独身貴族は名声に無自覚である
「これで契約は成立だ」
「「ありがとうございます」」
契約書を締結させると、イスカとパレットが畏まった態度で受け取った。
「これで私たちジルク工房の一員なんですよね!?」
「そうだな」
「やった!」
「これで家族にもいい報告ができます」
しっかりと頷いてやると、パレットは嬉しそうに笑い、イスカもほんのりと笑みを浮かべた。
「うちの工房で働けるのがそんなに嬉しいのか?」
別にパレットとイスカの場合、元々ルーレン家の工房でも働いていたわけだ。
仮にうちの雇用試験で落ちていたとしても、元の場所に戻るだけで困るわけではない。
「何言っているんですか! 嬉しいに決まってるじゃないですか!」
「……ルーレン家の工房も素晴らしい肩書きを得られるでしょうが、ジルクさんの経営する工房出身となると評価は大きく異なります」
「そうそう! それに肩書きだけじゃなく、たった二週間で魔力の均一化もできましたし、ここで働くのが魔道具師になる近道だと思ってます!」
首を傾げていると、パレットとイスカが熱弁した。
しかし、うちは新人を加えても六名しかいない小さな工房だ。
そこまでの信頼や肩書きを得ることができるのだろうか。
「それだけ王都でのジルクの名声は大きなものになっているのよ」
ルージュがそう言うということは、そうなのだろう。
どうやら俺の工房で働くということは、ルーレン家の工房を含めた、他の工房で働くことよりも魅力的らしい。
「ジルクさん、自覚していないんですか?」
パレットがやや呆れた顔で尋ねる。
「他人からの評価なんてどうでもいいからな」
俺は自分が便利だと思える魔道具を作るだけで、他の奴等からどう思われようが関係はない。
「さて、正式にうちで見習いとして働くことになった以上、以前のように優しくはしない」
「えっ? あの無茶な雇用試験が優しかったのですか……?」
この娘は何を言っているのだろうか。あれだけアドバイスもしてやって、簡単な雇用試験にしてやったのだ。あれが優しさと言わなければ何だと言うのだ。
「当然だ。自分の得意な性質の魔石を一日かけて均一化など話にならん。うちでは働く以上はどの性質の魔石でも、五分以内に加工できるようになってもらう」
「えええええええっ! そんな無茶な!」
「で、ですが、ここで働く以上はそれくらいできるようにならなければいけないのですね……」
「そういうわけだ」
パレットはまだ覚悟が甘いが、イスカは薄っすらと自覚ができているようだ。
「今日からお前たちはクーラーの組み立てをしろ」
「えっ、いいんですか!?」
そのように指示をすると、パレットとイスカがみるみるうちに顔を明るくさせる。
組み立ての仕事がそんなに嬉しいのか……?
「やっていいのは組み立てだけだ。他の素材に余計な手出しはするな。細かいところはトリスタンに教えてもらえ」
「「わかりました!」」
パレットとイスカは嬉しそうに返事してトリスタンのところに向かった。
今は少しでも生産台数を稼ぐべく、使える者は使わないとな。にしても、簡単な仕事なのに、どうしてあそこまで嬉しがるのか理解ができないな。
「この二週間、あの二人は魔石の加工を除くと、掃除や雑用しかさせてもらえなかったでしょう?」
疑問に思っていると、俺の胸の内を見透かしたかのようにルージュが言った。
こいつは時々、人の心を読める妖怪なのではないかと思う時がある。
「当たり前だ。技量の足りない奴に仕事を任せられるはずがない」
「だからこそ、魔道具に関係する仕事を貰えたのが嬉しいのよ。組み立てを任せたってことは、少しは認めてあげたってことでしょう?」
それは誰かに必要とされたい、認められたいという承認欲求なのだろうか?
「フン、組み立てだけなら誰でもできる」
「まったく、本当に素直じゃないわね」
「素直も何もない。ただ事実を述べているだけだ」
ルージュは呆れたように息を吐くと、自からのデスクに戻っていった。
まあ、雇用試験であいつらにそれなりの技術があるのは示したわけだ。
根性があるのは認めてやろう。
しかし、魔道具師を志して働き続けるのは根性だけでどうにかなるものでもない。
あいつらが、いつまで働き続けられるかは別問題だ。
せめて、トリスタン程度には役立つようになってほしいものだ。
●
「いらっしゃいませ」
喫茶店の扉を開けると、ロンデルの落ち着いた声音が響いた。
店内には、まばらにしか客はおらず落ち着いた様子だった。
「お久しぶりですね、ジルクさん」
カウンター席に腰を下ろすと、ロンデルが話しかけてくる。
「ここのところは新しい魔道具の製造で忙しくてな」
「クーラーですよね! 学院の一部の教室や施設にも設置されて大好評ですよ! とっても涼しいって!」
なんて話すと、リタがトレーの上に水の入ったグラスを持ってきながら言った。
「そういえば、学院からも大量の発注が来ていたな」
ただでさえ膨大な注文が来ているというのに、ほぼすべての教室に取り付けたいなどと無茶を言ってきたそうだ。
学院だけで数百などという注文は到底受けられない。王族に卸したのが百台というのを盾にして、その半分くらいの数を納品してやったっけ。
その結果、学院に置ける重要な教室や施設にだけ設置されることになったのだろう。
学院のことだから貴族が多く在籍しているクラスなんかに設置されていそうだな。
「いらっしゃってくださったのは嬉しいのですが、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「心配はない。従業員が少し増えて作業効率も上がったからな」
イスカとパレットを正式に雇用し始めて一週間が経過した。
予約台数にまったく追い付いていなかった生産台数だったが、その差はほとんど縮まっている。
新人の二人が素材の整理や組み立て作業といった単純作業を担当し、俺とトリスタンの作業効率がアップしたからだ。
未だにクーラーの発注依頼は入ってくるが、ルージュや魔道具店の働きかけもあってその数自体は緩やかになりつつある。
一週間もしないうちに現段階での発注は落ち着くことになるだろう。
もっとも、そんなことを王族や貴族たちに漏らせば、こぞって追加注文をしてくるので絶対に言い触らしたりはしないがな。
「なるほど、それは喜ばしいことです。是非ともゆっくりしていってください。ご注文は何にいたしますか?」
「アイスコーヒーを頼む」
「かしこまりました」
気遣いが不要だとわかると、ロンデルは嬉しそうにコーヒーの準備を始めた。
アンティークな家具の数々に囲まれている店内は、とても落ち着く。
客たちもゆったりとコーヒーを楽しんだり、本を読んだりと思い思いではあるが静かな時間を過ごしていた。
サーシャにパレット、イスカと三人も従業員を雇ったお陰で、単純なマンパワーこそ増えたものの騒々しくなっていた。
勿論、しっかりと働く時は集中して作業をするのだが、休憩中の女性陣の姦しさがすごい。
次々と話題が出てきて、尋常ではない速度で切り替わっていく。
女の会話というのはどうしてああも落ち着きがないのやら。
うちの工房もここの客たちのように、落ち着きを持って過ごしてほしいものだ。
「お待たせいたしました、アイスコーヒーです」
などと考えていると、ロンデルがアイスコーヒーを差し出してくれた。
久し振りのアイスコーヒーを前に雑念を抱いては失礼だ。
俺は考え事をすぐに吹き飛ばして、冷たいアイスコーヒーを味わう。
コーヒーの苦みと酸味が実に心地いい。工房でも手動ミルを使って、度々アイスコーヒーを作ってみてはいるが、やはりロンデルの味には敵わない。
「ロンデルのコーヒーを飲むと落ち着くな」
「そう言っていただけると嬉しいです」
冷たいアイスコーヒーが乾いていた喉を潤してくれる。
グラスをコースターの上に置くと、カランと氷が涼しげな音を鳴らした。
しかし、店内にはクーラーが設置されていないせいか、むわりとした空気が漂っている、
最近はクーラーのある場所ばかりで生活していたせいで、この暑さが少しだけ辛い。
「……ロンデルはクーラーを買わないのか?」
「買おうとしたのですが、どこの魔道具店でも品切れでして……」
「なんだ、そんなことか」
買いたいという意思があるのなら問題ない。
「俺の裁量で売ることもできるが買うか?」
「ええっ!? 小型クーラーっ!? 嘘!? マスター、買おうよ!」
マジックバッグから小型クーラーを取り出すと、リタが勢いよく食いついた。
喫茶店では落ち着いているが、クーラーを前にした彼女は年相応といった様子だ。
それだけクーラーが欲しいのだろう。
「……本当によろしいのでしょうか? 王都にはそれを心待ちにしている人がたくさんいるはずですが……」
ここで喜んで受け取らず、他人のことを気にしてしまうところが誠実なロンデルらしい。
「これは俺が業務外で作った個人的なものだ。ロンデルが受け取らなくても、他の奴に渡ることはない。マジックバッグの肥やしになるだけだ」
実際は他の予約客や知り合いに回すだけであるが、ロンデルにはこうでも言わないと納得してくれないだろう。
まったく知らない奴に使われるより、知り合いに使ってもらえる方がいい。
それが行きつけの喫茶店ともなれば尚更だ。
「ありがとうございます。でしたら、遠慮なく買わせていただきます」
「金貨百枚でいい」
「魔道具店では三百万ソーロでしたが……?」
「それはあくまで店頭での販売価格だ。それにブレンド伯爵の喫茶店の件では、無理をさせてしまったからな」
「あれは私の望んだことで私にも利益のあることでしたので、ジルクさんが気になさることでは……」
「そうであってもだ。素直に値引きに応じてくれ」
俺たち貴族が頼んでしまうと、平民であるロンデルは断ることができない。
退路を塞いだような状態で頼んでしまったことへの詫びでもあるのだ。
力強く言うと、ロンデルは引き下がってくれた。
「……わかりました。その値段であれば、現金でお渡しできますがよろしいですか?」
「構わない」
ロンデルがカウンターの奥に引っ込み、程なくして大きな革袋を手にして戻ってきた。
それを受け取った俺は念のためにしっかりとお金を数える。
「確かに百万ソーロ受け取った」
「ありがとうございます」
金額が合っていることを確認するとマジックバッグに放り込んだ。
「わあっ! クーラーだ! うちにもクーラーがやってきたんだ! すごい!」
「リタ、学院で見たことがあるのなら使い方はわかるな?」
「はい!」
感激しているリタに頼むと、元気良く頷いてクーラーを設置する。
こうしてロンデルの喫茶店にもクーラーが設置され、俺はまた足繁く通うことになるのだった。




