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44.挨拶文

 悪い奴が登場します。


 年末になり、女王と王配から挨拶が出た。

 これから夏真っ盛りになるので作物の収穫の最中であるが、皆作業の合間に各所に貼り出された挨拶文を読んでいた。

 女王と王配の挨拶文には、国民に対する日頃の感謝と、今後起こりうる災害に対しての心構えや励ましが書かれていた。



「つい数年前までは今度処刑される人の名前か…」

「すでに処刑された人の名前しか貼り出されなかったよな」

「後は税を増やすとかな…」



 彼らは当時を思い出して力なく笑った。



「王様が変わると、こんなにも違うのか……」



 もう全てに怯えて暮らす必要がなくなった。

 こんなに気持ちが楽になるなんて夢のようだった。



「忘れてしまっていたが、フェルディナンド様もこんな感じだったな」



 一人が顔を上げ青空を見ると入道雲が見えた。

 日差しが眩しいのか、彼は目を細めた。



「なんで兄弟であんなにも違ったんだ」

「そりゃ、優秀で顔も良い兄がいたら嫉むだろう」



 一人が思いっきり首を傾げると、別の一人が苦笑しながら言った。



「なんだよ、食いもんに不自由しないだけいいだろうが。自分も少しは努力しろってんだ」

「そうだ。やってみて駄目だったら、違う方法を探すんだ。農業もそんなもんだろ?」

「なんだってそうさ」



 一人が言うと、他の皆がうんうんと頷いた。



「それにしても、誰も正す人がいなかったのか?」

「まさかそんな馬鹿な……」

「口出ししてくる人を追い出してたんじゃないのか?」

「それしかなさそうだな」



 彼らは暗い十年間を思い出してしまった。

 全員顔色が曇ってしまい、下を向いていた。



「あ-、クソッ!」



 その時、一人が大声を出して頭を勢いよく掻いた。



「どうした?」

「思い出すのはやめだ!今は平和になったんだ!火山灰だかなんだか知らないが、かかってこい!」

「おいおい。降灰している時は屋内にいないと駄目だろぉ」



 一人が真面目な顔をして茶化した。



「なんだよ、決まり文句みたいなもんだろうが」

「ははは!」



 皆で冗談を笑った。

 冗談を大声で笑えるようにもなった。

 嬉し涙が出た者がおり、彼は涙を拭い、鼻をすすって喋りだした。



「ずっと降灰が続いたら、高所の火山灰を払い落とさないといけないんだよな」

「そうなんだよなぁ。目や鼻や口に入ったら大変なんだろ?」



 彼らは歌を聞いたので知っていた。

 王城から慰問に来た楽団員や劇団員を見て覚えたのだ。



「耳もらしいな」

「うちのかみさんは、せっせとマスク作ってるぞ」

「うちもだ」

「俺んちもだな」

「……目はどうするんだ?ゴーグルは数が限られているんだろ?」



 ゴーグルは清掃活動をする兵士中心に配布されるらしい。

 一人一個ではなく使い回すそうだ。



「目を閉じて……やるとか?」

「いや、無理だろ」

「だよなぁ」



 皆はため息をつき、どうしたものかと考えた。



「レンズに使えそうな透明なものって言ったらガラスぐらいしか浮かばないよな」

「後は氷だな」

「夏だから溶けちまうだろ。あと冷たくて凍えちまう」



 彼らはまた声を出して笑った。



「あったら国内でゴーグルが量産されてるだろうな」

「目に入ったら擦らないで洗い流せばいいんだろ?」

「らしいな。食べ物も節約して、保存食も作らねぇとな」

「麦は収穫が始まってるそうだが、稲の収穫まで待って欲しいよなぁ」

「ホントホント」



 彼らは喋りながら自分達の仕事に戻って行った。



「チッ!」



 彼らが去り、また別の人々が集まって挨拶文を読んでいたのだが、群衆の中で一人の男が大きく舌打ちをした。

 周囲の人は感じ悪く思ったのか、男から離れていった。



「なんだテメーら!こんなもん信じんのか?おい、おめーはどう思うんだ?オラッ言ってみろ!」



 男は吠えたが周囲の人々は怯えて何も言わなかった。

 しかし、それが余計に男を怒らせた。



「おい!無視すんじゃねーよ!聞いてんのかテメェ!」

「ひぃっ!」



 近くにいた中年男性は男に掴み掛かられてよろめいた。



「おい!あんた、さっきから何なんだよ!」



 別の男性が間に入った。

 まわりの人間も男に対抗しようと睨みつけている。



「ウッセーな!テメェには関係ねぇだろ!あんだ?それともやんのかゴルァ!」

「何なのよ!さっきから感じ悪いわね!」

「うるせぇババア!」

「きゃあ!」



 女性は男に押されて尻餅をついてしまった。

 周囲の人々からも悲鳴が漏れ、何人かは女性を助けに行った。

 それを見て男を非難する小声が聞こえてきた。



「ったく、うるせぇなぁ。ギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ!俺は馬鹿なオメェらに教えてやろうとしてるんだろ?感謝してほしいなぁ?」

「何を教えるって言うんだ」



 女性を起こした男性が男を睨みつけながら言った。



「だから、こんな薄っぺらいもん信じるのかって言ってんだよ!最初に言っただろうが!」

「だから何を言っているんだ!」

「お前らおかしいと思わないのか?国境封鎖が解除されて物が沢山入ってくるのに、節約しろだなんて変だろーが!」

「それは、イグニス島が噴火したら物流が止まるからだろ?農作物だって被害を受けるかもしれない」

「ハンッ!それ自体が嘘なんだよ!」

「外国の商人も噴火について話していたぞ!」



 別の男性も言い合いに参加した。



「全員グルに決まってんだろ!簡単に騙されるんじゃねぇよ!」

「まさか!」

「そのまさかなんだよ。いい加減気付けよ!」

「お前こそ気付けよ!そんな大がかりな事を出来るわけないだろ!」

「そうだ!そうだ!」



 周囲の人間は男を完全に敵とみなしていた。



「実際にイグニスの島の噴火で亡くなった人がいるって聞いたぞ!」

「だーかーらー!それも嘘に決まってんだろ?この国の財力だけじゃ無理だけど、隣の大国の力を借りりゃ嘘を蔓延(はびこ)らせるなんて簡単じゃねぇか!」



 男は如何にも悪人のようにケラケラと笑いながら喋り続ける。



「何のためにするっていうんだ!」



 そんな男の態度を見て、周囲の人達もどんどん語気が強くなってきた。

 ただでさえ夏で暑いのに、皆の苛立ちから熱気が出てきているようだった。



「そんなもん、この国を乗っ取るために決まってんだろ!」

「馬鹿馬鹿しい!こんな小さな国を乗っ取ったって、なんの利点もないだろう!」



 ケレース王国は農業が主要産業だが、山ばかりで平地が少ないので広い耕作地はない。

 かといって他に資源があるわけでもないのだ。



「大陸の北側に出るのに通行量を払わなくて済むだろうが!大体なんで他の国の連合国軍は帰って行ったのに、セマルグルの連中は残ってんだよ!乗っ取るための下準備してるんだろ!」



 唯一あるとするなら利便性だった。



「んな訳あるか!まだケレースの治安が良くないからだろ!王配殿下が頼んで残してもらっていると聞いたぞ!本来なら他国と同じように帰国するように言われてたらしいぞ!」

「そんな嘘に騙されて、本当におめでてぇ奴等だなぁ!王配はこの国の人間になったっていうのに、どうしてそんな事が出来るんだよ!」

「どこの国の人間になろうと、過去の繋がりは消えないだろう!」

「その過去の繋がりでこの国を脅かそうとしているんだ!」

「お前!話を聞く気ないだろ!最初から決めて付けて話しているだけじゃないか!」



 一人の男性が、一段と大きな声で言った。



「妄想でしょ?」

「陰謀ってやつだな」



 何人かが小声で言うと、他の皆はなるほどとなり、男を憐れんだ目で見た。



「みんな!こんな奴の話を聞く必要ないぞ!」

「あーあ、くだらない話を聞いちまったな」

「帰ろ帰ろ!」



 男の周囲から人が遠ざかり、あっという間にあれだけいた人数がこの場からいなくなっていた。



「チッ!本当に馬鹿な奴等だな……」

「あ、あの…今の話、本当なんですか?」



 男に若い女性が近づいて来た。



「お、あんたは信じてくれるのか?いやー俺の話をちゃんと聞いてくれていた人がいてよかった」



 男は人が変わったかのように愛想がよくなった。

 表情はにこにことしている。



「はい。私も国の対応が変だと思っていたんです」



 若い女性は少し震えながら話していた。



「まわりの連中は他国がどうのとか言ってっけどよ、どうしてそれが本当だと信じられるんだ?」

「はいっ。誰も実際に見ていないのに信じるなんて変です」

「そう!そうなんだよ。仮に実際に見てもそれが本当だという証拠はない。これは国ぐるみの、世界ぐるみの嘘なんだ」

「そんな酷いっ!わ、私、家族に言ってみます!」



 若い女性の両手は握り締められて白くなっていた。



「ああ、だが気を付けろ。奴等はもう洗脳されているから全て否定してくる」

「信じてくれないんですか?」

「俺も家族や仲間達に言ったんだが、全然信じてくれなかった。だから俺はああやって大袈裟に振る舞わないといけなかったんだ」



 男は悔しそうに顔を歪めた。



「そうだったんですか。大変だったんですね……」

「大変だったが、賢い人に会えた。苦労した甲斐があったよ」

「そんな…賢いだなんて……。私、いつもみんなに怒られてばかりだから……」



 若い女性は俯いた。

 怒られている状況を思い出したのか顔色が悪かった。



「あんたは他の人には分からない力があるんだよ。他の奴等はそれを理解してないんだ。いや、もしかしたら嫉妬しているのかもな」

「嫉妬……」



 若い女性は男の言葉を反芻するように呟いた。



「そうだよ。あんたはそこら辺の人間にはない力を持っているから、それを嫉んで嫌がらせをしているんだ」

「だからみんなは私を怒るんですね!」

「あんたも大変だったなぁ。でも、もう大丈夫だ。俺とあんたは分かり合える同士だ」



 男と若い女性はひとしきり話し合った後、彼女は一応家族に伝えてみると言って帰っていった。



「はぁ~あ、釣れたのは一人だけかぁ……。でもまぁ、他にも何人か興味ありげに聞いている奴がいたから成功だな」



 男は口角を上げ不気味に笑った。




 しばらく悪い奴が出てきます。

 少しでも続きが気になる方は評価とブクマを何卒よろしくお願い致します。

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