52.追い詰められるか
メリークリスマス!……ですが、本編ではクリスマスらしい事は何もしておりません。
女王と王配は執務室で、宰相から例の男について説明を受けていた。
「横にした刃物で、背後から……。確か、刃物は寝かせた方が奥まで刺さるのよね」
女王が昔読んだ小説で探偵がそんな話をしていた。
「よくご存じですね」
「横にしないと肋が邪魔で奥まで刺さらないからな」
王配は自身の左手の指を肋に、右手を刃物に見立ててやってみせた。
「刃の幅などから兵士が持つような長剣ではなく、小さめな包丁程度だそうです」
「現場のゲソ痕は?」
女王はかなり真剣な表情をして言った。
「エレオノーラ、小説で覚えた言葉を使いたいのは分かるが、足跡でいいだろう」
「え?ゲソ痕って言わないの?犯人をホシとか言わないの?」
女王はおろおろしているが、宰相は気にせず話を進めた。
「足跡は野次馬達のせいで判別不能です。犯人の目星はついておりませんが、おそらく仲間割れか用済みと見なされて殺害されたとみて間違いないでしょう」
「ヴィオレッタとやらはどうなっているんだ?わざわざ逃がされたって事は、組織にとってはこの男より重要なのか?」
「明らかに風体のよろしくない男より、若い女性の方が話を聞いて貰いやすいのではないでしょうか?」
外見で判断してはいけないが、第一印象は大事なので、女王はそれもそうだなと思ったが、王配は違ったようだ。
「ふぅん。俺は信を置ける者の話しか聞かないな。大体、道ばたで大声で喋ってる奴の話の内容に信憑性なんかあるのか?」
女王は王配の言葉にも確かにそうだな、と思った。
騒いでいる程度にしか思わないだろう。
「それは殿下が根っからの王族だからですよ。生まれた時から超一流の人達に囲まれているのですから疑いようもありません。身元も調べ尽くされている人達しかいないでしょうしね。一般人だと隣の親切な人が豹変するなんて、ままある話です」
宰相の話し方からして、何か経験があるのだろう。
しかし、女王と王配は宰相の目の奥が遠い所を見ていて聞けなかった。
「いつ降灰するか分からない抑制された状況だと、不安を駆り立てるような話でも聞いてしまうんじゃないかしら?刺激を求めてしまうのかしらね」
「食糧の節約はしろと言っているが、他は禁じていない。それでも刺激が欲しいのか?」
「恐怖……」
そう、女王がポツリと言った時にほんの一瞬だけ女王の目から光が消えた。
「恐怖?」
「嫌な事が起きた時とかもそうだけど、なんだかよく分からない恐怖を感じた時、何かのせいにしたくならない?」
女王は困ったような笑みを浮かべながら言った。
「……ここはなると言った方がいいのだろう」
「殿下は冷静に判断して対処しそうですからね」
「ああ、そう教え込まれたからな」
王配は言い終わってから、何か不味いことでも言ったかのような表情になっていた。
女王は王族らしい教育を受けていない、いや、受けられる環境ではなかった。
この事をいつも忘れてしまうのは、女王が王族らしく気品溢れる振る舞いをしているからだ。
「宰相もそんな気がするけど違うの?」
「私はそんなに強くありませんよ」
宰相は苦い笑いを浮かべた。
女王は色々勘ぐりそうになったが、今はその時間ではないと思いやめた。
「そうなの?ああ、話を戻すわね。未知の事が起きようとしている時って、知らぬ間に身構えてしまうと思うのよ。それがだんだん心身の負担になっていってしまうの。蝕んでいくのよ」
「ほう…」
「信じてしまうのはそのストレス発散もあるかもしれないわね。何かに怒りをぶつけるって手っ取り早いから……」
「節約させるのは本当は接収するためだ、か……。馬鹿馬鹿しいのに信じるのか。悲しいものだな」
「十年間も困難を強いられていたから、当時の負の感情が残っているのかもしれないわね」
女王は悲しげに下を向いた。
女王も国民も大切な人や物を失った。
この悲しみや辛さは薄まりはするかもしれないが、何年経っても消えないだろう。
「そうか。何の恐怖も悲痛も経験のない俺には計り知れない部分だな」
「知らない方がいいのよ。忘れた方がいいのよ」
王配は下を向く女王を見て、彼女の肩にそっと手を乗せた。
彼は女王を過剰に励ましたり慰めたりせずに、手を置くだけにした。
「では、犯人とヴィオレッタの捜索をいたします」
「ヴィオレッタは姿を変えている可能性があるから、人相書きに描き加えてみて。髪を切ったり染めたり、化粧をしたりね…。女性だったら少年のふりも出来るかしら?」
「太ったり痩せたりな。この短期間だったら急激な体重の増減は無理だから、口の中に綿を入れて太らせるとかか?」
「影を入れて痩せたようにするかも」
二年前に北領領主が登城した際に同様の事をしていた。
当時の北領領主はかなり太っていたのだが、現在は普通体型になっている。
「分かりました。あらゆる想定で作らせます」
犯人の風貌は分からないが、関係者であろうヴィオレッタなら分かる。
彼女を捕らえれば、例え使い捨ての駒であっても少なからず何かしらの証拠は出るだろう。
宰相が出て行き王配も出て行こうとした時、別の来客があった。
慰問に行っていた劇団員達だった。
活動の報告なら書類でされているのに、わざわざ女王の執務室まで来るのは何故だろうと女王は思った。
一人の劇団員はとても緊張しているようだった。
舞台慣れをしている彼がいくら女王の前だからと言って、こんなにも緊張するのだろうか。
「お疲れ様。何かあったのかしら……?」
「あの…勘違いかもしれませんが、気になりましたのでご報告させて頂きたく存じます……」
ガチガチに緊張しているようだが、それとは別の感情もあるように思う。
「そんなに畏まらなくていいのよ?」
「そうだぜ、先輩。なんなら俺から言おうか?」
「君は少し畏まった方がいいぞ?」
王配は笑顔で凄んで役者を怖じ気づかせた。
演技なのか分からないが、役者の表情は引きつった。
「うっ!すみません!」
「いいから続けてくれるかしら?」
「はい!今回行った先に見知った顔があったのですが……」
彼の話によると、慰問先の近くに昔劇団で一緒だった女性がいたそうだ。
彼が話しかけてみると、ほんの少しだけ顔が強ばったがすぐに役者の顔になり世間話をしたとのことだ。
「王城で劇団員を雇い戻しているのを伝えたのですが、今は別の仕事があるからと断られました」
「ここまで聞くと何処も変じゃないけど、貴方はおかしいと感じたのね?」
かつての仲間を疑わなければならないのならば、緊張もするだろう。
「嘘は言っていないと思いますが、何か隠しているようでした。顔つきも何やら変わってしまいまして……」
「それは、加齢によるものではないのね?」
「陛下、殿下、私に発言権を頂けますでしょうか?」
役者が先ほどとは違った雰囲気を醸し出して言った。
背筋を伸ばし、目つきも真剣な者に変化している。
「どうぞ」
「はい。私もその女性の顔を見たのですが、あれは悪人の顔でございます」
「言い切るのね」
「ええ、長年の間近で悪人どもの顔を見てきましたからね。それくらい分かりますよ」
この役者は前王の妻、つまり元王妃の元愛人だ。
直接的な加害者ではないが、侍従達や侍女達に辛く当たったので、彼らもかなり恨みを買っている。
刑罰を望む声も聞かれたが、女王の配慮により劇団と楽団で更生させる事になった。
「悪人の顔に何か共通点でもあるの?」
「長年の勘としか申し上げられません」
「昔の仲間へ対する違和感か。経年によるものでないなら、環境の変化によるものか」
「貴方達が慰問に行っていた所って確か……」
女王は聞かずとも答えは分かっている。
「ええ、南領です」
「奴等が潜伏していると推測される所か。これは偶然か?」
王配も答えは分かっているが、言ってみた。
「偶然にしては出来すぎよ。その女性は話しかけた時、何をしていたか教えてくれるかしら?」
二人から女性がいた場所やしていた事、近くにいた人や物を事細かに聞き取った。
女性は誰かと話しているようだったのに、劇団員が話しかけると女性は一人を装ったそうだ。
その誰かは背を向けて歩いて行ったそうで、顔は見ていないそうだ。
「昔の仲間に会ったら紹介するよな」
「知り合いだと思われたくなかったのかしらね」
場所は市場から少し離れた位置にある民家の前だったそうだ。
二人は買い出しから宿に戻るところだったらしい。
「その家に住んでいるのかと聞いたら通りかかっただけだと言われました。この町に住んでいるのかと聞きましたが、友人に会いに来ただけだと言っていました」
「家の中からこちらを見ている気配がしたので、深入りすると不味いと思って聞くのをやめたんです」
「もう移動しているかもしれないが、調べさせよう」
早馬で知らせを出し、南領領主に知らせた。
しかし、南領の領兵達が調べに入った時には蛻の殻だった。
それでも収穫はあった。
始末し損なった髪の毛と、髪を染める染料が見つかったのだ。
後は化粧品の粉だ。
すぐに訂正されたヴィオレッタの人相書きがケレース王国全土に出回った。
もちろん、仲間の女性と一緒に。
幼稚園児の頃からサンタさんを信じていない、可愛げのない子どもでした。




