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82.裁判後

 いつも読んでくださりありがとうございます。更新し続けられるのは皆さんのおかげです。


 その日の夜、女王は早々に寝台に潜り込んだ。

 黒幕と首謀者の裁判をしたため、かなり疲れていた。

 宰相や法務大臣からは日を分けるように言われたが、早く復興に移りたかったので同日にしたのだ。

 女王は王の執務にも慣れてきていたので、それほど負担にはならないだろうと思った。

 しかし、結果的にかなり気力と体力を削がれてしまい、少々体にだるさが出てしまった。



「エレオノーラ、胸に粉を叩かなくていいのか?汗疹になってしまうぞ」

「ああ、忘れていたわ……」



 女王は重たい体を起こして、寝台から降りた。



「なんなら俺がやってあげよう」



 女王が寝台から降りている間に、王配は粉を叩く準備を整えていた。

 彼の顔は何やら嬉しそうに笑みを浮かべている。



「……じゃあ、お願いしようかしら?」

「なっ!」



 王配は驚きの声を上げた。

 彼からは笑みが消えている。



「どうしたの?」

「いつもだったら、断るじゃないか」



 王配はやはり女王がいつもと違っているのが気がかりだった。



「……そう言えばそうね」

「今断っても遅いからな。俺はもうやると決めたのだから、やめないぞ。本当にいいんだな?」



 女王は王配がやたらと確認してくるので首を傾げた。

 自分から言い出したのに何故だろう、と女王は思ったのだ。



「別に構わないわよ」

「そうか。おほん。では失礼して……」

「ええ、どうぞ」



 女王は寝間着の上衣を少しだけめくり、王配はそこからそっと手を忍ばせた。



「どうだ?」



 王配は女王の胸の下付近を行ったり来たりして粉を叩いている。

 念願が叶った彼の顔は、とても嬉しそうだった。



「どうと言われても……」



 女王は自分自身でやるのと大して変わらないので、反応に困ってしまった。



「いい感じか?」

「悪くはないから、いいのかしら?」



 王配は優しくポンポンと叩いているので、何の問題もない。



「よい重量感だ……いや、胸を触っている訳ではないんだ」

「前はあんなに胸を持ち上げるとか言っていたのに、いざとなったら否定するのね。不思議だわ」

「う……」



 王配は手の甲で女王の胸を持ち上げていたので、気まずそうに静かに手を下ろした。



「ありがとう。もう大丈夫よ」



 女王は寝間着の上衣は元に戻した。



「では今度は俺の胸に頼むよ」



 王配はいつの間にか上衣を脱いでいた。

 まるで彼自身の肉体を女王に見せびらかすように、大胸筋に力を入れている。

 女王は多分王配を誉めた方がいいのだろうと思ったので、女王は王配を誉める事にした。



「いいわよ。いつ見てもすごい筋肉ね。見惚れちゃうわ」

「そ、そうか?」



 王配は女王に誉められて嬉しそうにしている。



「えっと、大胸筋よね。他の筋肉の溝にはいいの?」



 王配は全身を鍛え上げているので、筋肉で隆起している。

 隆起しているのなら、当然窪んでいる所もあるのだ。



「そうすると、全身しないといけなくなるなぁ」

「ふふっ、粉まみれになっちゃうわね」

「なので胸だけでいいよ」



 王配は女王の笑顔が見られたので、少し安心した。



「これでどう?」



 女王は王配の盛り上がった大胸筋の下や谷間に軽く粉を叩いてあげた。



「少々淡泊すぎやしないか?」



 女王は十分に粉を叩けたと思ったのだが、王配は気に入らないらしい。



「少々なの?すぎなの?どっちなのかしら?」

「揚げ足を取るのはよくないなぁ」

「そうね。ごめんなさい。では、どうしたら淡泊じゃなくなるのかしら?」

「そうだな。もっと、ねぶるようにしてくれ」



 ねぶるというのは、舐めるやしゃぶると言う意味だ。

 女王は粉を叩くのにそんな表現をされるとは思っていなかったようだ。



「えっ……そんな事をしたら、粉が固まらないかしら?軽くやった方がいいわよね?」



 女王は困惑したような表情になり、王配の顔を見上げた。



「では撫でるようにしてくれる嬉しい」

「撫でるのね。……こうかしら?」



 胸はもう粉が付いているので、女王は王配の腹筋をそっと撫でてみた。

 これなら軽く出来る。



「うん。そんな感じだ。ありがとう」

「アレクセイはポンポンとされるのが嫌なのね。今度から気を付けるわね」

「違うがまあいい」

「違うのね。はぁ、何が正解なのかしら……。分からない物事が多すぎるわ。もっと学ばないと……」



 女王はがっくりと肩を落としてしまった。

 今は何でも悪い方向に考えてしまうのだ。

 王配は違うと言わなければよかったと思い、なんとか良くない思考を断ち切ろうと考えた。



「よし、また明日考えよう。寝る前に考え込んでいたら、悪い夢を見てしまうぞ」

「うなされていたら起こしてね」

「もちろんだ」



 王配は女王の体をさすりながら、女王と共に寝台に横になった。




 一夜明け、女王が目覚めると王配と手を繋いでいた。

 このおかげなのか、女王は悪夢を見ないで済んだようだ。



「おはよう、アレクセイ」

「ん?ああ、おはよう。エレオノーラ。よく眠れたか?」

「ええ、もちろんよ」



 女王が王配の手を握り直すと、彼はより強い力で握り返してきた。

 強いと言っても包み込むようだったので女王は痛みは感じなかった。



「外はどうなっているのかしら?」



 王城で降灰が確認されてから五日目だ。

 昨夕はまだ降灰しており、降り止みそうな気配がなかった。



「見てみるか」



 二人で寝台から降り、窓辺に向かった。

 外から入る太陽の光は今の季節ならもっと強いはずなのに、曇天のように暗い。

 なので、外を見なくてもまだ降灰しているのだろうと察しはついたが、もしかしたら曇り空かもしれないと小さな希望を持ち、二人はカーテンをめくって外を見た。



「……まだ降ってきているけど、少なくなったかしら?」



 地面は緑や茶色に白灰色の物が覆っているが、元の色がなんとなく分かるので、午後に掃除をした時からあまり積もっていないと考えられる。

 昨朝はより一面が白灰色だったが、今朝は何となくだが地面が見える。



「南側の領はもう降っていないかもな」

「各領城で記録させているから、後日確認しましょう」

「このまま止むといいな」

「ええそうね」




 女王の執務室には王配と宰相、法務大臣、将軍、医師が来ていた。



「それで殺し屋の処遇はどうするんだ?」

「どうやったら彼が殺した人の情報を聞き出せると思う?」



 今の所、ルチアーノはマリオと会話をしたぐらいでそれ以外は一言も喋っていない。



「質問に質問で返すのは良くないなぁ」

「そうだけど、何も浮かばないんですもの」

「各領の調査に任せるしかないか」



 どの領も復興に力を入れざるを得ないので、変死体の再調査はまだ行われていないだろう。



「ええ、何年かかってもいいから見つけ出さないと」

「骨の鑑定が出来る人がいるんだから心強いな」

「そう言って頂けるのは嬉しく思いますが、骨に何らかの証拠が残っている場合のみでございますよ」



 宰相はそんなに大きな期待をされるほど法人類学が万能ではないと思い、苦笑いをした。



「行方不明扱いをされている人もいるでしょうから、頭蓋骨があれば似顔絵が作れるでしょう。安否が分かるだけでも心にけじめがつくと思うの」

「はい。もし必要ならばいたします」



 宰相は軽く頭を下げた。



「ああ、マリオの奴はなんと言っているんだ?まだ隣の牢だろう?」

「話しかけても、あれ以来反応がないようです。食事はしていますし、日中は起きているようです」



 将軍が答えた。



「マリオが飼い慣らされていると判断したのかもしれないわね。怪我の回復具合は?」

「はい。遅くも早くもありません。平均的な回復速度ですね」



 今度は医師が答えた。

 医務官は治療を担当していないので、彼が報告に来ている。



「怪我が治るのは一ヶ月ぐらいとして、障害未遂だとすぐに牢の外に出られるわよね?」

「ええ。ですが、国家転覆罪と民衆煽動罪、人身売買をした人間と共にいたのですから、これらも共犯の罪に問えるでしょう」



 法務大臣ぼ目つきなら必ずやり遂げるだろうが、女王はまだ不安を拭い切れていない。



「たまたま一緒にいたと言い出すんじゃない?」

「それだとフランチェスコが逃げるのはおかしいだろう。大体は驚いてその場から動かないだろう。ましてや馬車の走行中だぞ」

「しかし、驚いて逃げる人も少なからずいるでしょうね」



 将軍が言うと皆は考え込むように下を向いた。



「どうしましょうね……」

「あっ、キリルから手紙が来ていたんだった」



 王配はモコシュ大公国の大公にアイテール王国の内情の調査を頼んでいた。



「なんて書いてあったの?」

「アイテール王国はまだセマルグルとの国境に兵を増やしたままだそうだ。食糧も多く運ばれているからまだいるつもりだろうと。で、軍の上層と繋がりのある人物に聞いたらしいが、こんな噂が軍部で流れているらしい」

「噂?」

「ケレース王国で暴れている者はアイテール王国の諜報員が関与している、だとさ」



 王配の口から諜報員という言葉が出て、一瞬女王の表情が硬くなった。



「ヴァシリーが諜報員……」

「奴は教会に戸籍があるからセマルグル出身なのは間違いない。なんなら取り上げた助産師も見つけた」

「親のどちらかがアイテール人で、その者が諜報員だったと?」



 将軍の目つきが僅かに鋭くなっていた。



「ああ、母親がアイテール人の家系だ。両親の代からセマルグルに住んでいるから二世だな」

「ヴァシリーは三世なのね」

「母方の祖父母が永住権をとり、母親はセマルグル生まれなのでセマルグル人だな」

「なのに諜報員なの?」

「何代にも渡ってその国に住み着き、諜報員をするのは珍しくはないのですよ」



 宰相は自分がセマルグル王国にいた時に諜報員ではないかと疑われた経験があった。

 その度にケレース王国出身で国境封鎖されたので帰国出来なくなったと説明していたのを思い出していた。



「では、腕を買われて印璽の偽装に関わったのは偶然じゃないって事なの?」

「……かもしれないが、不明だな」

「話が来たから進んで関わったとかかしら?」

「可能性はある。血が騒いだとかな」

「こちらで尋問いたしますか?それともセマルグル王国に任せますか?」



 将軍の目がいつもより鋭かった。

 諜報員と知られるより、ただの復讐と思わせた方がヴァシリーにとって都合が良いのかもしれない。

 と言うのも、諜報員と判明したら国によっては拷問されるからだ。



「我々が罪に問えるのは国家転覆罪と民衆煽動罪だけですので、セマルグル王国に任せましょう。こちらには諜報員であるという確たる証拠もございませんし」

「ではそのように任せるわね」

「はっ!」



 ここで将軍と法務大臣が退室していった。




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