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46.子ども


 防塵服姿の兵士達は水筒を眺めていた。

 ただの水筒ではなく、飲みやすいように改良されたものだった。



「防塵服の中に取り付ける場所があるから、いちいち手に持って飲まなくていいんだよな」



 兵士は早速水筒を防塵服の内部に取り付けてみて、試しに飲んでみた。



「麦稈(ストロー)で飲むのか」



 水筒からは麦稈(ストロー)が出ており、そこに口を付けて飲めるようになっている。



「ああ。脇の近くで少し冷たいから、熱中症予防にもいいかもな」



 水筒は左右の胸の脇側に装着出来るのだ。



「動きやすさは…んまぁ、こんなもんだよなって感想しかないな」

「動きやすさより身の安全なんだよな」



 彼らは今日配布された防塵服と水筒の確認をしていた。



「あ、頭巾も被らないとか」

「ゴーグルと手袋もだろ?暑そうだな」



 二人は薄手の帽子を被った後ゴーグルをし頭巾を被り、手袋も装着した。



「うわっ。不自由この上ない」



 この格好で火山灰を除去せねばならないのは辛いだろう。



「んあ?なんだって?!」



 何か喋ったのは分かったが、ほとんど聞き取れなかった。



「動きにくい!!」

「ああ、視界も遮られる訳だしな!!」



 彼らは耳と口を塞がれているので、会話をするのに大声を出していた。

 前に女王と王配がやったような状態になっていた。


 視界はゴーグルの縁が邪魔して見えにくい。



「あ、ゴーグルが曇ってきた!!」

「俺のも曇ってきた!!」



 二人のゴーグルのレンズは白く曇ってきており、さらに視界不良になり始めていた。



「これは想像以上に困難そうだな!!」




 兵士達が装備品の確認をしていた頃、女王の執務室にお針子が来ていた。

 女王の涎掛けのデザインを見に来たのだ。



「いいの?本当にいいの?」

「いいんじゃないのか?」

「動物達がとても可愛らしゅうございますね。込み入ったデザインではないので刺繍もしやすいですので、配置や色を変えて複数枚作成いたしましょう」

「ありがとう…」



 女王はどうせ手直しされるのだから、あまり喜ばないでおこうと思った。

 見本にお針子達が作成した刺繍を見せて貰ったが、どれも繊細かつ優美な出来でデザイナーのドレスに負けないぐらい美しかった。



「そうだわ。これはアレクセイが描いた猫よ」



 女王は紙切れをお針子に渡した。

 受け取ったお針子は眉間に皺を寄せた。



「これが猫ですか?……何故人間の顔をしているのでしょうか?それとも人間が猫の扮装をしているのでしょうか?」

「何処に行ったのかと思ったら、エレオノーラが隠し持っていたのか。そんな物は早く燃やすんだ」



 王配は女王の仕返しに、やや呆れていた。

 随分と子どもっぽい事をするのだなと思ったようだ。



「食糧倉庫に住み着いた猫らしいわ」

「不気味な物が好きな人は気に入ると存じます……」



 お針子は王配に気を遣っているようだが、王配からしたらそんな気遣いは無用だった。

 下手なら下手と言って欲しかったので、彼は渋面になっていた。



「よかったわね。アレクセイ」



 女王はにっこりと微笑んだが、どこか含みのある笑みだった。

 王配は女王がこんな笑顔もするのだと新たな一面を知って、少し嬉しさを感じていた。



「なんでしたら魔除け商品にいいかもしれないですね。担当の人達に渡しておきましょう」

「ええ、よさそうね。お願いするわ」

「……売れなくなっても文句を言うなよ?」



 王配はじろりと睨んだが、女王達は無視した。



「次はお洒落用の涎掛けよ。大きな襟っぽくしてみたの」

「こちらも可愛らしいですね。飾りの数や大きさや位置を調節すれば使いやすくなるでしょう」



 正確に言うと女王が王配を無視して話し出したので、お針子は女王に合せたのだ。



「男の子だから可愛くしすぎないでくれると嬉しい」

「……飾りのリボンをアレクセイの髪の色と同じにしてみて」

「そうですね。その色味でしたら男の子でも違和感なく使えますね」

「うん。リボンを付けてもいいから、格好良くしてやってくれ」



 王配は女王とお針子が自分の意見を取り入れてくれないのを理解した。



「血縁者から許可が出たわ。存分にやっていいわよ」



 女王が満足げに笑ったので、王配はしまったと思ったがもう遅かった。

 お針子の書き付けにはリボンという文字が大きくあった。




 女王と王配はそのまま将軍のもとに行った。

 最近は訓練の時間を減らし、樹木の枝切りなど降灰時に影響が出そうな箇所の点検等をしている。



「水路や川も掃除しているんでしょう?流されないように気を付けてね」



 今の時期は雪解け水は落ち着いてきたが、降雨もあるので水量が少なくない。



「ええ。命綱を付けておりますし、下流には網を設置しておりますので大丈夫でございます」

「晴天でも川の上流で雨が降っていたら増水するからな。気を付けてくれ」

「はい。肝に銘じさせます」



 川の下流で作業する場合に注意したいのは上流で雨が降っていないかだ。

 これは当日だけでなく数日は見ないといけない。



「この作業で負傷した人はいないわよね?」

「おりません。安全第一でございますから。時間に余裕を持ってやらせております」

「稲の収穫まではまだあるな。なんとかそこまで持って欲しいのだがなぁ」

「野菜や果樹もよね」



 すでに収穫が始まっている農作物はあるが、これから収穫時期を迎える物も沢山ある。



「早めに収穫するか?」

「貯蔵庫がいっぱいになっちゃうわよ。傷ついた作物は領や国で買い取るとか?あるいは調理や加工をしてから売るのもいいかしら?」

「それを清掃活動をしている人達への食事提供にいいかもな」

「兵士達は体が資本ですから、そのためには食事が大事です。温かい食事が出たら嬉しいでしょう」



 兵士達は保存食ばかりになるので、温かい食事は有り難いのだそうだ。



「長期化した場合はそうしましょうか。それともすぐに?いえ、数日だけなら作物被害も少ないでしょうから、やはり長期化した場合にしましょう」

「期間もだが、時期もいつになるのか分からないのがなぁ……。冬ならば季節風でケレース王国内には飛来しないから、そうなってほしいな」



 冬季の降灰が予測される範囲は、パランゲア大陸とノーブセーラシア大陸の中間の海になると考えられるので、両大陸とも被害が少なくなる。



「ええ。そうだったら他国の支援に回れるものね」



 女王は復興支援をしてくれている国々に恩返しをしたいと思った。

 今返さねばいつ返せるのかとも思っている。



「ん?」

「何?どうしたの?」



 王配は下を向いて女王を見て、女王は王配の顔を下から覗き込んだ。



「支援に回るのか?国内だけで手一杯なのにか?」

「駄目?」

「駄目ではないが、まだ復興途中だからごく僅かな支援しか出来ないぞ」

「お気持ち程度の支援じゃ迷惑かしら……」



 確かにほんの少しの支援で支援したとは言ったら失礼だろうと女王は思った。



「んー、嬉しくは思うだろうが、これっぽっちかとも思うかもな。だが、有り難い事には変わりないだろう」

「そうなのね。少しは役に立てるかと思ったのだけど、恩返しはまだ先の方がいいわね…」

「ああ。陛下、降灰対策の歌が国外に出たそうですよ」



 将軍は肩を落として落ち込みかけていた女王に言った。



「え、そうなの?」



 女王は何故将軍が知っているのに自分の所には情報が来ていないのだろうと思い、首を傾げた。



「オーケアノス王国の商人が興味を持ったそうで、楽団員が曲を教えたのだそうですよ。先ほど王城に戻って来た楽団員が申しておりました」

「ああ、さっき戻って来た……それで将軍が知っていたのね」



 将軍は毎日厩舎に行き、愛馬ネーヴェの様子を見に行っているそうだ。

 ネーヴェは妊娠しているので日に日にお腹が大きくなっているらしい。



「ネーヴェもだけど、カロリーナも妊娠したのよね。おめでとう!」

「ありがとうございます。忙しい時期に申し訳ございません」



 将軍は照れくさそうに言った。

 カロリーナは女王の侍女もしているので、彼女の代わりに新しい侍女が入ったのだ。



「とてもおめでたい話なんだから、そんな風に言わないでね」

「そうだな。なんなら国中で赤ん坊が生まれまくっているらしいじゃないか」



 嬉しい事に、どの領でも少しずつ人口が増えてきているそうだ。



「ええ、そのようですね」

「皆が平和になったと思ったから子どもが増えたのだろう」

「本当に平和にしなくちゃいけないわね。皆が来年再来年、その先もずっと笑顔でいられるようにしないと……」



 女王は真剣に考え込むような顔つきになっていた。



「そのためには、まず目の前の問題から解決しないとだな」

「目の前の問題?」



 女王はこれから起こる天災について言ったのかと思ったが、王配の視線の先を見ると兵士達がぞろぞろと集まって来ているのが見えたので違うと分かった。



「よし、エレオノーラ寝室に行ってもう今日は休もう」



 女王は突然何を言っているのだろうと首を傾げた。

 まだ太陽は出ているので、昼寝でもするのだろうかと思った。



「殿下、兵士達の訓練の手伝いをお願いできますか?」

「残念だがたった今言った通り、これから寝室で休みたいんだ」



 女王は王配が訓練に行きたくないだけだと理解した。



「アレクセイ、頑張ってね」



 女王は王配に微笑みかけた。

 王配は彼女の笑顔を見たら断れるはずがなかった。



「……」



 王配は女王に見送られながら渋々と訓練に向かった。




 将軍はネーヴェ以外の馬に乗っています。

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