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独身貴族は異世界を謳歌する~結婚しない男の優雅なおひとりさまライフ~  作者: 錬金王
三章

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独身貴族はホッとする


「うーん、久し振りに朝から寛いだわ」


「早朝から喫茶店で過ごすってなんか意識高いですよね。俺、今日はいつもより仕事ができる気がします」


 アルバートの喫茶店を出ると、ルージュとトリスタンが伸びをしながら晴れ晴れとした表情で言う。


 ルージュはともかく、トリスタンのコメントは既に意識が低そうだな。


「というか、すごいですね。入る前よりもさらに列が膨れ上がってます」


 視線をやると一般客の列はさらに長くなっている様子だ。


 招待客のみの時間が終わり、もうすぐ喫茶店の正式な開店時間。


 喫茶店を楽しみにしている王都の市民が押し寄せているのだろう。


 なんとなしに眺めていると、額から汗を流しているカタリナとローラの姿が見えた。


 入る前は待機姿も綺麗なものであったが、今となっては疲労が見えている。


 くったりとしたカタリナの視線と偶然ぶつかったので、フッと鼻で笑った。


 すると、カタリナの表情が目に見えてイライラへと変わった。


 こんな暑い中、外で何時間も待つとはご苦労なことだ。


「それでミルの増産はどうするの?」


 カタリナから視線を外すと、ルージュが尋ねてくる。


「……作らないとダメか?」


「ブレンド伯爵領でコーヒー豆が栽培できてるんでしょ? 市場に供給されるようになったらミルも作れってバイスさんたちが怒鳴り込んでくるわよ?」


 招待客のお土産として渡されたコーヒー豆を示しながらの言葉。


 思い出される光景はミルの販売日に詰めかけてきた魔道具店のおやじたち。


「今度こそ増産しておくことをオススメするわ。また詰め寄られてもあたしは対応しないからね?」


 前回の時は事前にルージュからミルの増産を提案されていた。


 俺がそれを蹴った上であの出来事が起きたのだ。また同じようなことを繰り返すようでは経営者として失格だ。


「わかった。ちゃんと増産しておこう」


 素直に頷くと、ルージュが満足そうに頷いた。


 頃合いを見てアルトにも手伝わせよう。


「さて、工房に向かいましょうか。これからお仕事よ」


「先に行っていてくれ。俺は少しロンデルのところに寄ってくる」


「わかったわ」


「俺もお供します」


「必要ない。というか、お前は魔石と素材の加工が溜まっているだろ。早くそれを終わらせろ」


「ええええええ」


 シレッと仕事から逃れようとする部下を拒否。


 肩を落としたトリスタンはルージュに引きずられるようにして工房へ。


「先に緩やかにお過ごしでいいご身分ね」


 二人の姿を見送ると、近くで並んでいたカタリナが声をかけてきた。


「そちらほどではないがいい身分だしな」


 涼しい顔で流すと、カタリナが言葉に詰まった顔をする。


 マクレール家には家格と領地の大きさには劣るが、うちだって子爵家だ。


 言葉の通りいいご身分だと言えるだろう。そんな程度の言葉では皮肉にもならない。


「なんであなただけ先に入れるの?」


「コーヒーミルを作ったのは俺だ。当然、この喫茶店にも関与している。業界関係者として招待されるのは当然だろう」


「それもそうだったわね」


「あ、あの、コーヒーミルの再販の目途は立っているのでしょうか? 買いたいのですが、ずっと品切れで……」


 なんて会話をしていると、ずっとカタリナの背に隠れていたローラがおずおずと尋ねてくる。


 前回、二人での食事で奇行を起こしたので話しかけづらかったのだろう。


 しかし、そんな気まずさよりもミルの再販事情が気になるらしい。


「そうよ! いつになったら販売してくれるのよ!」


 思い出したようにカタリナもせっついてくる。


「ん? あれってジルク=ルーレンか?」


「コーヒーミルを作った魔道具師だな!?」


「おい、コーヒーミルの再販はいつになるんだ?」


「こっちはずっと待ってるのよ!?」


 カタリナとローラの声を聞いて、列に並んでいた市民たちがざわめき出す。


 早朝からコーヒーを提供する喫茶店に並んでいるだけあって、既にコーヒーにハマってしまった奴等のようだ。


 あっという間に俺がいるという情報が伝播して、列が非常に騒がしくなる。


 これに困るのは列を整理している従業員たちだ。


 ここで騒ぎを起こせばアルバートに迷惑がかかるので、早く収束させなければいけない。


「コーヒーミルの製造に関しては急いで取り組んでいる。具体的な時期に関しては未定で、詳しくわかれば発表する。それまではここの喫茶店で美味しいコーヒーを楽しむといい」


 やや声を張り上げて工房の方針を伝えながら、喫茶店をよいしょ。我ながら完璧な声明だ。


 事情を聞くと、ひとまず待機客は納得したようで落ち着いた。


 ところどころ質問の声が飛んでくるが全て答えていたらキリがないので、俺は今度こそ背を向けてロンデルの喫茶店へ移動した。




 ●




 重みのある木製の扉を潜り抜けると、そこには落ち着いたアンティーク調の空間があった。


 前回訪れた時は人が密集していて混雑していたが、今日は客がほぼいない。


 たまに見かける中年の男性と窓際の席でひたすら読書をしているエルフがいるくらいだ。


「……やはりロンデルの喫茶店は閑散としてるくらいがちょうどいいな」


「ちょっとお客さん。さすがにその言い方は酷くないですか?」


 満足げに呟いていると、それを聞いたのか見慣れない人物が声をかけてきた。


 ブラウンの髪を後ろで纏めてくくっている女性。


 いや、まだ顔からあどけなさが残っていることから少女と言うような年齢だろう。


 白のカッターシャツに黒のベストにエプロンといった従業員っぽい出で立ちをしている。


「どちら様だ?」


「すみません、ジルクさん。この子はリタといいまして、ここで働いてもらうことになりました」


 誰何の声をかけると、代わりに答えたのは奥から出てきたロンデルだ。


「リタです。よろしくお願いします!」


 愛想のいい笑顔でハキハキと自己紹介する少女。


「ジルク=ルーレンだ」


「え? もしかして魔道具師の?」


「そうだな」


「わー、有名な人だ」


 素直に感嘆の息を漏らすリタ。


 初対面の者にも知られているというのは不思議だが、不審者認定されるよりはマシか。


「ひとまず、ホットコーヒーを頼む」


 注文するとロンデルは静かに頷き、リタは奥に引っ込んだ。


 備品の整理などの仕事が残っているのだろう。


「それにしても、すっかりと落ち着いたな」


「今日はブレンド伯爵の喫茶店の開店日ですからね。お客のほとんどがあちらに行かれました」


「失礼かもしれないが、俺はここが落ち着いてホッとしている」


「私も同じ気持ちです。コーヒーを広めたい一心で貢献しましたが、大勢の客を相手するのは中々慣れるものではありませんね」


 自分たちでやったことなのにこの感想だ。互いに苦笑するしかない。


 やっぱり、ロンデルの喫茶店ではゆったりとしているくらいでちょうどいい。


 彼も一番働きやすい営業スタイルを実感しただろうな。


「新しく従業員を雇ったということは、あの子が後継者なのか……?」


 コーヒー文化の広がりや発展、お店の将来のためにロンデルは自分の知識や技術を引き継がせる従業員を増やすと言っていた。


「はい、リタに継がせたいと思います」


 木箱を運びながら後ろ髪をなびかせるリタへ視線を送る。


 髪色こそロンデルに似ているが、瞳の色や顔立ちはあまり似ていないな。


 従業員は自ら確保したいと言っていたので、てっきり娘かと思ったが違うような気がする。


「リタは妹の娘ですよ」


 そんな俺の推測を察してか、ロンデルがミルを回しながら答えた。


「私の妻は先立ち、息子は遠い街で暮らしております」


「そうか……」


 以前からロンデルには家庭味のようなものを感じないと思っていたが、やはりそういった状態のようだ。


 妻を亡くし、息子は遠く離れた土地に住んでいる。


 結婚すれば孤独にならないと言われるが、それには何ら保障のないものだ。


 どちらかが先立つ可能性はあるし、苦労して育てた子供も巣立っていくのが大半。所詮、人間が最後に頼れるのは自分だけなのだろう。


 珍しく自分のことを語ってくれたロンデルに何か声をかけてやりたい気持ちはあるが、何を返してやればいいかわからない。


「……リタは子供の頃からちょくちょく喫茶店に遊びにきてくれていました」


「私はおじさんのコーヒーとこのお店の雰囲気が大好きだったからね。だから、働かないかって言われた時は、嬉しくて飛びついちゃった」


 ロンデルの呟きを聞いて、にっこりと笑いながら言うリタ。


「私としては店舗経営の難しさを知っているので勧めるつもりはなかったのですがね」


「おじさんは心配し過ぎだよ。ちゃんと学院にも通って経営学なんかも学んでくるし、もしものために他の資格もとっておくから」


「ということは、学院に通いながら働くのか」


「はい、毎日とはいきませんが大抵の日はここで働きますよ」


「しっかりとしてるんだな」


「頼もしいことです」


「ありがとうございます」


 既に学業と両立する意思もある。


 大抵の子供は、将来について何も考えることなくぼんやりとした意識で学生時代を過ごしがちだ。


 しかし、リタは学院でどういったことを学び、それをどう活かすかまで考えている。


 それだけでなく、道を一本だけに絞ることなく、もしもの保険もかけている。


 大人であってもそこまで考えられる者は少ない。


 若いながらしっかりとした少女だ。


「ホットコーヒーになります」


 やがて、コーヒーが出来上がってリタが給仕しにくる。


 その所作に淀みはない。落ち着いた声音で「ごゆっくりどうぞ」と言い残して軽く礼をして下がる。


 出来立てのホットコーヒーを一口。


 アルバートの喫茶店で提供されたコーヒーとはやはり味が違う。


 香り高く苦味とコクが程よい。飲み慣れた安定した味でなんだか落ち着いた。


 いつもの喫茶店にいつもとは違う従業員。


 静かな店内で佇む少女は不思議と空間に溶け込んでおり、悪くないと思えた。









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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

― 新着の感想 ―
[良い点] リタちゃん 後継者いいですね。 結婚しても孤独というのは親を見ていて思います [気になる点] 「ホットコーヒーになります」はバブル期に流行ったバイト敬語で、最近は場末のファミレスぐらい…
[一言] そもそもの目的がコーヒーを広めることなんだから他の工房に仕事を振れば良いのに・・・・。
[気になる点] ロンデルの姪っ子に何かお店の為になるレシピか魔道具でもプレゼントしてやったらいいんじゃないかな? [一言] 繁盛店には繁盛店の落ち着いた店には落ち着いた店なりの良さがあるのはしょうがな…
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