独身貴族は新しい喫茶店に呼ばれる
従業員に招待チケットを渡すと、俺たちは店内へと通された。
「わっ、素敵な内装ね!」
「デートとかでも全然使えそうです!」
店内を見るなり感嘆の声を漏らすルージュとトリスタン。
一階建ての店内はとても広く、天井も高いために広々とした空間に感じられる。
内装はホワイトとブラウンの配色でクラシカルな雰囲気。
一人用のカウンター席や外の景色が見られる窓際席。二人席や四人以上がゆったりと座れるソファー席も完備されていた。
座っている招待客のほとんどは貴族か商人であり、お茶菓子を食べながらコーヒーを飲んで談笑している。
店の外は雑然としているが店内は非常に優雅なものだな。
「いらっしゃいませ。お客様、コーヒーの楽しみ方はご存知でしょうか? もし、ご存知なければご説明しますし、パンフレットをお渡ししますが」
「知っているから必要ない。アイスコーヒーを一つ」
「俺も同じものを」
「あたしはホットでちょうだい。あとクッキーも」
「かしこまりました」
俺たちが注文すると、従業員がにこやかな笑顔で返事。
すると、傍にいたもう一人の従業員が自動ミルを操作してコーヒーを作っていく。
さすがにこれだけ大きな喫茶店となると、ロンデルの店のように手動ミルでとはいかない。
基本的に備え付けられているは自動ミルだけのようだ。
店の回転率だけを考えれば、こうやるのが正しいだろう。
「番号札をお渡ししますので席についてお待ちください」
お金を払うと従業員から木札を渡されたので、先に席に座ることにする。
「あそこのソファー席にするか」
「賛成」
少し奥にある牛革のソファー席に俺たちは腰かけた。
「ジルク、お金払うわよ」
「これも業務の内だ。お前たちが払う必要はない」
「それもそうね。これも必要な付き合いだし」
財布を取り出したルージュであるが、思い直したのかそれを引っ込めた。
とはいっても、帳簿をつけて処理するのはルージュなのだがな。
「工房のお金で喫茶店を楽しめるって最高ですね!」
トリスタンは全く知識もないのに気遣いの言葉もなく、財布すら出していない。
相変わらずの能天気さだった。
天井には暖色の魔道具が設置されており店内を柔らかく照らしている。
壁には絵画がかけられており、設置されている観葉植物はとても目に優しく悪くない。
店内の至るところにはボードが設置されており、そこにはコーヒーとはどういう飲み物か、どういう風に飲むかが説明されている。
コーヒーという新しい飲み物に対しての理解を客に深めさせるためだろう。
従業員の淀みのない接客態度といい、アルバートはしっかりと教育をしているようだ。
「お待たせいたしました。アイスコーヒー二つとホットコーヒーになります」
店内の様子を観察していると、従業員が注文の品を持ってきた。
丁寧にミルクやシロップなどを置いていくと、愛想のいい笑顔を浮かべて去っていった。
「さて、問題は味だな」
コーヒー自体はミルの製造過程で三人とも嫌というほど飲んでいるので戸惑うことはない。
まずは素材そのままを味わうためにブラックで飲んでみる。
口の中で広がる豊かな香りとコク。
以前飲ませてもらった試作品では酸味が強く、一般人からすればやや飲みづらいように感じたが、今回飲ませてもらったものは非常に飲みやすい。
「普通に美味しいですね」
「ロンデルさんのコーヒーとは違うけど、これはこれで美味しいわ」
ロンデルのコーヒーを飲み慣れている俺たちからすれば、少し違和感があるがこれはこれで素直に美味しいと感じられるコーヒーだった。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
コーヒーを飲んでいると、唐突に声が降りてきた。
視線を上げると、傍には喫茶店の経営者であるアルバートがいた。
俺とルージュは慌てて立ち上がろうとするが、それを手で諫められる。
「立たなくてもいい。今日の君たちは招待客であり、私がもてなす側だ。そういう気遣いは無用だよ」
「では、お言葉に甘えてこのままで。ブレンド伯爵。本日はお招きいただきありがとうございます」
「いやいや、忙しいところ来てくれてこちらこそありがとう。ルージュは知っているが、こちらの男性は初めましてだね?」
「お目にかかることができて光栄ですブレンド伯爵。俺はジルク工房で働いています魔道具師見習いのトリスタンと申します」
チラリと視線を向けられ、トリスタンがやや緊張気味に自己紹介をする。
ルージュはコーヒーミルを納品する時に同席していたが、トリスタンはアルバートと初対面だった。
緊張してしまうのも無理はないが、一人称は私にしてほしい。上司である俺が恥ずかしい。
「私はジルク殿と仲良くさせてもらっているアルバート=ブレンドだ。よろしく頼む」
「はい、こちらこそ!」
「ジルク殿からしたコーヒーの感想はいかがかね?」
「正直に申しましてクオリティの高さに驚きました。コーヒー本来の持つフレッシュな酸味が感じられ、それでいてコーヒー独自の苦味やコクもしっかりとある。非常にバランス良く楽しめるようになりました」
以前、試飲させてもらったコーヒーはとても酸味が強く、粗削りでコクや風味も足りない感じがしたが、それらの欠点がなくなり、見事に長所が活かされている。
短期間でここまでの味を作ることができたことに驚きだ。
「そうかそうか。ジルク殿にそう言っていただけると安心するよ。ロンデルのコーヒーとはどちらが美味しいと思う?」
きらりと輝くアルバートの瞳。
非常に意地の悪い質問にルージュとトリスタンの表情が強張るのがわかった。
「そもそも使っているコーヒー豆が違います。ここまで来るとどちらがより美味しいというより個人の好みの問題になるかと」
「それもそうだったな。どちらのコーヒーが美味いなどとは愚門だったな」
俺の返答を聞いて、アルバートは愉快そうに笑った。
同じコーヒー豆、同じ配合率で作れば、淹れる職人の腕次第ということになるが、そんなことをしても意味はないだろう。
「長々と話しかけてすまないな。では、ゆっくりと楽しんでくれたまえ」
一通りの感想が聞けて満足したのだろう。
アルバートはそう言うと、他の招待客のところに顔を出しに行った。
「ふう、あれがブレンド伯爵ですか。すんごく貴族っぽいオーラが出ていて何だか緊張しました」
「目の前にも一応貴族はいるんだが?」
「確かに独身貴族がいるわね」
「あっ、ルージュさん。それ上手いです!」
悪ノリしたルージュの言葉を聞いて陽気に笑うトリスタン。
明日は魔石と素材の研磨作業を死ぬほどやらせてやろう。
「それにしても広い割に席数は思ったよりも少ないですね。まあ、席の間隔が広々としているのは嬉しいですけど」
俺のそんな思惑に気付くことなく、店内を改めて見渡したトリスタンがコメントを漏らす。
「喫茶店において大事なのは客の回転率の高さだ。無暗に席数を増やせば、回転率が下がってしまい売上が上がらずコストばかりかかる。立地や集客状況に合わせた最適な席数の見極めが重要だ」
「へ、へえ、よく知ってますね?」
まともな回答がくるとは思っていなかったのかトリスタンがやや戸惑った様子を見せる。
「俺も個人で飲食店の出資をしているからな。専門家ほどではないがそれなりに知識はある」
「ジルクが出資しているお店ってどこなの?」
「王都だと焼肉屋の『ニクビシ』だな」
「ええっ!? ニクビシってジルクさんが出資してるんですか?」
ルージュと問いに答えると、トリスタンが驚いた顔をする。
「そうだ」
「それじゃあ、ジルクさんはあの店に入り放題?」
「そうだな。俺はいつでも行けるように席が確保されている」
「羨ましい! あの店、いつも並んでばかりで中々入れないんです!」
「ねえ、ジルク。今度あたしたちも連れて行ってくれない?」
トリスタンとルージュから媚のこもった眼差しを向けられる。
「ダメだ」
「なんでですか!?」
「そこは独身貴族専用だからな」
「……さっきあたしたちが笑ったの根に持ってる?」
「別に根に持ってない。飯は基本的に一人で食べる主義だ」
ルージュとトリスタンの視線が突き刺さるが、俺はそれをスルーしてアイスコーヒーを味わった。




