独身貴族は川床を堪能する
「長々とお話してしまいすみません。それでは、ごゆっくりしていってください」
「ああ」
食器を受け取ると、リグルとゲルダは深く礼をして去っていった。
二人には川床を管理してもらっているだけで、別に俺のお世話係というわけではない。
頼めば甲斐甲斐しく世話をしてくれるだろうが、俺はそれを望まないし一人が好きだ。
二人はそれをわかっているので早々に去ってくれたのだろう。
気遣いを嬉しく思う。
一人になると川のせせらぎがやたらと大きく聞こえた。
川の傍にいるからかとても涼しい。
扇風機やクーラーで得られる涼とは違った、自然的な涼。
座っているだけでスッと汗が引いていくようだ。
縁に移動すると、そのまま靴下を脱いでそっと川に足を入れた。
冷たい水流が足の熱を奪っていくのが気持ちいい。
流れる涼風と岩を打つ水の音が心地よく、その音を聞いているだけで癒される。
見上げれば、樹齢四百年を超える大木がそびえ立っており実に立派だ。
大木をはじめとする木々が陽光を遮り、微かな隙間を通ってきたものが床に斑を描く。
ここだけは別界の美しさと涼しさだ。風流極まる格別の空間だな。
今頃、あいつらは工房で仕事をしている最中だろう。
今日からクーラーの予約が始まるので、特にルージュは忙しいに違いない。
予約が始まる前から二百件以上の見積もりが立っていると聞いたが、実際にくる数はどの程度だろうな。
まあ、新人が使えない限り、見積もりを大きく上回ろうが多く量産することはできない。
無理のないペースで生産していくだけだ。
「おっと、せっかく休んでいるのに仕事のことを考えては勿体ないな」
心と身体を休める時間は必要だ。身体の方は独神から貰った力のお陰で丈夫かもしれないが、心はそうはいかない。
休める時は休む。きっちりとメリハリをつけないとな。
何をするでもなく、しばらく景色を眺めながらボーっとする。それでいいのだ。
そうやって過ごしていると、不意にお腹の音が鳴った。
朝早くに出発し、険しい山道を登ってやってきた。
俺の胃袋が空腹を訴えるのも仕方のないことだった。
「昼食にするか」
食事をすることに決めた俺は、足をタオルで拭いて水気を取った。
それからマジックバッグに収納していた数々の食材や、必要な料理器具などを取り出す。
主な食材はアブラハヤ、サワガニ、それに道中に採取しておいた山菜と野草だ。
自宅から様々な食材を収納してやってきたが、山の恵みはとても豊かで思っていた以上に現地調達ができてしまった。
これなら無理に持ってきた食材を消費することもない。
山に登って現地で調達した食材だけで料理を作る。悪くない。
アブラハヤは半分ほどを塩焼きにし、残りはサワガニと一緒に素揚げ。山菜と野草は天ぷらにしてしまおう。
食材の調理方法は一瞬にして決まった。
それが手軽でもっとも美味しいだろうという直感があったからだ。
アブラハヤやサワガニから食べたくなるが、いきなり揚げると油が汚れるので山菜から攻めることにする。
まずはウドだな。
ウドは基本的に春の山菜だが、新芽を採取すれば美味しく食べられる。
ウドの根元を落とすと、硬い薄皮を剥がす。
産毛を包丁で丁寧に削いでやり、適当な大きさにカット。
そこからさらに縦に四等分にしてやり食べやすいサイズにすると、酢を入れた水に浸してアクを抜いておく。
その時間の間に、油や衣液の準備だ。
折り畳み式の魔道コンロを取り出す。
中にはバーナー部が折りたたまれており、スライドさせる。
周りにある五徳を展開させ、下にある脚もきっちり開いてやる。
内部に収納されているヒートシールドを展開し、小さな火魔石を投入。
最後にひねりを回せば、それだけで着火する優れものだ。
ちなみに工房では売っていない非売品だ。
俺がアウトドアを楽しむためだけに作った魔道具だからな。
折り畳み式コンロの上に鍋を置いて、そこに油を投入だ。
その間に小麦粉と片栗粉を小皿に入れて、そこに炭酸水を注ぐ。
水ではなくて驚くかもしれないが、この方がパリッと仕上がるからな。
衣液が出来上がると、熱せられた油の中に衣液を少し入れる。
衣は途中まで沈んだが、すぐに上がってきた。
高温になっているのがわかったところで、アク抜きをしたウドの水気をしっかりと拭う。
衣液に浸して、油の中へ投入した。
川のせせらぎの音に混じる油の音。
まったく違う音なのに聴いてみると意外に悪くない。不思議だな。
ウドを投入し終わると、次に採取したドクダミとシソも同じように入れる。
鮮烈な匂いを放つドクダミだが、熱を加えると特有の匂いはなくなり食べやすくなるのだ。
シソに関しては美味しさは約束されたも当然だな。
ドクダミとシソは薄い葉なのですぐに揚がった。
リグルがくれた平皿に載せ、追加で揚がったウドと一緒に盛り付ける。
「いい皿に盛り付けると何倍も美味しそうに見えるな」
食器とは、たった少しの手間でこんなにも彩を与えてくれるのだ。
ただの器ではなく、それも料理の一部だと俺は考えている。
「さっそく食べるか」
ただ眺めるだけでは勿体ない。
自前の端を手に取ると、俺はウドの天ぷらを口に運ぶ。
シャキシャキとした食感とほろ苦さが口の中に広がった。
「大人の味だな」
前世でもよく天ぷらにして食べていたが、やはりスーパーで買ったものよりも獲れたての方が風味が豊かだ。
塩につけて食べても美味しい。
天つゆでもいけるが、塩の方が素材の風味をそのまま味わえるので好きだな。
お腹が空いていたこともあり、あっという間に食べ終えてしまった。
まだ腹は膨れていない。
次はアブラハヤの塩焼きだ。
処理を施したアブラハヤを軽く塩もみし、そのまま串に刺していく。
サイズは小ぶりなので五匹を一気に串へと通した。
串に刺したアブラハヤをそのまま炎で炙っていくと、瞬く間に焦げ目がついていき、いい匂いが漂い始めた。まるで鮎を焼いた時の香りと似ている。
小さな魚なので長時間焼く必要はない。
すべてのアブラハヤの全身に火が通ったら、すぐに火から離した。
味付けとして塩をパラリとかけると、そのまま豪快にかぶりつく。
焼き上がったアブラハヤの身はほっくりとしており、淡泊な味わいが広がった。ほんのりとかけた塩と非常に合って美味しい。
小さな魚なので頭や骨までそのまま食べることができて食感もいいな。
アブラハヤのお供となるのは、ホムラの店で買った夏酒だ。
おちょこに注いで飲むと、口の中で華やかな香りと味が広がった。
キリッとした清酒独特の味が喉の奥を通り抜け、これがまた塩焼きととても合う。
「……美味い」
再び油が温まるまではアブラハヤを布で拭って水分を取っておく。
水分を含んだまま揚げると、油が弾けて危ないからな。
サワガニは料理用の清酒に浸して、酔わせてから丁寧に洗って拭う。
水分をきっちりと取り終わる頃には、油がしっかりと温まっていたので、そこにアブラハヤとサワガニを投入。
投入されたサワガニはピクピクと脚を動かしていたが、すぐに動かなくなってしまった。
瞬く間に体表が赤くなっていき、甲羅には焦げ目がついた。
赤くなっただけでこれだけ美味しそうに見えるのでカニという生き物は不思議だ。
熱が通ったアブラハヤは引き上げて、リグルから貰った角皿に載せる。
サワガニは寄生虫が怖いので油の弾ける音がしなくなっても念入りに火を通す。
しっかりと熱を通したサワガニも角皿に載せ、サラッと塩を振りかければ完成だ。
サワガニの素揚げを掴んでそのまま口へ運ぶ。
バリバリとした食感がし、中はサクサクだ。
噛むと口の中でカニの味が広がる。
「……これもいいな」
徳利を煽って、清酒を口に含むと旨みが変わる。
新たな旨みが引き出されると、記憶として鮮烈に残るな。
塩との相性もとても良く、おつまみの一品としてピッタリだ。
パクパクとスナック感覚で味わえてしまう。
サワガニだけでなくアブラハヤの素揚げも食べる。
表面はパリッとしており、こちらも美味い。
塩焼きで食べた時よりも、身がふっくらと感じられる。
より美味しく頂くには素揚げや天ぷらの方が正解なのかもしれない。ただ塩焼きも食べたかったので悔いはないな。
川の流れに耳を澄ませ、美しい自然を眺めながら山の幸をいただく。
「悪くない」
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://ncode.syosetu.com/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




