73.降灰す
「上手くいくかしらね」
ルチアーノを地下牢に入れた後、女王は執務室に行き化粧を落とした。
今日はデザイナーの弟子達から贈られた真っ赤な薔薇のドレスを身に纏い、化粧も眉をいつもより眉間に寄せ、かつ濃くさせ凛々しくさせた。
目元もややつり目気味に仕上げた。
侍女達もかなり乗り気で女王を強そうに見えるように化粧を施したようだ。
「さあな。上手くいかなくても何の問題もない」
「演技をする必要がなかったみたいな言い方しないでよ」
更に言うと、ルチアーノはずっと下を向いていたので、女王がいつもと違う化粧をした意味がなかった。
「惑わすのには成功したと思いますよ。たった今入った兵士からの報告によりますと、マリオが指示通り陛下について話をしたそうです」
こう言ったのは将軍だ。
「反応はどうだったんだ?」
「そんなに恐れる程なのかと言っていたそうですよ」
「どんどん、疑わせて精神を疲弊させて行くわよ」
女王はルチアーノに殺された人を一人でも多く探し出したいので、こちらに協力するように仕向けたいのだ。
ただ処罰するのではなく、情報を引き出したいのだ。
「これは恐れるしかないなぁ」
「しかし、陛下。長期戦になって治癒してしまったら体力が回復してしまいますよ?」
これは誰もが心配するだろう。
「そうなのよねぇ。……治療しているふりはどうかしら?」
「それは相手もすぐに気付くだろうから、強い副作用が出る薬を使用するのはどうだろうか」
「アレクセイだって十分恐ろしいわよね」
「薬は薬だ。体質に合わなかったとでも説明すればいいだろう」
「匂いや塗られた感覚でバレないかしらね?」
薬はそれぞれ臭いや質感が異なっているので、これで勘付かれる可能性がある。
「今は傷口が腫れていて分かりにくいのではないですか?鼻も怪我しているようですから、臭いでも気付かれにくいと存じます」
「……では今が狙い目なのかしら?」
「医師を呼んできてくれ」
侍女のジュリアが医師を呼びに行き、少ししてジュリアが医師がつれて女王の執務室に戻って来た。
王配からこの作戦は可能かどうか聞いてみた。
「医者としてはやりたくないですが、ケレース王国民としては国を混乱させようとした人物を懲らしめたいとの気持ちはあります」
「では回復を遅らせるようにしてくれるのかしら?」
「私は医者でございますので、首を縦に振れません」
医師は治療に私情を一切挟まないようだ。
女王は医師ならそう答えるであろうと思っていたので、次の言葉を言ってみた。
「そう。では、今使っている薬は王城で仕入れないようにするわ。別の薬を使って治療して」
「他の者にも使用するかもしれませんので、それだけはどうかご勘弁ください」
「それもそうね。考えが及ばなかったわ」
降灰除去の作業等で負傷者が出るかもしれないのだ。
その際に治療薬がないと、怪我の悪化や治るまで時間がかかってしまうかもしれない。
女王は浅はかな考えだったと反省した。
「じゃあ、ルチアーノを脅してくれないか?」
「そちらも致しかねます」
医師は次々と来る難題に困惑していたが、毅然とした態度で返答していた。
「お前にどんな薬が効くのか効かないのか試したいんだ。ふへへ。とでも言っておけ」
「……殿下がそんな戯れ言を仰いますか」
医者は王配の言葉に呆れていた。
「私はいいと思いますけどねぇ」
「将軍殿までそんな恐ろしいことを言うとは……」
「それほど、困っているのよ」
女王の演技はあまり効果がなかったかもしれない。
訓練された人間から情報を得るためにはどうしたらいいのだろうか。
「厳しい訓練を受けた者が、一介の医師の脅しに屈するとは思えません」
「……では、医務官にやらせるか」
「え?歯科医に整形外科をやらせるの?」
専門外の治療をさせるのもだが、医務官は気弱なので彼の様子から不審がられるかもしれない。
「……お言葉ですが、医務官殿は簡単な治療なら出来ますから、全治までの期間はさほど変わらないと存じます」
「あら?骨折の治療って簡単なの?」
「もう固定しておりますからね。後は自然に骨がくっつくのを待つだけです」
「そうなのね。ちなみに、複雑骨折だったら?」
女王は今回には関係ないが、純粋に疑問に思ったので聞いてみた。
「折れた骨が皮膚を貫通しているのですから、それはもう大変ですよ」
医師は少し疲れたような顔になっていた。
大変な治療なのだろう。
「見ているこっちも痛くなってくるんだよな」
「ええ、骨が出ているのは流石に……」
王配と将軍はどうやら複雑骨折した人を見たことがあるようだ。
彼らの顔は少々青くなっている。
「絶対にああなりたくないと思い気を付けようと思うんだよ」
「そう、なのね……。あっ、そうだわ。ルチアーノの健康診断ってしたの?」
「ええ、致しましたよ。それが何か?」
王城内に病気を持ち込まれたら一大事なので、念のため色々と検査されたのだ。
「その時に重篤な病気が見つかった、とかはどう?」
「しかし、私は怪我の治療を命じられただけだから貴方を治せないし、陛下に伝えても治療の許可を出してくれるか分からない」
「だが、貴方が陛下に協力したのなら心証が良くなり治療を許可してくれるかも……、ですね」
三人が真剣な顔をして芝居がかった喋り方をするので、医師はため息をついた。
「私に嘘を吐けと仰るのですね」
「そうよね。嫌な事を押しつけてごめんなさい。そもそも、あの人は生きようと思っているのかしら?」
「逃げる素振りはまだないようだが、回復を待っているだけだろうから油断してはいけない」
「生きる気がなければさっさと自害しているのではないですか?」
「確かにイリヤ殿に捕らえられた時にやりそうよね。もはや、これまで。とか言って」
「……エレオノーラ、何を読んだんだよ」
王配は女王が不思議な言葉を使う時は、全て遠い国の小説から得た知識だろうと思っている。
そして王配の考えは当たった。
「東の国の本よ。……まだ逃げられると思っているのかしらね」
「夕食には睡眠薬を混ぜておりますが、果たして効くのかどうか疑問です」
昼間は何度も牢屋の前を兵が通過するが、夜間は回数が減るので夜は眠らせて行動させないようにするのが目的だ。
「殺し屋って、毒や薬が効きにくいって本当なのかしらね」
「可能性はあるだろう」
「薬師の中にも効きにくい者がいるそうですよ。なんでも自分の体で試しているそうで……」
「考えただけでも怖いわね……」
「中毒とかにならないのだろうか」
ここで、女王は兵士の足音が聞こえたので戸を見た。
女王の耳の良さは皆知っているので、皆は女王が見た方向を一斉に見た。
するとすぐに、戸を叩く音が聞こえた。
「失礼致します」
「どうした?」
将軍が執務室にやって来た兵士に聞いた。
「はっ!王城にも降灰を確認致しました」
「え?」
今度は皆が一斉に窓の向こうを見た。
ごく少量の灰らしき物が降ってきているのが見えたので、皆は窓辺に集まって降灰を眺めた。
「本当だわ……」
「雪のようだが、少し黒いな」
「すでに地面に灰色が増えていますね」
医師の言うとおり、草が生えて緑色だったはずなのに、うっすらと灰白色になっていた。
見ているうちにどんどんの灰白色の部分が増えていく。
「王城周辺の清掃を開始して。もちろんきちんと装備してね」
「はっ!」
兵士が礼をして執務室から出ると、将軍も細かい指示を出すために執務室から出て行った。
「貴方も忙しくなるでしょう。こんな時に呼び出してごめんなさい」
医師は薬もだが、他に衛生用品も準備しなければならない。
「いえ、私を頼ってくださったのですから嬉しく思います」
「後で楽団員と劇団員を何人か向かうはずだから、彼らへの指示は貴方に任せるわ」
「かしこまりました」
医師は頭を深々と下げて執務室から出て行った。
「ルチアーノをどう攻略するか、決まらなかったな」
「そもそも何故、顔がバレていないどころか存在を知られていなかったのに、さっさと出国しなかったのかしら?騒動を起こしたら誰の仕業か調べられちゃうでしょう?そうしたら自分達の顔がバレちゃうわよ」
女王はずっと不思議に思っていた。
「余程の自信があったか、元の予定が違ったとかか?ただ混乱させて何らかの利益を得るためにやったとかな」
「利益なんて出ないでしょう。出費が嵩むだけよ。私の、女王の信用を落とすためとかかしら?」
「それか、ずっと隠れているのにも飽きたからとか?」
「自己顕示欲の強さが裏目に出たってこと?」
「……いや、長い間潜伏していたのにおかしいよな」
「ええ、変よね」
少なくともルチアーノの様子からは、そんな理由で行動を起こすようには思えなかった。
それとも雇い主に従っただけだろうか。
「考えてもきりがないから、考えるのは後にしよう。今は降灰対策だな」
「ええ、そうね。楽団員と劇団員達の指示はすでにしてあるから、今頃練習を止めて各部署に向かう準備をしているはずね」
楽団員は担当楽器が同じ者同士が行くらしい。
その方が連携が取れるだろうとの判断だ。
「中央領ではジョルジョが上手くやってくれているはずだ」
「首謀者は元々中央領にいたと南領から元劇団員の女性の証言がとれたと報告があったわ。ジョルジョは何か知らないかしら?」
中年女性はまだ喋れないので、元々いた領を聞き、瞬きの回数で答えさせたそうだ。
肯定か否定で答える質問しか出来ない。
アルファベットが書いてある文字盤を使って単語を言わせようとの案が出たが、現在中年女性は片目だけしか使えず、かなり負担がかかってしまう。
なので南領の領城の医師がしないと判断したため行っていない。
「ジョルジョは暫く中央領を離れていたそうだから知らないだろう。農務大臣はどうだろうか」
「噂とかね。……だけど、町の噂ってそんなに広まるものなの?」
女王は外出の経験が皆無といってもいいくらい王城内で過ごしているため、町の様子を知らない。
王城内の皆の噂話なら耳にする機会はあるが、それだけだった。
「娯楽がなかったのだから噂話は面白がって尾びれ背びれがつきまくって広がりそうだな。だから、元の話は分からないんじゃないか?」
「それに何年も前だものね……。発信源は探せないでしょうね」
「さて、話を戻そう。火山灰は火山灰コンクリートの材料としてセマルグルに買い取ってもらう。ケレースに残っている連合国軍の兵士には運搬を手伝ってもらう」
主に街道の警備や整備などだ。
「ケレース以外からも買い取ると聞いたわ。財源は大丈夫なの?」
「財源を逼迫するほど買い取ったりしないだろうから大丈夫さ」
「どの国からも同じ値段で買い取るの?」
「だそうだ。なんなら、俺から言って高めに買い取ってもらうか?」
「食糧も融通して貰っているから、そんな気遣いいらないわ。すでに十分すぎる施しを申し出てくれているもの」
「ふふっ、そう言うと思った」
意地悪ね、と女王は言い王配と笑い合った。
とうとう降灰が始まりました。




