57.叔父からの手紙
久しぶりに本編です。
中年女性は新年を迎えた騒ぎに乗じて、出頭しようとしていた。
なので変装はせずに、帽子を目深に被っているだけだった。
「おや?どちらに行かれるのですか?」
後ろを振り返ると、たまに見かける人物がいた。
何故か笑顔だったので、それが余計に不気味で仕方なかった。
「……私も新年の気分を味わいたいと思ったのよ」
「変装もせずに?」
「これだけ人がいるのだから、分からないでしょう。それにもし見つかっても人に紛れて逃げられるわよ」
広場や通りにはかなり人が多くいた。
近隣の集落からも人が集まってきたのだろう。
「そうでしたか。私はてっきり、出頭なさるのかと思って肝を冷やしましたよ。十年以上の付き合いがある方に裏切られるのかとね」
もっとはぐらかした言い方をすると思っていたので、こんなに直接的に言うとは驚きだった。
それにしても何故分かったのだろうか。
他の者が抜け駆けは許さないと思い伝えたのだろうか。
それとも鼻がいいのだろうか。
考えても分からないので、そのまま会話を続けた。
「まさか。そこまで馬鹿じゃないわよ」
「ほう?」
「情報網が広いでしょうから、何をどうやっても見つけちゃうんじゃないの?」
「前ほどではないですけどね」
「はぁ、興が削がれたから家に戻るわね」
中年女性は心臓をバクバクさせながら家に帰って行った。
道中、再び何故バレたのか必死で考えた。
やはり誰が伝えたのだろうか。
いずれにしろ、怪しまれているのだからしばらく動けない。
元々動けなくなっていたが、出頭も出来なくなった。
もう、捕まるしか道がないのだと覚悟するしかなかった。
だが、死ぬよりはいい。
なんとしてでも生き残ってやる、そう思った。
「今年もよろしく」
女王は新年最初の朝議で挨拶をすると、大臣達がお辞儀をしていった。
「俺からもよろしく」
王配が言うと、女王の時と同じように大臣達がお辞儀をしていった。
「何か変わったことはあったのかしら?」
「その前によろしいでしょうか。殿下宛てに手紙が届きました。つい先ほど届きましたので、こちらでお渡しいたします」
「誰だ?ドナートか?」
言ったのは外務大臣だったので、外国からの手紙なのだろうと王配は判断した。
王配はドナートにセマルグル王国の方の残党の行方を探って貰っているので、何かいい情報が入ったのかと思ったのだ。
「いえ、イワン殿下です」
「叔父上が?一体何故だ?新年の挨拶をするような人じゃないだろう」
王配は疑問を口にしながら、外務大臣から手紙を受け取り、筆跡や宛名、差出人、封蝋を凝視した。
「今読んでいいわよ。一国の王子からだし、叔父様なのだし」
「ではお言葉に甘えて読ませてもらう」
王配は叔父イワンからの手紙を読み出した。
「読んでいる間に、報告をお願いするわね。人が集まるから出没しやすいと思ったのだけど、新年の騒ぎで残党が動いたりしなかった?」
自分達で人を集めなくても、自然に人が集まっている状態で自分達の主張を話せば楽だろう。
「警戒しているらしく、不審な輩が出たという報告は受けておりません」
「え……」
内務大臣の発言の直後に王配から驚きの声が出た。
王配は手紙を読んでいるので、内務大臣の言葉を聞いての驚きではないようだ。
「殿下、いかがされましたか?」
皆が不思議に思っていたが、宰相が代表して質問した。
「叔父上が、南東領と接している領の領主になったらしい。臨時だそうだが……、待ってくれ。もう少し読む」
女王も大臣達もイワンをよく知っているので、嫌な感情はないが驚きを隠せないようだ。
「ああそうか。前の領主が高齢のため王都の病院に入るらしい。祖父上の叔父だそうだから嫡流とは離れているので、すぐに正式な決定になるだろうとの事だ」
「曾お祖父様の弟さんね。曾祖叔父……」
宰相が話を戻すと言おうと息を吸った時だった。
「本題はここからだ」
「どういうこと?」
大臣達も女王と同じく疑問に思っているようで、不思議そうな顔をしている者が多数いる。
「皆が知っている通り、叔父上はセマルグル王国の軍で要職についている」
「はい。イワン殿下が出陣されたと聞いた敵が尻尾を巻いて逃げたとか、それまで暴虐の限りを尽くしていた奴が漏らしたなどの逸話も耳にしますね」
イワンが出ると勝率がかなり高くなる。
負けても被害を最小限に抑えられるのだ。
もちろんそれだけの噂で敵がイワンを恐れたりしない。
数々の武勇伝も各国に伝わっているので、一番敵にしたくない人物と思われているのだ。
「王族なら誰でもよかったのではなく、イワン殿じゃないといけなかった。そういうことかしら?」
セマルグル国王、つまり王配の父にはイワンの他にも弟と妹が複数いるのだ。
なのに軍人のイワンを領主にした。
「どこかに睨みを利かせたいんですね」
将軍はすでに分かっているようだ。
「どこかって……」
「大陸の東側の国で仲が良くないのはアイテール王国だけだな」
アイテール王国はケレース王国と山脈を挟んで東側にある国だ。
セマルグル王国から見たら北東側にあり、不可侵条約が結ばれるまで幾度となく小競り合いがあった。
その争いの中でアイテール王国内にセマルグル王国の飛び地が出来、後にモコシュ大公国になった。
王配のはとこのキリルが大公をしている国である。
「アイテール王国って、あの新聞社の本社がある国よね」
「結婚をしたときの嫌がらせ記事の後から少しずつ軍備拡張の動きが見られていたらしい。セマルグルとの国境に兵士を集めているそうだ」
「こんな時期になんて恐ろしい……。いえ、こんな時だからね」
国内もだが、国外でも自然災害以外で混乱しそうになっている。
そこを狙えば簡単に落ちるだろう。
「……我が国の有事の際に助けてくれようとしてくれているのですね。感謝いたしますとでも言おうかしら?」
有事とは当然ながら降灰のことであり、人が起こしたものを言っているのではない。
「いいですねぇ」
将軍はとてもにこやかだ。
「新聞の記事でも良く書いてくれたし、お礼の手紙でも書きましょうか?」
「刺激にならないだろうか」
「馬鹿な女王だと思うだけじゃない?ああ、それだとまずいのかしら?」
「昔はケレース王国にも攻め入ろうとしていたそうだからなぁ。降灰時にこれを好機と捉えて攻めて来るかもな」
「楽に山を越えられる手段が見つかったのかしら?」
女王が言うと、王配も含め皆が唸った。
「山々を越えるより、セマルグル王国を突破する方が楽じゃないか?まぁ、装備面の話だけだがな」
ケレース王国の周囲の山々は夏でも雪が残っているし、急峻な斜面を大勢が行軍出来るはずがない。
過去にはほぼ全滅している。
セマルグル王国側から侵略するのも、堅固な防衛がされているので通過するのも事実上不可能だ。
強行突破しようにも、かなり激しい戦闘になるのは必須であり、それこそ全滅させられてしまうだろう。
「手紙にはなんと書かれていたのでしょうか?」
「いや、あちらが攻めてくる気があるのかは不明だそうだ。なので叔父上を臨時の領主にして様子を見るそうだ」
「兵を集めているのは軍事訓練だとかいえばいいものね。私は馬鹿だと思われてもいいから手紙を出すわね」
特に反対はなかったので、様子や対応を見るために女王はアイテール王国に手紙を書いた。
「返事にはなんと書いてあったんだ?」
手紙は一週間もしないうちに返事が来た。
「降灰時に他国から逃げ込まれないようにですって。本当かしらね?混乱を避けるために?怪しいけど、黒ではないし…困ったわね」
「うーん、国境に目を向けさせて山側から攻めるって作戦かとも思ったんがなぁ」
「より多くの兵を山から送るってこと?無理でしょう。考えすぎよ。考えすぎるのは私の役目よ」
「なんだそりゃ」
女王と王配は顔を見合わせて笑った。
「私は国防のためと信じるわ。互いに頑張りましょうと手紙を出すわね」
「エレオノーラがそう言うのなら、俺もそう思うことにする」
王配は口ではこう言ったが、もっと探ってみようと考えていた。
「モコシュ大公国からは何か情報は入ってないの?」
「んん?今信じると言っていなかったか?」
「エレオノーラはね。だけど私は王様だから最悪の事態を考えてそこから想定しないといけないのよ」
「惚れ直した!」
王配は両腕を広げ女王を抱きしめようとしたが、女王は真顔のままだったので王配は腕を下ろした。
「ありがとう。それで、たまに手紙が来ていたようだけど何か気になる点はなかったの?」
「あったら俺でなく直接王に伝えるだろう」
「確かにそうね。と言うことは気にしなくていいのかしら?」
「頭の隅に置いておく程度でいいんじゃないか?」
「東側の領には一応注意喚起はしてあるから、大丈夫よね」
「大丈夫だろう」
とは言ったものの、王配はもっと探らせようと思った。
国名は神様の名前です。
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