45.描く
女王と王配は女王の執務室で挨拶文が掲示された時の各地の反応を宰相から聞いていた。
「西領の北側で騒ぎがあったの?」
「はい。かなり大騒ぎしていたので領兵がすぐに駆けつけたのですが、すでにいなくなっていたようです」
「人相書きは?」
「はい。複数の目撃者に協力してもらい作成いたしました」
宰相は応接用の机に何枚かの人相書きを並べた。
少しずつ違っていたが、どの人相書きも悪そうな顔をしていた。
「その時の印象も入っているだろうな」
「そうだと存じます」
「この人と接触した人は?」
「…いたようです。若い女性が一人、この男に接触したと報告書には書かれております」
住民達が遠くから目撃していたらしい。
「身元は判明しているの?」
「はい。ごく一般的な家庭で育った女性のようですが、どうも信じ込みやすい性格をしているようで、その集落では有名な人物のようです」
「格好の餌食か」
王配は腕を組んでため息をついた。
「人相書きの人物と言い合っていた人の身元は?」
「ああ、そいつもグルかもって?」
王配が言うと女王は頷いた。
その場にいた全員が無視して去ってしまったら、男の話を聞く人はいなくなる。
「もちろん全員調べておりますが、特に目立つ遍歴を持つ人物はおりませんでした」
「単身で見知らぬ土地に乗り込むとは考えにくいな。その集落あるいは周辺に、叔父上が作らせた反乱分子予備軍はいるか?」
「少し離れた所ですが、西領と中央領の狭間におりました」
宰相は地図を広げて女王と王配に見せた。
その地図には赤い印が何ヶ所もついていた。
「その二領の領主は簒奪者の仲間にすげ替えられていたからな。そうか、中央領…。ジョルジョに連絡を…って、もうしているか」
「ええ、すでに出しておりますし、他の領にも注意喚起をしております」
「やはり西と中央には反乱分子が多いのね」
地図を見るとこの二領は他領に比べると赤い印が多くついていた。
「そうですね。荒廃が酷かったですから王族に不満を抱いている者は多いでしょうね」
「北東領も被害が大きかったけど、反乱分子は多くないみたいね」
「ええ、北東領はそれほど多くないです。というのも荒廃の原因が違いますからね」
「ああ、そうだったわね」
西領と中央領は上記の通りだが、北東領では林業が盛んなので、その利益で食糧のほとんどを他領から買っていた。
しかし他領が食糧難になり食糧を買えなくなり、北東領は衰廃していった。
「俺はまだ残党がいるのかと思った」
「その可能性は否定出来ないですね」
「一網打尽にしたつもりだったんだが、息を潜めているのかもな」
「反王族と見せかけて、あの男の仲間が仕切っているかもってこと?」
あの男とは前王のことである。
「あくまで可能性の話ですよ」
「仮説はいくつかあった方がいいものね」
女王はあった方がいいとは言ったものの、複雑な気持ちを抱いた。
国民が安心して暮らせるようになったと思っていたのに、悪人達はなりを潜めていただけだったなんて考えたくもなかった。
「そうだ。一つだけに絞っていると山が外れた時に頭が真っ白になる」
「殿下、学力試験の話ですか?」
宰相が少し笑いながら言うと、王配は苦い顔をした。
「……子どもの頃の話だ。ちゃんと一発で合格したから問題ない」
「試験…なんだか緊張しそうな響きね。宰相は大学まで行ったのだから、沢山試験を受けたのでしょう?」
女王は試験を受けた経験がないので想像するしかない。
「ええ、そうですね。一番最近の試験は、ジュゼッペ先生から宰相を譲られた時です。あれほどの量をいつ作っていたのか不思議で仕方ありません。人生で一番難しかったと言えるでしょう。もう受けたくないですよ。先生が大学の講師をなさると聞いて、学生達が不憫でなりません。追試や赤点の嵐になるでしょうね」
宰相は不憫と言ったが、彼の不敵な笑みからしてそう思っていないと女王は推察した。
「……この件は先生にも意見を聞いてみましょうか」
「謀略に詳しそうだからな」
「アレクセイがそう言ってたって伝えておくわね」
「お願いだ。やめてくれ」
王配は女王の腕を掴んで必死に止めた。
「……では、次に陛下と殿下の甥君への贈り物は何にいたしましょうか」
「名前を入れた洋服とかはどうかしら?」
「ユーリーか。服だとすぐに使えなくなるんじゃないか?」
赤子の成長は早い。
あっという間に大きくなる。
「じゃあ、長く使える物?何があるのかしら?」
「高価すぎるのは良くないしなぁ」
「知育玩具とか?」
「パズルなどがいいでしょうかね?」
「うーん……兄上はパズルが好きだから、すでに買っているだろうな」
王配は兄アレクサンドルと一緒にパズルで遊んだのを思い出していた。
「ぬいぐるみも沢山貰いそうだし…」
「そうか…俺はセマルグル王国の王位継承順位が第三位になったのか。このまま後、三人生まれれば、俺は第六位になるから放棄出来るぞ」
セマルグル王国では第五位までは王位継承権を放棄出来ないのだ。
「そうすれば、俺は本当にこの国の人間になれる。兄上、義姉上頑張ってくれ……」
王配は遠くを見つめ微笑んだ+。
「そんなに気にしなくていいのに…」
女王は悲しげに王配を見つめた。
王配はケレース王国のために奮闘してくれているのに、こんな風に言わせてしまうのが女王は辛かった。
「色々あるのさ…。んで、贈り物はどうするかな。これこそ先生に聞いてみるのはどうだろうか」
「侍女や侍従にも聞いてみましょうよ。あっ大臣達にも聞いてみましょうか?」
「大臣達はなぁ……。俺が言うのもなんだが、彼らは真面目すぎて贈り物を選ぶ感性があるのか少々疑問だ」
「きっと私よりはあるわよ。私はさっぱり分からないもの」
「また、そんなことを言って…。こんな時期じゃなきゃ盛大に祝うんだろうになぁ。さっきも言ったが、高価…華美な物は駄目だろう」
「あの…、そもそも赤ちゃん向けの玩具って何があるの?」
「さっき自分で知育玩具とか言っていたが、知らなかったのか?」
「実はそうなの。リーザの手紙に書いてあったから言ってみたのよ」
リーザから来た手紙には、彼女の息子のベルナルトの様子などが書かれているのだ。
「ああ、被るのも嫌だなぁ。仲が良い者同士だったら笑い話に出来るが、そうでないと気まずい」
王配がそう言うと、宰相の顔が歪んだ。
「宰相の顔色が悪くなったわ」
「経験者だなきっと」
女王と王配はヒソヒソと話した。
「子どもの頃の話ですよ。祖母への贈り物が仲の悪い従兄弟と被ったのです。とても悲しく悔しかったのを覚えております。あんな奴と同じ物を選んでしまった自分を憎みました」
「そんなに……」
「これ以上は聞かぬが情けだろう」
「そうね」
またヒソヒソと話をしている女王と王配を見て、宰相はため息をついた。
「侍女長殿、何かいい案はありますか?」
「私ですか?ええっと…そうですね。涎掛けはいかがでしょうか?」
ダニエラは突然話を振られて驚いたようだが、三人の話を聞いて色々考えていたようだ。
「涎掛けって何歳頃までつけるの?」
「だいたい二歳頃まででしょうか」
「それなら長く使えそうね。日常用とお洒落用を贈りましょう。髪や目の色は何色なの?」
「兄上と同じらしいから、俺と同じだろう」
王配の髪は青みがかった黒色をしており、目の色は髪よりやや薄い。
「じゃあ、アレクセイの髪と目の色を参考にデザインしましょう」
「今の言い方だと、エレオノーラ自身がデザインするかのようだな」
「ええっ!無理よ!」
「毎日、子狼と猫の絵を描いているから平気だろう。後は鼠も描いていたな」
「刺繍で入れさせますか?」
「良いんじゃないか?可愛い動物がついていたら受けも良いだろう」
「冗談よね?」
その夜、女王は悩んでいた。
もちろん、西領での出来事についても考えていたが、今は甥っ子への贈り物である涎掛けのデザインを考えていた。
「なんでこんな事になっちゃったのかしら?」
女王は涎掛けの形から考えていた。
どうせなら半円状ではなく、色々な形の涎掛けをと思い、あれこれと描いてみたのだった。
王配は脇に置いてある、動物が描かれている紙を手に取った。
「取りあえず、犬と猫と鼠だと判別がつくからいいんじゃないのか?」
「犬じゃないわよ。子どもの狼よ。それに判別がつくって、全然褒めてないわよね?」
「怒った顔も可愛らしいなぁ」
「また、そうやって誤魔化して……。お出かけ用の涎掛けは、飾りのついた襟みたいにしようかしら?」
早速女王は可愛らしい飾りを描き足し始めた。
「男の子だぞ?」
「アレクセイだって子どもの頃は着飾られていたんじゃないの?」
「邪魔なフリルがついていたな」
一国の王子となると男児でも装飾の多い服を着せられる。
王配はそれが嫌だった。
「でしょう?それに赤ちゃんなんだから、男の子だって可愛くていいのよ」
「えー、そうか?俺は子どもの頃から格好いい物が好きだったな。剣や鎧を見て喜んでいた」
「じゃあ、剣とか鎧も刺繍してもらう?」
「いいかもな」
女王は机に向かい剣と鎧を描いてみた。
あまり凝視したことがないので、一生懸命思い出しながら描いた。
「私には剣を描くのが精一杯だわ…」
「うん。ちゃんと剣に見えるから大丈夫だな。盾はどうだ?丸や四角を描くだけだから簡単だろう?」
「アレクセイ、なんだかさっきから感じ悪いわね」
「…そうか?」
「馬鹿にされているように感じるわ」
「すまない」
「そうよね。アレクセイは高名な画家の絵を沢山見てきたでしょうから目が肥えているのでしょうね」
王配は絵画を鑑賞する趣味はない。
しかし、王子時代に過ごしたセマルグル王国の王城内には数多くの絵画が飾られていたので、自然と目に入っていた。
「……」
王配は女王が皮肉で言ったのかと思ったが、彼女の表情を見る限りそうではないと判断した。
「私は本の挿絵しか見られなかったから…」
「絵画の修復が終わったら色々飾ろうか」
十年間の保存状況が悪かったのでどの絵画も傷んでしまっていた。
悪趣味な絵を飾るのに、元々あった絵画を放置したためだ。
「そうね。……もしかしてアレクセイは絵も習っていたの?」
大国の王子なら、沢山の習い事をしたのだろう。
王配はそつなく熟せるので、絵も描けてしまうのではないかと女王は思った。
「ん?ああ、まぁな。兄上の方が遥かに上手かったな。芸術系はどれも兄上の方が上手だったな」
「ピアノとかヴァイオリンを習っていたの?」
「ああ、そうだな。体を動かす方が好きだったから、あまり練習しないでいたら、母上から踊りをやるなら楽器を止めていいと言われたから必死で踊りの練習をしたよ」
王配は母の悪魔のような形相を思い出し、無表情になった。
「体を動かすのが好きなら踊りをなさいってこと?」
「そうだろうなぁ……。お、盾だな。こっちは槍か?」
王配は笑顔で女王の絵を次々指さした。
「そうよ」
「こっちは馬だな」
「そうね」
「これは鳥だな」
「鳥だけど犬鷲よ。記憶を掘り起こして描いてみたのだけど、格好良くないわね」
「ああ、なんだか可愛らしいな」
犬鷲もだが、他の生き物達も可愛らしかった。
「猫も見に行きたいのだけど、妊娠中らしいから騒がしくしたら悪いわよね」
「雄猫に会いに行けばいいだろう」
「あの子は私を下に見てくるから嫌よ。また死にかけの鼠を目の前に置かれるわ」
「嫌か。そうか。じゃあ俺が猫を描くからそれを写せばいいだろう」
「模写ね。いい考えだわ。お願いするわね」
翌日女王は王配が描いた、猫らしい生き物の絵を見せられた。
「アレクセイにも苦手なものがあったのね」
猫を描いたと聞いていたので猫だと判断出来る画力だった。
「絵を描くのは子どもの時以来だから大目に見てくれ」
「どうして人間みたいな顔をしているの?人面犬ならぬ人面猫がいたの?」
もちろんそんな報告は受けていなかった。
「いたら大騒動だろうな」
「前足と後足が両方とも地面についていないようだけど、跳んでいたの?」
「歩いていたからな」
「……よく私が描いた絵にケチをつけられたわねぇ」
人面猫現る……!




