独身貴族は居残りをするハメになる
「それでは、お先に失礼いたします」
「ああ」
サーシャのそんな声に顔を上げて返事すると、既に夕方になっていた。
ルージュはクーラーの販売日であるために各魔道具店を回っているために工房にはいない。
作業室にいるのは黙々とクーラーの生産をしている俺と、雇用試験にまだ挑戦するパレットと、それを応援するトリスタンやイスカだけになった。
「だから違うって! 最後に魔力をグオオオオオッてするんだよ!」
「グオオオッてなんですか! もっと具体的に言ってくださいよ! それじゃわかんないです!」
「……落ち着いてください二人とも」
午前中から作業をはじめてからずっとこの調子だった。
三人してずっと一か所に固まっているが、本当にパレットの力になっているのか。
いつもなら後数時間程度で帰宅するのだが、パレットが完成させた魔石を提出するか、期日を過ぎた明日の日の出まで帰ることができない。
自宅で一人過ごす時間が一番の安らぎである俺にとって苦痛だ。
早く帰って一人になりたいから合格でいいなんてことを言ってしまいそうだ。
しかし、あれだけ言ってしまったし、一度言ったことを撤回することなんてできないので我慢する他ない。
こういう時は、ひたすら仕事に集中するしかないだろう。
どうせ満足に休むことも息抜きもできないのであれば、溜まっている仕事を片付ける方が有意義だ。そして、明日はまた有給をとることにしよう。
思考をポジティブなものに切り替えると、アイスコーヒーを入れて作業に戻る。
そうやって無心で作業を続けていると、いつの間にか空は真っ暗になっていた。
「ふう……労働時間は長引いたが、いつもより多く作れたな」
目の前には大型クーラーが六台と、中型クーラーが十台並んでいた。
一日に中型クーラーを十台作るくらいが大体のペースだ。
さらに手間と時間のかかる大型クーラーを六台も作れたというのだから、今日がどれだけ長時間労働をしているか推し量れるものだ。
大きな物体で囲われていると他人がいるはずの作業室でも、一人で作業しているように感じていいな。
しかし、このまま放置して帰宅しようものならルージュに小言を言われるのは必須だ。
片付けるのが面倒になる前にマジックバッグに収納して、二階の倉庫へと放り込んでおく。
一階に降りて見通しが良くなった作業室を見渡すと、例の三人は相変わらず残っていた。
口を出していたトリスタンとイスカも最早アドバイスをすることもないのか、時間が経つにつれて静かになっていた。
トリスタンは傍で素材加工の作業をし、イスカは別の魔石の魔力加工の練習をしていた。
口を出さないのであれば帰った方がいいと思うが、何故か二人とも居座っている。
一緒にいることでパレットの魔石加工が上手くなるわけでもない。集中して作業している傍で他人がいるなんて邪魔でしかないだろう。
しかし、パレットは二人を返すように促すわけでもなく、望んで傍にいてもらっている節がある。
三人の無意味な行動が理解できないな。
俺のところに魔石を持ってきていないということは、未だに均一化ができていないのだろう。
夜明けまでまだ時間はあるが、さすがにこれ以上の労働は厳しい。
できないことはないがダラダラと作業しても効率が悪いし、いい物ができるわけがないからな。
二階の応接室のソファーで仮眠でもするべきか。
などと考えていると、猛烈に空腹感が襲ってきたお。
思えば、作業に集中するあまり夕食を食べていなかったな。
この時間になるとさすがに大通りの露店も撤収しているし、レストランや居酒屋も閉まっている。空いているのはバーくらいだが、おつまみと酒というのもな。
「……給湯室で手早く作るか」
どうせ時間はあるのだから暇つぶしも兼ねて料理でもしよう。
給湯室に移動して冷蔵庫の中を覗いてみる。
「ロクなものがないな」
冷蔵庫の中にはアイスコーヒー、ハーブウォーター、水などが入っているくらいで食材になるものなかった。
トリスタンはそもそも料理ができないし、ルージュもあまり得意ではないのだろう。
サーシャはお弁当を持参することが多く、新人は遠慮して冷蔵庫を使っていない。
他の奴等に比べて料理ができる俺はマジックバッグを持っているので、冷蔵庫に食材を入れておく必要がそれほどない。
うちの給湯室の冷蔵庫が寂しくなるのも当然だった。
「……誰だ。胡椒を冷蔵庫に入れたのは」
よっぽど急いでいたのか何かと間違えたのか何故か冷蔵庫に胡椒瓶が入っていた。
冷蔵庫に入れるのも間違いないが、常温の方が最適だ。
取り出して、傍にある棚へと入れる。
すると、そこには乾麺の入った瓶が入っていた。
多分、ルージュあたりが手早くここで作れるように置いたが、ずっと忘れて使っていないのだろうな。
「夜食にちょうどいいな」
どうせ忘れられて使い道がないのであれば、俺が使ってやろう。
遅い時間ということもあってガッツリ食べる気にならないので、スパゲッティはちょうど良いメニューに思えた。
そうと決まれば行動だ。
鍋に水を入れると、魔道コンロで火にかける。
その間にマジックバッグから取り出したキャベツをざく切り、にんにくはみじん切りにしていく。
お湯が沸騰したらスパゲッティを投入し、塩を一振り。
ついでにカットしたキャベツも入れて少しだけ茹でて、サッと回収。
もう片方のコンロでフライパンを設置し、オリーブオイル、にんにく、鷹の爪を入れて熱する。
にんにくの香ばしい香りがとてもいい匂いだ。
空腹なせいかとても美味しそうに感じられる。
にんにくの香りが立ってきたら湯切りしたスパゲッティとキャベツをフライパンに入れて炒める。
醤油、ゆで汁を加えてさらに炒め、水分に少しとろみがついてきたら火から下ろす。
器に盛り、たっぷりのネギと刻み海苔を乗せて最後にブラックペッパーを散らせば、
「キャベツたっぷり和風ペペロンチーノの完成だな」
我ながら上手くできたものだ。特に麺が綺麗に盛り付けられると、食べる前からテンションが上がるというものだ。
盛り付けた皿を持って移動しようとすると、給湯室の入り口にはトリスタン、パレット、イスカの三人がしゃがみ込んでいた。
「なんだ?」
「お腹が空きました」
「そうか」
トリスタンの傍をそのまま通り過ぎようとすると、ガッと足を掴まれた。
「お願いします! 俺たちにも食べ物を恵んでください!」
「やめろ、バカ。夜食くらい自分たちで作ればいいだろ」
思い切り足を振り払いたいが手には皿を持っているので、それも上手くできない。
「無理ですよ! 俺、料理ができないんで!」
「僕も無理です」
「私も苦手です」
というか、イスカもパレットもできないのか。
まあ、できたところで食材がないから、どっちにしろできないのだが。
「大体ジルクさんが悪いんですよ! こんな夜中に美味しそうな料理なんて作っちゃって!」
「そうですよ! こんな夜中ににんにくの香りとか暴力的です! 私の雇用試験の邪魔をしてるんですか!?」
トリスタンだけでなく、ここぞとばかりにパレットも抗議してくる。
「……お前、追い詰められている割に随分と余裕があるんだな?」
「追い詰められ過ぎているのと、深夜のせいでなんか感情の制御ができないんです!」
あははと濁った瞳を向けながら空笑いをするパレット。
どうやら空元気だったようだ。
「お願いします! 分けてください! というか、分けてくれないとジルクさんが食べる時にずっと傍にいますよ?」
ついには部下からのお願いが脅迫へと変化した。
長年の付き合いだけあって、俺が何をされると嫌なのか理解しているのが腹立たしい。
そんな察しの良さよりも、空気を読む能力やら仕事で機転を回してほしいものだ。
「わかった。分けてやるからいい加減離れろ」
「ありがとうございます!」
そのように言うと、足に張り付いていたトリスタンはサッと離れた。
せっかく作った夜食も付きまとわれては台無しだからな。
小皿を用意し、それぞれの皿にペペロンチーノを盛り付けてやる。
「盛り付けなんて適当でいいですよ?」
「お前はよくても俺が許せないんだ」
こんなデリカシーのない台詞が吐けるのは、トリスタンが料理をまったくしないからだろうな。女にモテたいと常々言っているが、これでは道が遠そうだ。
「持っていけ」
小皿を渡すと、トリスタンたちが受け取って作業室に戻っていく。
俺も自分の皿を手にして席についた。
トリスタン、パレット、イスカはイスを移動させてわざわざ固まって座った。
「いただきます!」
「ああ」
軽く返事をすると、三人はすぐに食べ始めた。
「美味っ! ジルクさんの料理、初めて食べましたけど想像以上!」
「これ……その辺のレストランよりも全然美味しいです!」
「……本当に料理ができるのですね」
ペペロンチーノを食べながら口々に驚愕の声を漏らす。
「こんなもの誰でもできる」
「「「いや、できないです」」」
ペペロンチーノなんて茹でて、オリーブオイルやにんにく、鷹の爪なんかの具材と一緒に炒めるだけだ。難しい工程など特にないが、料理が不得意な三人からすれば、これでもすごいものだと見えるのだろう。自分の感覚が狂いそうだ。
かなりお腹が空いていたのだろう。トリスタンたちはフォークを動かしてもぐもぐと食べている。
俺も食べてみると、ガーリックさと旨みの染み込んだオリーブオイルとスパゲッティの相性が抜群だった。
シャキッとしたキャベツが実に食べ応えがある上にヘルシー。
まさに夜食向けにペペロンチーノだと言えるだろう。
「ご馳走さまです、ジルクさん!」
「……ご馳走になりました」
「ああ。皿洗いは自分でしろ」
一足先に食べ終わったトリスタンとイスカが空き皿を持って給湯室に向かう。
さすがに食べ盛りな年齢だけあって早いな。
「ありがとうございます。すごく美味しかったです」
「最後の晩餐を楽しめたようで良かったな」
「やめてくださいよ! まだ時間はありますし、必ず加工できた魔石を提出してみせますから!」
哀れむような視線を向けると、パレットは頬を膨らませながら給湯室に駆け込んだ。
進捗状況がどうなのかは不明であるが、少なくとも心は折れていない様子だった。
程なくして洗い物が終わると、パレットはデスクに戻って再び魔石の加工に挑戦を始めた。
俺も夜食を食べ終わり、自分の皿を洗い終わる。
眠気防止も兼ねて食後のコーヒーを淹れると、トリスタンとイスカがデスクに突っ伏して眠っていた。
「お腹が満たされてすぐに眠るとは子供か……」
最後まで一緒にいるなどと見せていた熱い結束はどこにいったのやら。
クーラーの効いた部屋で眠って風邪でも引かれたら、明日以降の仕事に支障が出るな。
仕方なく俺はマジックバッグから取り出した毛布を二人にかけてやった。
夜空はまだ暗いが数時間もしない内に日が昇るだろう。
パレットは均一化ができるだろうか。
できなければこのままルーレン家の工房に送り返す。
新人が一人増えて、もう一人は去る。それだけだ。
とはいえ、ここまで俺が時間と労力をかけてやったんだ。
新人に残って欲しいとかそういう個人的な想いは全くないが、ただ単に一つの投資効果としてのリターンくらいは得られるようになりたいものだ。
なんて考えていると、澄んだ輝きが放たれた。
夜が空けて朝日が昇ったのかと思ったが、窓の外の景色は依然として真っ暗なままだ。
輝きの光は外からではなく、作業室の一画から放たれている。
「これって……」
呆然としているパレットの傍に近づき、澄んだ輝きを放つ氷魔石を確認する。
魔石内部の魔力が見事に均一化されていた。魔石の澄んだ輝きはその証拠だ。
どうやら最後の晩餐にはならなかったようだ。
「……合格だ」
「あ、ありがとうございます」
俺が一言告げると、パレットは喜びをかみしめるように身体を振るわせて涙を零した。
他人の泣いている姿など見てもどうしたらいいかわからない。
結果として俺は逃げるように帰り支度を整えて工房を出ることにした。
最後に作業室をチラリと確認すると、パレットがゴンという音を立てて突っ伏した。
「おい!」
まさかルージュの時のように極度の疲労や過労で意識を失ってしまったのではないだろうか。心配して駆け寄る。
魔力欠乏症になりかけてはいるが脈も安定しているし、異常は見受けられない。
ただ眠っているだけだった。
「お前もか……」
マジックバッグからもう一枚毛布を取り出し、パレットの背中にかけてやった。
雇用試験から解放された俺は扉を開けて外に出る。
すると、そのタイミングでちょうど朝日が昇り出した。
光が闇を押しのけていく美しい光景をしばらく堪能し、俺は帰路につくのだった。




