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72.思案


「おはよう、ルチアーノ。よく眠れたかしら?」



 名を呼ばれた男は兵によって押さえつけられていた。


 ルチアーノからは声の主が見えなかった。

 若い女の声だった。

 この国で権力を持っている女はごく僅かだ。

 ここが王城であるという事実から、声の主は女王であると考えられる。



「怪我は痛まない?どこか痛むのなら言ってくれれば痛み止めぐらい出してあげるわよ」

「……」



 女王の自信に満ちあふれたような喋り方から、ルチアーノはすでに自分について調べ上げられているのだろうと悟った。

 事実、すでに自分の名前が知られている。

 どこから漏れたのだろうか。



「殺し屋って聞いていたから、もっと怖そうな人を想像していたけど、思っていたより見た目は普通の人なのねぇ。安心したわ」

「……」



 一体何を安心したと言うのだろうか。

 見た目だけで何が分かると言うのだろうか。

 楽観主義者なのだろうか。



「私は安心したのだけど、他の者はそうじゃなかったみたい。殺し屋だから危険だ、厳重に拘束しましょう。ですって。大袈裟よねぇ」

「……」



 そちらの判断の方が正しい。

 世間知らずの女王を守るために皆苦労しているのだろう。

 姿は見ていないが、沢山香水を付けてきて、ルチアーノの所にまで匂いが漂ってきていた。



「なので、このまま質問……じゃなくて尋問をしていくわね。貴方はいつから今の雇い主のところにいるの?」

「……」

「今回たまたま共に行動していたの?」

「……」

「黙秘?残念ながらこの国に黙秘権はないわ。私は王だから自由に変えられるのよ。だからさっき変えさせたわ」

「……」



 法を好き勝手にいじるとは、なんて愚かな王なのだとルチアーノは思った。



「と言うか、司法取引をしたいから絶対に喋って欲しいのよ。ねぇ、貴方。今まで何人殺したの?」

「……」

「確実なのは一人よね。刃物はどうしたの?何処かに捨てたのかしら?そうよね。いつまでも持ってないわよね」

「……」



 当たり前だ、そんな物はさっさと処分する。

 そうルチアーノは思った。



「他は覚えてるだけでもいいわよ。ああ、そうだ。貴方のお友達だか主人だか雇い主は今護送中よ。もう一人も直に捕まるでしょうね」

「……」



 国は人数も把握しているようだ。

 なんとか逃げ切ってくれればと思ったが、それは叶わなかったようだ。



「生憎、私は貴方を喋らす方法を持ちあせていないのよ。だって、貴方は拷問に耐えられるでしょう?」

「……」



 耐えられるが、出来れば回避したいとルチアーノは思った。


 ルチアーノが治療を受けるときに全身調べられた。

 その時に体の古傷も調べられた。

 思ったより念入りに調べられたので、隠し持っていた武器や薬類は全て没収されてしまった。

 どうやって脱獄しようかと考えたが、怪我や体力が回復してきたらか、その前か後か。

 相手を油断させるために怪我が治りきり、脱獄する気がないと相手が判断するまで待つか。



「だから喋って欲しいのよ。お互い無駄な労力は避けたいでしょう?」

「……」



 ルチアーノは拷問されても喋らない。

 実際に今まで拷問されても一言も喋っていない。



「そうだ。質問を変えましょう。一体どんな訓練をしたのかしら?」

「……」



 お気楽な女王に言った所で理解出来るとは思えないし、もとよりどんな質問でも喋るつもりはない。

 女王は十年間も塔に幽閉されていたと聞いたが、幽閉とは名ばかりの悠悠自適な生活をしていたのだろう。

 でなければ、こんな間抜けとも捉えられかねない質問をしてこないだろう。



「誰の指示で殺し屋になったの?ケレース王国では暗殺者とかは雇っていないみたいだから、孤児で拾われて生きるためになったとか?……んー、なんだかありきたりね」

「……!」

「あら、ごめんなさい。気に障ったかしら?」

「……」



 孤児が生きられない国にしたのは誰だとルチアーノは言いたかった。



「辛かったでしょう」

「……」



 ルチアーノは同情してそちらに引き込むつもりかと考えた。



「んー、そうねぇ。それとも、幼い頃からだから抜け出せなくなったのかしら?その生活しか知らないものね」

「…………」



 女王は他人事のように言った。

 ルチアーノは好き好んで人を殺してきたのではない。

 誰かが殺しを必要とするからやってきただけだ。



「まぁ、喋る気がないならこれまでよ。貴方の容疑はセマルグル王国からの使者を襲おうとしたこと。障害未遂ね。かなり軽い刑になるわね。ああ、残念だわ。だって貴方が殺人を犯したって証拠はないもの」

「……」

「いくつかの変死体を再調査している最中なのだけど、何か証拠が出るといいわね……。出てきたら貴方を殺人の罪に問えるのだもの」

「……」



 自死や事故に見せかけたのだから、見つけるのは不可能に近いだろう。

 仮に分かったとしても、ルチアーノと結びつけることは出来ない。



「あっ!」

「……?」



 女王は突然大きな声を出した。



「私は王だから、疑わしきは罰せずじゃなくすればいいのね。なぁんだ。簡単なことね」

「!!」

「法務大臣、可能かしら?」

「我らは陛下の仰せの通りにいたします」

「では、この者を大量殺人犯として扱ってちょうだい」

「御意」




 ルチアーノは目隠しをされ移動させられた。

 歩数や右左折の回数の違いから、最初に入れられた牢ではないようだ。

 目隠しを外されると、やはり違う牢だった。

 少々じめついていているし、上っていない階段を下りたので地下だと思われる。

 色々と考察しているうちに、兵士は牢に鍵をかけて去って行った。



「今度は誰だ?」



 隣の牢から男の声と鎖の音が聞こえた。

 自分と同じように鎖に繋がれているのだろう。



「おーい……、まあ、いいか。いや、よくねぇ。足音が静かだったから、そういう職業のモンだろ?おお怖い怖い」



 隣の牢の男はやたらと喋る。

 それもこちらを探るようにわざとらしくだ。



「そういう貴方は何をしたんですか?」

「ん?したことを言うより、投獄される前の役職名を言った方が早いだろうな」

「?」

「俺は宰相をやっていた」

「何ですって?確か宰相は処刑されたはずでは?」



 ケレース王国中に前王の時代の宰相が処刑されたと知らされたのだ。

 それなのに隣の牢の男は自分が宰相だったと言う。



「法的にはな。だから俺は生きているけど別人だ。マリオとでも呼んでくれ」

「何故生かされているのですか?」

「協力すると言ったからだ。今回のも協力したぞ。まぁ、お目当ての情報を出せず、役立たずと言われたがな」



 マリオはとても悔しそうに言った。

 

 司法取引か、とルチアーノは思った。

 先ほど自分も持ちかけられた。

 女王は大罪人なのに処刑するつもりがないのだろうか。

 何を考えているのかよく分からない。

 生かしておけば、改心するとでも思っているのだろうか。

 やはり、楽観主義者なのだろうか。



「えっと、今回とは……?」

「アンタも絡んでるんじゃないのか?はははっ!ここは重大犯罪者を入れる牢屋だからな!」

「……先ほどの、今度は誰だと言ったのは?前にこの牢に誰かいたのですか?」

「ん?ああ、若い女がいたんだよ。ありゃ酷い。一日中ギャーギャー騒いでいるから、そいつを独房に入れてくれと頼み込んだよ。俺は刑務作業をしなきゃならねぇから、夜はちゃんと寝たいんだよ」

「若い、女ですか……」



 ルチアーノはすぐにヴィオレッタだと気付いた。

 会った事はないが、名前と様子は聞いている。

 かなり信じ込みやすい女だと言っていた。



「ひでぇの何のって!まぁ、あの嬢ちゃんも騙されてたんだろうけどな。だが、他の意見を聞こうとしねぇのは駄目だなぁ」

「酷いのは女王もでしょう。あんな愚かな振る舞いをするとは思いませんでした」



 噂では復興が順調に進んでいるので、国内外で高く評価されている。

 しかし、先ほどの女王の様子から察するに周りの官が優秀なのだろう。



「愚かねえ。何を見たのか聞いたのか知らないが、ああ見えて女王は強かだぞ。一癖も二癖もある。気を付けろ」

「そんなに恐れる程ですか?世間知らずで愚かだと私は感じました」

「世間知らずなのは合っているだろうが、どうだろうな。俺もやられたからな」

「やられた?」



 ルチアーノはやられたと言うのは、術中にはまったという意味だろうかと考えた。

 女王はそんなに賢そうに感じなかったが、何かされたのだろうかと思考を巡らせた。

 女王はわざとああいう態度を見せ、ルチアーノがどのような言動をするのか見たのだろうか。

 ルチアーノは訓練されているので、滅多なことで感情をあらわにしない。

 だから無駄な行為だ。



「はぁぁぁ。俺はあの時弱っていたからな。今なら簡単に相手の策に嵌まったりはしねぇ。それもあんな小娘に!」

「おい!何を話している!」



 兵士達がやって来て、隣の牢の前に行った。



「おお、すまねぇ」

「時間だ。こちらに来い」



 兵士達は来た方ではなく、別の出口向かったようだ。

 なのでマリオの姿は見えなかった。



「毎日やってんだから、分かってるよ。行けばいいんだろ?」

「喋るな。黙って行動しろ」

「へいへい……。じゃあな。夕方には戻るよ」

「黙れと言っている」

「すみませんでしたぁ!」



 マリオは兵士につれられて牢から出て行ったようだ。

 刑務作業をしに行ったのだろうかとルチアーノは考えた。

 他にも考えねばならぬ事がある。

 女王の先ほどの振る舞いはわざとだったのだろうか。

 こちらがどう出るか様子を見ていたというのだろうか。

 

 先ほどチラッと見えた女王は真っ赤なドレスを着ていて場違いな格好をしていると、ルチアーノは思った。

 顔はよく見えなかったが、声には芯が通っていた。

 自信満々で揺らぎはなかったと思う。


 女王はお気楽な事ばかり言うと思っていたが、絶対なる自信があるから余裕を持って喋っていただろうか。

 自分はお前より上だ、自分を害する事は不可能だと言っているようでもあった。


 考えすぎかと思ったが、マリオの言葉が気になるし、今後の自身の処遇も気にしなければならない。

 悩ませて精神を消耗させる、相手の戦略かもしれない。

 こうして少しでも考えるだけで、すでに相手の術中にはまっているのだろうと思った。

 なので、まだ日は昇りきっていないが、ルチアーノは寝て体力を回復することにした。




 マリオは元の名前ではなく、新たに付けた名前です。

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