58.イワンとミハイル
セマルグル王国での話です。
ミハイルは王配の叔父であるイワンが領城に到着したと聞き、彼に会いに行った。
イワンに会うのは久しぶりなので少しわくわくとしていたが、そんな様子を知られるとイワンにからかわれそうなので、ミハイルはなんとか心を落ち着かせ表情に出さないようにした。
ミハイルが部屋に案内され中に入ると、イワンは椅子の背もたれに寄りかかっていた。
「イワン殿下、お久しぶりでございます」
ミハイルはイワンにお辞儀をした。
イワンは彼の兄より甥である王配達の方が年が近かったので、王配達にとっては兄貴分のような関係だった。
「おー!ミハイル!元気にしていたか?」
イワンはあまり格式張ったことは好まない。
ミハイルが顔を上げるとイワンはすぐに立ち上がって握手をしてきた。
さらに、もう片方の手でミハイルの肩を力強く叩いてきた。
この痛みも久しぶりだが、出来れば控えめにして欲しいとミハイルは思った。
「お陰様で、この通り元気でございます」
「父上が世話になったそうだな!」
イワンは父アンドレイから色々と話を聞かされていた。
それも、ご機嫌な様子で話していたので、とてもよい時間を過ごしたのだと推測出来た。
「いえ、勉強になる話ばかり聞かせて頂きましたので、こちらが世話されたようなものですよ」
「ははは!そうだ、アレクセイは元気だったか?」
「元気すぎて連日兵士達の訓練に参加なさっているそうです」
「陛下の身を守るにはそうするしかないだろうな」
そう言いイワンは豪快に笑った。
おそらく、廊下まで響き渡っているだろう。
「そうですね」
ミハイルは苦笑した。
王配の性格をよく知る人達は、彼がどういう行動を起こしているのかお見通しのようだ。
「さて、俺がここに来た理由は聞かされているか?」
「もちろんです。アイテール王国にちょっかいを出させないためですね。降灰時に逃げ込まれた際の混乱を防ぐためだとか言っているそうですね」
「そのわりに兵の数が多すぎる。降灰したらセマルグルの南に逃げればいいだけなのに、わざわざ国境を越えて北に行かないだろう。ケレースの人々もそうだ。二回も国境を越えたりしないだろう。それも大して友好な関係でない国に行かないだろう」
ミハイルはええ、と短く答えた。
「怪しいなぁ。だが、俺としてはやって来てそうそう荒々しいことはしたくない。俺の存在に怖じ気づいて何もしてこないでくれると嬉しい」
イワンは好戦的ではあるが戦闘狂ではない。
「無駄な消耗はしたくないですからね」
「よく分かってくれていて嬉しいよ。ところでミハイルは俺の部下になる気はあるか?」
「嫌ですね」
「即答か」
イワンはミハイルの返答を予測していたが、思っていた以上に淡泊に言われたのでジロリと睨んだ。
「チェスのお相手ならいたしますが、それ以外は嫌です」
「俺にチェスの連敗記録を更新させる気か。恐ろしい」
「セルゲイさんなどの部下はこちらには来られないのでしょうか?」
「セルゲイの子らは進学しているから、そのまま通い続けるとなると寮生活になる」
セルゲイの子ども達は国内でも有数の進学校に通っている。
子ども達はとても優秀だそうなので、どの学校に入っても上位争いは必至だ。
だとすると勢力争いに巻き込まれる可能性があり、厄介なことになるかもしれないのだ。
「それの何か問題でもあるのですか?」
「夫人が心配性なんだよ。心労で倒れかねん」
「では単身赴任ですね」
「また子が増えるのか?セルゲイみたいな性格の奴が増えたら、俺は嫌だ」
セルゲイは遠征をする時、夫人を妊娠させるのだ。
ここだけ聞くと嫌悪を抱く人もいるかもしれないが、なんでも夫人は子だけでなく夫のセルゲイに会えなくても具合が悪くなるらしい。
しかし、妊娠しているとお腹の子のために元気に努めようとするのだそうだ。
「賢い人が増えるのはいい事でしょう」
そう言いつつも、ミハイルは遠くの壁を見た。
どの子の性格もセルゲイに似ているのだ。
セルゲイを笑顔で人を殺しかねないなどと言った人もいた。
そんな子どもが増えたら恐ろしいとミハイルは思った。
「独身の奴ならすでに何人か付いて来てもらっているが、皆平民だから一人くらい貴族出身の部下が欲しいんだよ」
「私には何の伝手もないですよ」
ミハイルはこう言うが、彼の知名度は高いし、腕も買われているのは事実だ。
「なくても構わん。一時的でもいいからよろしく頼む」
「はぁ…。では一時的に臨時領主の部下になりますよ」
「うむ。だがまぁ、アレクセイが国に残っていたら、あいつがこの役目だっただろうな。俺には他にやることが多すぎる」
イワンは海賊や山賊等の討伐のため一年中セマルグル王国内を移動している。
そんな彼を一箇所に置いておくのは国としてまずい。
「いざという時のために部下を指導なさってきたのですよね?」
まさに今だろう。
「まあな」
「…私が今のイワン殿下と同じ年になった時に、イワン殿下のように指導や教育が出来ているのか、きちんと育てられているのかと不安になります」
ミハイルはこんな話をするつもりはなかった。
なんなら、しばらく滞在するのだろうから、いつでも会えると思い、挨拶程度で帰ろうかと思っていた。
「なんだそりゃ。俺はしたいようにしているだけだ。俺がいちいち出なくても鎮圧出来たらいいだろう?楽したいだけだ」
「それが結果として人のため、国のため、皆が平穏に過ごせるようになっているのです。それに比べ自分はどうなのかと思う時があります」
ミハイルは久しぶりに兄や師のように慕っていた人と会ったら、押し込めていた物が溢れ出てきてしまった。
「何言ってるんだ。ミハイルはミハイルだろう。誰かと比べようととするな。そんな必要はない。自分で自分を認めてやれ」
「自分で……ですか?」
ミハイルは今までそんな発想は持っていなかったので驚いた。
「誰も認めないならまず自分自身で認めるんだ。俺はミハイルを認めているし、アレクセイもドナートもアルトゥールもお前を認めている」
「ありがとう存じます」
ミハイルは軽くお辞儀した。
「父上も褒めていたぞ」
「それは心強いお言葉です。少しは自信が持てそうです」
ミハイルは口角を上げて笑みを作った。
「なんだ?父上の言葉だと自信を持てるのに、俺やアレクセイ達だといけないのか?」
「アンドレイ様は国王をなさっていた方ですからねぇ」
「おい」
「冗談ですよ。殿下達は幼い頃から一緒にいる親しい人達なので、それとは違う場所からの言葉は嬉しいのですよ」
「そうか」
イワンはクククと面白そうに笑った。
ミハイルが家に帰ると、ちょうどエレーナも帰宅してきた所だった。
ミハイルは馬車を降り、エレーナが乗る馬車に向かい彼女が馬車から降りるのに手を貸した。
「同じ時間だったわね」
「そうですね」
微笑みあった二人は夕食の時間までお茶をして過ごすことにした。
「それでね最近いらした方なんだけど、仕事がとても丁寧だし早いし、もちろん正確なの。話を聞いてみたら、前は王立の大学で働いてらしたんですって」
「大学ですか。なら、その方は研究者だったのでしょうか?」
「そうだったみたいだけど、やめてしまったんですって。今は事務作業をお願いしているの。彼女の能力だと簡単すぎて悪いような気がしちゃうわ」
「何の研究をしていたのか聞きましたか?」
「法人類学だそうよ。だから少し考古学の知識もあるのよ。うふふ、それで話が弾んじゃって」
エレーナはその時の会話を思い出して笑顔になった。
「法人類学ですか……」
そんなエレーナの笑顔とは裏腹に、ミハイルは眉間に皺を寄せた。
「どうしたの?」
「いえ、ケレース王国の宰相殿も法人類学を学ばれたと言っていたのを思い出したのです」
「えっ?彼女もケレース王国の出身って聞いたわよ?メリッサさんっていうのよ」
「もしかして、その方の年齢は三十すぎぐらいでしょうか?」
宰相の年齢はそのくらいのはずだとミハイルは思った。
「ええそうよ。そのくらいだと思うわ」
エレーナはメリッサの年齢は自分より十ほど上だろうかと考えた。
「お二人はもしかしなくても知り合いかもしれないですね」
年齢も近く故郷も同じ、しかも同じ分野の学問を学んでいた。
実際に会っていなくても、噂ぐらい聞いているだろう。
「宰相殿って確か、ケレース王国に帰国出来なくなっていたのよね。メリッサさんも十年以上セマルグルにいるって言っていたわよ?」
「早計かもしれないですが、知り合い以上の関係ような気がしてきました」
「ケレース王国と接する領に、わざわざ仕事をやめてまで来ただなんて、訳ありすぎるわね」
「ですが、そこまでするのならどうして帰国しないのでしょう?」
「そんなの、呼んでくれるのを待っているのよ。絶対にそうだわ!」
急にエレーナが目を輝かせだしたのでミハイルはポカンとしていた。
「そうですか。確かに自分から押しかけるより、呼ばれて行った方が愛されていると確認出来ますね」
「その可能性も十分考えられるけど、奥ゆかしい感じの人だから、積極的に行けないのではないかしら?」
「と、なると……宰相殿の性格を考えると長期戦になってしまうでしょうね」
宰相も積極的に行く人ではない。
「ケレース王国に行ったときの話をしてみて、様子を探ってみるわね」
「怪しまれないように気を付けてください」
「ええ!」
なんでメリッサって名前にしたのか覚えてないです。響きかな?




