78.もう一枚の録音内容
黒幕は女王の前に連れ出された。
彼の手足には鎖が繋がれており、歩くたびに金属の音がしていた。
「隣の国からはるばるようこそ。お客人なら接待したいけど、貴方はどうやらそうではないそうね。うちの国で暴れ回ったそうじゃない」
女王はなるべく余裕がある人物に見えるように努力した。
おどおどとしていたら相手につけ込まれたり、侮られたり、なめられたりするからだ。
「さあ、なんの事でしょうか。私にはさっぱり身に覚えがありません。どうして拘束されたのか分からないのです」
黒幕は大人しくしているが、無関係だと装っている。
兵士の尋問にものらりくらりとしていたらしい。
「あら、白を切るつもりなのね。実はうちの国の件だけではなく、セマルグル王国から逃亡犯が入国していると報告があったのよ」
「その逃亡犯が私だとおっしゃるのですね。女王陛下はお若いのによくやっていると隣国、いえ、大陸中の評判ですのに、そんな恐ろしい言葉を私に向けるとは……、悲しくて仕方ありません」
黒幕はルチアーノと比べるとやたら喋る。
真逆と言ってもいいだろう。
だが謙りつつも、やや上から目線なのが気になる。
「残念ながらそんな御託を並べても、こちらの対応は変わらないわよ」
「そんな、御託だなんてとんでもございません。私は真実を申し上げただけでございます」
「話を進ませない気ね。そうね、私への侮辱罪も追加しようかしらねぇ。そうされたくなかったら、口を謹んでね。何が最後の言葉になるか分からないから気を付けてちょうだい」
「はい。分かりました」
黒幕は頭を下げたが、形だけのものだろう。
「では、貴方は何しにこの国に来たのかしら?」
「観光でございます」
女王はこの時期に観光かと思ったが、理由はなんとでも言えるので別の事を質問した。
「捕らえられた時はほぼ手ぶらだったそうね。観光なのに着替えなどの荷物はないの?」
「現地調達派なのですよ」
「我が国には貴方のような長身の人用の衣類はないわよね?」
「はい。計算違いでした。ですので兵士に捕まった時に着ていた服を洗濯して着回しておりました」
「あらそうなの。てっきり逃げる時に置いてきたのかと思ったわ」
「いえいえ、そのようなことはございませんよ」
女王が手を上げると、兵士が台に何かを乗せて持って来た。
何かには布が掛けられている。
「これでも現地調達派だと言うのかしら?」
兵士が布を取ると、何着かの洋服が現れた。
別の兵士が洋服を広げると、長袖のシャツだと分かった。
腕はかなり長く、長身の人向けだと分かる。
「これは、以前貴方が潜伏していた西領の古着屋で見つかった服よ。店主に聞いたら捨ててあったのを拾ったそうよ」
西領領主は残党らが南領に移動してからも調べさせていたのだ。
「それが私のものだったという証拠はあるのでしょうか?」
「ふふっ。返ってくる答えは予想がつくんじゃないかしら?」
「これはセマルグル王国で作られた服だな。値段からするとケレース王国の者が買えるものではない。買えたとしても林に埋めたりしないだろう」
女王の隣にいる王配が口を開いた。
「……それが私の物だったとして、何か問題あるのでしょうか」
彼の表情を見ると、どうやら服を処分したのは彼ではないようだ。
人に任せたのだろう。
だが、それを言わないのは何故だろう。
誰とも関わりがないと思わせるためだろうか。
「何故捨てたの?土以外の汚れもなく、破れたりもしていなかったそうよ。着る物に困っているのにわざわざ捨てるなんて不思議だわ」
「気に入らなくなったからですよ」
「そうだったの。私は誰かに見られたからかと思ったわ」
この服は劇団員と役者が中年女性と会った時に、彼女と会話していた人物が着ていた服だった。
彼らの話によると黒幕と中年女性の会話は僅かな時間だったらしい。
それとも、中年女性の知り合いが来たから早々に切り上げたのだろうか
いずれにしろ、一瞬見られただけで着ていた衣類を処分するとは用心深い。
「まさか。ただ飽きてしまっただけですよ」
「売って路銀にでもすればよかったのにねぇ。そこそこの値段になったでしょうに」
「ええ、売れると分かっていたのでしたら、もちろんそうしておりましたよ」
「残念だったわね」
「はい」
「ちなみにその林から少し離れた場所に小屋があってね。誰かが暮らしていた跡が見受けられたの。何か知らない?」
「いえ、何も」
短く答えるのは嘘がバレないようにするためだろう。
長く話せばそれだけ前の発言と齟齬が生じる危険があるのを分かっているようだ。
「シャツを埋めた時に何か見なかった?」
黒幕は仲間の存在を隠しているので、女王は彼に話を合わせた。
「木こりが使用したのではないでしょうか」
「違うそうよ」
「ならば、若者がたまり場にしていたとかですかね」
「それも違うみたいよ」
西領領主はかなり細かく調べさせたようだ。
「では分かりませんね。お役に立てず申し訳ございません」
黒幕は申し訳程度に頭を下げた。
「後出しで悪いのだけど、その小屋の床下からも色々見つかったらしいのよ」
「そうですか。何が見つかったのですか?」
「血がついた布よ」
燃やさなかったのは煙が出るのを避けたのかもしれない。
あるいは林に引火するのを懸念したのかもしれない。
「なんと……何か事件があったのでしょうか」
黒幕は驚いたような表情を見せた。
「隠すのだから、そうなのでしょうね。貴方は何か知らないかしら?」
「つい先ほども言いましたが、私は何も知らないのです」
黒幕はとても残念そうな顔をして首を横に振った。
「さっきから知らない、分からないばかりね。思い出してみるふりもしないし」
「私は本当に何も知らないのです。どうかお許しください」
「本当に考えてみるふりもしないのねぇ」
「考えるのは私ではなく、そちらがすべき事ではないでしょうか」
その通りであるが、相手の出方を窺うために色々質問しなければならない。
「貴方の仲間が事件を起こしたんじゃない?」
「私の仲間がですか?」
「実はね、大量殺人の疑いがかかっている人がいるのよ」
「そもそも私には仲間はおりません。気ままな一人旅でございますよ」
やはり、単独行動だと主張するようだ。
「いくつかの場所で貴方らしき人物が中高年男性と親しげに会話しているの目撃者がいるのよ。相手の人は同じみたいね」
これは西領と南領から得た情報だ。
「旅先で仲良くなることもあるでしょう」
「ええ、そうね。ではその仲良くなった人は仲間とか友と言わない?」
「おおっ、それもそうですね。では、その仲間に殺人の容疑がかかっているとおっしゃるのですか?」
「正確に言うと実行犯ではなく、命じた人かしらね」
「そうだったのですか。知らぬ事とは言え、犯行を止められなかったのが悔やまれます」
黒幕は項垂れて落ち込んでみせた。
白々しいにも程があると、この場にいる黒幕以外が思った。
「貴方の仲間が殺人教唆犯だと知ってどう思ったかしら?」
「恐ろしい限りです。おや、もしや私も殺人に関与していると思われているのでしょうか。だとすれば、見当違いでございます。お考え直しをお願い致します」
「微妙なところね。だけど、民衆煽動罪の共犯はとれるのではないかしら?」
女王は余裕な雰囲気を出すためにうっすらと笑ってみせた。
黒幕に主導権を握らせてはいけないからだ。
「扇動……ですか?先ほどから、陛下のおっしゃっている事が理解出来ません。そもそも、どうして私が捕縛されねばならないのでしょうか」
「セマルグル王国から来た知らせに貴方が逃亡犯だと書いてあったからよ。もう忘れちゃったの?」
「ああ、そうでしたね。全く身に覚えがないので忘れておりました」
「ねぇ、貴方はセマルグル王国側の貴方の罪状を知りたくないの?私だったら、何の容疑がかかっているか聞くわよ」
「聞く必要はございません。別人でございましょうからね」
黒幕は余裕たっぷりに言った。
この状況から言い逃れ出来る算段があるのだろうか。
「身体的特徴が一致しているのに?」
「ほう、どのように書かれていたのでしょうか」
再び女王は手を挙げた。
すると今度は侍従が何か機械を持ってきた。
「書いてもあったけど、音でも記録されていたわ。円盤に貴方について録音されていたのよ。蓄音機を使ってこれから貴方に聴かせてあげるわね」
黒幕は蓄音機をポカンと見ている。
何が起こるのか分からないのだろう。
「――では、先ほど話して頂いた内容をもう一度話していただいても構いませんか?」
蓄音機から声が聞こえてきた。
「はい。彼の名前はヴァシリーと言います。背が高くて、やや猫背でした。髪の色は暗い茶髪、目の色も同じ色です。学校での成績も良い方でしたが、あまり表に出るような性格ではなかったですね。目立つのが苦手だったのだと思います。手先が器用で懐中時計の修理をしてあげているのを見たことがあります。私からは以上です」
「ありがとうございました」
黒幕ヴァシリーは証言者の声に聞き覚えがあるのかないのかは判断が付かないが、どうやら困惑しているようだ。
「お待ちください。たったこれだけの証言で私をこんな目にあわせているのですか?!」
「まさか。安心して。続きがあるわよ」
女王はにっこりと笑った。
女王の言う通り、蓄音機から声がしなくなったが、無音になっただけで蓄音機はまだ動いていた。
「――では、次の方」
「ええ」
「どうぞよろしくお願いします。では早速以前話して頂いた内容を話していただけますか?」
「はい。ヴァシリーについてですよね。彼は元々職人見習いをしていたのですが、怪我をしただか、体調を崩しただかでやめてしまいました。筋がよかったので親方も残念がっていました」
「その後は何か知っていますか?」
「はい。親方に知り合いの業者さんを紹介してもらい就職したのです。何年か後に転勤になったとかで遠方に行ってしまい、それっきり会わなくなりました。私が彼について知っているのはこれだけです」
「ありがとうございました」
ここでまた話が終わったのか、蓄音機から声が聞こえなくなった。
「……もしや私の経歴を延々と聞かされるのですか?」
「そうよ。まだまだ続くわよ。楽しみにしていてね」
「……」
女王の言葉にヴァシリーは顔を歪ませた。
百話超えるかもです。




