」
申し訳なさそうに言ってくるロンデルだが、コーヒーミルの件では何度も協力してもらった。それに比べれば、この程度は何の負担にもならない。
ほどなくすると、リタがトレーに何かを載せ、ロンデルがアイスコーヒーを載せた。
「招待チケットのお礼です」
目の前に差し出されたのはフルーツタルト。
タルト生地の上にツヤツヤとした光を放つ果物が載っている。
「これはどこかで買ったのか?」
「いえ、私が作りました」
「ほう、お菓子が作れるのか」
「まだまだ家庭レベルですけどね」
どこか照れの入った笑みを浮かべるリタ。
ここまで綺麗なタルトが作れるとは意外だ。
「このシルエットを作り出すために、しっかりと中心部が高くなるように作っているな」
「正解です。下に敷くカスタードも中心部分だけ厚くすると綺麗な山になるんですよ。というか、よくわかりますね。ジルクさんも料理はするんですか?」
「菓子はあまり作らないが料理はする」
菓子は一人で作ると量とカロリーがバカにならない。
だから、家で作るより外で少し買うことの方が多いのだ。
そんな話はさておいて目の前のタルトだ。
ナイフを使ってタルトを崩さないように一口大に切って食べる。
「……美味いな」
「本当ですか!?」
生地はとても香ばしくサクサクとしており、食感がとてもいい。
しっかりとした焼き上がりができないと、ここまでの食感は出せない。
生地の作り方がいいのか、粉っぽさも感じなかった。
イチゴ、メロン、ブルーベリーと盛り付けも華やかで美しい。
口の中で柔らかく溶けるクリームと新鮮な果物の相性が最高だ。
「見た目も味も家庭レベルを十分に越えているように思える」
「だって!」
「ジルクさんがそう言うのであれば、お店で出しても問題なさそうですね」
「ほう、店のメニューに追加するのか?」
「はい。この店って軽食はあるんですけど、こういうデザート類が少ないと思うんです。デザートを食べながらコーヒーを楽しみたいお客もいると思います!」
拳をグッと握って力説してくるリタ。
その熱意からリタ自身が好きで加えたいだけのような気がするが、実際コーヒーとデザートの相性は悪くない。
甘いもの好きが多い女性だけでなく、男性も喜ぶことだろう。
「デザートのバリエーションが増えるのはいいことだな」
きっと、彼女も自分ができることをやろうとしているのだろう。
その素直な心意気は十分に好感が持てるものであった。
こういう甘いものを食べるのは久し振りだ。
ちょっと疲れた時にはこういう甘いものを食べて、一休みするのも悪くない。
フルーツタルトをゆっくりと食べながらコーヒーを堪能するのであった。
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