89.白緑
女王と王配は王城の最上部、兵士が見張りをしている場所に向かっていた。
当然の侍女や侍従、護衛の兵士達がぞろぞろと二人に付いてきている。
「エレオノーラ、階段は上れるか?」
「ええっ?毎日上っているわよ?」
いくら女王が運動が不得意だと言っても階段を上り下りするのは出来る。
王配に心配されるほどではないのだ。
「だが、ここの階段は上っていないだろう?」
「そうだけど、他の階段と何か違いがあるの?」
最上部へと続く階段は他の箇所とは違い、絨毯は引かれておらずレンガのままだがそれ以外は他と変わらないように見える。
「一段一段が少し高いんだよ」
女王がじっと目の前の階段の一段目を見てみると、確かに少し高い気がした。
「そうなのね。気を付けて上るわね。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。と言いたいところだが、危険だから俺が抱えて上ろう」
王配は嬉しそうに腕を広げ、女王に一歩近づいた。
「前にもここの階段は上った事があるから、そんなに過保護にしてくれなくても大丈夫よ」
「いやいや、遠慮せずにだな」
王配はもう一歩女王に近づこうとした。
「……待たせるのは悪いから、早く行きましょうよ」
しかし、女王は気にせずに階段に片足を乗せて王配の方を見た。
「……相変わらず淡泊だなぁ。では俺は横から支えるとしよう」
女王は塔から脱出した後にケレース王国の現状を知るためにこの階段を上ったのだが、筋力が足りなかったので上るのが困難だった。
王配はその時の様子を思い出したのだろう。
「じゃあお願いするわね」
「おう、お願いされよう」
女王と王配は何の問題もなく階段を上り終えた。
最上部には大勢入れないので侍女や侍従は扉の前で待機する。
「陛下、念のためマスクをなさってください」
「ええ」
「殿下もマスクをお使いになってください」
「分かった」
二人はそれぞれ侍女や侍従から口元まで覆う頭巾を渡されて装着した。
王配のは何度も使っているので、女王の物と比べると少しくたびれている。
「保護眼鏡はしなくていいの?」
「降灰は止んでいるから大丈夫だろう。では行こう」
兵士が扉を開けると、女王は目を細めたがその必要はなかった。
全然眩しくなかったのだ。
「陛下、殿下、お待ちしておりました」
最上部には将軍がいた。
女王はそのせいで見張りの兵士が強ばった表情をしているのかと思ったが、自分達が来たせいでもあると考え直した。
このような場に女王と王配が来るのは滅多にないので、兵士達が緊張するのも無理もない。
空を見上げると曇天のように灰色をしていて重苦しかった。
「陛下。早速ですが、こちらをどうぞ」
女王は将軍から遠眼鏡を渡された。
「ありがとう」
「殿下はご自分のをお持ちですか?」
「ああ、持ってる」
王配の遠眼鏡は随分使い込んでいるようで、いくつか傷がついていた。
「では西側の中央領から見てみましょう」
王都は中央領の東側、東領の北側にある。
東側にはアイテール王国との国境の山脈が連なっている。
女王と王配は西を見てみた。
「……なんだか緑がかすれているように見えるわね」
女王は念のため、遠眼鏡のレンズが曇ったり汚れていないか確認してみたが、綺麗にされており指紋も何もついていなかった。
「一時期よりはかなり良くなったが、木々や草原や畑の色が綺麗じゃないな。それこそ、かすれたと言うか、ぼやけたと言うか……」
「灰白色だけしか見えなかった時から比べたら良くなったのでしょうけどね……」
何日か前に寝室や執務室の窓から見た風景からは色がなくなっていた。
それからしたら、皆が火山灰の清掃を頑張ってくれたのだと分かるが、やはりかすれたような、ぼやけたような、曇ったような風景は胸が痛んだ。
そんな風景を目にして、女王は遠眼鏡を外してため息をついた。
「あ、そうだわ。旗はこのままにしておくの?」
女王が旗を見上げると王配と将軍も顔を上げた。
降灰を知らせるための赤と黒の旗は火山灰で汚れている。
下に垂れている部分が少し皺になっているので、兵士達がここを掴んで火山灰を払ったのだろうと思われる。
他にも箒や棒で叩いた跡が薄らとつていた。
「下げるにしても各領に連絡してからでないといけませんね」
「北領と北西領の被害は報告通りと考えていいのかしら?過小に報告してないかしら?」
女王は国に負担をかけないようにしているのではないかと疑っているそうだ。
ケレース王国は人も金もなくギリギリなので
「ふっ」
「何かおかしな事言ったかしら?」
思わぬところで王配が笑ったので、女王は首を傾げた。
「普通だったら支援して欲しいのだから過大に報告するだろうと思ってな。エレオノーラらしい発想だな」
「見栄を張って過小報告するかもしれませんよ?」
「俺だったら領の金は残しておきたいから、国の金を当てにするがなぁ」
「中央領はそうするのね」
「……すまん。もう何も言わない」
女王が真顔で返すので、王配は冗談にしては悪趣味だったと反省し素直に謝罪した。
「はぁ、見栄とか気遣いとかいらないから、そのまま報告してくれればいいのに……。では、各領に再度被害状況を確認しましょう」
「だな」
「……えっと、東側の山はどうなっているのかしら?」
女王は振り向いて反対側を遠眼鏡で見てみた。
「……んーどうだろうなぁ」
王配も女王と同じ方角を見てみた。
山脈には夏でも雪が残っている。
それとも氷河だろうか。
「厳冬になる可能性が高いのなら、雪も多くなるのよね」
「雪崩も増えるか」
「雪が溶け出したら、土砂崩れや地滑りも多くなるでしょうね」
国民には山に近づくなとしか言えない。
しかし、生活のために山に入らねばならない人もいるだろう。
その人達のために何か出来ないだろうかと女王は思った。
「人為的に雪崩って起こせるの?」
雪崩を起こす日にちを近隣住民に伝えておけば、巻き込まれる人はいなくなるだろう。
「確か爆発させるんじゃなかったか?」
王配が言うと、女王は爆発と小さく言った。
「発破技士もお金もないわね。柵を立てておくぐらいなら出来るかしら?」
「落石も防止出来ていいんじゃないか」
「他にも、雪崩に巻き込まれた時の対策を周知させるといいでしょう」
「じゃあ、追加になってしまうけど、慰問に行く楽団員と劇団員にお願いしましょうか。口元に空間を作るのだったわよね」
「ああ、それくらいだな」
王配の返事を聞いた後、女王は再び遠眼鏡で西側を見た。
「緑が戻って来たと思ったのに……」
自然の緑はまだ少ないが、人の手が加わった田畑や果樹や草花は綺麗になっていた。
しかし、今は綺麗な緑ではなくなっている。
「緑もだけど、生き物達も戻りはじめていたのに……」
虫や小鳥などの花粉を運ぶ生き物達もだが、彼らが増えすぎないように彼らを狙った捕食者も自然の営みでは必要だ。
「寒くなりすぎると、生きていけない生物もいるんだろうな」
王配の生まれ育ったセマルグル王国はケレース王国より年間平均気温が低い。
しかし、生息している生き物の種類も寒さに強いものばかりなので、野生生物への防寒等の参考になる意見はないだろう。
「積極的に人の手で保護すべきなのかしら?」
「農務省はなんと言ってるんだ?」
「まだ何も話していないわ。各地の対応に追われているようだから……。だけど彼らだって後手に回りたくないでしょうね」
生き物達だけでなく、人間の命もかかっている。
野生の生き物が戻って来るように取り組んでいたのに、イグニス島の噴火による降灰の影響で努力が無に帰すのは嫌だった。
「今回は農務省が大忙しだな」
ケレース王国の主要産業は第一次産業なので、彼らの仕事に命運がかかっていると言ってもいいかもしれない。
「増員した方がいいかしら?前に各地の農業従事者に見守るように伝えているけど、自分達の事で手一杯になっている可能性もあるわよね」
女王は遠眼鏡を使い南側を見てみた。
王都と東領、晴れていたら微かに南東領が見えるはずだが、王都の端が見えるくらいだった。
「もう一度知らせを出しておくか」
「そうね。どこかに手が空いている部署ないかしら?」
女王は言いながら北側を見てみた。
中央領が張り出しているので、中央領と北東領が見えるはずだが、ちょうど風が吹いてきたので砂や火山灰が舞上がり視界が悪くなった。
「残念ながら、どこにもないですね」
「どの省も各地の確認に追われているだろうな」
「となると、楽団と劇団に……」
「おいおい、何でもかんでも任せすぎだろう。エレオノーラの指示だと従うしかないんだから、無理をさせてはいけない」
彼らは女王に恩義があるので、女王のためならと無理をしかねない。
「健康第一だものね。ではやはり、農業従事者達に任せるしかないようね」
「子ども達に見回らせるのはどうだ?彼らなら大人が気付かない所も見てくるんじゃないか?」
「子どもに?危なくないかしら?」
「陛下のおっしゃる通り、誉められようとして無茶をする子が出るでしょうね」
「……思いっきり心当たりがあるな」
王配は遠くに見える山を見た。
遠い記憶を思い出しているのだろう。
「……後で、何があったのか聞かせてね」
女王の笑顔に、王配は頷くしかなかった。
サブタイトルが浮かばなかったので、女王達が見た色にしてみました。




