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59.宰相


 宰相は久しぶりに恋人から来た手紙を読んでいた。

 そして自分を納得させるように呟いた。



「引っ越していたのか…。それで手紙を転送していたから時間がかかっていたのか」



 どうやら宰相が出した手紙は、元の住所に届いてしまっていたらしい。

 セマルグル王国は広大であるので、かなり時間がかかってしまっていたのだろう。

 今は無事に現在の住所に届けられているようだ。



「伯爵夫人と仲良くしてもらっているのか…。ん?あの領で伯爵といえば……いや、まさか」



 考えすぎかと思ったが、王配の友人であるミハイルと彼の妻のエレーナの顔がちらついた。

 事実セマルグル王国にはケレース王国の比較にならないほど王族や貴族がいる。



「若い方で考古学……ああ、可能性が更に高まった……」



 恋人からの手紙には伯爵夫人の情報が書いてあった。

 宰相は苦笑いをするしかなかった。



「王配殿下に聞いてみましょう。何かご存じかもしれませんし……」



 宰相は王配の言葉を想像して、ため息をついた。




 宰相が王配の執務室に行くと、待っていたと言わんばかりの顔をしていた。

 宰相の顔を見るなりニヤリと笑ったのだ。



「どうしたんだ?」

「お分かりでしょう?」

「いやぁ、俺にはさっぱり分からないから言ってくれると助かる」



 王配は質の悪い笑顔を浮かべるのを見て、宰相は小さくため息をついた。



「知り合いから来た手紙に殿下のご友人の奥様らしき人について書いてありましたので、確認のために参りました」

「んー、俺も友人はそこそこいるからなぁ」



 宰相が名前を出さなかったので、王配はからかってみた。



「殿下は知り合いは多かったと思いますが、ご友人は少なかったと記憶しております」

「少数精鋭って奴だな。広く浅くではなく狭く深くかな」

「遠回しにアンドレイ様を侮辱しておられます?」



 王配の祖父のアンドレイはあらゆる分野に友人がいる。

 対する王配は本当に信頼出来ると判断した人物としか付き合わない。

 王配の友人達は子どもの頃からの付き合いのある者達しかいない。

 付き合いの長さが信頼出来る材料になるかといえば違うが、彼らは信頼するに足る人物達だった。



「俺が祖父上を馬鹿にするような酷い人間だとでも言うのか?友人についての考え方は人それぞれだから、誰かを否定したりしない。それに祖父上のご友人は各分野の重鎮ばかりだ」

「それは失礼致しました。私ももっと端的に申し上げればよかったと存じております」

「おう、そうだな」

「知り合いからの手紙に伯爵夫人と親しくさせて頂いていると書かれてありました。その特徴がエレーナ殿とほぼ一致しているので、もしやと思った次第でございます」

「そうだったか。それで?」



 それでと返されて宰相は困った。



「殿下が何かご存じなのではないかと思い、馳せ参じました」

「俺は何も知らんとしか言えない。もしかして俺が仕組んだんじゃないかと疑っているのか?」

「ええ。偶然にしては出来すぎております」



 宰相は先生から何かを聞いて何か企んだのだろうと疑っていた。

 先生はあの時かなり熱くなっていたので、十分あり得る話だ。



「仮に仕組んだとして、何か問題でもあるのか?」

「大ありです。私的な交友関係に口を出さないで頂きたく存じます」



 からかわれるのはご免だと宰相は思っていた。



「なら、仕組んでいないのだから文句を言われる筋合いはないな」

「……本当に何もなさってないのですか?」

「エレオノーラも俺も何もしていない。おそらく叔父上もミハイルも、もちろんエレーナ女史もだ」



 彼らにはそんな暇はないし、他人の交友関係にちょっかいを出す趣味もない。

 しかし、宰相はあまりに出来すぎた話なので疑ってしまったのだ。



「……そうでしたか。早合点してしまい申し訳ございませんでした」

「世間は狭いってことだろう。……それにしても、その知り合いとやらとは、並々ならぬ関係なのか?」

「いえ、ただの知り合いでございます」

「そうか。そのわりに随分とムキになっていたじゃないか。それも王族相手に」



 王配は面白そうに笑った。

 いつもすました顔をしている宰相が必死になっているのが珍しかったのだろう。



「個人的なことに介入されたと勘違いしてしまったのです。大変申し訳ございませんでした」

「何度も謝ってくれなくていい。ああ、そうだ。今度その人を紹介してくれたら許そう」

「機会があれば――」

「これから何が起るか分からない。そういう時は大切な人と一緒にいられたら心強くないか?」



 王配は宰相に恋人を呼び寄せろと言っているようだ。



「私は宰相です。国民のために、そんな悠長な事を言っている場合ではございません。それに、相手の都合も考えずに言うべきではないと思っております。何か事情があって引っ越したのでしょうし」

「研究職をやめてか?給料が少なくなるような行為をわざわざ引っ越してまでするのか?」

「え?」



 宰相は石像のように固まってしまった。

 表情も全身も固まってしまったのだ。

 顔から血の気が引いて白くなっているので、余計に石像のようだ。



「その顔だと知らなかったのか。彼女は今、事務職だそうだ。エレーナ女史の話によると、全く研究には関わっていないそうだ」



 正確に言うとミハイルからの手紙にエレーナの話が書いてあったのだ。



「私への手紙には、引っ越したとしか書いてありませんでした。てっきり、引き抜きか何かかと思っておりました。そうでしたか……。彼女は研究が生き甲斐だと言っておりました。それなのに、仕事を辞めていただなんて……」



 宰相の目は泳いでいた。

 王配はこんなに動揺している宰相を初めて見た。



「彼女は待っているんだろう。何をだなんて言うなよ?」



 宰相は勝手に解釈して、自己完結してしまっていたので呆然としてしまった。

 あろう事か、人を疑ってしまってもいた。

 彼は王配に礼を述べてから、自室に戻るまでの記憶が無くなっていた。




「宰相はこれからどうするのかしら?」



 女王は王配から宰相とのやり取りを聞かされた。

 王配はミハイルから、女王はエレーナからの手紙で宰相の恋人らしい人物のメリッサがエレーナと同じ職場にいると知った。

 そして宰相もメリッサからの手紙で知るのではないかと思い、彼がどのような行動を起こすか気になっていた。

 


「さぁな。ここで決めなきゃ駄目だろう。人を待たせるのはよくない」

「万が一、引っ越した理由が違っていたらどうしましょう……」

「心配性が出たな。それだったら故郷に帰ってきたってだけさ」



 そうね、と女王は言ったがハラハラしているようだった。

 もし違っていたら、いくら王族といえど年下の者から口出しされるなんて嫌だろう。



「ねぇ、アレクセイも故郷に帰りたいと思った事はあるの?」

「今のところ一度もないな。祖父上やミハイルに会った時は懐かしさを感じたが、帰りたいとは思わない。そうだな……帰りたいと言うよりも、世話になった人達に会いたいという気持ちのほうが大きいかな。会うのだったら何処でもいいからな」



 王配は女王の戴冠式から結婚式まで、そのままケレース王国に滞在する事になった。

 急に決まったので、王子時代に世話になった人達には書面だけの挨拶になり、顔を合せて挨拶出来ていなかったのだ。



「その人達には今すぐ会いたい?」

「今すぐにはいいかな。今回の騒動が落ち着いたら考えるかもしれない」

「会えるのなら会っておきたいわよね。宰相もさっさと会いに行くなり、呼び寄せるなりすればいいのよ」

「おう」



 女王には将軍をほぼ無理矢理、婚約者であったカロリーナに会いに行かせた実績がある。

 結果として今はカロリーナと、生き別れになった時にカロリーナのお腹の中にいたテオドロと一緒に暮らしている。



「意地になっちゃ駄目よね」

「ああそうだな。先生から話を聞かされて、すぐにミハイルから手紙が来て驚いたな」

「宰相の恋人のメリッサ殿はどんな方かしらね?」

「頑なに知り合いと言っていたが、まぁ恋人だろう。やたらムキになっていたしな」



 王配は普段と違った宰相の姿を見られて面白かったようだ。



「エレーナの手紙にはメリッサ殿も積極的じゃないみたいに書かれていたわ」

「いやぁ、すでに行動は起こしているのだから積極的さ」

「それもそうね。今までの生活を捨てているものね。凄いわ…私は流されているだけだから」



 女王は自身が王になった経緯を思い出していた。



「流されているだけの人間が、小鳥や蜜蜂たちの避難所を作れとは命じないだろう」

「端材で鳥の巣や蜜蜂が巣を作りやすい場所を用意するように言っただけよ。それも農務省から出た意見を拾っただけなのよ」

「花粉媒介者がいないと農業は出来ないからな。なんでも蜜蜂が絶滅したら四年後には人類も滅びるなんて話があるらしいじゃないか。だから、彼らの保護は大事さ」



 大昔の学者がそう言ったらしい。



「ええ。ありがとう。人間や家畜だけを守ることにしか頭が回っていなかったから、農務省の人達には感謝しないといけないわね。話を戻すけど、メリッサがセマルグル王国に留まる理由は何かしら?」

「時期が時期だからじゃないか?」



 災害が予測させているのに、危険を伴うかもしれない行動はとらないだろう。



「じゃあ、宰相が呼んでも来ないんじゃない?」



 女王が言うと二人は顔を見合い、気まずそうな表情になった。



「焚きつけてしまったが大丈夫だろうか……」

「きっと、なるようになるわよ」




 本当に偶然なのでしょうか。と言いたいところですが、偶然です。

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