79.円盤の裏
その後、何十分もヴァシリーの経歴を聞かされた。
証言する人数をこれだけ見つけて来たのは執念としか言いようがない。
「ええ、彼は頭の回転が速くて、困り事があるとすぐに解決案を見つけ出してくれて本当に皆から頼りにされていました。あの件は気の毒だなんて台詞で片付けていい事ではありません。我々も力になりたかったのですが、……残念でなりません」
女性が少々緊張した声で証言した。
「いくら同僚のためとはいえ、平民が貴族に逆らうなんて出来ませんよ。はぁ、自分の事ではないのに、今思い出しただけでも、腸が煮えくり返りますね」
今度は男性だ。
彼らは転勤先の同僚だった者達のようだ。
「彼の能力に嫉妬した成り上がり貴族が、彼に罪を着せて仕事を辞めさせたんです。しかもそれだけでなく彼の婚約者まで奪ったんですよ。こんな酷い事があっていいのでしょうか」
女性の声ははやや震えていた。
おそらく泣いているのだろうと思われる。
「それも正妻じゃなくて愛人ですよ?力を見せつけるためだけにやったんです!」
「可哀想に……、その婚約者の女性は数年後に捨てられたと言うじゃないですか。その後、彼女は病気になり亡くなったと聞きました」
「……」
ヴァシリーは明らかに今までと違った反応を見せている。
かなり精神にきているようだ。
ここで音がしなくなり、女王が口を開いた。
「大変だったのね」
「同情していただかなくて結構です。それで、私に精神攻撃が出来て満足ですか?」
「私が用意させた物ではなく、セマルグル王国が用意したのよ。だから私に文句を言われても困るわ」
女王は困ったと言ったのに全く困った様子ではなく、楽しんでいるような表情をしていた。
もちろん演技である。
最初に聞いた時、女王は悲しげな表情になっており、王配から同情するなと叱責を受けていた。
「私の今までの経歴を聴かせて、一体何になるのですか?私自身の話を私に聞かせる理由が分かりません」
「せっかちねぇ。これからよ」
女王はうっすらと笑った。
蓄音機からは音はしないのに、何がこれからなのかとヴァシリーは思った。
「それでは、円盤を裏に致します」
「!」
「ええ、頼むわね」
ヴァシリーは明らかに面食らった表情になったが、女王達に悟られまいとすぐに表情を元に戻した。
侍従達は手際よく準備を終えたので、すぐに音声が聞こえてきた。
「フンッ。なんだ私に用とは」
やけに偉そうに喋る老人の声が聞こえてきた。
ジュゼッペ先生と同じか、より年配の人の声だった。
またヴァシリーが僅かに反応したが、反応しないように自制しているようで気付かない者もいた。
「是非とも貴方がヴァシリーにしてやった事を教えて欲しいのです」
「ああ、アイツか。アイツはなかなか使える奴だな。頭もいいし、礼儀作法も問題ない。しかし、華がない。人の上に立つような、人を使う側の人間ではない。使われる側の人間だ。だから、奴は馬鹿な貴族にはめられて路頭に迷うんだ。そんな時に手を差し伸べてやった。ククク、そうしたらどんな無理難題を頼んでも何でもやり遂げてくれたよ」
「それは貴方の指示の仕方がよかったからではないですか?」
「いやぁ、それほどでもないけどな。私が細工しろと言った物は、全て私が扱いやすいようにしてくれたよ」
老人はクククと笑った。
自分の思い通りになるように、あらゆる物を細工させたのだろう。
「どんな細工を施させたのですか?」
「そりゃいくら何でも言えないな」
老人は質問者を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「細工と言うのですから、貴金属の類いでしょうか?」
「そうと言えばそうだな」
「装飾品とかでしょうか。前に貴方が自慢していた……何でしたっけ?」
「ん?懐中時計か?ああそうだ。懐中時計も細工させたな。ま、私の物ではないがな。ははははは!」
老人の笑い声はとても楽しそうに聞こえた。
「誰かの懐中時計に何を細工させたのでしょうか?」
「時計と言ったら時間を早めるか遅らせるぐらいだろう。そして損害が大きくなるのはというと……」
「痛手を負わせられましたか?」
「ははははは!そうだ、大切な会議に遅刻して赤っ恥をかかせてやったわ!」
老人はそれとなく誘導されているが、気付いていないようだ。
競争相手か敵対する相手に、赤っ恥の他に何かしらの損害を与えたと自白している。
相手の従者など関係者全員分の時計をいじらせたとなると、かなりの労力がいりそうだが、ヴァシリーはやったのだろう。
「実に愉快な思い出だ。あの野郎の間抜け面は昨日の様に思い出せるぞ。ははははは!」
「他にもヴァシリーに与えた仕事はありますか?」
「ん?アイツはいつでも暇をしているし、目立たないしで使い勝手がよかった。宿敵が通う酒場で働かせて情報を集めさせりもしたな」
「ほぅ、大変良い手ですね」
「そうだろう。そうだろう。大概の人間は酔うと情報を漏らしやすくなるからな」
この後も老人の自慢話を聞かされた。
質問者が誉めながら質問するので、老人はかなりご機嫌そうだった。
「今までの話も大変興味深かったのですが、貴方が彼にさせた中で一番大きな仕事は何でしょうか?」
「ククク、そりゃあ印璽だろうな」
「本当ですか?印璽だなんて大層な物を……」
「ああ、最初は別の奴に作らせたんだがな。細かい部分が再現出来ていなかったから、アイツに調節させたんだ。昔負ったとかいう怪我も良くなっていたようでな。本物と見間違うくらいの物が出来上がったんだ。あれは素晴らしい出来だった」
偽印璽を作った人物はすでに捕まっているが、さらに本物に近づけるために細かい修正を施した人物は把握されていなかったのだ。
「普段は別の仕事をさせていたから、今も逃げ回っているのか?……ん?ここは何処だ?」
「とても楽しい話をありがとうございました。大変素晴らしい話でした」
「おお、そうか。そうか。またいつでも話してやるぞ。ははははは!」
ここで音声がなくなった。
「貴方が私の印璽の偽物も作ったのかしら?」
「……」
女王の他に、セマルグル王国国王や王子時代の王配の印璽も偽造されていた。
「はぁ、黙秘ね。そうよね。大罪中の大罪だものね」
「俺のもお前の仕業か?」
王配が一段と低い声で言った。
自分が言われた訳ではないのに、待機している兵士の中に背筋が伸びた者がいた。
それほど迫力がある声だったのだ。
「……」
「貴方をセマルグル王国に引き渡さないといけないのが残念だわ。何人分の印璽を偽造したの?洗いざらい白状するなら、私からセマルグル国王に減刑するように進言してあげてもいいわよ」
女王がこう言うと、少しの沈黙の後にヴァシリーの口が動いた。
「……お前達が気付かなければ、俺が逃げ隠れる生活をしなくて済んだんだ」
「手紙も偽造されていたが、これもお前の仕業か?」
印璽の偽造は手紙に使用されたインクの違いで判明した。
ケレース王国にはセマルグル王国からインクが輸入されている。
なので女王が何を使用するかは王城に入ている品を調べれば、女王が手紙に使用するであろうインクが分かるのだ。
しかし、ある日女王は侍女達の助言で季節にあった色のインクを使用したのだが、このインクはデザイナーから貰ったものだったのでセマルグル王国産ではなかったのだ。
インクの他に封蝋に使う蝋もセマルグル王国産なので、封蝋を取ってしまっても偽印璽があればなんら問題なかった。
「それは私じゃない!私がそんな失敗をするはずがない!私だったらどんなに短い期間でも差出人と同じように書ける。筆跡も筆圧も再現可能だ。インクの調合だって問題なく出来る」
バレたのは自分のヘマではないと主張したいようだ。
「他の手紙は細工したかのような言い方だな」
「貴族やさっきのジジイの政敵、他は豪商の手紙や帳簿をいじっただけだ。フッ、私はただ、ああしろこうしろと言われたから言われた通りにやっただけだ!金も大量に貰えるし、貴金属も足が付かないように少し加工してやれば売れた!自分の技能を存分に発揮して何が悪い!」
ヴァシリーは吐き捨てるように言った。
貴金属はセマルグル王国内なら問題なく売れただろうが、ケレース王国内にはセマルグル王国で製造や加工された貴金属類は輸入されていないので、すぐに出所を怪しまれる結果になった。
「それだけの能力があるのに、何故、もっといい事に使わなかったの?貴方だったら出来たはずよ」
「お前達を馬鹿にしたかったからだよ!俺をはめたあの糞野郎に!」
やはり、ヴァシリーをはめた成り上がりの貴族を恨んでいるようだ。
全て奪われたのだから無理もない。
「ハァ……。バレた原因が俺らだからケレース王国に来たのか?」
「ははは!そうだよ!ずっとコソコソとした暮らしをしていたから、同じくコソコソしてるカビ臭ぇ野郎はすぐに見つけられたよ!」
「あらそう」
「唆したらすぐにこちらの案を聞き入れてくれたよ!金が少なくなって来て困っているようだったから、資金提供をするって言ったらな!」
「貴方は上手く逃げ切れると思ったの?」
「ははは!別に逃げられなくてもお前達が困ればそれでよかったんだ!」
「そう、じゃあ大成功ね。よかったわね」
女王は淡泊に返した。
ヴァシリーは自分の将来など考えず、女王と王配に復讐をするためだけに行動していた。
そのわりに兵士に話しかけられて逃げようとしたのは本能的な物だったのだろうか。
「あははははは……、はぁ……」
ヴァシリーは全身の力が抜けたように頭を垂れてた。
両腕もだらんと垂れている。
まるで生気が抜けてしまったようだった。
「連れて行って」
「はっ!」
女王の命令に兵士二人が返事をした。
彼らはヴァシリーの脇に腕を入れて持ち上げ、彼を運んでいった。
次回は首謀者です。




