独身貴族は審査結果を言い渡す
工房に出勤しては夜遅くまで大型、中型のクーラーを作り、自宅に帰っても小型のクーラーを作り続ける。そんな生活を続けていると、あっという間に日にちは経過し、クーラーの販売日を迎えた。
とはいえ、開発した魔道具が販売日になろうと俺の日常に変わりはない。
いつも通り朝の支度を整えると、工房に出勤するだけだ。
工房にやってくると、中庭で大勢の配送業者がクーラーを運んでいた。
できたものから魔道具店に順次発送しているので、今送っているのは昨日作ったものなのだろう。
クーラーに傷がつかないようにクッションを入れて梱包している。
それを傍で指示し、見守っているのはルージュだ。
「あら、ジルク。おはよう」
「昨晩作った小型クーラー十四台だ。こっちも運んでくれ」
「ありがとう。問題ないか確認してから送るわ」
ルージュの傍にマジックバッグから取り出した小型クーラーを設置してやる。
配送業者が羨ましそうな視線を向けてくるが、マジックバッグはやらん。
スタスタと工房に入ると、既に俺以外の従業員全員が仕事をしていた。
俺が作業室に入ると、全員が挨拶をしてくるので適当に返事をして席につく。
デスクの汚れがやや気になったので雑巾で綺麗に磨くと、冷蔵庫に入れてあったハーブウォーターを入れた。
酸味の効いたレモンの味と爽やかなミントの風味が心地いい。
じんわりと浮かんでいた汗が引いていくようだ。
ハーブウォーターを飲んで一息ついていると、外に出ていたルージュが戻ってくる。
どうやら今朝の配送は済んだみたいだ。
「さあ、皆! 今日からクーラーの販売日よ! 気合いを入れて頑張っていくわよ!」
「はい!」
「頑張ります!」
「……まあ、販売日になろうと俺たちの仕事に代わりはないがな」
真面目に相槌を打つサーシャやトリスタンの傍で呟くと、ルージュにじっとりとした視線を向けられた。
「もう、せっかく盛り上げているのに水を差さないの」
事実を言っただけなんだがな。
販売日になって頑張るのはクーラーを売る魔道具店であって、生産者ではない。
現時点での予約数は数を増やし、今では千台を超えている。
販売当日を迎えた現在で生産できているのは七百三十五台。
少なくとも後二百七十台以上は作らなければいけない。
販売日を迎えようとも、ひたすらクーラーを作り上げるのみだ。
いつもの仕事と変わりはない。
「あの、ジルクさん。少しいいですか?」
作業道具を広げて仕事を始めようとすると、パレットとイスカがおずおずと近づいてきた。
「なんだ?」
「いや、あの……今日が私たちの雇用試験の日なんですけど……」
そういえば、クーラーの販売日までに加工した魔石を提出しろと言った気がした。
クーラーを作るのに夢中で、すっかりと忘れていたな。
「勿論、覚えている。加工が済んでいるのであれば持ってこい」
「は、はい」
そのように言うと、パレットとイスカが自分のデスクに戻って魔石を持ってくる。
ふと周りを見ると、トリスタン、ルージュ、サーシャの三人が固唾を呑んだ様子でこちらを見ている。
新人の雇用試験が気になるのだろう。
妙な空気と視線が鬱陶しいが、仕事をしろなどと注意するのも面倒なのでそのままにしておく。
やがて程なくしてパレットとイスカは、魔力加工を終えた氷魔石を手にやってきた。
かなり緊張しているようで二人とも表情が硬いな。
「試験内容は魔石の完全なる均一化だ。合格なら正式に雇用の契約を結び、不合格ならルーレン家の工房に送り返す。問題ないな?」
「「はい!」」
「それでは確認する。どっちから先だ?」
「……僕から願いします」
問いかけるとイスカが前に出てきた。
加工処理の施された氷魔石をイスカから受け取って確認する。
まあ、結果など魔力の流れや魔石の色合いを見れば一目瞭然だがな。
「合格だ」
「やった!」
そう告げた瞬間、イスカが拳を握りしめて歓喜の声を漏らした。
基本的に無口で落ち着いた奴なので、そのように喜びを露わにするのは意外だった。
俺たちの視線に気付いたのか、イスカが顔を赤くしながら咳払いする。
「……すみません。少し取り乱しました」
「試験を合格したんですから嬉しいのは当然ですよ」
「そうよ。試験合格、おめでとうございます」
「本当によくやったよ!」
「……ありがとうございます」
サーシャ、ルージュ、トリスタンが結果を聞いて拍手しながら褒めたたえる。
イスカは元の落ち着いた口調に戻りながらペコペコと頭を下げていた。
「さて、次はパレットだな」
「お、お願いします!」
パレットが差し出してきた魔石を受け取り確認する。
こちらは先程よりも結果が一目瞭然だった。じっくり確認する必要もない。
「……不合格だ」
「えっ!?」
完結に伝えると、パレットではなくルージュの驚きの声が上がった。
トリスタンがガタリと席を立って、俺が手にしている魔石を覗き込む。
その魔力の流れや魔石の色合いを見てわかったのだろう。
鎮痛そうな面持ちになって固まった。
「え? 本当に不合格なの? イスカさんの魔石とそう違いがあるように見えないけど?」
「……しっかりと魔力均一がされた魔石は澄んだ色をする。微妙な違いだが並べてみれば一目瞭然だ」
パレットの魔石加工も高水準で均一化がされているが、完全に均一化ができていない。
イスカが処理を施したものと並べてみればすぐにわかる。
トリスタンも一目見て、それがわかったからこそ何も言わないのだ。
「自分でもわかっていただろ?」
「……はい」
俯いたパレットが掠れたような声で返事する。
泣いているのか身体が小刻みに揺れていた。
完全にできていないというのは自分でよくわかっていたのだろう。
だから、イスカに比べてパレットは自信がなさそうだった。
「不合格の場合は、うちでは雇わない。ルーレン家の工房に戻れ」
「待ってください、ジルクさん! パレットは完璧な均一化こそできなかったですけど、ここまでできるようになったんですよ!? 夜遅くまで魔力コントロールの練習をして、魔石加工の練習もしていました。その頑張りを評価してあげても――」
「努力や過程に意味はない。重要なのは結果だ」
抗議してくるトリスタンをバッサリと切り捨てる。
パレットがどれだけ成長したか、どれだけ頑張ったかなんて関係ない。
そんなものは無価値だ。
世の中は結果が全てであり、そこに至るまでの過程には微塵も意味がない。
俺の言い渡した課題をこなせたか、こなせなかったか。それだけだ。
「もういいんです、トリスタン先輩。私が雇用試験をこなせなかっただけですから……約束通り、ルーレン家の工房に戻ります」
涙を拭いながら歩き出すパレットの手をトリスタンが掴んだ。
「いいや、まだよくない!」
「よくないって、私は試験に落ちたんですよ?」
「ジルクさん、魔石を提出する期限は今日まででしたよね?だったら、今日の夜までに均一化をして提出すれば認めてもらえますよね?」
「おいおい、それは――」
「確かいくら時間をかけても構わない――って言っていたわね?」
「はい、期日以内であれば問題ないとも仰っていました」
俺が否定する間もなく、ルージュ、サーシャまでもが思い出したように言う。
正直、二週間も前の台詞なので細かいところまで覚えていない。が、無駄に記憶力がいいルージュとサーシャがそう言っているのであれば、過去の俺はそんな風に言ったのだろう。
「いいですよね、ジルクさん?」
トリスタンをはじめとする従業員たちの視線が集まる。
夜遅くまで残るのが嫌なので面倒なんて言えば、暴動が起きてしまいそうな勢い。
俺は無能が大嫌いだが、能を有そう努力を惜しまない者には一定の評価をする。
やってきたばかりの頃は甘さが目立ったイスカとパレットであるが、それを今挽回しようとしている。朝早くに出社をし、トリスタンの手伝いをしながら学び、誰よりも遅くまで残って練習をしていた。
これまで何人の応募者に同じ課題を出してきたが、投げ出さずに食らいついてきたのはこの二人だけだ。
さっきの魔石も魔力加工が少し甘かっただけで、あと少し詰めることができればうちの工房の基準に届くものとなっている。
「……朝日が昇るまでだ。それ以降は明日とみなして受け付けん」
断じて情が移ったわけでないが、『期待』してしまっていることは確かだ。
「だってさ! まだ時間もあるから諦めずに頑張ろうよ!」
「はい!」
「……微力ながら僕もお手伝いしますよ」
「ありがとうございます」
トリスタンやイスカに声をかけられ、パレットは涙を拭って笑った。
作業にかかる新人たちを眺めていると、ルージュがやってくる。
「完全に悪者ね」
「悪者に仕立てあげた一味の癖によく言う」
「若い子なんだもの。ちょっとくらい応援したくなるわよ」
「仮雇用とはいえ、一緒に働いた仲間ですから。できればパレットさんも受かってほしいです」
「貴重な可愛い後輩だものね」
ここ二週間、自分なりにできる投資をしてきたつもりだ。
できれば、その時間と金額が無駄にならない結果になることを祈っておこう。




