64.証言
中年女性が目を覚すと、近くで見張りをしていた侍女らしき女性が部屋の外に何かを言いに行った。
おそらく、医者を呼ぶように言ったのだろう。
「気分はどうですか?」
「……」
中年女性は口を切っているので喋れなかった。
体もだが、顔もかなり痛かった。
左目が見えないのは包帯をしているからだ。
最初に目覚めた時は牢獄にしては綺麗な部屋だと思った。
どうやら、他の者に気付かれないように牢屋ではなく使用人の部屋に入れられたらしい。
「貴女の証言と他に捕らえた者の証言が一致しました。しかし、殺人犯と黒幕……黒幕と言うのはセマルグル王国内の犯罪に関与した可能性が濃厚な人物です。この二人については貴女の証言からしか情報を得られていません」
「ゼ…バウ……ウ?」
中年女性は、主の友人はセマルグル王国の人間だったのかと初めて知った。
外国人だとしか思っていなかったのだ。
「どこの国の人間かは知らなかったのですね」
「……」
中年女性はゆっくりと二回瞬きをした。
最初に目覚めた時に、この女性から肯定の時は瞬きを二回するように言われたのだ。
「貴女が助けた子どもは軽傷だったようですよ。親が感謝を言っていたそうですので、伝えておきます」
「……」
中年女性は心からよかったと思った。
彼女の視界がぼやけて女性が見えなくなった。
「失礼いたします」
医者が侍女達をつれて部屋の中に入ってきたようだ。
「どれどれ、熱は大分下がってきたようですね。傷もですが当分骨はくっつかないので、しばらく安静にしていてください」
「ええ、その方が貴女のためになります。生きていると知ったら殺されるでしょうからね」
女性はさらりと怖い事を言った。
「……」
一度殺人犯を差し向けられたのだから、そんな恐ろしい経験は二度としたくない。
「まだ彼女に聞きたい事があるのですが、構わないでしょうか?」
「ええ、五分程度なら構いませんよ」
「ありがとうございます。貴女は雇い主の名前は知らないのですよね。では、他の仲間の名前や呼び名、あだ名は知っていますか?」
「……」
中年女性は二回瞬きをした。
主の名前は知らないが、他の者らの名前やあだ名は知っている。
「仲間達の名は知っているのですね。殺人犯や黒幕の名前は雇い主と同様、知らないのですか?」
「……」
残念ながら知らないので、中年女性はまた二回瞬きした。
主と彼らが会話をしている時に近づくと話を止めてしまうので、会話の内容も聞けていない。
なので何処の誰なのかも何の情報もない。
「次に、これからの計画を教えてください。逃亡先は聞いていましたか?」
「……」
中年女性は三回瞬きをした。
否定の時は三回瞬きをするように言われたのだ。
「行き先は聞いておらず、馬車の場所だけ聞いていたんですね」
「……」
中年女性は肯定の瞬きをした。
「はぁ、これでは何もわかりませんね。…貴女の立ち位置はどのくらいでしょうか。前に聞いた時に十年以上雇われていたと教えてくれましたね。仕事も教えてくれると助かります」
十二年雇われていたが、ずっと侍女のような仕事をしていた。
主に下働きだったが、たまに劇団員だった頃の腕を買われて主が連れてきた人に化粧を施していた。
言ってしまえば変装だ。
主は興味深そうにその様子を見ていた。
彼らは何者だったのだろう。
いや、考えなくても犯罪者なのは分かる。
主の仕事を手伝わせていたのだろう。
「では、貴女は上の立場でしたか?」
「……」
否定の三回の瞬きをした。
「下の立場でしたか?」
「……」
上ではないのは確かなので、瞬きを二回した。
「仕事は侍女でしたか?」
「……」
二回瞬きをすべきか悩んだが、どちらにも該当しない気がしたので、四回瞬きをした。
「四回、否定でも肯定でもないのですね。どちらでもないという選択肢も作っておくべきでしたね。それで、他にもあったのですか?」
「……」
中年女性はパチパチと二回瞬きをした。
「…役者の仕事に関係することですか?」
「……」
また二回瞬きをした。
これほど、喋れたらいいのに思った経験はなく、とてももどかしかった。
ペンを持つのも出来なさそうなので、筆談も出来ないのだ。
「演技を教えたのですか?」
「……」
それはごく最近の話だが、間違えではないので肯定した。
「後、役者というと……、駄目ですね。さっぱり浮かばないですね」
「っうぇ……」
女性はおそらく二十歳前後だ。
もしかしたら芝居を見たことがないのかもしれない。
中年女性は変装を手伝ったと言いたかったが、上手く喋れない。
「……っ!」
なんとか頑張って口を動かしてみるが上手く喋れない。
「どうされましたか?」
「え…う……」
「ああっ傷が開いてしまいますよ」
じんわりと血の味がしてきたと思ったら、すぐに口の中が血まみれになってしまった。
医者が侍女に指示し洗面器を持って来させ、医者は中年女性にこの洗面器に血を吐くように言った。
「お嬢様、質問はここまでにしてください」
「はい。傷口を開かせてしまったみたいで、すみませんでした。ご協力ありがとうございました」
医者の口からお嬢様という言葉を聞き、中年女性は驚くしかなかった。
確かに言われてみれば、侍女達よりもずっと高価そうな服を着ていた。
しかし、お嬢様というわりにはとても地味な服を着ていた。
「これで口を漱いでください」
侍女に手伝われながら口を漱ぎ、洗面器に水を吐いた。
さっきも思ったのだが、とても口が開きにくい。
顔の左側が包帯で覆われており、顎も固定されているようだ。
「唇や口内に傷が出来ている他、下顎の骨も折れているのです。なのでどうか、喋らないでください」
中年女性は医者に薬を塗られた後、再び眠りについた。
王配は王城のとある場所で、今回捕らえられた者達とその者達からの証言によって作成された人相書きを、ある人物に見せていた。
「んー…、しかしまぁ、コイツの顔は見覚えがあるっちゃあるんだが、よくある顔だからなぁ。よく分からん。この下っ端共も分からん。従者として一緒に来ていたのかもしれんが、いちいち顔なんか覚えちゃいねぇよ」
ある人物は顔をしかめながら首を傾げた。
「役立たずめ」
王配はいつになく低い声で吐き捨てるように言った。
「ひでぇ言い方だな。手伝ってやってるってのによぉ」
「誰かを、よくある顔の奴だと思った記憶はないのか?」
「ぇえ?あー、待て。中央か西だったか?んー……」
ある人物は人相書きを遠くから見たり、近づいて見てみたりしている。
「……さっさと思い出せ」
だが、それが王配の癇に障ったらしく、より不機嫌そうになった。
「茶髪、茶色の目、何の特徴もない顔……か」
「そうらしい」
「うーん、無理だ。思い出せない」
「役立たずめ」
王配は舌打ちをした。
「二度も言わないでくれよ。結構傷つくんだぜ、ソレ」
「こちらの男はどうだ?」
王配はある人物の言葉を無視して話を進めた。
「んんーと、やはり見たことないな。何をした奴なんだ?」
「殺人犯だ。おそらく他に何人も殺している」
「うわぁ、やべぇ奴だな。だとしたら俺が知るわけないだろう。そんなヤバイ奴を王城までついてこさせないはずだ。そんな仕事をさせているんなら、顔を知られないために隠くしておくんじゃないか?」
「もしかしたら護衛として来ていたかもしれない」
「だいたい、上手く逃げ延びていたんだろう?って事は顔も名前を誰にも知られていないってわけだ。首謀者自体が登城していないんじゃないのか?」
「そうなるのだろうか」
王配はある人物の言うことに一理あると思い、少し口元を歪ませた。
「なるんじゃねぇか?まぁ、俺の記憶も怪しいもんだしな」
「はぁ、前将軍にすぐに聞けたらよかったのだがな。彼の記憶力と人間性なら信用出来る情報が得られただろうに」
「悪かったな」
「役立たずめ。何のために生かしてやってると思っているんだ」
「そこまで言わないでくれよ……。一応、与えられた仕事を一生懸命やっているだろう?」
「そう言うわりには、最近仕事が遅くなっているらしいが?」
「そりゃ暑いし、このドレスの装飾が複雑で分解するのに時間がかかったんだよ!」
ある人物には前王やその妻子達に服やドレスを分解させている。
分解された布は魔除け商品などに使用され、国外で販売される。
「どうだかな」
「本当だって!見てみろって!ほらコレ!!ここも!!」
ある人物は必死にドレスを指さしながら言った。
確かに凝った装飾がなされていた。
しかし残念ながら、凝った作りしているが、美しくはない。
「そんな汚らわしい物を見せないでくれ。不愉快だ」
「俺だって不愉快だよ!こんな奴等に頭を下げていたのかと思うと腸が煮えくり返りそうだ」
「フン。よく言う。率先して頭を下げてくせに」
王配に鼻で笑われ、ある人物は顔中を歪ませ悔しそうな顔をした。
「で、これだけ時間をやったんだ。何か思い出したか?」
「……うーん。髭の有無や髪型だけでもかなり印象が変わるだろうからなぁ…。ん…?髭…?」
「髭か」
「ああ、多分髭だろうな」
ある人物は真剣な顔をして睨みつけるように人相書きを見た。
「結構髭を生やしていたんじゃないのか?」
「口元だけでなく?」
「ああ、これだけ何の特徴もないと髭の有無だけでガラリと印象が変わるぞ」
「さっき聞いた」
「ひでぇなぁ。……んで、うん。頬にも髭を生やしていたんじゃないか?他の牢の奴等にも聞いてみてくれ」
「分かった。冷たい飲み物でも持って来させよう」
「お!そりゃ助かる」
少ししたら兵士がよく冷えたお茶を持って来たので、ある人物は一気に飲み干した。
ある人物は前作を読んでくださった方なら分かるかなぁ……と思います。




