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61.決起


 中年女性達は大勢の人を集めて演説するのより、道行く人を捕まえて話しかける方法をとった。

 訪問形式を案に出たが、怪しまれてすぐに追い返されてしまうので却下された。



「チッ!てめぇ何処見て歩いてんだ!」



 道で人の肩と肩がぶつかった。

 如何にも人相の悪い男が、通行人を睨みつけた。



「すみませんっ」

「すみませんで済むか!ふざけんじゃねぇぞ!」



 人相の悪い男は大声を出し脅すので通行人は怯えている。



「何やってるんだ!君からぶつかってきたんじゃないか!」



 その時、助けに入った人がいた。

 通行人は怯えた表情に少し安堵色が出た。



「チッ!うるせぇなあ。お前には関係ねぇだろ!」

「私が住む町だ。関係ある」

「んだとてめぇ!格好つけてんじゃねーぞ!」



 殴り合いが始まったが、助けに来た人の方が強く、あっという間に人相の悪い男は捨て台詞を言って

逃げていった。



「ありがとうございます。助かりました」



 通行人は助けてくれた人に深々とお辞儀をした。



「いえいえ。貴方こそ災難でしたね。最近ああいう輩が増えてきましたね。これはやはり、あの噂のせいでしょうか…」



 助けてくれた人は顎に手を置き、とても深刻そうな顔をしながら考え込みだした。



「あの噂?」

「ええ、ご存じですか?実は――」




 人相の悪い男が逃げていった建物の陰に人がいた。

 彼はその人物に話しかけた。



「言われた通りやって来たぞ。金をくれ」

「おお、助かった。感謝する」



 小柄な男は人相の悪い男に金を渡した。



「有り難く頂戴するぜ。にしてもこんなに貰っていいのか?」

「まぁな。それをもって少し遠くに行ってくれると助かる」

「分かった」



 人相の悪い男は不思議に思ったが、その疑問は心に留めておくことにした。

 女相手にぶつかって因縁をつけるのなら、助けた相手に好意を抱かせて、その後交際に至ったりするのだろうが、誰でもいいから気の弱そうな人物にぶつかれと言われた。

 少し遠くに行けと言われてのも気にかかるが、従った方が身のためだろう。


 最近何やらこの地域では、小柄な男のような依頼をする人間がいるらしい。

 彼もそんな噂を聞きつけて、小金欲しさにわざわざやって来たのだ。



「じゃ、俺は失礼するぜ」

「そうか。その金で美味いもんでも食ってくれ」



 彼は駅馬車に乗り、出来るだけ遠くに逃げていった。




 中年女性は今日も家から出ずにいた。

 もちろん家の中でも常に変装をしている。



「戻ったぞ」

「……」



 中年女性は老婆の変装をしたまま、玄関で小柄な男性を出迎えた。

 たまに玄関まで行き、近隣住民に姿を見せている。

 しかし声を出すとバレてしまうので、何も喋らず頷くだけだ。



「最近は爺さんの格好はしてないのか?」

「じゃあ明日するわね」



 中年女性は老爺の変装もして、老夫婦と一緒に暮らす子や孫達を装って生活している。

 家族と言えば怪しまれないだろうという考えだ。

 中年女性とヴィオレッタはあれから外に出ていなかった。

 噂は大勢ではなく、個人に向けて発信している。



「いつになったら外に出られるんですか?私も皆さんのお手伝いをしたいです!」



 中年女性はまた言っているのかと思った。

 ヴィオレッタはほぼ毎日この台詞を言っているので、聞いている人達は耳にたこが出来そうだった。



「ああ、それなんだがな。とうとう恐ろしい事を言い出したんだ。噴火の兆候が高まっているなどと言っているらしい。これは恐怖を煽って混乱させるためだろう」



 それはこちらも同じような事をやっているだろう、と中年女性は思った。



「本当に酷いです!それでいつ皆さんの前でやるんですか?」

「明日だ」



 小柄な男性の言葉に中年女性の体は固まった。

 だが、他の者達に気付かれるとまずいので、すぐに平静を装った。



「随分と急ね?準備出来ているの?」



 降灰が来る前に行動を起こしたいのは分かるが急すぎる。



「何言ってるんですか!バッチリですよ!この日のために練習してきたじゃないですか!」



 ヴィオレッタが興奮気味に言ってきた。

 彼女には堂々と話せるように指導してきたし、化粧も人相書きとは違くなるように工夫してきた。



「ええ、そうね。ごめんなさい。心配だからつい弱気になっちゃったわ」

「大丈夫ですよ!私ちゃんとやりきりますから!きっと皆さんの目も覚めさせられますよ!」



 中年女性はヴィオレッタに手を握られた。

 以前はなんて馬鹿な娘だろうと思ったが、騙しているのがだんだん心苦しくなってきた。


 ヴィオレッタは純粋すぎるのだ。

 自分がそうだから、誰かが自分を騙す訳ないと思っているのだろう。



「そうよね。貴女を信じるわ」



 ヴィオレッタの微笑みを見て、中年女性も微笑んだがその笑みはどこか悲しげだった。




 夜になり、中年女性が一人で部屋にいると痩身の男が部屋に入って来た。



「おい、あの娘は使い捨てだ。あまり感情移入するなよ」

「あの子の周りに人が集まってきて、騒ぎを聞きつけた兵士が来たら逃げるのよね」

「そうだ」

「……ねぇ、本当に私達も逃げられると思う?別の町にいるだろう主は逃げられるかもしれないけど、私達もあの子と同じように切り捨てられるんじゃないかって思うのよ」



 主が何処に潜伏しているのかは中年女性は知らない。

 連絡を取っているのは男性二人なのだ。

 これは彼女の顔がバレる前からだ。



「なんだ?懲りてないのか?」

「はぁ、やっぱり、貴方が報告したのね」



 中年女性が言うと、痩身男性は鼻で笑った。



「まぁな。仲間に裏切られるのは困るんでな」

「逃走の手筈も知らされていないのに、裏切りだなんだと言うの?」

「今のは聞かなかったことにする。この町を東に出て少し行った所に馬車が用意されている。騒ぎが起きたら、そこまで行くぞ」

「分かったわ」



 本当に大丈夫なのだろうか。

 彼女の頭からこの言葉が消える事はなかった。




 翌日同時刻、南領の各地で演説が始まった。

 たが、その中の一つだけが他より遅れて開始した。

 この町は大きい駐屯地があり、ここから増員され手薄になった所で開始するのだ。



「よし、兵が出て行ったな。俺たちも始めるぞ。皆位置に付け」

「皆さん頑張りましょう!」



 ヴィオレッタは前とは違う髪色や髪型、化粧をした。

 話す内容や順序も変えた。

 これですぐに気付かれずに、話を続けられるだろうとヴィオレッタには言ってある。

 今までの活動で声を覚えられている可能性も大きいし、何だったら突然の演説に警戒されている可能性もあるので、話を続けるのは無理だろう。



「ええ、貴女なら大丈夫よ。頑張ってね」



 中年女性は作り笑顔をしながら言ってみたが、作り笑顔とは言え、よく笑えたものだと自分自身で驚いた。



「おう、期待してるぞ」

「ちゃんと見ててやるからな」



 作戦はというと、兵が来たら馬や牛を驚かせ暴走させる。

 さらに飼育していた大量の鼠を放つ。

 これで民衆は大混乱になり追手を撒け、ヴィオレッタを置き去りにして逃げる時間は稼げるだろう。

 尚、大量の鼠がいたらいくら何でもヴィオレッタに気付かれるだろうとのことで、鼠は別の仲間が用意した物である。



「鼠も虫もどちらも嫌だな」



 別の所では虫だそうだ。



「どちらも食糧を食べるから、どっちも嫌ね」

「おっと、爺さんの姿をしているんだから、もう喋るなよ」

「……」



 中年女性は黙って頷き、少し離れた所にいるヴィオレッタを見た。

 ヴィオレッタは息を吸い大きな声で話し始めた。

 指導の甲斐あって堂々と話せており、以前とは別人のようだった。

 ヴィオレッタは素直に言うことを聞いてくれるので覚えるのが早かった。

 通行人も何が始まったのか、興味ありげに見ている人がチラホラ出始めた。



「集まって来たな。いい調子だ」



 だが、ここで野次が入った。

 これは普段は別に行動している人物だ。

 なるべく揉めさせて、騒ぎを起こさせないといけないので、ヴィオレッタには内緒で来てもらった。



「お、上手く言い返せたな。上手いじゃないか」



 痩身の男性はまるで余興を見ているかのように楽しそうに笑っている。


 中年女性はどうしたらいいのか分からなくなってきた。

 逃げるのか、それともどさくさに紛れてわざと捕まるのか。



「お、騒がしくなってきたな。兵士が来たらあそこの馬車の馬を驚かせるぞ」

「……」



 中年女性は服から花火を取り出した。

 これは主の友人から渡されたもので、ケレース王国の物でないのは分かる。



「これを馬の頭の上に向けて打てば……」



 痩身の男性は花火に火を付けた。

 花火の大きな音に馬が驚き、暴れ出した。

 馬だけでなく人々も花火の音に驚き、馬の嘶きに驚き、続いて放たれた鼠たちに驚いた。

 予め別の人物が食べ物のカスを落としておいたので、鼠たちはすぐに建物に隠れたりせずに人々の足しに絡まりつくようにチョロチョロと走り回った。

 瞬く間に広場から町中に混乱が広がっていった。




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