81.閉廷
「次に、西領のとある小屋付近から発見されたものの話だけど――」
「なっなんですか急に」
「ああ、貴方達は下がっていいわよ」
男女は礼をして退室していった。
女王は彼らの背を見送ると、再び喋りだした。
「燃え滓から書き付けの欠片が見つかったのよ」
「その小屋と燃え滓に、私と何の関係があるとおっしゃるのでしょうか」
「先ほど言った国家転覆罪と民衆煽動罪の組織がこの小屋を使用していたらしくてね」
「ですから私とは一切関係ないと申し上げております」
フランチェスコははっきりとした声で堂々と言った。
彼は言い逃れ出来ると信じているのだろう。
「燃え滓の筆跡と書類の筆跡が一致したのよ。不思議よね」
そんなフランチェスコを見ても、女王は微笑みを浮かべていた。
女王も自信を持っているからだ。
「でしたら、その筆跡の持ち主が犯人でございましょう。決して私ではありません」
「一番最初の書類の筆跡と一致したんですって。そう、何故か一番最初の署名だけね。だけど同名だからなのか、二回目以降も同じ人物として扱っているようなの。面白いわよね」
「それが何か……」
フランチェスコの顔色が変わった。
ずっと昔の話なので忘れていたのだろう。
「代筆なのではと思ったのだけどね、字は違うのにペンを持つ角度が同じなんだそうよ。後、力の入れ方もね」
「たまたまでございましょう。ええ、そうでしょう」
フランチェスコはすぐに顔色を元に戻して、平然と喋り始めた。
女王は切り替えるのが早いと思った。
「こちらでは字の書き方を変えただけの同一人物だとの見解を出したわ」
「ですが、決定的な証拠ではないのですよね」
フランチェスコは先ほど顔色が変わったとは思えないような表情をしていた。
自信満々な顔をしているのだ。
「決定的ではないけど、かなり有力よ」
「お言葉ですが、私の字なのかは分かりませんよね。私は捕らえられてから一文字も字を書いておりませんし、今から書けと言われてもいつもと違った字を書くかもしれません。そもそも、私は小屋を利用しておりませんので、近くの燃え滓の書き付けは私の物ではありませよ」
フランチェスコはにっこりと笑った。
勝ったと思ったのだろう。
「まぁ……そう言うわよね」
「ええ。そう言うも何も私は――」
「あっ、忘れていたわ。最初に言えば良かったのだけど、国家転覆罪と民衆煽動罪についてはヴァシリーがもう白状してるのよ」
「は?」
フランチェスコは虚を衝かれたような顔になった。
「だからね、貴方がどんなに否定しても意味ないのよ」
「何を……何を言って……」
フランチェスコは眼が泳いでいる。
「ごめんなさいね。貴方を試すような真似をしてしまって」
「彼がそんなことを言うはずがありません。何故なら、私は何もしていないのですから」
フランチェスコからは血の気が引いていたが、無理矢理笑みを作っていた。
女王は追い込まれた人の顔は、出来の悪い蝋人形のようになるのかと思った。
「流石に貴方でも動揺するのね」
「偽の自供です。そうに決まっています。でなければ、私を共犯に仕立て上げようとしているのです。私は国家転覆罪と民衆煽動罪など犯しておりません!」
「……復讐のために貴方を使ったそうよ」
女王がフランチェスコを見ると、また目が泳いでいた。
「復讐……?」
「そう、貴方を彼自身の復讐のために利用したんですって。貴方の為なんかじゃなくね。やはり、その様子だと何も聞かされていなかったのね」
女王が言い終わるかどうかの時に、フランチェスコが口角を上げて小刻みに震えだした。
「ふふふ……ふふふふふ、あははははは!」
フランチェスコはヴァシリーのように笑い出した。
人は追い詰められると笑いたくなるのだろうか。
それとも似たような性質の人間だからなのだろうか。
「もちろん、障害未遂の共犯もあるから忘れないでね」
「ククク、そんなもの大した罪ではない」
フランチェスコは別人のような口調になった。
こちらが本来の喋り方なのだろう。
「人身売買は認めるの?」
「私は正式な雇用の手順を踏んだはずだから、罪には問えないはずだ」
書類だけはという意味だろう。
「じゃあ未成年誘拐にしましょう。中には成人する前の人もいたそうだから」
仕事が欲しくて年齢を誤魔化したらしい。
「別にいいさ」
フランチェスコは鼻で笑った。
「そこから人身売買に繋げられるかもしれないしね」
「もう、どうでもいい」
「……どうでもいいのなら、司法取引をしましょう。情報提供してくれるのなら、命は助けてあげるわ」
「どうでもいいと言っている。さっさと処刑すればいいだろ。それとも、命ずるのが怖いのか?そうだよな。ずっと閉じ込められていて何も知らないで暮らしていたお姫様なんだからな」
「おい、貴様!」
王配は椅子から立ち上がろうと片足に重心を移動させようとしたが、すぐに女王に止められた。
「私は怖くなくなったら、人としてお終いだと思っているわ」
「そうか。ふふふふふ……」
フランチェスコは踞るように床に頭を付けた。
笑い声は籠った音になり不気味だ。
「連れて行って」
「はっ!」
女王に言われ、兵士がフランチェスコを抱え起こそうとした時だった。
「なっ!」
一人の兵士が剣を取られた。
フランチェスコが後ろ手に縛られているのにも関わらずだ。
慣れている動きだった。
鮮やかだった。
こういう場を想定して訓練していたのだろう。
女王は瞬時にそう思考を巡らせた。
「ぐっ、くそっ!」
だが、フランチェスコは足も縛られているので走れず跳んで移動しているため、素早くは動けない。
それでも彼の年齢を考えると、かなりの幅を跳んで移動している。
兵士達はフランチェスコを捕らえようと近づこうとするが、彼が後ろ手でもった剣を無闇矢鱈に振り回すので近寄れないでいた。
「各自離れよ。弓兵撃て!」
将軍の命により、後方に控えていた弓兵達がフランチェスコに向けて矢を放った。
女王が驚いていると、女王達の前には盾を装備した兵がいつの間にかおり、矢が逸れても当たらないように守ってくれていた。
「ぐぅっ」
女王からは見えないが、弓が飛ぶ音のすぐ後で誰かの呻き声と、何かが倒れたであろう音がした。
「武器を取り上げよ」
将軍の声が部屋中に響き渡った。
複数の兵士の甲冑の音が聞こえてきた。
おそらくフランチェスコを取り囲んでいるのだろう。
「エレオノーラ、大丈夫か」
「ええ……」
王配は女王を支えるように抱きしめていた。
どうやら女王は倒れかけていたらしい。
「ええ、少し驚いただけよ。貴方達ももういいわよ」
女王はこんな事で倒れるなんて情けないと恥じた。
「はっ!」
兵士は元気よく返事をして、女王の視界から避けていった。
「はぁ……はぁ……」
女王の所まで、フランチェスコの苦しそうな呼気が聞こえてきた。
彼の背には何本かの矢が刺さっている。
「ははは……こんなっ、状況でもっ、殺せと言わないのか?」
フランチェスコはニヤリと笑いながら女王を見た。
「残念ながら私は貴方の望み通りにさせてあげるほど、優しい心は持ち合わせていないのよ」
女王は心を落ち着かせ、フランチェスコを見下ろしながら言った。
「ククク、本当はっ、怖いだけだろう……。自分が命じるのもっ、目の前で人が死ぬのもっ」
「何を言っているの?私は六歳の時に大勢が殺されていくのを見ているのよ?貴方一人が目の前で死んだって、お茶の時間の笑い話になるだけよ」
女王は目の前で父を殺され、塔へ連れ去られるまでに血だまりを作っている人達を何人も見た。
「ふひひひ……そうか……、それもそうだな……」
フランチェスコの目は虚ろになっている。
「法務大臣、この罪も足しておいてね」
「はい」
「では閉廷よ」
フランチェスコは治療を受け、厳重な見張りがつくことになった。
自殺を図らないように手足を縛られることになった。
手足も包帯で巻かれ、物を掴めないようにされた。
「エレオノーラ……大丈夫か?」
王配は執務用の椅子に座り、机に両肘をついて手を組んでいる女王に話しかけた。
「……」
だが、女王は王配に話しかけられているのに気付いていない。
「おーい……」
王配は心配になり覗き込んでみたり、女王の視線の先で大きな手を振ってみた。
「え?」
漸く女王は王配に話しかけられているのに気付いた。
女王の目に心配げな顔をしている王配が映った。
「大丈夫か?」
「ええ、この通り何ともないわ」
女王はまるで力こぶを見せるかのように片腕を曲げたが、当然ながら力こぶは出ていない。
女王はそれなりに運動をしているつもりだが、体力のなさからすぐに疲れてしまうため、筋肉がつくに至っていない。
「そうか。ならいいんだ」
「……」
しかし、女王は何ともないと言ったのに、すぐに何か考え込むようにしだした。
「何を考えているのか聞いてもいいか?」
「あのまま挑発にのっていたらどうなっていたのかと考えていたのよ」
「俺が切り捨ててやっても良かったんだぞ?」
実際、女王が止めなければ王配はフランチェスコにとどめを刺していただろう。
「それはアレクセイの仕事じゃないわよ」
「そうか」
王配としては汚れ仕事でも何でもやるつもりだった。
「私の仕事なのよ。誰かに頼っているだけじゃ駄目なのよ」
「そうだが、もう決着はついた。法務大臣や他の大臣達に任せればいい」
「分かっているわ。だけれど、また同様の事件が起きたら、その時どうしたらいいのか分からないの」
「さっきのじゃいけないのか?」
「私は私が一番労力を使わないで済む方法を選んだの」
女王は最も楽な方法だと、心身が病まなくて済む方法だと、あの瞬間は考えたのだ。
「うん?いいんじゃないか?何か問題でもあるのか?」
「あの場で私が彼の首を落とす事だって出来たのよ。最後の願いを聞こうとか言ってね」
「ははっ!エレオノーラの細腕じゃ首を切り落とすなんて無理だろう」
「……そうなの?」
剣もまともに振れない女王では不可能だ。
「ああ。刃がぶれちゃいけないし、最後まで勢いよく振り落とさないといけない」
「力もだけど技がないと出来ないのね」
「後は心もぶれてはいけない。少しでも気の迷いが出てくると、剣もぶれてしまうんだ」
「心技体ってやつね」
「そうなんだよ。叔父上から散々聞かされたよ。失敗した兵士がいたそうでなぁ……」
王配は話を逸らせたいので叔父のイワンの話を持ち出してみたのだが、この後に続くのが楽にしようとしたとなるので、言い淀んでしまった。
女王が先ほど言った楽と、つなぎ合わせそうでどうしようか考えてしまった。
「カイシャクね。東の島国に昔あったやつよ」
「んん?そうなのかな?」
「カイシャクは苦しまないように首を落とすのよ」
「おう……」
「ああだけど、セップクだから違うかしら?」
「そうかぁ」
王配が理解出来ないまま二人の会話は終了してしまった。
しかし、話を逸らすのには成功したと思われるので、王配はまぁいいかと思った。




