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74.刑務作業

 この度の地震の被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。


 独房前の廊下ではヴィオレッタの大声が響いていた。



「こんな物を見せたって騙されないんだから!どうせこの窓の前にだけ灰か砂を撒いてるんでしょ!!」



 兵士達は渋い顔をしてため息をついた。

 彼女は昨日王城で降灰を確認してからずっと大声で叫んでいるのだ。

 そう、夜もずっと騒いでいた。

 幸い独房の区画に入れられているのはヴィオレッタ一人なので、廊下に声が漏れても他の囚人に被害はない。

 しかし、囚人以外には迷惑がかかっていた。



「いつになったら寝るんだ?」

「疲れないのか?羨ましい限りだな」



 彼女は降灰前からずっと叫んでいたので、兵士達は無尽蔵の体力があるに違いないと話していた。

 日によるが数時間で交代するので休憩中に他の兵士達とそんな話をしていた。

 食事をしている時は静かだが、それ以外は大体叫んでいる。

 静かになったので漸く寝たのかと思ったら、数時間後には目覚めて騒ぎ出すのだ。



「喉も丈夫なんだな。あんなにでかい声を出していたら喉がやられるだろう」

「なんでも、元劇団員が仲間にいたとか。多分、その人に発声法を学んだのかもな」

「余計な事を……。耳栓をしちゃ駄目なのか?」

「何かあったら大変だから駄目だろう」

「今騒音被害に遭ってるのになぁ……」



 兵士の一人はがっくりと肩を落とした。



「こんなのー!見せても-!ぜーったいに!騙されないからー!」



 兵士達は大きなため息をついた。




 マリオは兵士達に連れられ作業場へ向かっていた。

 地下牢から直接繋がっているので、囚人や見張りの兵士以外とは顔を合せない。

 マリオが相当な恨みを買っているのもあるが、マリオは処刑されたことになっているのでバレるのはまずいのだ。

 生存を知っているのは一部の人間だけだ。



「はぁ……」



 マリオは衣類の山を見てため息をついた。

 彼が仕えていた前王達の衣類だ。

 彼らは太め、いや、かなり太っていたのでどの衣服もかなり大きかった。

 それに加え、あらゆる装飾がなされているので、取り外すのがかなり大変だった。



「本当にこの布なら商品が作られているのかあ?」

「喋るな!」



 兵士から叱られ、マリオは仕方なく無言で手を動かした。

 彼は侍従として王城に入りそのまま昇進したが、前王に気に入られ突然宰相にさせられた。

 いきなり畑違いの仕事を任されマリオは日々四苦八苦していた。

 いつ前王に殺されるか分からない恐怖から徐々に感覚が麻痺していった。

 ひたすら機嫌を損ねないように努めた。

 マリオは自分が生き残るのだけを考えた。

 

 女王に司法取引を持ちかけられた時は生き延びられると思い喜んだ。

 どんな事でもしようと思った。

 実際に、今まで何回も調査に協力している。


 いつもは今やっている作業しかしていない。

 一番好きでない単純作業を任され、最初は女王を恨んだ。

 しかし、人目に付かず屋内で出来る作業というと限られるから仕方ないと割り切ろうとした。



「はぁ……」



 マリオはちまちまと服を分解する毎日に嫌気が差していた。

 特に刺繍を取るのは目が寄ってしまい大変だった。

 無心になれるといえばそうだが、目がおかしくなりそうなので出来ればやりたくない。



「おい、例の女がこちらに来る。面倒を見ろ」

「はあ?!」

「あの病人の世話をさせるそうだ」

「ん、……そうか」



 病人は女性なので女性が面倒見た方がいいだろう。

 現在は囚人らの家族が交代で診ている。



「ちょっと! 何するのよ!」



 例の女が騒ぎながらやって来た。

 恐らく以前と同じように、一日中騒いでいるのだろう。

 兵士達は大変だなとマリオは憐れんだ。

 マリオは隣の牢にいたのはこんな女だったのかと思った。

 彼女の頭髪は、染髪していたようだが色が落ちかかっているし、根元も髪が伸びて元の色になっており、汚い。

 みすぼらしいの方が合っているだろうか。



「よう、嬢ちゃん!」

「……どなたですか?」



 例の女は不審感をあらわにしている。

 囚人の作業所で気安く話しかけられたらそうもなるだろう。



「なんだ、もう忘れちまったのか?」

「えーっと……」



 例の女は悩んでいるようだ。



「牢屋で隣になっただろう」

「ああ!あの時の人でしたか」

「元気そうだな。早速だが、奥で寝ている人の世話をしてくれ」



 マリオは作業所の隣の部屋を指さした。

 窓からは寝台に寝かされている女性が見えた。



「酷い!病気の人をこんな所に閉じ込めるなんて!」

「おいおい、病人を閉じ込めたんじゃない。囚人が病気になったんだ」

「それにしたって酷いです!」



 例の女は話を聞く気がないのだなと思い、マリオはため息をついた。



「最初は病気のふりをしていたら本当に病気になっちまいやがった。自業自得だな」

「病気のふり、ですか?」



 例の女は興味を持ったようだ。

 どこで興味を抱くか予想出来ないとマリオは脳内で首を傾げた。



「あいつは刑務作業をしたくねぇから、仮病を使ったんだ」

「それで本当に病気になるんですか?」

「何度も何度も繰り返し自分は病気だと強く思うと、脳がそうだと判断しちまうんだと」

「脳が……」

「とにかくだ。あいつの世話をしてやってくれ。もう少ししたらいつも世話している奴等が来るから、そいつらにやり方を聞いて覚えろ」



 これで自分の役割は終わりだろうとマリオは思い、少し安心したがそうもいかなかった。



「え、私が世話をするんですか?」

「最初に言っただろう。もう忘れたのか?」

「どうして私がそんな事しないといけないんですか?」



 例の女は眼を見開いて驚いている。



「罪人だからだ。お嬢ちゃんは国家転覆罪を犯したそうじゃないか。普通だったら……」



 マリオは手で首を切る仕草をした。

 彼の表情は面白がっているように見える。



「私が殺されるわけないじゃないですか。私は皆さんに真実を伝えただけです!」

「じゃあ今起きているのはどう説明するんだ?」



 作業所は半地下なので降灰の様子が見えた。

 マリオは冬でもないのに緑や茶色でなくなった地面を見て、ため息をついた。



「私が来るから牢屋の窓以外にここにも、こんな小細工したんですね!」

「なんでお嬢ちゃんの一人のためにそんな面倒な事をしないといけないんだ?」

「それは、私が邪魔だからです。だから、火山の噴火を信じさせようとしているんですよ」

「邪魔だからこんな面倒な事をわざわざ、お嬢ちゃん一人だけのためにするのか?」

「そうです!」



 例の女は大きな声で言い切った。

 彼女の顔は自信満々だ。



「はぁ~~、アホ臭っ!!」



 そんな彼女を見て、マリオは顔を上げて大声を出した。



「なっ、なんですか。アホって!!」



 例の女は真剣なつもりだったので、アホと言われて心外だった。



「お嬢ちゃんは自分が特別だと思いたいんだな。だから自分のために誰かが何かしてくれると考えたいんだろ。だがな、みんな普通なんだよ。特別な奴なんて誰もいない。女王だってそうだ。王族なんて世界にゃ、ごまんといる。特別なんかじゃない。嬢ちゃんは自分は特別だ、選ばれたとか思いたい年頃なんだろうけど、それって……」

「?」



 マリオが言葉を続けるのを止めたので、例の女は眉間に皺を寄せた。



「傍から見るとすっげぇ間抜けだぜ。こじらせちまった恥ずかしい奴って感じだな」

「私は、自分が特別だなんて思っていませんし、こじらせてもいません!」



 例の女は出会って数回の人物に、こんなにも怒りを覚えるものなのかと思った。



「ふーん、そうか。それを聞いて安心したよ。ちょうど世話係が来たところだから普通のお嬢ちゃんは、あいつらに世話の仕方を教わってこい」

「なんで私がしないといけないんですか!」

「おいおい、話が元に戻ってるぞ?」



 マリオは少々疲れてきた。

 いや、例の女の顔を見た時から疲れを感じている。



「みんな普通なら女王がすればいいじゃないですか!」

「女王はすでに大勢のために働いているんだから、病人の世話は女王の仕事ではない」

「私は女王の世話になんかなった事ありません!」



 例の女は女王がどれほど、これまでとこれからのために奔走したのか知らない。

 知ろうとしなかった。



「おい、いい加減にしろよ。国家転覆罪を犯した大罪人が生かされているのは温情だぞ。仕事を与えられて生かされているだけ感謝しろ。今のお嬢ちゃんの役目は病人の世話だ。分かっても分からなくても、世話をしに行ってこい」




 夜になり独房の区画では兵士が首を傾げていた。



「今日は静かだな」

「刑務作業で疲れて眠っているのか?」

「無尽蔵の体力があるのかと思ったが、流石に疲れたんだな」



 例の女こと、ヴィオレッタは考えていた。

 殺された男はヴィオレッタに特別な力があり、そのためヴィオレッタは人々に嫉まれていると言っていた。

 もし、そうでなくヴィオレッタを騙すために吐いた嘘だったらどうしたらいいのか。

 自分に都合の良いことだけ信じた愚か者になってしまう。

 ヴィオレッタは自身は愚かではないと信じたかった。


 他の皆は、ヴィオレッタを誉めてくれた皆は何処に行ったのだろう。

 前の様に助けてくれないのだろうか。

 皆はどうしているだろうか。

 少しヴィオレッタを考えてくれているだろうか。

 ここで、ヴィオレッタ気付いた。

 やはり、自分は特別だと思いたかったのだと。


 ヴィオレッタは頭を振った。

 母は考えてくれているだろう。

 町の人も考えてくれているだろう。

 だって、ずっと一緒に過ごしてきたのだから。

 苦難を乗り越えたのだから。


 そうだ、苦難を乗り越えたのに、また大変な事が起こるなんて、あるはずがない。

 やはり国は嘘を吐いているんだ。

 そう思わなきゃ心が堪えきれずに壊れてしまう。


 逃げていた。

 真実から逃れようとしていた。

 見ないでいれば楽なままでいられるから。


 ヴィオレッタは寝台と呼んでいいのか分からない粗末な長椅子のような台の上で胎児のように丸まった。




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