76.録音内容
休んでしまい申し訳ございませんでした。
「ああ、それで円盤は聞いたのか?」
「これからよ。今蓄音機を運ばせているの」
「我らも同席しても構わないでしょうか」
オレグが自身の胸に手を当てながら言った。
「ええ、もちろん構わないわよ。きちんと届いたと確認して欲しいもの」
「感謝致します」
オレグとイリヤは女王にお辞儀をした。
「どんな内容なんだろうか」
王配は腕組みをして怪訝な顔をしていた。
これは王配以外の者達も不思議そうな表情をしている。
「文字ではなく、音で届けるのだものね。音にしないといけない内容なのよね……?」
女王は真剣に考えていたが、王配達は違ったようだ。
「……ただ、自分の声を録音したかっただけなのではと思えてきた」
「……否定出来ません」
「出来ませんねぇ……」
王配が言うと、オレグとイリヤは口々に言ったのだった。
「イワン殿は新しい物がお好きなのね」
「いやぁ、叔父上は新しいものより古いものの方が……」
王配がややにやけながら言うと、イリヤとオレグが相次いで咳払いをした。
「あら?もしかして火山灰で喉を痛めたんじゃない?」
降灰の中、急いで南東領から王城まで来たのだから大変だったろうと女王は思った。
運動量が激しくなれば吸い込む空気も多くなる。
ならば火山灰も吸い込んでしまったのではないかと考えたのだった。
「いえ、きちんとマスクを用意していたので大丈夫でございましたよ。王城に到着後も体を診ていただきましたから、ご心配には及びません」
イリヤはにっこりと微笑んでいる。
「陛下のお気遣い感謝致します」
オレグが礼をすると、イリヤも礼をした。
「何かあったらすぐに言ってくれて構わないわ」
「お前達、陛下のお優しい心に感謝しろ」
「え、ええもちろんです」
自分の事のように嬉しそうにする王配にイワンの部下二人は苦笑した。
「アレクセイは彼らに何か言う権利があるの?」
「……ないのか?」
「貴方はもうケレース王国の人なのよ」
「ああ、その通りだ。すまない……」
王配はまだセマルグル王国国王の王位継承権があるのを気にしていたのに、親しくしていた者達を見るとつい王子時代のようにしてしまう。
「それでね、アレクセイ。私の言葉を止めていたでしょう」
「……うん」
「彼らは疲れているから休ませるべきだとか尤もらしい言葉を言って」
「すまなかった。だが、皆の前で言うことないだろう」
女王に叱責されている王配というより、妻に怒られている夫という雰囲気なので、王配は少し恥ずかしかった。
「皆さんの前で言わないとまた同じ行動をしそうだから、皆さんにも聞いてもらおうと思ったのよ。いけなかったかしら?」
「そうだったか。もうしないよ」
効果覿面だったようだ。
王配は反省したらしく、大きな体を小さくしていた。
「もう……、そんなに子ども時代を聞かれるのが嫌なのね」
「……ん?」
「違うの?」
女王は自信満々だったが、理由が違うので王配やイワンの部下二人は困惑していた。
「ああ、そうなんだよ。いくら俺達の仲でも流石に恥ずかしいんだよ」
「……そう、違うのね」
王配が大袈裟に身振り手振りをするので、女王は自身の間違いに気付いた。
しかし、それ以外だと何も思いつかなかった。
「……さて、そろそろ蓄音機が届くんじゃないか?」
「ええ、物を押している音が聞こえるからそうなのでしょうね」
女王が言うので、イリヤとオレグは耳を澄ましてみたが聞こえてきたのは数秒後だった。
彼らはすぐに気配を察知出来るように鍛えているのだが、音が聞こえたのは女王より遅かった。
「陛下は本当に聴力が良くてらっしゃるのですね」
「どうだ。素晴らしいだろう」
王配はまた自分の事のように自慢してくるので、二人は帰ったらイワンに報告しようと思った。
「ええ、大変素晴らしゅうございます」
「何か役に立てばいいのだけどね。人より早く気付くぐらいだもの」
「いえいえ、いち早く情報を収集するのはとても大事でございますよ。戦場だと一歩遅かったのでは笑い事になりませんしね」
「情報戦ね。……あら、先生達も来たみたいね」
執務室の戸が開くと女王の言った通り、蓄音機を運んで来た者達の後ろにジュゼッペ先生とエドアルド、メリッサがいた。
「お二人とも、私の護衛をしてくださりありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます」
「私からも感謝申し上げます」
メリッサとエドアルドがお辞儀をした。
エドアルドはまだ宰相には戻していないが、明日には戻す予定なので同席してもらう。
「それが我らに与えられた任務ですので、例には及びません」
「ええ、私からも護衛の二人と荷物を運んでくれたメリッサ殿に礼をさせていただきます。こんな時期にありがとう」
「とんでもございませんっ」
メリッサは初めて女王を見て、こんなに綺麗な人がいるのかと感動していた。
少女と女性の間の形容しがたい美しさを目の当たりにして心が震えていたのだ。
そんな彼女の様子に気付いたのは隣にいたエドアルドだけだった。
「では、早速円盤を聞いてみましょう」
「あの、円盤は割れたりしていませんでしたか?」
「はい。どこも傷んでおりませんでしたよ」
メリッサに問われ、侍従が答えた。
侍従達は皆に見守られながらせっせと準備を進めていった。
「それではこちらから聞くように書かれておりましたので、こちらの円盤から流します」
侍従は円盤にそっと針を落とした。
すぐに聞き覚えのある太い声が聞こえてきた。
「……よう!元気してたか?……あっ、エレオノーラ女王陛下、並びにアレクセイ王配殿下お久しぶりでございます。……なあ、これ録音し直せないか?……え?出来ない?」
声は聞こえないが、イワンは誰かと話しているようだった。
「何をしておられるのだ……叔父上……」
「えー、あー、なんだっけ?」
イワンは緊張感がないような声と口調で話していた。
「何故原稿を作らないのだ……」
「あってもあの方はその通りに読みませんよ」
イリヤが言うと、オレグが頷き、イワンを知る他の者達も何となく想像出来た。
女王もきっとイワンならそうするだろうと思っていた。
「ああ、そうだ。堅苦しい挨拶はなしにして、さっそく本題だ。録音出来る時間も限られているしな。まぁ、何故円盤が二枚なのかって話だな。もう一枚の方には重要な証言が録音されている。すでに捕まっている者らから得た証言だ。恐らく現在ケレース王国を騒がせているのはコイツだろう。経歴から身体的特徴何から何まで入っている。俺も聞いたが、よく見つけ出したなと感心してしまうよ」
「ドナート達が見つけ出してくれたのか」
「黒幕はこれで落とせるわね」
女王と王配は顔を見合って頷いた。
「俺からは以上だ。……アイテール王国の動きは大きくなっていないようだ。砦もケレースの山側にも兵を配置していない。兵はいるけど、いるだけだな。威嚇だけで実際に何かをする気はないようだ。そりゃそうだ。これから何が起こるか分からないんだから、下手に動かない方がいいに決まっている。あちらもそこまで馬鹿じゃないってことだな。……ん?以上と言ったのに喋りまくってしまった。まぁ、いいか。では今度こそ、じゃあな!」
ここでイワンの声は聞こえなくなった。
本当に終了したようだ。
「アイテール王国の件は心配しなくて大丈夫なのね」
「そのようだな。黒幕はケレース王国とセマルグル王国の両国で国家転覆罪を問えそうかな」
「ケレース王国での裁判が終わったら身柄をこちらに移して頂けますでしょうか。こちらでの余罪も山盛りあるでしょうからセマルグル王国でも裁判をしないといけません」
オレグが言うと女王達は同意のため頷いた。
「これで首謀者だけになったわね。彼もルチアーノと同じく、メリッサ殿の障害未遂……の共犯でしか罪に問えないのかしら?」
ルチアーノを脅すのに使った方法しか思い浮かばないが、あれは脅すためについた嘘なので、実際には障害未遂のままだ。
ルチアーノは大量殺人、首謀者は国家転覆罪で罪に問いたい。
「いえ、彼が雇っていた者が生きているのですから彼らに証言させましょう。彼と共に行動していた者もいるようでございますし」
「証言したら自分達も罪に問われるのに簡単に喋るかしら?」
「確実に証言してくれる人が一人おりますでしょう。元劇団員だった女性に任せましょう」
ジュゼッペ先生はこう言うが、その女性は南領で治療中だ。
「喋れるようになるまで一ヶ月はかかるそうだから、それまで待たないといけないわね」
「念のため他の者も落とそう」
「それなら、やはりルチアーノにしましょう。医者を増やしたいから生きたまま人体実験に使用するとでも言えばいいかしらね」
女王の言葉にイリヤとオレグ、メリッサは目を見開いた。
まさか、そんな恐ろしい言葉が女王から出てくるとは思わなかったようだ。
「陛下、驚いている方々がおりますので、いくら話だけでもお控えください」
女王はエドアルドから窘められた。
「え、ああ、ごめんなさい。脅し文句よ。実際にはしないわ」
もちろん女王は本気で言っているのではないが、彼女を知らない者達が初対面で今の言葉を聞いたら驚くしかない。
「ええ。陛下がそのようなお方ではないのは重々承知しております」
「我らはイワン殿下から陛下のお人柄を伺っておりますのでご安心ください」
「……その言い方だとあまり良い噂には聞こえないわね」
イワンの部下達は柔らかな微笑みを浮かべた。
その笑顔が女王は何か他意がありそうだと気になった。
「いえ、そんな。見た目に反して度胸がおありだとか、そのような類いの噂でございますよ」
「それは誉めているのか?」
彼らの反応は王配も気になったようだ。
「誉めておられると存じますよ。イワン殿下は無闇矢鱈に賛美なさらないですから」
「そりゃそうだが……」
「では、誉められたのだと信じるわね」
そう言いつつも、女王の顔は納得していなかったのだった。
イワンはイワンです。次回は短いお話です。
別の作品にも書きましたが、愛犬への想いを書いた文章を投稿いたしました。作者名をクリックあるいはタップすると私の他の作品が出てきますので、興味がありましたらそちらから読んでくださると嬉しいです。




