独身貴族は山を登る
クリスマスの季節に投稿する独身貴族は最高です。
歓迎会なる催しに付き合わされた翌日。
休みを取得した俺は朝早くから王都を出て、ルーレン家の所有する山にやってきていた。
繁忙期を前に従業員のガス抜きも兼ねているというのであれば、工房長である俺にもガス抜きは必要だ。
昨日は行きたくもない大勢での食事に付き合わされたので、今日はそれを労うために大自然の中で一人を満喫するのだ。
整備されていない山道を俺は進んでいく。
季節は夏の盛りで暑いのだが、高くそびえ立つ木々の枝葉が日を遮ってくれているので思っていたよりも涼しい。天然の緑のカーテンというやつだ。
深呼吸をすると新鮮な空気が肺に取り込まれて、体内を循環する。
青々とした葉っぱの匂い、土の匂い、わずかに残る獣の匂いなどが鼻孔をくすぐった。
自然の音だけに支配されており、王都のような雑踏はまるでない。
遠くで響き渡る鳥の鳴き声が聞こえ、近くには川があるのか水の流れる音がした。
それにつられるようにして移動すると小川があった。
水の音を聞きながら川沿いに沿って歩いていると、小さな生き物が動くのが見えた。
「サワガニか……」
足が浸かる程度の水深の浅い石の近くに二匹ほどいる。
さらに視線を巡らせると、同じような場所に三匹ほどサワガニを見つけた。
「素揚げにして食べるのもいいな」
今日の目的地は決まっており、そこで食事を堪能する予定である。
十分な食事はマジックバッグの中に入っているが、現地調達した食材があっても悪くない。
今履いているブーツは耐水性も高く、中まで濡れることはないので、そのまま小川に足を入れた。
パシャパシャと足で水をかきわける音を聞きながら、サワガニを手で捕まえる。
手の平に乗せると勢いよく逃げようとするので、ガッチリと背中と腹を抑えた。
甲羅は灰色だが手足はほんのりと橙色だ。
マジックバッグから取り出したケースに水と一緒に入れてやる。
「これで一匹」
二匹目を捕まえようとしたが、傍にいたサワガニは逃げ出してしまったのかいない。
しかし、すぐ近くに潜んでいるはずだ。
近くにある小石を適当にひっくり返していくと、三つ目でサワガニが出てきた。
「見つけた」
水の流れに乗ってちょろちょろと逃げていくが、素早く手で掴んで捕獲してやった。
これで二匹目だ。
そうやってサワガニが好みそうな石ころをひっくり返していくと、次々と見つかりそれらを捕獲していった。
「十匹も獲れれば十分だろう」
サワガニなのでサイズは小さいが、一人で楽しむ分にはまったく問題ない量だ。
収納したケースを肩にぶら下げ、山登りを再開しよう。
陸に上がろうとすると、視界の端で川だまりのような場所を見つけた。
しかも、そこには小さな魚の影がある。
気になって近づいてみると、川でよく見かけるアブラハヤがいた。
唯一の出口は俺が塞いでおり、逃げ場所もほとんどない。
水深も浅いので網で簡単に捕まえられそうだ。
マジックバッグから網を取り出した俺は、そーっと網を持ってにじり寄る。
スーッと水中をくぐらせながら、一気にすくい上げた。
すると、三匹ほどが網の中でピチピチと跳ねていた。
新たに取り出した別のケースに入れると、そのまま続けて網を振るうとさらに三匹。
「入れ食い状態だな」
さすがに網を振るって追いかけ続けると、たむろしていたアブラハヤは散ってしまった。
しかし、ケースの中には八匹のアブラハヤがいるので十分だ。
ケースを持って岸に上がると、まな板を広げて腹を捌き、内臓を抜いておく。
生きたままだとマジックバッグには入れられないし、目的地まで少し時間がかかるからな。
こうして処理をしてマジックバッグ内で保存される方がいいだろう。
それにアブラハヤは内臓が苦いので、そのまま味わうよりも抜いた方がいい。
サワガニは泥吐きをさせたいし、そのままケースで引っ提げるか。
そういうわけでアブラハヤだけマジックバッグに収納。
これで荷物が少ないまま山登りを再開できるというわけだ。
目の前では清らかな川が流れている。
とても冷たくて足を浸ければ心地いいだろう。
そんな誘惑に駆られてしまうが、ここは我慢だ。
目的地に着けば存分に味わえる。
そう心の中で呟き、俺は再び山道を歩き出した。
●
「着いたな」
山を登り続けること数時間。俺はようやく目的地にたどり着いた。
目の前には清らかな川があるが、中央には確かな足場がありテーブルもあった。
そう、ここは川床だ。前世にもあった夏の涼の取り方の一つ。
ルーレン家の管理する山の上流でそれを再現している。
靴を脱いでそこで座り込むと、民家から俺の到着を待っていた老夫婦がやってくる。
「これはジルク様、どうもいらっしゃいませ」
「今年も涼ませてもらいにきた」
「ジルク様の魔道具のお陰で健やかな生活を送れております」
「気にするな。その代わりお前たちにはここの維持をやってもらっているのだからな」
近くに住むゲルダとリグルには、川床の管理してもらう代わりに俺の作った魔道具を与えている。
歳をとると井戸の水を汲むのも重労働であるし、薪を拾い集めて火をつけるのも大変だからな。
そんな生活の支援として魔道具を与え、バリアフリーな生活を送らせているのだ。
「どうだ? 生活の中で困ったところはないか?」
「これだけたくさんの魔道具を頂いているのです。困ったことなど何も……」
「そういう遠慮はいらない。これは俺の将来のためでもあるんだ」
恐れ多い反応をする夫妻だが、それでは俺が困る。
「ジルク様の将来のためですか?」
「俺が年老いた時に、生活で不便だと感じるようなことは魔道具で解決したい。そのためにもどんな些細なことでも教えてくれると助かる」
正直、川床の管理であれば、適当な村民に金を払って定期的に管理させればいい。
わざわざ高価な魔道具を与えるほどのことではない。
それでもなお、俺がこの二人に魔道具を与えているのは、俺が年老いて一人で生活することになった時のモデルケースのためだ。
俺は前世でも三十五歳という比較的若い年齢で死んでおり、老後の生活というものを経験したことがない。
独神には健康な身体を貰っているが、それがどこまで通用するのかはわからない。
病気にならないだけで、老化による筋肉の衰えなどには作用しないかもしれないのだ。
少しでも参考になる意見を取り入れ、今のうちに対策できる魔道具を開発しておくべきだろう。
最終手段として、金を払って他人に世話をしてもらうこともできるが、可能なら誰かを頼りたくはない。最期まで一人で生きていきたいからな。
俺がそのように目的を吐露すると、リグルとゲルダは納得したように頷いた。
「ジルク様がそうおっしゃるのであれば遠慮なく。やはり大きな悩みといえば、重い物を持ち上げたり、運んだりすることでしょうか? 年寄りになるとどうしても筋力が衰えますし、腰も曲がってしまいますから」
「関節が痛くなると、立ったり座ったりすることや、階段の昇り降りも辛い時がありますね。そういった事情で家の細部の掃除が難しくなることも……」
リグルとゲルダの言葉をメモ帳に記していく。
漠然と不便になるイメージはあったが、やはり実際に生活している老夫婦の生の声は違う。自分では想像もしないような細かな不便が語られた。
後半部分は雑談のようなものへ移行していたが、そこは適当に聞き流した。
やはり大きな部分は筋力の低下か……。
身体強化を使えば老人でも驚異的なパワーを発揮できるが、老いた身体で使うと負荷が大きく、逆に身体を壊してしまうこともあると聞いた。
それにその頃には魔力の通りなども悪くなって、上手く魔法なども使えないと聞くので道具で代用するのがいいだろう。
前世の科学でこういった部分に着目してパワードスーツのようなものが作られていた。
全身のような大掛かりなものは難しいかもしれないが、一部の筋肉を補助するような魔道具なら作れるかもしれないな。
「なるほど、とても参考になった。ありがとう」
「いえいえ、こんなことであればいくらでも協力いたしますとも」
「これはもうすぐ発売するクーラーという魔道具で涼風を噴き出す。この辺りは涼しいから不要かもしれないがな」
メモ帳を仕舞うと、代わりにマジックバッグの中から小型クーラーを取り出して渡す。
中型でもいいかもしれないが、持ち運びが辛いといっている老夫婦に重い物を持たせるのも申し訳ないしな。
軽い上に馬力も十分なので過ごす場所に合わせて移動させればいい。
「おお! ありがとうございます! ここ最近はどうも暑さが厳しかったのでとても嬉しいです!」
「直接涼風に当たり続けるのはオススメしないから注意してくれ」
「かしこまりました」
ゲルダが丁寧にクーラーを受け取ると、傍にある家に持っていく。
「貴重な魔道具のお礼にもなりませんが、今年もいい皿ができましたので受け取ってくださると幸いです」
残ったリグルは傍に置いてある布袋を広げる。
そこには数多の食器が並んでいた。
リグルとゲルダは陶芸家だ。
山奥で川床の管理を受けてくれたのは、ルーレン家の所有しているこの山が食器を作るのに必要な粘土、石などの素材の宝庫だからでもあるのだ。
小皿、平皿、丸皿、大皿、湯飲みのようなものまで様々だ。
「オススメはこちらの茶碗です」
「……綺麗だな。まるで氷が割れているかのようだ」
リグルのイチ押し作品は、黒と青緑が入り混じったかのような茶碗だ。
「素地の土と砕いた氷魔石を練り合わせて作りました」
「……原料に魔石を使っているのか?」
「はい、魔道具で使う魔石があまりにも綺麗で利用できないかと考え、アルト様にご相談してみると、魔力を限界まで抜いた屑魔石を頂けました」
「なるほど、あいつが魔力処理をしているものなら安心だ」
魔石をそのまま砕いて使ったと言えば、すぐに止めさせるつもりだったが、アルトがきちんと処理しているのであればいい。
未加工の魔石は指向性のないエネルギーだ。それを素人が砕いて加工するなど、危険極まりない行いだからな。
「しかし、複雑な色合いだな。氷魔石を加えるとこんな色合いになるのか?」
「これは焼いた時の収縮率の違いによって独特なヒビ割れができ、氷が割れたように見えるのです。他にも使っている素材の配合にも工夫をしており――」
俺の疑問がリグルのスイッチを入れてしまったのか、想像以上の熱量で語られる。
正直、陶芸に関してはそこまで知識がないので共感はできないが、クリエイターとしての彼の熱意や工夫はかなり伝わった。
「あなた、あまり自分の言葉をぶつけてはジルク様が困ってしまいますよ」
「これは失礼いたしました。つい作品への熱意が溢れてしまいました」
戻ってきたゲルダに窘められて、リグルはハッと我に返った。
リグルの作ったものは全体的に渋いものが多い。
素材そのものの良さを引き出すのが好きなのだろう。
ゲルダの作ったものは素朴ながら温かな風合いを感じさせる作品が多い。
自分が使うことを想像するだけど、心がホッとするようだ。
「全部気に入ったので持ち帰ってもいいか?」
「どうぞどうぞ。是非とも持っていってください」
「感謝する」
リグルとゲルダに許可を頂いたので、そのまま皿を包んでマジックバッグに収納させてもらった。




