83.医師の話
「では、殺し屋に話を戻すけど……」
「私は彼を脅したりはいたしませんよ?」
医師は以前、殺し屋のルチアーノを医師の立場で脅すように言われていた。
それも女王だけでなく、王配や将軍まで言ってきたのだ。
「ええ、分かっているわ。貴方は治療に専念して」
「はい」
医師は会釈程度の軽いお辞儀をした。
「フランチェスコの背中の怪我はどうだったの?」
「深く刺さっている矢もありましたが、矢尻は全て取り除けました。出血しましたが、多くはなかったので安静にしていれば大丈夫でございましょう」
「うつぶせで寝かせているの?」
フランチェスコは背中に複数の矢を受けたため、仰向けで寝ると傷口を圧迫してしまう。
「ええ、そうです。暴れないように固定もしてあります」
自殺を謀るかもしれないし、なんなら他の者も巻き込む恐れがある。
なので手足と腰部分を固定してある。
「兵士で負傷した者は?」
「皆、軽い打撲程度だったようです。幹部を冷やす等の処置を施しました」
フランチェスコが激しく抵抗したので、その際に打撲を負った者がいた。
皆甲冑を装備していたので痣が出来たぐらいの怪我だった。
「そう。引き続き二名囚人の怪我の治療を頼むわね」
「かしこまりました」
医師は女王の執務室から出た足で、牢にいるルチアーノの元に向かった。
もちろん一人では危険なので衛生兵や普通の兵士も一緒だ。
「怪我の具合はどうですか?」
「……」
「今から鼻腔内のガーゼを取ります」
「……」
やはりルチアーノは喋らなかった。
イリヤに鼻を折られたので、固定するために鼻の穴にガーゼを入れていた。
まず、衛生兵に鼻の外側を固定していた物を取らせた。
次に、医師が鑷子でルチアーノの鼻腔内からガーゼを取り出した。
ルチアーノは兵士に取り押さえられているからか、無抵抗だった。
「鼻で呼吸は出来ますか?」
「……」
僅かだが、ルチアーノは頷いた。
口は閉じているが呼吸はしているようなので、ちゃんと鼻から息が吸えているのだろう。
「顔を拭いてあげなさい。ついでに体の包帯も取り替えるので体も拭いてやりなさい。暑くて汗をかいているでしょうからね」
「はい」
衛生兵は分厚い手袋をしているので、手や指を噛みつかれる心配はない。
手の他は耳や鼻も隠している。
出っ張っている箇所は狙われやすいからだ。
他の急所も防具で覆っているので、急襲に遭う心配はないだろう。
「古傷はどうしようもないですが、何処か他に痛い箇所はありませんか?」
「……」
「鏡でご自身の顔を確認しますか?」
「……」
ルチアーノの顔は鼻の傷の他に、痣が薄くなり大きく広がってきている。
「必要ないということですね。……貴方は痛み止めを飲んでいないそうですね。こちらが毒を盛るとでも思っているのですか?」
「……」
食事の際に一緒に薬を出しているが、一切口を付けていないようだ。
細工されている可能性もあるので、医師達は勿体ないと思いながら廃棄していた。
「だとすれば大間違いですよ。仮に陛下の頼みであっても、そんな事は私はしません。指示もしません」
「……」
「何故なら私が直接手を下した方が早いからです。毒など必要ありません。今ここで貴方の首を切り裂けるからです。なんなら、先ほど貴方の鼻に鑷子を入れた時にそのまま奥に差し込んでしまえば脳を傷付けるのだって出来ましたしね。殺し屋の貴方なら分かりますよね」
「……」
大昔はそうやって脳みそを掻き出して木乃伊を作っていた国があるらしい。
「正直私は貴方が憎くて仕方ありません。陛下を困らせる人間が何より憎い。貴方は陛下が塔から救出された直後のお姿を見ていないでしょう。私は見たのです。痩せ細ってボロボロになっておいででした。最後に見た時のお姿とあまりに違いすぎていたので、最初は陛下だと気付きませんでした。もちろん成長なさっていたからではありませんよ」
「……」
「陛下が生きておられたのを知らなかった私自身も憎いし、陛下をそんな目に遭わせた張本人らも憎い。この手で殺してやりたいと何度思ったことか。私だったら誰にもばれずに殺せますからね。貴方のように」
脅しでなく事実だ。
「……」
「そう思うと同時に、どうせ憎い相手を殺すのなら、うんと苦しませて派手に殺したいとも思うのですよ」
「……」
「ですが、陛下が貴方達が死ぬのを望んでおられないので、私はしません。そもそも実行する勇気がないので、多分一生しないでしょう。まぁ、勇気とかを考える余地もなく激昂したら、どんな人でも何をしでかすか分からないのですけどね」
医師は苦笑した。
「……」
「私は医者です。人を治療するのが仕事です。私が若い頃の話で恐縮なのですが、大怪我を負った罪人を治療する時に、この人を生かす価値はあるのだろうかと考えてしまったのです。私は何様になったつもりでいたのでしょうね」
「……」
「自分語りはここまでとして、……貴方はずっと口を噤んで何様のつもりなのですか?」
医師は声が固くなっていた。
顔も強ばっているようだ。
「……」
「何も喋らないのは情報を漏らさないと言うより、悔いる気持ちがないと考えていいでしょうか?人を殺す時や殺した後に何も思いませんでしたか?それとも考えるのを止めていましたか?慣れるのにどれくらいかかりましたか?それとも慣れたふりをしていますか?」
「……」
「初めて嗅いだ血の臭いはいかがでしたか?肉を裂いた感触は?骨を折った音はどうでしたか?」
「……」
「貴方は実によく訓練されていますね。私の言葉に僅かしか反応しないですね」
常人なら見逃してしまうであろうほんの僅かな事でも、医師は見逃さない。
そうでなければ患者の異変に気付けないからだ。
「……」
「私はどんな治療をしたのか、ほぼ全部覚えていますよ。優秀な貴方も今まで殺めてきた人を全て覚えているのではないですか?同じだとバレてしまいますから、手口は毎回違うのでしょう?」
「……っ」
ルチアーノの目が大きく開かれた。
「覚えているようですね。正直に言うと、私は今でもこれで本当に正しい治療なのかと恐怖を感じます。多くの人を治療しても全く同じ治療内容はありませんでしたのでね」
「……」
ルチアーノの顔はすぐに元に戻った。
「陛下は貴方の大量殺人の証拠が欲しいのではありません。何故殺されなければならなかったのかを知りたいのです。まだ見つかっていない人を家族に返してあげたいと思っておられるのです」
「……」
「何故陛下がそのように思うのかなどと言いませんよね?陛下の生い立ちを知っていれば何故だなんて愚かな言葉は出ないはずです」
「…………」
「貴方の証言が必要なのですよ」
「…………」
「以上です。痛み止めは今まで通り出しますから、食後に飲んでください」
そう言うと、医師達はルチアーノの牢から出て行き、ガシャンと牢の扉が閉じられた。
ルチアーノは床をじっと見るだけだった。
「はぁ、疲れたぁ。おーい、隣は生きてるかー?」
マリオは刑務作業から戻って来て早々、隣の牢にいるルチアーノに話しかけた。
「……」
「はい、無視ですか。そうですか。知ってたわクソめ」
相変わらず喋らない隣人に呆れ、マリオは食事が運ばれてくるまで寝転がる事にした。
彼が動くと鎖の冷たい音が鳴った。
そんな音も気にせずに、彼がふぅと一息吐いた時だった。
「……です」
珍しく隣の牢屋から反応があった。
「……んあ?何か言ったか?」
「南領と南東領の境の森に二人の死体があります」
「うぉう!な、なんだ急に!」
「何を騒いでいる!」
マリオが大声を出したのを聞きつけ、兵士がやって来た。
本来はマリオが喋った時点で兵士が駆けつけなければならないのだが、マリオにはルチアーノと会話をして情報を聞き出す役目があるので、すぐではなく少々様子を見てやって来た。
「なんだ?心変わりかっ?!」
「お前は静かにしていろ!」
「へいへい」
マリオは自分が話しかけたから彼が喋ったんじゃないかと思い、少々不貞腐れた。
「今何を言ったんだ。答えろ」
「……」
兵士が聞いてもルチアーノは口を開かなかった。
兵士がため息を吐いたら、マリオが代わりに返事をした。
「南領と南東領の境の森に二人の死体があるってよ!」
「……他に何か言っていたか?」
兵士はルチアーノが喋る気がないと判断したのか、マリオの牢の前に移動して質問した。
「いんや」
「本当だろうな」
「俺が嘘吐いても何の特にもならないだろう」
マリオはうんざりとした様子でため息をついた。
「意味もなく嘘を吐く奴もいるだろう」
「んまぁ、そうだけどよ……。後で嘘だと分かって罰が厳しくなるのは嫌なんだよ。若くねぇから辛いのなんのって……」
「余計な事は喋らなくていい」
「……チッ」
二人の死体はすでに発見されていたが、今回の事件と関係があるのか判断材料が少なかった。
すでに野生の獣に食われた形跡があったのだ。
しかし、ルチアーノの証言により首謀者達の関係者と断定出来たので、南領に捕らえられている者達に遺体の似顔絵を見せた所、仲間だと証言を得られた。




