独身貴族は弟と語る
クリスマスこそ独身貴族が相応しい。
昼食を食べ終わり、川に足を入れて涼んでいると誰かが近づいてくるのを感じた。
リグルやゲルダとも違う人の気配だ。
「はぁ……やっぱり、ここにいた」
視線をやると、そこには弟であるアルトがいた。
額に汗を滲ませてふうと息を吐いている。
「わざわざやってきたのか」
「だって、僕からやって来ないと兄さんは実家をスルーして帰るでしょ?」
その通りだったので何も言い返せない。
山を下山したらそのまま王都まで帰るつもりだったからな。
せっかく一人の時間を満喫しに山にやってきたんだ。
口うるさい両親や、妹夫婦に絡まれたくなかったからな。
俺が無言で川を眺めていると、アルトが隣にやってきて腰を下ろした。
そして、同じように靴下を脱いで川に足を入れる。
「ああ、冷たくて気持ちいい」
「で、何の用なんだ?」
「もうちょっとゆっくりしようよ」
「わざわざ山を登ってまで聞きたいことがあったのだろう? そんな要件を放っておいてのんびりしろという方が難しい」
ようやく寛げるところ悪いが、用件は早く済ませておきたい。
せっかくゆっくりできる場所にいるんだ。余計なことでモヤモヤしたくない。
「確かにそれもそうだね。聞きたかったのはパレットとイスカのことさ。どうだい二人は?」
「正直言って使えないな」
「ハッキリと言うねぇ。見習いの中では、あの子たちは優秀な部類なんだけど……」
「あれで優秀なのか? ルーレン家の工房で働く従業員の質が疑われるな」
「誰かさんがポンポンと仕事を丸投げしてくるせいで、若手の育成にまで手が回らなくてね」
やや陰湿な言われ方をされたが、そう思われるくらいに仕事を丸投げしたので強くは言えない。
「それはそうとして、見習いの癖に魔石の魔力均一すらロクにできんのは頂けん」
「兄さんの求める魔力加工はレベルが高過ぎるのさ」
「そうか? 魔力均一など八歳の頃に俺はできたぞ」
転生者という特別な事情があるとはいえ、俺の住んでいた世界では魔力なんてなかった。
魔力に触れるのはこの世界にやってきて初めてであり、習熟にはかなり苦労した。
より自然に感じられるこの世界の住人であるあの二人が、俺よりも未熟とはどういうことだ。
「兄さんの才能は別格なんだよ」
そう言われると、何も言えなくなってしまうがそんな簡単な言葉で片付けられるとモヤッとする。
「仮にその一言で片づけるとして、工房で技術を教えられていないなどと堂々と言い張る二人の甘い精神性には辟易する」
工房にはレスタ、ミラ、アルト、フィーベル、イリアといった確かな実力を持った魔道具師がいる。それ以外にも家族を支えるそれなりに優秀な魔道具師が在籍していた。
精密な魔力加工だってその時に目にしていたはずなのに、それをものにできていないのは漫然とした生活を送っていたことに他ならない。
「それは僕の指導に甘いっていう一面もあるから、強く反論はできないね……」
見習いの向上心の低さと心構えの甘さを指摘すると、アルトはしゅんと肩を落とした。
「……別にお前を責めてるわけじゃない」
悪いのは甘い考えで過ごしていたイスカやパレットであって、アルトではない。
……はぁ、これだから人を育てるというのは面倒なのだ。
人を育てるには多大な労力と時間がかかる。
それなのに育て上げた人材は最後まで自分のところに残ることは保証されていない。
戦力になるほど鍛えたとしても、辞職、転職、独立などで出ていってしまうかもしれないのだ。
そんな分の悪いものに投資をしろというのが無理な話だ。
前世の企業が即戦力の使い捨てばかりを求めていた気持ちがよく理解できる。
これなら俺が新人の分まで働いた方がマシなんじゃないだろうか? あるいはトリスタンの給料を引き上げて、もっと働かせるか。
こんなことをすぐに考えてしまうのは、俺に人材教育は向いていないのだろうな。
なにせ俺は一人が好きなんだ。誰かの面倒をみるなどということ行動とは、真逆のスタイルを突き進んでいる。適性がないのは当然だ。
しかし、そう割り切って放置していては、これまでとは何も変わらない。
新人を育てない企業は、やがて衰退する。
そんなものを前世の企業を見れば明らかだしな。
「彼らが甘いことを言って努力を怠ったのなら送り返しても構わない。ただ、彼らはまだ見習いなんだ。兄さんのように完璧にできるわけじゃない。少しだけ長い目で見てやれないかな? 頼むよ」
アルトはそう言うと、頭を下げた。
何かと条件をつけて兄である俺を働かせようとする弟だが、このように真摯に頭を下げて頼み込んできたのは随分と久し振りな気がする。
「……まあ、前回の件で借りもあることだ。少しだけ長い目で見てやる。ただ、それでも使えない場合は遠慮なく送り返すから文句は言うなよ?」
いくら弟の頼みとはいえ、使えない人材を工房に置いておくつもりはない。
「勿論、構わないさ」
そのように釘を刺すと、アルトはにっこりと笑った。
魔石の魔力均一があと十一日でできなければ送り返すことになっている……とまでは言わなくていいだろう。もっと優しくしろと言われても面倒だからな。
「ああっ、でもちゃんと上手くできたところは褒めてあげてね? 兄さんはそういうところが口下手だから」
「別にそんなことはない」
「じゃあ、最近トリスタンを褒めてあげた?」
「…………」
そう言われて記憶を掘り出してみるも、トリスタンをロクに褒めた覚えがないな。
「ほらぁ、ダメだからね? 部下の働きはちゃんと褒めてあげないと」
覚えがなくて黙っていると、アルトが呆れた顔をしながら肩を叩いた。
「どうして俺が人を褒めねばならん」
「誰かに褒められるって嬉しくなってモチベーションが上がったりするでしょ?」
「しないな。俺は自分が便利に使うための魔道具を作っているだけで、第三者の賞賛など求めていない」
自分さえ満足できるものさえ作れればいい。
他者に認められたから、褒められたからなどという事で一喜一憂などしない。
「それは兄さんくらいだよ。普通の人は、自分の働きや貢献を認めてもらえるだけで嬉しくなったり、頑張ろうって思えたりするんだよ」
シレッと俺が普通の人ではないと言われているような気がするが、あれだけ大きな工房で部下を育てているアルトが言うのであれば間違いないのかもしれない。
「兄さんにもしっくりくるような言い方だと、言葉はコストのかからない投資かな。お金を渡さずに、従業員をやる気にさせるってすごい事じゃない?」
「なるほど、しっくりきた。そんな例えがあるなら早く言え」
今までコネクリ回しながら長々と語っていたが、その考えの方がよっぽどしっくりくる。
「うーん、本当は最初の言葉でしっくりきて欲しかったんだけどね」
アルトが何やらブツブツ言っているが、その理論ならば褒めることの有用性は認められるだろう。試しにやってみる価値くらいはある。
「用件はこれで終わりか?」
「うん、そうだね。これで僕もゆっくり――」
「そうか。ここまでよくやって来たな。さあ、屋敷に戻るといい」
「それ褒めていることにならないから! というか、僕にもここで休ませてよ!」
なんだ、人は褒められれば原動力が漲るのではないのか。
弟の言葉に感銘を受けたが、俺はすぐに言葉というものの有用性を疑うことになった。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://ncode.syosetu.com/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




