84.降灰止む
「ルチアーノの証言通りだったと……」
ルチアーノの証言から三日ほど経過していた。
女王は彼にどんな心変わりがあったのだろうかと考えていた。
医師かマリオの影響なのだろうか。
「この季節ですので腐敗が進んでおりましたし、野生の肉食獣が食い荒らした跡があり、損傷が激しかったのですが残っていた骨から復顔を行いました」
一部白骨化していたし獣に引きずられたようで頭蓋骨も欠けていたが、破片を組み合わせて頭蓋骨を直した。
「貴方の恋人に礼を言っておいて」
南領から二名の頭蓋骨だけ運んで貰い、メリッサが復顔をしたのだ。
恐ろしい集中力で二人分の復顔をやってみせた。
宰相も少し手伝ったし、何人かが手伝いをしたそうだが、あり得ない速度だったらしい。
久々だったので張り切ったのだろうと思われる。
「……はい。それでですね」
女王に恋人と言われ、宰相の冷静な表情が少し揺らいだ。
「どうしたの?」
王配だったら宰相をからかっていただろうが、女王はしない。
「いえ、なんでもありません。えっと、似顔絵から彼らの仲間だと特定されましたので、現在家族や知り合いを探しているそうです」
二名の似顔絵を発見された近隣の町に貼り出し始めるそうだ。
「分かったわ。この調子で他の人も探していけたらいいわね」
「はい。そのためには彼の証言が必要ですね」
「どんな手を使ったのかも記録しないと、よね」
今回は二名とも首の骨を折られていたようだ。
これは南領で検死されて特定された。
その際に首と胴体を離したのだ。
「ええ。しかし何故、彼は喋る気になったのでしょうか」
「心境の変化なのかもしれないし、気まぐれなのかもしれないし、どちらか分からないなら薄い期待だけしておきましょう。まずは火山灰の全撤去と第一次産業の被害確認ね。その次が今後について……」
女王が窓から外を眺めると、宰相も同じようにした。
「降灰が終わったのに晴れないなんて……」
空は曇っているかのように太陽の姿は見えなかった。
真っ暗ではないが、日中なのに薄暗いのだ。
「このまま火山灰が上空からなくならないのなら、厳冬になるやもしれませんね」
「羊毛や羽毛などの防寒具で対策をしないと。後は楽団員と劇団員を派遣して、冬や今後の対策の説明に行かせないと」
「冬までは時間があると言いたいところですが、今年は冬が早く来そうですからね。急ぎませんと」
「そうね……」
宰相が退室すると、入れ違いで将軍がやって来た。
「この度は、陛下の前で無様な姿を晒してしまい、誠に申し訳ございませんでした。武器を奪われた者と監督責任のある私は減給処分にいたしました。兵士にはより一層身を引き締めて精進させます」
「ええ、彼もルチアーノと同様に訓練していたのでしょうね」
ルチアーノから習ったのだろうか。
女王が見たのはほんの最初の部分で、その後は盾を持った兵士で見えなかったが、かなり慣れた動きをしていた。
「オレグ殿から逃走時の様子を聞いていたのに、失念しておりました。大事にならなかったのが幸いでした」
「身体検査の時に武人の体つきをしていなかったのでしょう?すぐに対応出来ていたし、こちらに大怪我をした者がいないのだから、そんな顔しないで」
女王自身は倒れかけていたので、兵士達が即座に反応していたのでそれだけで十分素晴らしいと思っていた。
しかし、将軍はそうではなかった。
「そう言って頂けるのは有り難いのですが、武器を奪われているのです。最悪の事態になっていたかもしれないので被害が大きくなかったから、よかったとはならないのですよ」
彼らにとって、武器を奪われるなんて恥でしかないのだ。
拘束中の犯罪者を暴れさせてしまうのも大失態である。
「……分かったわ。今後同じような事件を起こさないように気を付けて」
「はっ!」
将軍はキビキビとした動きで礼をして、執務室から出て行った。
女王は将軍の背中を見送り、足音が去って行くのを確認してため息をついた。
(やはり私は考えが甘いのね)
女王はフランチェスコ以外の負傷者が出なくてよかったと思っていたが、彼を暴れさせてしまう隙を作った時点で駄目だったのだ。
(再発防止のために訓練をさせないと。イリヤ殿やオレグ殿はまだ王城にいるかしら?彼らに何か聞けるかしら?)
イワンは独自に部下を鍛えている。
潜入や諜報も可能らしい。
(いつも頼ってばかりね。本当に何も一人で出来ないわ)
女王の頭の中で王配の精悍な顔が浮かんだ。
彼に頼られる人間になりたいと思っているのに、ちっともその理想に近づかない。
(経験値の問題かしらね……。塔で本を読むだけで、ダニエラとアンナに守られた生活だったわ。文字ばかり追って、現実からも目を逸らせていた)
女王は塔の中で十年間幽閉されていた。
外の情報は何も知らずに暮らしていたため、王配に救出されるまで、ケレース王国の惨状を知らなかった。
前王がただ玉座が欲しいだけだと思っていたのもあるが、知ろうとしなかった。
実際は女王以外の王族達が贅沢三昧をしていて国民は餓死していく者が多かったし、前王に諫言や批判をした者は皆処刑されていた。
「ハァ……、受け身じゃ駄目なのは分かっているのに」
「お、おう」
女王の頭の上から王配の低い声が聞こえてきた。
「……アレクセイ来ていたの?」
女王は王配がいつの間にか来ていたので驚いていた。
彼女が見上げると王配は心配そうな顔をしていた。
「何を悩んでいたんだ?俺でよければ話を聞くぞ」
「私って本当に甘いなって思っていたの」
女王は素直に王配に話そうと思った。
「ふむ、昔の人は恋人や伴侶をハニーとか甘い物の名前で呼んでいたらしいぞ」
王配は話を一旦変えるようなので、女王もそのまま会話を続けた。
「ハイ、ハニー!……こんな感じかしら?」
「そうじゃないか?まぁ、エレオノーラは美しい女神なのだがな。うん」
「私は人間よ。アレクセイ」
「比喩表現だ。……それで、甘いと思ったのはどうしてだ?」
「それは――」
女王は先ほどの将軍とのやり取りを王配に説明した。
「彼らの仕事だからな。何か行動を起こされた時点で始末書だ。それも何枚もだな」
王配はとても嫌そうな顔をしたので、おそらく始末書を書いた経験があるのだろう。
「私はあの時、何も出来なかったから……。体が固まってしまって何も出来なかったの」
「仕方ないさ。……過去の記憶がそうさせたのかもしれないしな」
王配に言われ、女王は一瞬だけ十二年前の惨劇を思い出した。
「っ、今まで意識していなかったけど、そうなのかしら?すり込まれているから体が動かなくなっちゃったのかしらね」
「……兵士の訓練を見ている時は平気なんだよな?」
「そうね。遠くからしか見ていないけど、大丈夫よ。今度近くで見てみるわね」
武器や甲冑がぶつかる音を聞いても平気だった。
大きなかけ声を聞いても問題なかった。
「無理に克服しなくてもいいんだ。克服過程で心身に負担をかけるのはよくない」
「もちろんそうだけど……。単に暴れ出したからではなく、私に向かって来そうだったからかしら?勘違いかもしれないけど、ほんの一瞬だけ目が合った気がしたの。蛇に睨まれた蛙状態よ。あんなに離れていたのに……」
絶対に剣先が届くはずがないのに、恐怖で縮み上がってしまったというのだろうか。
「突然の事態に緊張で体が動かなくなっただけさ」
「けれど、情けないわ。あの場で一番状況を把握していなかったのは私だもの。それなのにアレクセイが支えてくれなかったら確実に倒れていたわ」
「俺の役目を果たしただけだ。エレオノーラを支えるというな!」
「まさか物理的に支えられるなんて思っていなかったわ」
「今までも、結構支えてきたと思うぞ?スキップの時とか」
女王は体力や筋力を付けるために走ったり、スキップの練習をしている。
寝室が広いので、就寝前に侍女達には内緒でやっていたが、今のでバレてしまった。
「あんなに難しいとは思わなかったわ。……そうじゃなくて、受け身じゃいけないのよ。甘い考えも駄目なのよ。頼りない王様じゃ駄目なのよ」
「なんだ?支えさせてくれないのか?」
「私はもっと頼られる人間になりたいのよ」
「何をもって頼られていると感じるんだ?気付いていないだけで、皆エレオノーラを頼っているぞ」
「アレクセイも私を頼ってくれているの?」
「もちろんだ。エレオノーラは俺にはない発想を持っているからな」
女王はそうだろうかと思ったが、王配の言葉を信じる事にした。
王配ならこの場面で嘘を吐かないと思ったのだ。
「ありがとう……」
「ああ、悩みは少し晴れただろうか?」
「ええ。少し楽になったわ。ところで、アレクセイは何しにここに来たの?」
「ん?……ああ、そうだ。イリヤとオレグが明日帰国するそうだ」
「え?本当?武術などを聞きたかったのだけど、また次の機会にお願いしましょう」
今は復興に尽力すべきなので、兵士を別の業務で人員を割けない。
訓練された兵が欲しいが、人がいないので育成するのも大変だ。
時間がかかるし指導を付けてくれる人も探さないといけない。
「まぁ、いざとなったらマクシムに聞けばよいだろう。この国の人間なのだから、女王が命令を出せば断れないだろう」
「一応イワン殿に話を通してみるわね」
独自に編み出したもの等で秘密にしたい技術もあるだろう。
「それがいいだろう。叔父上の名前を出せば喜んでやってくれるだろうしな」
翌日、イリヤとオレグはヴァシリーの護送の時に再び来ると言って帰って行った。




