85.被害報告
後日マクシムから了承の返事が来たが、火山灰の処理が終わった後かそれに付随する事態が収まってから開始するとのことだった。
現在は大会議室で各領の被害状況の確認を行っている。
「それでは、お願いするわね」
降灰が止んでから一週間が経過した。
各地の被害の大体の状況が分かってきており、女王達は内務大臣から説明を受けていた。
「やはり北領と北西領の被害が大きいようです」
建物や農作物、家畜の他に、健康被害も多いらしい。
皆、目や耳、鼻、喉をやられたようだ。
幸い重症化は免れたものの、あまりにも人数が多い。
「建物の被害は、住居ではないのね」
「はい。倉庫や小屋のようです。清掃を後回しにしたため、重さに堪えきれずに崩壊したのでしょう」
「家畜の被害は人間と同じ症状かしら?」
「ええ、その他に他領からの報告にもありましたが、食欲不振も出ているようです」
「予測していた通りになったわね」
予測していたのに防げなかったとも言える。
先人達が残した資料があったのにだ。
被害の数を減らせたと喜ぶべきだろうか。
「飼料を十分に用意出来なかったのが原因でしょう。生えている草を食べさせてしまったようです。それに加え、量はあっても外に飼料を置いてしまい火山灰が付着した件と、飲み水にも少量混入してしまっている件もあるようです」
「用意した分が足りなかったのもあるし、保管場所がない場合があったのね」
女王は準備不足だったかと悔いた。
十分やったと思ったが、まだ足りなかった。
念には念を入れたつもりだったのに足りなかったのだ。
「はい。置き場所がなくて外に置いていた人もいるようです」
「散々置き場所の指示をしたのにか?」
「ええ」
王配の問いに内務大臣は頷いた。
「人手が足りなくて置き場を確保出来なかったのかしら?」
「それについては記録に書いておけばいい。今は人や家畜たちの体調の改善をせねばな」
「医師と獣医は足りているの?後は薬も」
「問題ないそうですよ」
問題あると言われても国から送れる医師や獣医はいないと言ってもいいので、各領が要請しなかったとも考えられる。
もちろん最初から予測が付いていたので、簡単な治療なら出来るように人材を育成したのかもしれない。
「分かったわ。作物はどうなの」
「はい。それは私から説明いたします。やはり、完全に防ぎきるのは無理だったようです。出荷は出来ませんが、傷んだ部分を切り落とし自分達で食したとか、加工して売ったなど報告が来ています」
加工とは干したり、煮たり、焼いたり、漬けたりなどだ。
「農家によって被害の格差はある?痛みやすい野菜や果実があるのかと思ったのだけど」
「やはり柔らかい物は元々傷つきやすいですので被害が大きいようです」
布だけでは火山灰を防げなかったのだ。
作物についた火山灰を洗い流したり、鞴で吹き飛ばしたりしたが、追いつかなかったそうだ。
「買い取って兵士の食事にするとしていたけど、どうなっているの?」
「全ては買い取れませんが、申請のあった農家からは買い取りが進んでおります。それらを各地の有志の方々が手伝ってくれて兵士に食事を提供してくれているそうです」
「では各領に感謝状を書くわね」
女王は配慮させてしまった事についても書こうと思った。
「混乱は起きていないか?」
「西と南で法螺話を信じた者達が小規模な衝突があったようです」
「前にも報告があったが、降灰した後もってことか。困ったな」
「ヴィオレッタも?」
女王はヴィオレッタが自分の主張を叫び続けていると聞いていた。
「最近は大人しくマリアの母親の世話をしているそうです」
「そう……」
彼女もルチアーノと同じく心境の変化があったのだろうか。
ルチアーノはあれ以来、口を開いていないらしい。
女王は彼が再び何処で誰を手にかけたのかを喋ってくれるのを待っている。
「話を戻しましょう」
宰相の言う通り、すでに捕らえられた人の話をするのは今ではない。
「そうだな。漁業はどうだろうか。それに関して河川や水路等も気になるな」
「氾濫はしていないようです。事前に観察を呼びかけたのがよかったのでしょう。幸い降雨もないですしね」
全くない訳ではないが、パラつく程度でごく短期間なので清掃活動や生活などに支障は出ていない。
「逆に乾燥して、ちょっとした風で火山灰が舞ったりはしてない?」
「ええ、そのせいで目や喉の痛みを訴える人が徐々に増えているようです」
清掃はかなり進んでいるが、風が吹くと人の手が入っていない山などから火山灰が飛んできてしまうのだ。
マスクはするように言っているが、季節は夏まっただ中でいくら日光の照射量が減っているからと言って暑くないわけではない。
汗を拭おうとしてマスクを外した際に吸い込んでしまい、痛みを訴える者がいるのだ。
「このまま雨が降らないと更に増加しそうね。だけど、雨で固まってしまうのも困るし……どうしたものかしらね」
「山間部などの人が行かない地域ではどうなんだ?木が折れたりしていないか?」
「折れている木もあるようです。集落に近い箇所では手入れをしているようですが、そうでないところでは折れたり倒れたりしているようです」
「日光も入って来ていないし、木も傷ついているということは、山の恵みが少なくなるのよね」
木の実がなくなれば草食動物が人里に下りて来る。
そして草食動物追って大型肉食獣も人の居住区に来てしまうだろう。
「ええ。確実に害獣が増えると思われます」
「人の食糧を狙いにくるだろうし、人を直接襲う可能性があるな」
「秋から冬にかけて獲物を探して降りてくるかもしれませんね。柵などで防御出来れば良いのですが……」
防衛大臣は下を向いて考えた。
「柵を準備するのにしても材料はあるの?厳冬になるのなら薪も必要になるわよ」
「祖父上が融通してくれた木材は余ってないのだな」
「はい。残念ながら」
内務大臣の答えに女王達はため息を吐いた。
「火山灰を利用出来ないか?建材に出来るのだろう?」
「一から作るとなると時間がかかるでしょうね」
製法も明確な物がないので、相当な時間がかかる。
「山から下りさせないようにするには、山に餌があればいいのだろうが餌を撒くわけにもいかないしなぁ」
「そこにいけば食べ物があると思われるのは危険でしょう。餌に付いた人間の臭いを覚えて人間を襲っても大変ですし。植生が変わってしまうのも避けたいです」
宰相が言うと農務大臣が頷いた。
「元々獣の数は減少しているでしょうから、そこまで心配するほどのことでしょうか」
「山を越えてきたりしないかしら?」
「ありえそうだな」
「動物達が嫌いな臭いを用意するしかないですかね」
だが、気にせずに嫌な臭いの目の前を、通過する個体もいるだろうから万全ではない。
「番犬がいれば追い払ってくれただろうが、これも今からじゃ遅いな」
犬を飼う余裕のある家庭は少ないし、国が用意するにも今からしつけるのに時間がかかる。
「兵士の巡回を増やしましょう」
番犬が駄目なら人間だが、彼らの疲労具合から仕事を増やすのは健康によくないと考えられる。
「……ここより北西の国はどうなっているのかしら?」
女王の言葉に大会議場内は沈黙に包まれた。
ケレース王国でもこの有様では、より火山に近い国ならばどんな悲劇が繰り広げられているのだろうか。
想像しただけで、血の気が引いていく。
「今は他国を気にしている場合ではない。ただでさえ復興を始めたばかりの段階で今回の災害だろ?他国に心配されこそ、気にかけている暇はない」
王配がきっぱりと言った。
王配でなければ女王に言えない言葉だろう。
他の官なら女王の気持ちを慮って言えなかっただろう。
女王は分かっているけが、助けてくれた国に何も出来ないのは心が痛むのだった。
「ええ、今はケレース王国内についてだけ考えるわ。害獣対策の管轄は……動物だから農務省?」
「会議が終わりましたら害獣対策に取り組みます」
臭いや音が出る物などで野生生物を近寄らせないようにするのだろう。
「各領で秋から冬にかけての兵士の巡回数を増やすように知らせを出します」
兵士の負担を減らしたくないので、地元住民にも見回りをしてもらうかもしれない。
「ええ二人ともお願い。それで他は何かあるかしら?」
「河川や水路は無事だったんだろ?湖沼はどうなんだ?」
王配が領主をしている中央領では大きな湖がある。
彼は漁業は中央領の主要産業なので気にしているのだ。
「沈殿していったようです。浅い箇所からの回収は進んでいるようです」
「深い場所はまだなのか。人力だけは無理だとして、滑車と歯車を使っても駄目なのか?」
ジョルジョから用意していると報告があったが、使用出来たのかの報告はまだだった。
少なくとも王配の耳には入ってきていない。
「水深があると道具を使っても負荷がかかりすぎて回収しきれないようです」
今まで湖の清掃などしてこなかったので、試行錯誤している。
道具を補強や改良すれば、より多く回収出来るようになるだろうか。
「そうか」
「……石か何かを落として巻き上がった火山灰を回収するのはどうかしら?」
「紐を付けておけば石も回収出来るしいいかもな」
そうしないと湖の底が石まみれになるが、紐を巻き上げるのも大変だと考えられる。
「その方法だと回数をこなさないといけないので、時間がかかりそうですね」
「現地の判断に任せるしかないわね」
「一度の負荷か、時間をかけるかか……」
皆、初めて体験する事なので方法が分からない。
誰も正解はこれだと言ってくれないが、失敗したら批判が来てしまう。
なんとも世知辛いものだなと王配は思った。
そろそろ時間経過を早めようかと思っていますが、なかなか上手く出来ない…………。




