41.手紙を書く
王配が王城に帰ってきてから一週間が経った。
テオドロがヴィクトリア王女との文通に悩まされているとは知らない女王は、自身の友人達に手紙を書いていた。
手紙の宛名はリーザことエリザベータと、エレーナだ。
リーザは王配の友人であるドナートの妹で、彼女も連合国軍の兵士として活動しており、その時に知り合ったのだ。
リーザは王配の友人のアルトゥールと結婚し、今はセマルグル王国で暮らしている。
ドナートとアルトゥールは高位貴族の長男なので、なかなかセマルグル王国から離れられない。
しかし、先日ケレース王国に来たミハイルは高位貴族出身であっても次男なので動きやすい。
王族の男子には貴族の長男だけでなく、家督を相続しない次男や三男などが友人になるのはそのためだ。
「ふーん、ミハイルが伯爵になるようだ。一代限りのようだがな」
王配は長椅子に腰掛けてミハイルからの手紙を読んでいた。
ミハイルとエレーナの手紙は一緒に送られてきたのだが、女王はすぐに読んだので現在エレーナ宛に手紙を書いているが、王配は届いてからすぐに読まなかったので今読んでいる。
「お祝いしないといけないわね」
女王は王配の隣に座っているが、かなり前のめりになって机で手紙を書いていた。
王配は小さくて足の長い机を用意させようと思った。
「祝いの品は辞退するそうだから、手紙だけでいいだろう」
「…私が他国の一代限りの伯爵に祝い状を出したら変よね?」
女王は体を起こして王配を見つめた。
女王は王配だけでなくミハイルにも世話になったのでお祝いをしたかった。
「ああ。俺の名前で出しておくよ。俺は友人だから問題ないだろう」
女王は王族や貴族はややこしいのだなと思った。
お世話になった人なのに、王であると簡単に祝い状が出せないのだ。
「エレーナへの手紙にお祝いの言葉を書けばいいわよね」
「ああそうだな」
「…私はセマルグル王国には友人がいるけど、ケレース王国内に友人がいないわね」
「前にも言ったが、リンダはどうなんだ?」
「友人にお世話されているのって変よ」
「そうか?ドナートは俺やミハイル、アルトゥールの世話をしてくれたぞ」
王配は食べこぼしをドナートに拭いて貰ったのを思い出していた。
「それはお守りよね……」
ドナートは王配達とは少し年が離れているので、必然的にそうなってしまった。
「…否定出来ない自分がいる。が、同じようなものだろう。女王なんて、国民全員の世話をしているじゃないか」
「そうかしらねぇ…?」
そうと言えばそうだし、違うと言えば違う気がする。
国民のためと言うが、女王自身のためでもある。
国民がいなければ王様の存在はなくてもいいからだ。
「分かった。エレオノーラが聞けないのなら俺が聞いてみよう」
「えっ!」
「なんなら他の侍女達にも聞いてみよう」
「やめてよ。否定も肯定も悲しいだけだわ」
気を遣われて肯定されても、身分差を理由に否定されても悲しいだろう。
「…領主達に娘はいないのか?他の貴族には?俺もだが、王族には大体貴族の友人がいるだろう?」
「南西領領主に娘がいるそうよ。なんでも最近は西領領主と仲がいいとか…」
西領領主は二十代半ばで、まだ独身の青年だ。
「ほう?」
「南西領には西領の支援をお願いしたでしょう?その時に出会ったそうよ」
「跡継ぎか…東領の息子達はどうなるんだろうな」
「…東領領主への手紙にも書いたのだけど、どうかこのまま領主をして欲しいとお願いしたの」
「ああ」
「十年以上も悔いてきたの。他者を思いやる心があるなら、それだけで領主の資格はあるでしょう」
東領領主は自身のしなかった事を責め続けた。
それと同時に、亡くなった人に詫び続けていた。
「だな」
「息子さん達には恋人はいないの?」
「そう言えば、聞かなかったな」
息子の代で終わらそうとしていたそうなので、積極的に交際するとは考えにくい。
「法務大臣の友人は?領主の甥よね?結婚してるの?」
「…分からんが、まぁ、なんとかなるだろうし……」
王配は何か言いたげに口をもごつかせた。
「…そうよね。あんまり、口出ししちゃいけないわよね」
女王は塔を出てから色々な性的嗜好や指向があるのだと知った。
だが、王配が口をもごつかせたのは、ただ単に他者の結婚についてとやかく言うのは性的嫌がらせになるかもしれないと思ったからだった。
「そうだな」
「兵士達と有志の人達が派遣されたわね」
「早かったな」
「そうだわ。忘れてたわ。一大事よ」
女王は先ほどから王配の返答が短いので、興味を持ちそうな言葉を言ってみた。
「…うん?何がだ?」
女王が芝居がかった言い方をしたので、王配は何事かと思った。
「星って丸いのよ。球体なの」
「…まさかずっと平らだと思っていたのか?そうだよなぁ。ケレース王国は水平線も地平線も見られないもんなぁ」
ケレース王国は内陸国であるし、周囲は山に囲まれているし、大きくない国土の中には山が多くある。
平らな土地はほぼないのだ。
「知ってたわよ!小さい時から!塔の中でダニエラとアンナが持って来てくれた本で知ったの!」
女王は王配の胸板をペチペチと叩いた。
王配は痛くも痒くもなかったが、女王の怒りっぷりに驚いた。
「あ、ああ。すまない。で、球体だとなんで一大事になるんだ?」
「こことイグニス島って距離があるでしょう?その影響を受けているんじゃないかって思うの」
「ん?ああ。真っ平らだったら測量したまま地図に出来るが、実際は丸いから測量したままでは地図にしないな。球体だからイグニス島で噴煙がそのまま真っ直ぐ上がったら、見えるか分からないな」
「でしょう?となると、オーケアノス王国側からの知らせに頼るしかないのかしらね」
オーケアノス王国と接している北領側からの知らせに頼るしかないようだ。
「だな」
「…話を聞いているのか、聞いていないのか分からないわね」
「聞いているさ」
「そっけない返事だから聞いていないのかと思ったわ」
拗ねた顔になった女王を見て、王配はにやついた。
「俺は肉体言語が良いからなぁ」
「肉体言語?…もしかして殴り合い?私じゃどうやってもアレクセイに勝てないわよ」
女王は思い切って脛を蹴ったらと思ったが、その前に捕らえられそうだ。
「もっと良いやつだ」
「良いって?肉体よねぇ……?うーん…ワルツとか、踊りかしら?」
女王は眉間に皺を寄せて考え始めた。
あまりに険しい顔だったので、王配は謝罪した。
「……うん。俺が悪かったよ」
「え?な、何?違ったのかしら?」
王配が呆れたような顔になったので、女王は慌ててしまった。
以前から王配と話が噛み合わないような事が度々あったようだが、今回も違ったようだ。
女王はもっと分かりやすく言ってくれればいいのに、と思った。
「噴煙については俺から言っておこう。……と言うわけで、肉体言語で語り合おう」
「その前に手紙を書かないと。あ、肉体言語についても書いておきましょう」
女王はすぐに手紙に肉体言語と記した。
「ま、待て。リーザとエレーナ女史に送るとなると、ドナートとアルトゥール、ミハイルの3人にも知られてしまう」
「いけないの?もう書いちゃったわよ?」
女王が振り向くと、王配がずいと近寄って来た。
「駄目だ。駄目に決まっている」
青ざめる王配を見た女王は、少し口を尖らせた。
「書いちゃいけないような言葉を使うからよ」
「俺はただ、エレオノーラとの時間を過ごしたかっただけなんだ…」
「たった今、過ごしているでしょう?」
「そうだが……」
王配は目を細め、口元への字になっている。
「もしかして違うの?」
「間違えではないが、より親密かつ濃密な時間を過ごしたいんだ」
「手紙を書き終わったらね。えっと、肉体言語とは親密かつ濃密なものを示す言葉のようですっと」
「やめ…やめてくれ……」
王配だったら力尽くで女王を止められただろうが、そんな暴力じみた事はしたくなかった。
彼は友人三人からそれぞれ苦言を呈されるのかと思うと気が重くなった。
「はぁ……丸いのに誰も気付かなかったのよねぇ」
「話が戻ったのか?そうだな。誰もいなかったのは問題だな」
「他に気を取られすぎたわね」
「だな」
王配の返事は短くなっている。
「地平線や水平線を見る機会がないからかしら?」
「かもな」
「もしかしたら、国民の中には世界は平らだと思っている人がいるかもしれないわね」
「そうかもな」
女王は王配が言葉での会話をしてくれないと書いておいた。
エレーナへの手紙にも書き、リーザへの手紙にも書いた。
「や、やめてくれ…。というか何故、二通同時に書いているんだ……」
「アレクセイについてだからかしら?」
「待て、待ってくれ。今までも書いていたのか?」
王配は大いに慌てている。
大慌てである。
「そうね。アレクセイが中央領に行っている時にも二人から手紙が届いたの。それで手紙を書いてその返事が来たの。それで今はその返事を書いているの」
「待て、エレーナ女史の手紙が一週間程度でやり取り出来るのは分かる。だが、リーザの手紙がそんなに早く届くのはおかしい。セマルグルの王都に住んでいるはずだ」
微笑む女王とは違い、王配は焦ったままだ。
「おかしくないわよ?リーザはアルトゥール殿と一緒にミハイル殿とエレーナの屋敷に来ていたんだもの。叙爵のお祝いかしらね?」
「アルトゥールほどだと警護のために居場所を知らせているから、郵便物も宿泊先に送られるのか?クソッ!」
王配はもの凄い形相になっていた。
きっと野生の動物も逃げ出すだろう。
「クソだなんて、そんな言い方をしちゃ駄目よ」
「言いたくもなる。ミハイルもなんで手紙に書いてないんだ」
「書き忘れちゃったのよ」
「ミハイルに限ってあるか?あいつほどしっかりしている人間はそうはいないぞ」
「……エレーナへの手紙に書いておくわね」
女王はエレーナへの手紙に王配がミハイルを褒めていたと書いておいた。
昔、習い事の先生から年賀状を頂いたので見てみたら、達筆すぎて読めませんでした……。




