90.二月
二月になる頃、女王の元にデザイナーから手紙が届いた。
一目でデザイナーからだと分かるほど、細部まで趣向を凝らせた封筒だった。
他には使用されたインクや便箋も風雅であった。
もちろんデザイナーの字も大変綺麗で、まるで絵皿を見ているかのような錯覚に陥った。
一国の女王へ宛てた手紙なのだが変に格式張ったりせず、自然に優美さを感じさせる雰囲気を持っていた。
「この封筒だけを眺めるだけで一日が終わりそうだわ」
女王はすでに手紙は読み終えていたが、再び封筒を手にとってじっと眺めていた。
どんな作り方をしたのかも気になるが、ただ美しかったので見つめてしまった。
「紙でこんなに綺麗な物が作れるのね。ずっと見ていても飽きないわ」
「市販されている物なのでしょうか?それとも特注でしょうか?」
侍女のリンダが目を丸くして言った。
他の侍女達もリンダと同じように驚いている。
もし売っているのなら、かなり凝った封筒なので値が張るだろう。
とても庶民には手が出せない。
「あの方なら特注かも……。もしかしたら自分で作っているのかもしれないわね。器用って羨ましいわ」
デザイナー自身が作ったと決まったのではないが、ドレスのデザイン画を思い出すと自作なのではないかと思えてしまう。
「便箋に絵が描かれているわね。これは……描いたみたいね」
女王は便箋に描かれた花の絵を指で軽く擦ってみると、インクが少しかすれた。
「いい香りもするわね。何の香りかしら?」
「なんでしょうね。少し甘さと爽やかさがありますね」
侍女次長のアンナが手で扇いで便箋の匂いを嗅いだ。
「柑橘っぽいような気がするわ」
果汁ではなく乾燥させた皮で香りを付けたのだろう。
もし果汁だったら、炙り出しが出来るかもと女王は密かに思った。
「季節に合せたのでしょうね」
「この花の絵も季節の花みたいね」
「……あの、それで何が書かれていたのでしょう?」
女王とアンナのやり取りに宰相が口を挟んだ。
デザイナーは大陸中に顧客を抱えているので、他国の情勢が書かれているかもしれないと思い訪ねてきたのだ。
「ああ……、私のドレスの新作は見送るそうよ。秋や冬だけでなく、再開がいつになるかは未定ですって」
女王はデザイナーに無償でドレスを作って貰っている。
何故ならデザイナーは女王のドレスのデザインを素材や細部を変えて市販しており、そちらで利益が出るからだ。
大陸中で人気の劇の元になった人物とほぼ同じ服が着られるとあって模造品まで出ている。
「王配殿下の服もですか?」
「ええ、そうよ」
「デザイナー殿は大陸中に支援を広げているそうですからね。資金繰りも大変なのでしょう」
マスクや手袋などの火山灰から身を守る物を送ったそうだ。
「南東領の南部でも降灰が見られたのよね。セマルグル王国ではどうだったの?」
「隣接している領では何cmも積もったというのはないそうですよ。ただ、セマルグル王国は西側にも国土が広がっておりますから、そちらは分かりません」
これはミハイルからの手紙で分かったことだった。
外務省も各国の情報を仕入れてきている。
ケレース王国は国内全土に降灰確認された国の中では一番被害が少なかったそうだ。
イグニス島から離れているから当然といえば当然なのだが、他国に比べると格段に少なかったらしい。
元々建物や人が少なかったからかもしれないが、初動での差が出たのだろう。
「火山灰はただ降り積もるだけでなく、ずっと上空に行ってしまうのよね。それで日差しを遮ってしまう……」
これは日傘効果と言うそうだ。
「過去の飢饉もこれが原因だった時があるようです」
「飢饉……。来年の分の食糧の備蓄はどうにかなるかしら?」
年が明けたばかりだが、もう来年を考えねばならない。
今までも十分飢饉と言える状況だった。
女王をはじめ、国民が漸くまともな食事が出来るようになったのに、こんな仕打ちあるだろうか。
「辛うじて今夏は収穫出来ているようです。各領各家庭で保存もさせております」
「来年は日射量が少なくても育つ作物を植えてもらうけど、ちゃんと育つかしら?いくら少なくてもいいからって、日差しが全くなかったら、寒かったら育たないんじゃないかしら?」
「そうですね……。気温は温室を作れば大丈夫でしょうが、太陽光はどうしようもないですね」
「温室って薪が必要よね。太陽光には頼れないのだし」
「そうでした。……木も新たに切れませんからね」
十年間のうちに大地が痩せ細り、草木も弱っていた。
なので国内の森林は建築材にも使用したため、宰相の言う通り伐採出来ない。
新たに木を植えたがまだ幼木だ。
「黒く塗れば僅かな日光でも温かくなるかしら?……あっ、これは農務省の人と話さないとよね」
「地中熱という手もありますが、かなり深く掘らないといけませんので短期間で全土に復旧させるのは無理ですね」
「えっと、地中の温度は一年中一定なんだったかしら?」
「ええ。管を通して室内に空気を送れば、夏は涼しく冬は暖かいそうですよ」
「話を聞くだけだと、こんなに便利なのに広く普及しされていないのだから、工事が大変なのかしらね」
地面を十mより深く掘らねばならないのだ。
「おそらく。実物は見たことないので、何とも言えませんがそうなのでしょう」
「はぁ、問題が山積みね。食糧は保存食は作らせているけど、栄養素はどうなっているのかしら?保存の仕方次第で減少してしまったりしない?」
「……書物に記されていると思われますので、確認させます」
昔の人々が残してくれた大切な資料だ。
生きるために必要な栄養などが書かれており、他にも医術など多くが残されている。
しかし、失われた技術や知識の方が多いと考えられている。
「デザイナーからの手紙には、各地の農場の被害も書かれていたわ。綿花や蚕の餌の桑もだけど、染料に使う植物も被害があったみたい」
「花や樹木を使うのでしたね。確か、セマルグル王国にも農場があったと思います」
「セマルグル王国のどこら辺だから分かる?西側だったりしたら――」
女王はハッとして戸を見た。
王配の足音がしたのだ。
戸をノックする音が聞こえると、すぐに王配が入室してきた。
「宰相もここにいたのか。エレオノーラ、祖父上の側近からの手紙が来た」
「えっ、お祖父様に何かあったの?」
「祖父上ではないが……」
王配は太く凛々しい眉を寄せた。
「その顔だといい話ではなかったのね」
「祖父上の知り合いの農場が被害に遭ったらしい」
王配の言葉に女王と宰相の顔色が曇った。
女王の側に控えていたいた侍女達の顔も同様だ。
「セマルグル王国でもケレースと隣接する地域だと降灰があったとは聞いたけど、別の箇所でも被害が出たの?」
「そのようだ。降灰もだが、砂漠の砂にやられたらしい」
「ああ、私も博士の学会のお供でセマルグル王国の西地域に行った際に遭遇した経験があります」
「街中が黄色くなるんだよな」
王配の言葉に宰相は頷いた。
「白灰色ではなく黄色に……。それで……、お祖父様ではなく側近の方から、それも私でなくアレクセイ宛てなのってどういうこと?」
義理の祖父と孫の約束ではなく、女王と元国王が交わした約束だ。
「それはだな……」
王配は気まずそうな顔をしている。
まるで怒られると分かっている子どものようだった。
少しの間の後、女王の唇が動いた。
「……あ、きっとアレクセイに私の説得を依頼したのね。食糧支援を断ってくれって。私から各国からの食糧支援の終了を言ったから、お祖父様からのもそうしてくれってわけでしょう」
女王が言うと王配は一瞬だけ目を見開き、その後に困った笑顔に変化した。
「その通りだ。被害に遭っていない知り合いの農場もあるそうだが、今後国中がどうなるか分からないので、こちら側からなかった事にして欲しいのだそうだ。祖父上はなんとしてでも送ってくれようとするだろう。約束を違えたりしない人だから……」
王配が幼い時でさえ、言いくるめたり誤魔化したりせずにきちんと約束を守ってくれた。
王配はそのおかげで乳歯が生えそろった頃から剣術など武術を習えた。
「……農作物は分かったわ。魚や肉などはどうなの?」
「あっ、それは書かれていなかったな」
「ならば野菜や果物以外を狙えますね」
宰相はニヤリと笑った。
「じゃあ、農作物以外は予定量を送って下さいねと書くわね」
女王は早速一枚の紙を引っ張り出して机に置いた。
続いてインクとペンも用意した。
「他に何かないだろうか。あちらが申し訳ないと思ってくれるなら、何か余分にくれたりしないだろうか。さりげなく、ねだってみるか?」
王配は面白げにククッと笑った。
「うーん、いざ言われると浮かばないわね。温室をねだるのは高額だから気が引けるわ。一つだけじゃないしね」
「……衣類も十分あるしなぁ。念のため防寒具を貰っておくか?」
「用意はしているけど……、本当にどれくらい寒くなるのか不明よね」
女王と王配が首を傾げると、宰相が何かを思い出したように言った。
「米の収穫の時期に雪が降ったという記録も見ましたね」
「ええっ!では、中古の防寒具を融通してと書くわね。ほ、他に何かいけるかしら?」
女王は紙の切れ端に、中古の防寒具と書き付けた。
「ノリノリだな」
女王のいいかしら、ではなく、いけるかしらに王配は反応した。
「国民のためなら、図々しいとか欲張りだと思われたっていいもの。何なら王になってばかりなのに大変ですって嘆こうかしらね」
「ははっ!あの国は衣類は余るほどあるだろうから大丈夫だろう。他は食べ物しか浮かばないな。飼料もねだるのは無理そうだから、他には何がいいだろうか」
「油とかの燃料と書いておきましょう」
灯りや暖房に使えるだろう。
「お、いいなぁ。ついでに食用油もくれと書いておけ」
「しもやけには馬油が良いんでしたっけ?」
「それも書いておくといい。全部でなくとも、どれかは送ってくれるだろう」
「じゃあ、それも追加ね」
三人の目は怪しく光っていた。




