75.彼らの悩み
いつも読んでくださり感謝申し上げます。実は先日、愛犬が旅立ち、かなりショックを受けているので、次回の更新を月曜日にさせてください。ただでさえ、更新回数を減らしたのにすみません。
「アレクセイ殿下、お久しぶりでございます」
イリヤとオレグが王配を見つけるやいなや、駆け寄って来て挨拶をした。
彼らが王城に到着したのは夕方になってからだった。
と言っても、降灰で夕日はあまり見えない。
「久しぶりだな」
王配は二人と握手をした。
二人はメリッサの護衛としてきたが、その後も首謀者と黒幕を捕らえるのに協力してくれた。
「殿下はまだ成長期なんですか?」
イリヤの記憶によると、王配はもう少しイリヤの体型に近かったはずだが、今の目の前にいる王配はかなり筋肉がついてがっしりとしている。
「……鍛えておられるだけだろう」
「背は伸びてない、と思うぞ……。測っていないからはっきりと言えないがな。それに運動はするが鍛えてないんだがな」
王配は首を傾げた。
「最後にお目にかかった時より、体が分厚くなった気が致します」
「ああ、侍従達に嘆かれたよ」
王配は楽な格好が出来なくなり悲しかったが、王子時代に比べたらかなり装飾が少なくなっているのでさほど苦痛でない。
「あんまり鍛えると服が入らなくなりますからね。イワン殿下もシャツを何回か破ったそうです」
「それに怒って更にビリビリに破いたので侍従が泣いたそうですよ」
「叔父上は一体何をやっているんだ……」
王配は叔父イワンが勢いよくシャツを破る光景が目に浮かび苦笑した。
「いつも通りでもございますよ」
「本題です。例の人物は昨朝に南東領で捕まえました。南東領で警備に参加していたセマルグルの兵士が捕らえたそうです」
「そうか」
連合国軍の任務で来ていた兵士だそうだ。
黒幕は隙をついて南東領から出国しようと砦付近を彷徨いていたらしい。
当然ながら黒幕は兵士に警戒されないように、かなり遠くから見ていたらしいのだが、何度も見かけるので兵士が不審感を抱き職務質問をしたところ、隙を突いて逃走し捕縛劇がはじまったのだ。
「見た目で分かったそうですよ。いくら紛れ込もうとしても、ケレース人の中に長身の外国人がいたら気付きますからね」
黒幕は顔つきや体格がケレース人とは大分異なるようだ。
ケレース王国の中にも外国人の両親や祖父母を持つ者もいるので、顔つきや体型が違っている人がいてもおかしくはないが、衣類がセマルグル王国の物を着ていたので怪しまれたらしい。
紛れ込みたいのなら衣類を買い換えるべきだったのだろうが、黒幕の長身に合う大きさの服がなかったのかもしれない。
それなりに上等な衣類や靴なのにも関わらず、まるで何日も野山を逃げていたかのように不自然に汚れがついていたのにも怪しんだらしい。
「気付いた者に褒美を与えてやってくれ」
「イワン殿下に伝えておきます」
「ああ、頼んだ」
王配が言うと、二人は軽く頷いた。
そして、王配の機嫌を伺うようにしながら、口を開いた。
「……殿下、我々は陛下にご挨拶したいのですが宜しいでしょうか?」
「呼ばれていないなら、しなくていいんじゃないか?」
王配は作り笑顔で返した。
「いやぁ、それがですね。陛下は呼んでくださる気がおありなんだそうですが、誰かが止めたんだそうですよ。一体誰なんですかね?」
「アレクセイ王配殿下、どなたがそんな寂しいことを言ったのかご存じですか?」
二人はとてもわざとらしく話した。
彼らはもう誰の仕業か知っているのだ。
「さあな」
「嘘をつくのもお上手になられましたね」
「つい五年ほど前までは、まだ可愛げがあったのに残念です」
「十五歳ならすでに成人している年だ。可愛いとか言わないでくれよ」
五年も前なら今よりかは可愛げはあっただろうが、成人男性に可愛いというのは失礼だろうと王配は思った。
「目を輝かせて剣の相手をしてくれと言ってくださったのにねぇ」
「叔父上が忙しそうだったから、二人に頼んだだけだ。目を輝かせるわけないだろう」
と言いつつも、王配が記憶を探ると楽しい記憶が蘇ってきた。
しかし、大人ぶりたいので表情が変わらないように努力した。
「いやいや、嬉しそうになさってましたよ?」
「それなのに、女王陛下が絡むとこんなに可愛くなくなって……」
「二人は俺をからかいに来たのか?」
「まさか」
と言っているのに、彼らは笑いを堪えた表情をしていた。
王配は苛立ちを覚え、奥歯をかみしめた。
「では、何故我らを陛下に会わせていただけないのでしょうか?」
「陛下の目に小汚い格好をしたお前達を映すだなんて、そんな恐ろしいことが出来るか」
「我々が誉められるのを嫉妬しておられるのでしょう。そこは可愛らしさが残っておいでですね」
「……」
王配は返す言葉がなかった。
「イワン殿下に伝えておきます」
「ご友人やご家族にも伝えておきます」
「やめろ。いや、やめてくれ……。皆にからかわれるのは流石に堪える……」
堅苦しい貴族の挨拶から始まる手紙の本文に、自身ををからかうの言葉が書き連ねられているなど想像するだけで辛いので、王配の顔は真っ青になっていた。
「マクシムも何やら丸くなっていたようですし、女性の力は恐ろしいですね」
「そうだろうか。相変わらずこちらを馬鹿にしたような態度をしてくるんだがな」
王配はため息をついた。
マクシムは顔を合せるたびに小言や嫌味を言ってくるのだ。
彼の王侯貴族嫌いは知っているが、何年も付き合いがあるのだから少しぐらい敵意を薄くしてくれてもいいだろうと思ったのだ。
「イワン殿下以外の王族や貴族にはそうなるでしょうね。と、考えると、あいつもまだ可愛げがあるのでしょうか?」
イリヤは眉間に皺を寄せながら首をひねった。
「なんでそんなに、可愛げの有無を求めるんだ?」
「そりゃあ……」
イワンの部下二人は短くため息をついた。
「弟のように思っていた者らが自分達より先に結婚してしまったからですよ」
「はい。オレグの言う通りです」
「……なんだそりゃ。二人だって叔父上の部下なんだから、女性から声がかかるんじゃないのか?」
王弟のイワンの部下ならば身分もそれなりに良いし、給料も待遇もよい。
彼らは平民出身だが腕を買われてかなりの勢いで昇進している。
容姿も悪くない。
そんな二人を、華やかな暮らしを夢見る乙女が見逃すはずがない。
「イワン殿下の女癖のせいですよ。部下である我らも同じだと思われるのです」
王配は目を逸らし、低い声でああと言った。
「心外ですよ。本当……。我らがそんな被害に遭っているというのに、殿下ご自身はご結婚なさるし……」
「それならば悪評もなくなるんじゃないか?」
「はい。それを期待しております……」
二人の心労を思い、王配は同情の眼差しで彼らを見た。
「……ところで相手の女性はどんな方なんだ?」
「未亡人ですよ」
「イワン殿下と同じくらいの年齢だったと思います」
「そうか。よく、結婚歴のある女性との結婚を認めたな」
いくら同じくらいの年齢の女性だからと言って、王弟と未亡人の結婚が許されるのだろうか。
未婚の高位貴族の女性と結婚するのが追例なので、王配は首を傾げるしかなかった。
「ええ、まぁ。事情が事情なので……」
「ん?妊娠した以外に何か理由があるのか?」
王配が聞くと二人は互いをチラリと見て気まずいような表情をしていた。
もう少し追求しようかと王配が思っている時に、女性の声がした。
「皆さんこちらにいらっしゃいましたか。私は侍女長のダニエラと申します。陛下がお二人をお呼びでございますので、ご案内致します」
王配はダニエラの登場により、理由を聞きそびれてしまった。
ダニエラに案内され、女王の執務室に王配とイリヤ、オレグは入室した。
「イリヤ殿、オレグ殿、指名手配犯の逮捕に協力してくれて感謝します」
女王はいつも王族を見ているイリヤとオレグの二人に王族らしい所を見せようと、いつもより背筋を伸ばし声もはって喋っていた。
そしてさりげなく微笑むのもやってみた。
「勿体ないお言葉にございます」
「我らは当然の事をしただけにございます」
彼らは頭を深々と下げてお辞儀をした。
女王にはどちらがイリヤかオレグか分からないが、二人とも礼儀を弁えた人物に見えた。
彼らは先ほどまで王配と喋っていた時とは違い、イワンの部下のセルゲイから教えられた通りに振る舞っていた。
「二人は王配とは親しいのかしら?」
「そんな事を聞いて――」
女王は手の平を王配の方に向け、王配の言葉を遮った。
二人は王配相手にそんな事が出来るのかと、一瞬戸惑ったが女王なのだから可能だと思い直した。
「二人に聞いているのよ。それでどうなのかしら?」
「……僭越ながら剣や槍など相手をさせて頂きました」
「はい。自分も組手などの稽古の相手を務めさせて頂きました」
二人は王配との思い出を簡単に説明した。
「他には何かあるかしら?」
二人が女王の顔を見ると、とても真剣そうな顔つきをしていた。
今の説明ではいけなかったのだろうか。
「他……でしょうか?」
二人は女王の質問の意図が分からず、少し表情筋が動いた。
「そうよ。子どもの頃の話とか」
「ああ、なるほど。殿下はお小さい頃から武術がお好きでしたね。聞いた話によると、武術の稽古がしたいがために勉学に励んだとか。課題をすぐに終わらせていたそうですよ」
オレグは女王の意図に気付いた。
「……おい」
「他は、兵士の真似事をなさっていた時に、転んで怪我をしてしまい大泣きなされたとか」
イリヤは王配の制止を聞かずに喋りだした。
「まぁ、怪我を?」
「ミハイルとアルトゥールと遊んでいたんだよ。その時いつも止めてくれるドナートがいなくてな……」
王配は、こうなったら自分から言ってやると思い実行した。
「軍医にこっぴどく叱られたそうですよ。こんな所で遊ぶなと」
イリヤは笑顔で女王に話し、女王は興味深そうに話を聞いていた。
「軍医って、連合国軍でいらしていた方?」
女王は視線を二人から王配に移動させて確認した。
「ああそうだよ。……エレオノーラ、俺の子ども時代の話を聞けて満足か?」
「ええ、面白かったわ。二人ともありがとう」
女王が満面の笑みを浮かべていたので、王配はまぁいいかと思えてきた。
「陛下がお望みになるでのしたら、まだまだ面白い話がございますよ」
「まぁ!本当?」
「これ以上はやめてくれ、本当に……。そんな事より、叔父上からの手紙はどうだったんだ?」
ルチアーノの捕縛された翌日の未明に首謀者が捕まった。
黒幕はそのまた翌日に捕らえられた。
降灰している中での逃亡だったそうなので、皆が灰まみれになったそうだ。
メリッサはルチアーノに刃物を向けられた精神的苦痛を考慮し、一日東領領城で休ませて貰ったので到着が昨晩になった。
「手紙ではなく、円盤だったわ。それも二枚」
「随分と大きな物を運ばせていると思ったら円盤でしたか」
オレグは困ったような笑顔になった。
「聞かされていなかったのか?」
「驚くだろうとは言っておりました」
オレグが言うと、イリヤはうんうんと大きく頷いた。
前作の番外編4帰国後のイワンを読んでいただければ、何故許可されたのか何となく分かると思います。曖昧な言い方ですみません。
何とか完結させますので、ゆっくり待っていてくださると嬉しいです。




