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42.記録絵図


「では、これからはマスクや手袋、清掃用具を製作してね」



 女王は魔除けや身代わり人形を作成している人達に指示を出しに行った。

 現在ここで製作しているのは、重労働刑を受けて現在北東領で作業している者達の家族である。



「はい。かしこまりました」



 答えたのは前将軍の妻だ。

 大陸の南側の国へ納品する分を作り終えたので、国内へ向けての品を作り始めた。



「まずはマスクと手袋を王城勤務全員分をお願いね。その後は官舎に住む家族の分ね」

「はい。陛下にはこのような大事な役目をくださり大変感謝しております」



 前将軍の妻が頭を下げると、他の人達も頭を下げていった。

 皆頭を下げたままなのが少々不気味だ。



「大袈裟よ」

「本来ならば、夫だけでなく私達家族も罰せられていたはずです。それなのに重要な仕事を任せてくださるなんて、感謝しても感謝しきれません」



 まだ頭を下げたままだった。

 女王は頭に血が上ってしまうのではないかと心配になった。



「ええ…」



 作業の様子を見に行くと、毎回にようにお礼を言われるので女王は困っていた。

 最初は平伏されたのに比べたら、かなりマシになったがそれでも仰々しいと感じてしまう。



「活躍の場を設けてくださいまして誠にありがとう存じます。日々精進して参ります」

「無理しすぎないようにね」

「はい。ありがとう存じます」




 女王は執務室に戻って椅子に座るなりため息をついた。



「毎回ああ言われてしまうと責められているように聞こえるわね。そんなつもりはないのでしょうけど、毎回はね……」



 女王は疲れた顔をしていた。

 いつも瑞々しい顔をしているのに、今の女王は何かを搾り取られたかのようになっている。



「彼女達が陛下に感謝しているのは事実でございますけど、少々言いすぎな感じはいたしますね……」



 ダニエラも同じように感じたようで、少々疲れた表情になっていた。



「彼女達も東領の領主達のように重たい物を背負ってしまっているのかしら?」

「かもしれませんね…」

「解消してあげたいわね。一度きちんと話し合ってみるわね」

「陛下自らですか?」

「そうよ。多分、王城内で一番暇なのは私でしょうしね」



 ダニエラをはじめ侍女達は否定した。



「そんな事はございません」

「ええ、そうでございますとも」



 侍女達は必死だった。

 女王は仕事の合間に本来王族が幼少期から教えられる作法等を習ったり、王の役目を一生懸命覚えたり、学問を学んだりしているのを知っているからだ。



「私が暇でいられるのはみんなが優秀だからよね。とても助かっているわ。自分自身を不甲斐なくも思うけど、今からでも成長出来ると信じているわ。そう信じられるのはみんなのおかげよね」

「勿体ないお言葉でございます」

「大袈裟よ。みんな大袈裟なのよ。私が何か言う度に……」



 女王は少しむくれた顔になり拗ねた。

 王様の言葉だから大袈裟になるのだろうと思ったのだ。


 王配の足音が聞こえたと思ったら、戸をノックする音と同時に入室してきた。



「アレクセイどうしたの?」

「今、エレオノーラは困っていなかったか?」



 王配はずんずんと大股で女王の目の前まで来た。

 女王は王配が突然執務室に来たのにも驚いたし、今の勢いにも驚いたのでポカンとした顔になっていた。



「…ええ、少し。どうして分かったの?」



 女王が王配の顔を見上げると、王配はとても真剣そうな顔をしていた。



「やはりか。俺は第六感に目覚めたのだろうか……」

「……」



 女王は王配が何を言っているのかよく分からなかった。

 五感以外の感知能力が目覚めたのだろうか。



「無言になられると悲しいのだがなぁ」

「ああ、ごめんなさい」



 女王は前将軍の妻や他の人達から大袈裟にお礼を言われるので、それをなんとかしたいのだと王配に話した。



「そりゃ、国王の前なんだから大袈裟にもなるだろう」

「アレクセイのお父様の前でも皆さんそうだったの?」

「まぁ、そうだな。…エレオノーラ。前にも言ったが、俺の父はエレオノーラの父でもある」

「そうだったわね。会った事がないとなんだか実感がなくて……。今度手紙を書いてみるわね」



 もちろん王としてなら書いてはいるが、娘としては書いていなかった。



「ああ、父上も母上も喜ぶだろう」



 女王は心の中でお父様、お母様と言ってみた。



「お兄様とお姉様もいるのよね。あっ、そろそろ赤ちゃんが生まれるのではないかしら?」

「じゃあ、俺たちは叔父さんと叔母さんになるのだな」

「そうなるのね。なんだか不思議ね」



 女王は心の中で叔父さん、叔母さんと言ってみた。

 会った事がないと本当に実感がなかった。



「ああ、不思議な気持ちになるな。で、前将軍や他の兵士達の家族の態度が気に食わないと…」

「言い方が悪いわよ。大仰にしないでって思っているの」

「ほう。ならそう言えばいい。なんなら禁じるんだ。王なのだから出来るだろう」



 そう、勅命を出せば済む簡単な話なのだ。



「ええっ!出来れば話合いで止めてもらいたいのよ。それに…」



 だが、女王は強制したいのではなく、理解した上でやめて欲しいのだ。



「それに?」

「彼女達も東領領主達と同じように罪の意識を背負っているみたいなの。なんとかその背負った物を軽くしてあげたくて…」

「こんなに優しい王様がいるなんて素晴らしいな」

「褒めているのよね?」



 なにやら、王配は少し引っかかる言い方をした。

 これに気付かないほど女王は鈍くない。



「褒めてはいるが、他にも困っている人がいるのに目についた人にだけ施しをするのは違うだろう」

「私が王様だからしちゃいけないのよね」

「ああ、そうだ。誰かが王に助けられたのだと聞いたら自分も自分もとなる。そのうち王の手が届かないところで、どうして自分は助けてくれないんだ、となるだろう。その後どうなるか分かるだろう?」

「不満が積もって恨まれる……」

「そうだな。エレオノーラがやらなくても他に頼れる人がいるだろう?」



 王配は不敵に笑った。



「え?アレクセイがやってくれるの?」



 王配にそんな時間はないはずだ。



「いや、もっと適任なお年寄りがいるだろう?」

「先生ね…。そうね。先生ならきちんと意見を聞けるし、良い解決方法を見つけてくれるわよね」

「全部自分でやろうとしなくていいんだ。頼れる時に頼っておかないと疲れてしまうからな」

「疲れる……。そう言えば、なんだか揺れているような気がするのは疲れているからかしら?」



 女王はそんなに疲れているだろうかと首を傾げた。

 激しくは揺れていないが、小さく揺れているような気がした。



「んんっ?」



 王配がカーテンの飾り房を見ると、僅かに揺れているようだった。



「いや、多分地震だろう」

「地震…。王城まで揺れが来るなんて……。すぐに各領に知らせないと」

「イグニス島で噴火があったのかもな」

「大きい噴火が起きたら、より強い揺れが伝わるのかもしれないわね」

「立っている人が気付かない程度の地震か…。ここより南では感知していないかもな」




 数日後、朝議で宰相から地図を見せられた。

 女王と王配、大臣達が見られるほどの大きな地図だ。



「印がついている所が先日地震を観測した場所です。殿下のご指摘の通り、王城より南の地域では観測していなようです」

「やはり南の三領と東領では揺れなかったのね」



 その四領には印はついていなかった。

 それに加えて西領と中央領の南部にも印はなかった。



「ええ、王城内でも陛下と夜勤のために寝ていた人が気付いた程度の揺れでした」

「なんだか、お尻が揺れているような気がしたのよね」



 女王は臀部から揺れたのを思い出した。



「エレオノーラの尻……」

「殿下、話を先に進めますよ?」



 王配が頷いたので宰相はそのまま話を続けた。



「過去の記録ですと、イグニス島での大規模の噴火の際に地震の体感がなかったのは南東領のみです。中規模ですと、今回と同じですね」

「まだ知らせは来ていないけど、中規模の噴火があったのね。北領や北西領までは降灰は来てないのよね?」

「そう考えられますね。降灰するとしたらすぐではなく、今頃でしょう」




 その後、数日経っても北領と北西領では降灰が見られなかったと知らせが来た。

 北領からはオーケアノス王国から受けた知らせも届いた。



「イグニス島の樹木が全て燃えてなくなったのね」



 流れ出た溶岩で燃えたのだ。

 これをイグニス島では何度も繰り返してきたそうだ。



「鳥たちは避難していたのね」



 自分達で避難した鳥もいれば、人間の手で避難させられていたりと様々なようだ。



「他の生き物は……書いてないわね」

「虫とかですか?」

「虫も飛べる種類だろうから逃げてるのかしら?」



 あるいは鳥や人間やその荷物に隠れて脱出したかもしれない。



「そうでしょうね。それよりも、噴火によって島の面積が増えたようですよ」

「噴火の度に大きくなっているわけではないのでしょう?」



 元の陸地より広がった溶岩は波などで侵食されるらしい。



「そのようです」

「増えては減り増えては減り……同じ形はない……」

「どうされました?」



 女王はいつになく厳しい表情をしていたので、宰相は気になったようだ。



「なんだか、諸行無常ね」

「ええ、そうともとれますね。こちらも同封されておりました。オーケアノス王国での過去のイグニス島噴火の記録絵図だそうです」



 宰相は話を早く進めたかったので適当に返事をし、絵を何枚か女王の前で広げて見せてきた。

 どれも水平線近くにある小さな島から何かが吹き出てる。



「随分と高い所から見て描いた絵のようね」

「岬にある灯台から記録されたのだそうです。地図ですとこちらですね」



 宰相が指さしたのはケレース王国からはかなり離れた場所だった。

 オーケアノス王国は、パランゲア大陸の北側の海岸線を三分の一ほど有している国だ。

 国土は東西に伸びており、北を地図の上にするならば横に長い国だ。

 大きな港があるので色んな大陸から船が来るらしく、色んな人種の人間がいるらしい。



「オーケアノス王国の西側の岬なのね」

「より西側の国境付近で描かれた絵図もあるそうですが、民間人が描いたので国の資料としては出せないそうです」

「そこの岬からだと……それでも遠そうよね。イグニス島の標高が高いから、島の上の部分が見えたのかしら?」

「ええ。そうでしょうね。ここが山頂ですので、噴火は山頂からではなく山腹からのようです」



 宰相は絵図を指さしながら言った。

 山腹からは赤い物と黒い物が出ているのが見て分かる。



「側火山と言うのよね。この絵図は写しよね?」



 絵図は真新しい紙であったし、色も塗ったばかりのようだった。

 時間経過でも描かれているようで、もっと枚数があるらしく宰相の手にはまだ何枚かある。



「はい。他のもご覧になりますか?」

「ええ、見せて」



 宰相は並び替えて女王に渡した。

 女王が見てみると年代別にし、さらに日付順になっていた。



「何日も続くのね…。これは近い国は大変だわ……。怖いでしょうね」

「陛下…お分かりでしょうが、今は我が国の国民の事だけをお考えください」

「分かっているわ。大丈夫よ。そこまで慈悲をかけるのに酔いしれてないわ」

「それを聞いて安心いたしました。私からの報告は以上です。それでは失礼いたします」

「ええ」



 本当だったら全員助けたいが切りがないのだ。

 ケレース王国国内の事だけで手一杯なのに、それも他国の人まで助けるだなんて到底無理だ。

 分かっているのに気になってしまう。

 それでは身が持たないのも分かっている。


 女王はため息をつきながら、記録絵図を眺めた。




 王配は第六感が目覚めたわけではありません。女王の顔が見たかっただけです。

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