独身貴族は部下の恋心を見抜く
夕方になるとアルトはイスカとパレットを迎えに工房にやってきた。
アルトを目にするなりイスカとパレットはすぐにデスクを片付けて、カバンを手にした。
「それじゃあ、お先に失礼いたしまーす!」
「お疲れ様です」
嬉しそうにこちらを振り返って挨拶をすると、二人はアルトの後ろを追うようにして工房の外へと出ていった。
「いいなぁ。皆で食事会……」
扉が閉まるなりトリスタンが羨ましそうな声を上げてデスクに突っ伏した。
サーシャは家庭の事情で早上がりをし、ルージュは営業で外に出ている。
工房に残っているのは俺とトリスタンだけなので、必然的に会話の相手をしてやれるのは俺だけだ。
それをわかっていながら俺は無視してクーラーを組み立てる。
こういう時のトリスタンを相手にするのは非常に面倒だ。どうせまた皆と一緒に食事会がしたいだの、どこか美味しい店に連れていけなどとねだってくるに違いない。
「イスカとパレットが正式に従業員になったことですし、歓迎会をやりませんか?」
「前にやったばかりだろ。絶対にやらん」
「えー! やりましょうよ!」
「そんなにやりたければ、自分で声をかけてやればいいだろう。というか、お前が一緒に食事をしたい相手はパレットだろ?」
「べ、べべ、別にそういうわけじゃないですって!」
俺がきっぱりと言ってやると、トリスタンはわかりやすいほどに目を泳がせて狼狽えた。
「誤魔化したところでお前がパレットに好意を寄せてるのは丸わかりだぞ」
「マジっすか!? ジルクさんでもわかるんですか!?」
「俺でもわかるってなんだ」
「だって、ジルクさんって結婚とか興味ないしです、異性を好きになることってないじゃないですか。女性に明らかに好意を向けられているのに鈍感で塩対応ですし……」
「あれは好意に気付いていないってわけじゃない。相手の好意に気付いた上で、その気持ちを無視しているんだ」
「それはそれで最低じゃないですか?」
「その気もないのに好意を向けてくる相手に優しくするのか? そっちの方が最低だろう」
好意を向けてくる異性に優しさを見せれば、相手は気持ちを受け止めてくれるかもしれないと期待する。期待するが故にそれが現実にならなかった時に相手は大きなショックを受ける。だったら、最初から期待させない態度を取った方が相手も傷つかずに済むというものだ。
「確かにそれはそうかもですが……」
「別に俺の恋愛観はどうでもいい。あれだけ露骨な態度をとっていれば丸わかりだ」
「ジルクさんから見て、俺って脈があるように見えます?」
「ないな」
「やっぱりそうなんですかね? 食事に誘っても皆と一緒ならって言われますし、遊びに誘っても忙しいって言われるんですよね」
「明らかな脈無しサインじゃないか」
「え! そうなんです?」
「食事に他の人を呼ぼうとするのはお前と二人っきりになることを敬遠している証だ。遊びに関しても本当に遊びたい相手とだったら何がなんでも時間を空けて応じてくれるはずだ。つまり、日程を合わせてくれないということはお前にそこまでして遊ぶ価値はないと判断されているわけで――」
「わあああああ! もういいです! そんな非情な現実は聞きたくないです!」
冷静な分析を告げてやると、トリスタンが両耳を塞いでデスクに突っ伏した。
パレットも気がないならサッサと言ってやればいと思うが、正式に従業員になったばかりの上に相手は業務として深くかかわる先輩だ。あまり無下にすることもできないのだろう。
とはいえ、このままトリスタンが空気を読まずにアプローチを続けると、パレットから不満が噴出したり、ぎくしゃくとした空気になりそうだ。
はぁ、こういう面倒な人間関係が増えるから従業員を増やすのは嫌だったんだ。
見習いとして雇う条件として性別を男に限定するか、家庭持ちの女にしておくべきだった。
今更そんなことを悔いても仕方がない。
できるだけ俺がストレスを感じない方向に誘導するべきだろう。
「正直に言って、今の状況でパレットと交際をするのは無理だろう。相手の立場になってみろ。この間、従業員として働けるようになったばかりだぞ? 自分の業務すら満足にこなせない新人が恋愛をする暇があると思うのか?」
「ないですね……」
ルーレン家の工房からこちらの工房にやってきてすぐに恋愛していれば、なにをしにこっちにやってきたのだと思われることは間違いない。
しかも、職場の先輩なんて悪手もいいところだ。トリスタンからのアプローチは迷惑なことこの上ないだろう。
「だったら俺はどうすればいいんです?」
「今は自分を磨け。魔道具師となり収入を上げれば、パレットが恋人に望んでいた男の条件へと限りなく近づける」
「つまり、今の俺にできることは……」
「目の前の仕事を速やかに片付けることだ」
きっぱりと告げると、トリスタンがガックリと崩れた。
「真面目に相談していたのに結局そうなるんですね!? いいですよ! やってやりますよ!」
俺の言葉を聞いてヤケになったのか、トリスタンは腕まくりをして冷蔵庫の素材の加工をやり出した。
そうだそれでいい。恋愛などに現を抜かしていないでもっと働け。
●
気が付けばすっかりと夜の帳が降りており、王都は暗闇に包まれていた。
二人だけだとトリスタンも無駄口を叩く回数が減るし、騒がしい新人や姦しい女性陣がいないのでとても静かな作業時間を過ごすことができた。
大型クーラーを八個、中型を十個、小型を五個。それに依頼されていた照明の魔道具を五つほど作ることができた。一日の成果としては十分だ。
作業用の眼鏡を取り外すと、目頭を軽くもみほぐして立ち上がった。
ストレッチをして固まっていた筋肉をほぐすと、デスクの上にある魔道具や素材、工具などを片付けた。今日はもう終わりだ。
「先に帰る。お前はどうする?」
「あっ、もうそんな時間なんですね。この素材の加工だけやったら帰ります」
工具を使って素材を研磨しながら返事するトリスタン。
どうやらキリのいいところまでやって帰るようだ。
「そうか。戸締りはちゃんとしておけ」
「はーい。お疲れ様です」
トリスタンの返事を聞くと、俺は速やかにバッグを手にして外に出た。
すると、むわりとした熱気が身体を包み込む。
「……湿気がすごいな」
空には夜空が広がっており昼間に比べると気温は下がっているはずなのだが、湿度が高いせいか妙な暑さを感じた。
ジリジリと肌を焼くような日差しも嫌だが、湿気と熱気を孕んだ空気というのも嫌なものだ。
夕食を摂るには少し遅い時間帯であるが、王都の大通りに展開されている酒場などはかきいれ時なのか多くの客で賑わっていた。
暑いというのによくあんなに人が密集した場所で食事を楽しめるものだ。
とはいえ、額に汗を流しながらエールを喉に流し込む客たちを見ると、意外とくるものがあるな。
こんなに暑いと冷たい酒が呑みたくなる。
エルシーの氷魔法でキンキンに冷えたお酒を呑むのも悪くないし、フローズン系のお酒を呑むのも悪くない。
今日のような暑苦しい日に呑めば、きっと美味いに違いない。
想像するだけで口の中に唾液が溢れ、ごくりと喉が鳴った。
「アイスロックにでも行くか……」
エルシーのバーには先日クーラーが設置された。暑い中、冷たい酒を煽るのも乙だが、涼しいところで冷たい酒が呑めるならその方がいい。
今夜の方針を決めた俺は方向転換し、バーのある方角へと足を向けた。
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