独身貴族は野鳥を撮りたい
仕事のない休日。俺は再びポラロイドカメラカメラを手にして森にやってきていた。
大目的はケヅールを写真に収めることだ。
以前、運悪く取り損ねた写真をトリスタンに見られ、なじられたことは記憶に新しい。
あいつにバカにされたままと言うのは気に食わないし、それ以上に上手く撮れなかった自分を不甲斐なく思った。
今日はそれらを払拭するために入念な準備を行っての行動だ。
今度こそあの鳥をフレーム内に収めてみせよう。
「……いないな」
意気込んでやってきたのはいいものの、ケヅールは見当たらない。
以前撮影した場所にまでやってきて待っても、中々姿を現すことはなかった。
この辺りに巣があると踏んで張っていたが、以前やってきたのはたまたまだったのだろうか。
月日も経過したので他の場所に移ってしまったのかもしれない。
さらに小一時間ほど気配を潜ませて待ってみるも姿は見えない。
「探し物は探している時に限って見つからないものだな」
ましては相手も生きて動き回っている動物だ。その動向をたった数時間で捉えようとするのが無理な話なのだろう。
気配を消してジッとするのも疲れてきた。
他に写真を撮りながら過ごし、そこにケヅールが現れるようであれば狙って撮ればいい。
一か所に留まって過ごすよりもそちらの方が有意義だろう。
方針を変えることにした俺は木陰で息を潜めるのを止めて、森の中を歩き回ることにした。
夏が近づいてきてか森の中はすっかりと青々としている。
風が吹く度にサーッと潮騒のような葉音が立ち、とても静かだった。
「ん?」
ふと地面に目をやると、足元に黒い点の集まりが見えた。
いや、よく見るとそれらは点ではなく蟻だった。
息絶えた小さな虫に多くの蟻たちが集まり、それらをせっせと運んでいる。
それは木の根元の巣穴へと続いており、巣に運んではまた戻ってと忙しく動き回っている。
「女王アリや子供のために男たちがせっせと働く。結婚した男の末路のようだ……」
汗水垂らして働いて得た成果を全て徴収される。
その先に待っているのは幸せではなく、お小遣い制という悪魔的な仕打ち。
前世でも妻や子に搾取されて、月三万円から五万程度で生活を送っている男性も多くいた。聞くだけでゾッとする。
夫婦は対等という言葉を耳に挟んだが、それは明らかに主と下僕ではないか。対等もへったくれもない。
俺はそんな風に絶対になりたくない。自分で稼いだ金は自分の好きなように使う。
それは決して自己中なんかではなく、人間としての当然の権利だ。
つまり、一人で自由にお金を使える独身貴族は最高だ。
それにしても目の前の光景は人間社会と通じるものがあって面白い。
蟻などは普段目にするが、じっくりと眺める機会はそれほどない。
面白いので俺はカメラを手にして撮影することにした。
しかし、そのまま見下ろして撮ったのではつまらない。
臨場感を出すように近づいて下から撮ることにしよう。
より蟻たちがあくせく働いている様が感じられるように。
寝転がってカメラを構えてシャッターボタンを押す。
現像された写真を見ると、良い感じに蟻たちの働く姿が移っている。
「いいな。もう二、三枚撮っておこう」
現像された写真を見て一つ頷き、別の角度からも撮影しようと体勢を調整。
すると、近くで人の話し声がした。
多分、王都からやってきた冒険者だろう。
絡まれるのも非常に面倒なので消臭剤を振りまき、ケヅールの撮影のために用意した宝具を使うことにした。
マジックバッグから取り出した灰色の外套を被る。
外套に包まれた俺の身体は空間にすっかりと溶け込んだ。
これは【擬態外套】という宝具であり、この外套に包まれた使用者は周囲の空間に溶け込むことができるのだ。
姿を隠したい時や斥候をこなす時にとても便利な宝具だ。
嗅覚の鋭い魔物などには通用しないこともあるが、大抵の魔物や人間相手ならばこれで誤魔化すことができる。
茂みに擬態して隠れていると、冒険者たちの声が近くなる。
外套に包まれていても外の景色は見えるので声の方に視線をやると、現れたのはエイト、マリエラ、ガウェイン、カレン。なんとエイトのパーティーが勢揃いだ。
いつものキャンプスタイルではなく、冒険者装備に身を包んだ格好だ。
ラフな私服姿ばかり目にしてからか、かっちりと冒険者装備に身を包んでいるのは新鮮だな。
にしても、エイトやマリエラならまだしも、ガウェインはちょっと苦手だ。感覚で生きている人間なので俺とは波長が合わない。
出会ってしまえばまたギルドの時のように変に絡まれるだろう。
一人で休日を過ごしているのだ。面倒な心労は負いたくない。知り合いだがここはスルーを決め込むことにする。
「うん?」
そのままずっと息を潜めていると、エイトが不意に立ち止まった。
なんだか見られている気がする。
「……どうしたのエイト?」
「今そこが揺らいだ気がした」
「魔物の気配はないぞ?」
「そうなんだがな」
エイト自身も確信まではいっていないようだが、歯切れの悪い表情だ。
宝具で隠れているというのに感覚が鋭いな。
こんな奴でもAランク冒険者というわけか。
「……この辺り?」
そのまま気のせいにしてくれればいいのだが、高ランク冒険者だけあってか警戒心が強い。仲間の違和感を見逃すつもりはないらしく、カレンが近づいてくる。
さすがにここまで怪しまれれば隠し通すのは難しそうだ。
怪しいなら攻撃してしまえ。なんてことになったら目も当てられない。
「それ以上、進むな。俺が踏まれる」
「ひゃっ!」
外套を払って姿を現すと、こちらに足を踏み出さんとしていたカレンがのけ反り、尻もちをついた。
その衝撃でスカートが翻り、紺色の下着が露わになる。
カレンはそのことに気付いたのか、咄嗟にスカートを抑えて下着を隠した。
「……見た?」
顔を赤らめつつ尋ねてくるカレン。
非常に回答に困る質問だ。
「見えていないといえば信じるか?」
「……信じない」
「なら聞くな」
カレン自身が見られたと思い込んでいる以上、弁明は意味をなさない。
こっちだって見たくて見たわけじゃないので、わざわざ謝罪してやる義理もない。
「驚いたよ、ジルク。もしかして、その外套は姿を隠すことのできる宝具か?」
「そうだ。まさか感づかれるとは思ってなかったが」
「完全に気付いたわけじゃないけどな」
本人はそのように謙遜しているが、違和感として気付けるだけでエイトは超人だ。
「それにしても、何で隠れてたの?」
「知らない冒険者に絡まれたくなかっただけだ」
「私たちだって気付いても隠れてたみたいだけど……」
「まあまあ、ジルクはプライベートで森に来てるんだ。一人でゆっくりしたい時もあるさ」
知人でありながら隠密を決め込んでいた俺が気に入らないマリエラだが、エイトが庇ってくれた。
そうだ。男には一人の時間が必要だ。
遠目に友人や知り合いを見つけようが、絡むことなく独りでいたい時があるものだ。
エイトも元は独身だけあって俺の気持ちがしっかりわかるようだ。
「ところでジルクはここで何をしていたんだ?」
ずいっと顔を近づけながら尋ねてくるガウェイン。
相変わらず話す時の距離が近い。
「ケヅールの写真を撮ろうと思ってな。写真を取りながら探索していた」
「……写真?」
説明するとカレンが小首を傾げる。
「それも宝具なのか?」
「そうだ」
「……宝具って一つでひと財産なのに次から次へと出てくるわね」
カレンがどこか呆れたような声を漏らす。
「それはどんな効果があるの?」
「説明するよりも見せた方が早い。お前たちそこに並べ」
写真や宝具についていちいち説明するのも面倒なので、手っ取り早く写真を撮ることにする。
エイトたちをその場に並ばせると、俺はカメラを構えてシャッターを切った。
ポラロイドカメラから出てくる写真に目を丸くするエイトたち。
写真がしっかりと現像をされているのを確かめると、俺はエイトに写真を渡した。
「あっ! これってもしかして私たち!?」
「すげえな! 一瞬で俺たちの絵を描いたのか!?」
「……というより、正確に切り取って映し出したかのような?」
「まあ、そんなところだ」
たった一回で宝具の本質的なところを見抜くカレンは聡明だ。
落ち着いているしパーティーでは参謀役を担っているのかもしれない。
「ちなみにこれで写し撮られた者は魂が抜かれる」
「「ええっ!?」」
なんて前世の怪談話じみた冗談を言ったら、マリエラとガウェインが酷く動揺して顔を真っ青にした。
「冗談だ」
「ちょ、ちょっと怖いこと言わないでよ!」
「な、なんだ。冗談なのか。おー、焦ったー……」
ちなみにエイトとカレンは冗談だと見抜いているらしく平然としていた。
「……ジルク、これはすごい宝具だな」
写真を眺めていたエイトが感動した面持ちで呟いた。
「だろう?」
「写真って言うんだっけか? 俺たちの姿をこんな風に形にして残せるなんてな」
「確かに。こうやって皆が揃っている姿を目にできるのはいいわね」
「……ねえ、ジルクさん。もう何枚か写真を撮ってもらえないかしら? 具体的には一人一枚持ちたいなーって」
チラリと伺うようにして見てくるマリエラたち。
物欲しそうな視線が非常に面倒くさい。
「この宝具は有限なんだがなぁ……」
この宝具は現状エネルギー源がわかっていない。
中にある七色の輝きが強いことから早々に使えなくなるということはなさそうだが、やたら滅多に消費したいわけではない。
「……そういえば、ケヅールを探してるって言っていたわね。ケヅールならさっき見かけたわよ」
「本当か!?」
「……この情報を対価とするのはどう?」
「いいだろう」
対価としては安いかもしれないが、それは俺がこの瞬間もっとも欲しているものだった。
写真を数枚撮るだけで居場所が知れるなら安いものだ。
やはり、撮ると決めたからには撮りたいのが素直な心の内だった。
俺はエイトたちの写真を数枚撮り、カレンに教えてもらった居場所に直行。
そこには本当にケヅールがおり、今度こそブレることなく写真に収めることに成功するのであった。
クリスマスだってもちろん独り。




