独身貴族のスタンスは変わらない
「ジルクさん、今日の魔石を見てもらえませんか?」
アドバイスをしてやってからパレットとイスカは、その日にできた最高のクオリティの魔石を見せてくるようになった。
「いいだろう」
さすがにこのように直接言われては無下にすることもできない。
出来上がったものの魔石ひとつひとつに適宜アドバイスを請われるのは面倒であるしゴメンだが、一日一つ見てやるくらいなら構わない。
きっとそんな俺の面倒見の悪い性格を把握した上での行動なのだろう。
入れ知恵をしたのは、デスクから微笑ましい顔で見守っているルージュだと思う。
あいつの思い通りになるのを癪に思いながらも、パレットとイスカの魔石を確認する。
「パレット、もっと丁寧に魔力を収束させろ。外側は丁寧に均一できているが、内側に入るにつれて荒くなっている。お前の悪い癖だ」
「すみません。どうしても繊細なコンロトールが苦手で……」
「マナボルテクスの角を貸してやっただろ? 一センチの魔力で角を覆う練習をしろ」
「一センチ!?」
「本当はミリ単位がいいんだがなぁ……」
「一センチ! できるように頑張ります!」
ぼそりと本音を漏らすと、パレットは魔石を抱えて逃げるようにデスクに戻った。
「……お願いします」
次はイスカの魔石をチェックする。
イスカの均一化はパレットに比べると完成度が高かった。
「パレットとは逆にお前は魔力を強く圧縮するのが苦手だな。もっと大きく魔力を動かす意識をした方がいいだろう」
「もっと大きくですか……」
「角に魔力を流し、わざと拡散させてそれを魔力で強引に抑え込む練習をしろ」
「わかりました。ありがとうございます」
イスカは丁寧に頭を下げると、スタスタと歩いてデスクに戻った。
二人揃ってボルテクスの角に魔力を流す光景はシュールだな。
キインキインと頻繁に魔力が弾かれる音がやや耳触りであるが、集中して設計図を作っているわけでもないので見逃してやろう。
無駄に魔石を浪費されるよりも、ボルテクスの角に魔力を流している方が工房としての出費も削減できるからな。
「ジルクから見て、二人の評価ってどうなの?」
簡単なアドバイスを終えて一息つくと、ルージュがやってきた。
まともな戦力にもなれないレベルというのが正しい評価であるが、ルージュが聞きたいのはそういうことではないのだろう。
「パレットは平民にしては魔力が豊富だが、繊細な魔力コントロールが苦手でそれを活かせていない。イスカは魔力コントールがパレットよりマシだが、どうにも大きな魔力の動かしが下手だ」
「どっちにも長所と短所があるってわけね」
「そうだな」
見習い魔道具師としてお互い真逆のタイプと言えるだろう。ここまでハッキリ課題が見えているタイプはわかりやすい。
「見習い魔道具師としての才能はどうなの?」
「まあ、それなりにはあるだろう」
「ってことは、十分あるのね!」
それなりと言ったのに、どうしてそういう解釈になるのか不思議でならない。
「にしても、二人とも良い表情になったわね。ジルクのアドバイスのお陰かしら」
「……アルトやトリスタンがどうしてもと煩いからしてやっただけだ」
「そうだとしても、良い事してあげたじゃない」
バンと背中を叩いてくるルージュ。
アドバイスをされたのはルージュではないのに、どうしてそんなにも嬉しそうなのか理解ができない。
「結局はあいつらの努力次第だ」
俺がいくらアドバイスをしようとも、それを確かに実行して上達できるかの保障はできない。
「そうね。二人ともいい子だし、あたしとしてはうちで働いてもらいたいものね」
ルージュはそのように言い残すと、自分のデスクに戻った。
二人が期日までに魔力均一のできた魔石を提出できるかはわからない。
どれだけ努力をしようができなかったらそれまでだからな。
他人に期待をしない。
そのスタンスは不変であり、どれだけ時間が経過しようとも変わらないものだ。
●
ふと窓の外を見ると、空が茜色に染まっていた。
一旦集中が途切れてしまうと、ドッと疲労が押し寄せてくるようだった。
ここ最近は連日遅くまで作業している上に、自宅でも小型クーラーを作っている。
疲労が溜まらない内に早めに引き上げることにするか。
工房での作業を打ち切る判断を下すと動きは早い。
デスクの上にある素材を整理し、トリスタンの隣にあるデスクから自宅作業用の素材なども回収。
「先に帰る」
「「お疲れ様でした」」
帰り支度を整えると、俺は速やかに工房を出た。
ここ最近はずっと暗くなってからの帰宅だったので、このような早い時間に帰路につくのは久し振りだった。
太陽はほとんど傾いてしまっているが、夕方になっても外は蒸し暑い。
先ほどまでクーラーの効いていた工房にいたので尚更そう感じてしまうな。
「市場で買い物でもして帰るか」
夕食の買い出しをするべく、中央区にある市場へと足を向けた。が、中央区へと向かう大通りはやけに人が多かった。
仕事終わりの者がふらりと買い物をする時間帯であるが、今日は明らかに増している。
恐らく太陽が沈んで活動しやすくなった時間に買い物をする者たちが多いのだろう。
密集率が高いとそれだけで気温が上がる。
仕事帰りにこんな人混みの中を歩き回って買い物する気力はない。
「……やめだ。バーにでも行くか」
中央区へと足を進めていた俺だが、あまりの人の多さに買い物を断念。
ここ最近、通うことがめっきりと減っていた『アイスロック』に向かうことにした。
人通りの多い大通りから人気の少ない裏通りへ。
そうやって東に進んでいると、いつも通り傾いた立て看板が置かれていた。
ずれている看板の位置を戻し、地下へと続く階段へ降りていく。
「涼しいが湿気がすごいな」
入ってすぐに感じたのは涼しさと湿気だった。
部屋の温度が低いのはいいが、湿気が強いせいでやや居心地が悪い。
扇風機で空気を循環させているようだが、やはり気になる。
「……氷魔法を散布すると涼しいんだけど湿気がすごくて」
カウンターの奥から響いてくるのは、マスターであるエルシーの声。
白のシルクシャツに黒のスラックスを纏っているが、何となく気だるそうだ。
「暑いのが苦手なのか?」
「……大嫌い」
いつも涼しげな顔をしているエルシーが、ここまでぐったりとしているのだから本当なのだろう。
「もうすぐ、うちの工房から涼をとる魔道具を販売するんだが……」
「……知ってる。だけど、気付いて予約しに行った時は遅かった。もしかしたら、秋になるかもって……」
どうやらエルシーは前情報をキャッチし損ねて予約タイミングが遅れてしまったらしい。
今やクーラーの予約数は日に日に増加している。
うちの工房も増産してはいるが、それでも予約数には追い付いていないのだ。
「小型クーラーならすぐに出してやれる」
「……いいの?」
「開発者は俺だ。この程度の融通は効く。他の奴等にも試作品なんかを配っていたしな」
「……ありがとう。本当に助かる」
表情の起伏が少ない彼女だが、この時ばかりはわかりやすい微笑みを浮かべていた気がする。それほど暑さが苦手で参っていたらしい。
マジックバッグに収納していた小型クーラーを取り出してやる。
「……いくら?」
「ホムラの店を紹介して貰った。別にいらないが……」
「……いいえ。あの件は炭酸水を卸してもらっているからお相子よ」
別に俺は小型クーラーを売りつけるために言ったのではないのだが……。
「……小型のクーラーって一台で三百万ソーロよね?」
「そうだが?」
エルシーの当然のような説明に返事をすると、ちょっと呆れたような顔をされた。
今の会話で何か呆れられるようなことがあっただろうか?
「……三百万ソーロって、大金よ?」
「そういえばそうか」
俺からすればあり触れたものであるが、本来魔道具は高価なものだ。
小型クーラーの正式な販売価格は三百万ソーロ。
試作品ならともかく、正規品をポンと知り合いに渡すには高価過ぎるのだろう。
「宝具に比べれば安いから感覚が鈍くなっていたな」
「……まあ、作ったのはあなただし、そう感じてしまうのも無理はないわね」
俺にとってはサクッと作れて買うまでもない代物だからな。
エルシーの言う通りかもしれない。
「……こんな高価なものをポンと女性に渡したら、口説かれていると誤解されるわよ?」
「すまない。ちゃんと買ってくれ」
そのような不名誉な誤解をされるのは酷く嫌だった。
「……安心して。あなたにそんなつもりはないし、しない人だってわかっているから。小切手でいい?」
「問題ない」
危ないところだ。トリスタンや結婚する前のルードヴィッヒと同じことをするところだった。今後、魔道具を女性に渡す時は気を付けないとな。
こちらにそんな意図はなくても思わぬ誤解をされるかもしれない。
エルシーは奥に引っ込み、しばらくして小切手を持ってきた。
俺はそれをしっかりと確認し、ジャケットのポケットに仕舞い込んだ。
そもそも俺も逆の立場であれば素直にお金を払いたいと思う。
誰かに大きな借りを作るというのは、どうにも気持ちが悪いからな。
金銭的なやり取りは人間関係でトラブルを引き起こす筆頭格だ。余計な貸し借りは作らないに限る。
「……どこに置けばいい?」
「冷風が直接人に当たらない場所が好ましい。あそこの奥なんかがいいだろう」
「……わかった。そこにする」
俺がアドバイスをすると、エルシーは小型クーラーを奥の壁際に設置した。
起動の仕方や冷風の調節の仕方を軽く教えると、エルシーはすぐにクーラーを起動した。
すると、小型クーラーの管から冷風が噴出された。
「……涼しい」
クーラーの間で直接冷風を浴びるエルシー。
ふわりと髪の毛が揺れ、ほのかに甘い香りが漂ってきた気がした。
冷風を堪能しているエルシーをよそに、俺は出入り口を空けることにした。
部屋の中に漂っていた湿気を追い出したかったからだ。
「……それなら任せて」
換気をしていると、エルシーが振り返って魔法を使用。
すると、瞬時に部屋の中にあった湿気が霧散した。
「今のは?」
「水魔法の応用よ」
「さすがだな」
どうやら魔法で湿気だけを瞬時に追い出したようだ。
氷魔法を得意としているだけあって水魔法もかなり高いレベルで扱えるようだ。
換気が終わってしばらくすると、店内はあっという間に涼やかな空気に包まれる。
元々店内はそれほど広くもないし、地下室ということもあるのだろう。
入ってきた時とは雲泥の快適さだった。
「……ごめんなさい。お酒を呑みにきてくれたのに、余計な時間を取らせちゃって」
「よく通う店だからな。過ごしやすい環境になるに越したことはない」
今日のように一休みしにきたのに、暑くて湿気が凄いなんてことは嫌だからな。
「……今日はお代はいらないわ。好きなものを頼んで」
クーラーの説明や設置を手伝ったことへの返礼なのだろう。
俺は素直にその気持ちを受け取ることにした。




