37.東領
「アレクセイは今頃東領の領城かしら?」
女王は執務室で先生から感謝状の書き方を教わっていた。
「ええ、そうでございましょう。記者も保護出来たそうですし、明日には王城に戻って来られるでしょう」
「一週間ほど会えなかっただけなのに、なんだかとても久しぶりに会う気がするわ」
手紙のやり取りはしていたが、実際に会ってはないので懐かしさすら覚える。
「陛下ほどの年齢でしたら一週間はとても長い時間なのでしょう」
先生がにっこりと目を細めると、皺に紛れて目が見えなくなった。
「先生は違うの?」
「ええ、あっと言う間でございますよ。あれやこれやと色々しているうちに過ぎ去ってしまうのです」
「先生は沢山な物に興味があるから、それらをしているうちに一日が終わっちゃうのではないかしら?集中力もあるでしょうし」
先生の住まいには沢山の書物が所狭しと置かれているそうだ。
一応車椅子で行動出来るように動線は確保されているらしい。
「ほう…確かに一理ありますな」
「でしょう?…ねぇ先生、感謝状はこれでいいかしら?」
女王は紙を侍女に渡し、侍女は先生に届けた。
先生はじっくりと女王が書いた感謝状の原文を読んだ。
先生の顔はいつもの穏やかさはなく、とても厳しいものだった。
「そうですね…。大分良くなりましたが、まだ抽象的ですね」
「抽象的?」
「もっと具体的、端的に書いてください。これではまだ長いです」
先生は左手にペンを持ち、女王が一生懸命書いた感謝状の原文に線を引き始めた。
かなりの文章がザクザクと削られている。
「あああ…」
女王の口から、悲嘆の声が漏れた。
「陛下、こんなにまどろっこしく書かなくてよいのです。何より書く手間を省きませんと。こんなに長かったら大変でございますよ」
「それもそうね…」
そう言ったものの、女王は削られてしまった文章を悲しげに見ていた。
この感謝状は法務大臣によって処刑を免れた人の中で、今回中央領や西領に手伝いに行ってくれる人達への物だ。
「ふむ…これくらいでいいでしょう」
「私が書いた文章がほとんどなくなったわね…」
王配は東領の領城に到着し、普段の服に着替えた。
もちろんどこかに飲みに行くような格好ではなく正装である。
王配が通された貴賓室は、重厚感がある色合いの家具が揃っていた。
「王配殿下、こちらは陛下から手紙が届いております」
「本当か?!」
侍従から手紙を渡され、少々疲れた顔をしていた王配は一瞬で明るい表情になった。
その顔は目の前におやつを出された犬のようである。
「今読んでもいいだろうか。夕食に行くのは少し遅くなると言っておいてくれるか?」
「はい。領主にはそう伝えておきます」
「よろしく頼む」
侍従は貴賓室から出て行き、部屋には王配一人となった。
今回の女王からの便箋の柄は草花模様だった。
王配はとても可愛らしい便箋に思わずニヤついた。
しかし、ニヤついた顔はすぐに消えていった。
「…そうか。先に読んで正解だったようだな」
手紙を読んだ王配の顔は先ほどまでと違い、真剣な顔になっていた。
「待たせてしまってすまない」
「いえ、たった数分ほどでございますから、お気になさらないでください」
王配は食堂に案内されると東領領主とその家族が待っていた。
一緒にいるのは夫人と息子達だろう。
息子と言っても王配よりも年上だった。
「突然の申し出を引き受けてくれて感謝する。それなのに、このようにご馳走も用意してくれたんだな」
「お口に合うといいのですが…。酒もいくつか用意しておりますので、そちらもどうぞお召し上がりください」
東領領主は微笑みながら言うと、給仕が酒瓶を見せてきた。
瓶から想像するに葡萄酒だろう。
「ああ、そちらもいただくよ」
乾杯をし談笑しながら食事をした。
東領で採れる食材をふんだんに使った料理だった。
その季節だけの物を食べられるのは幸せだと王配は思った。
出来れば女王も一緒にいれば、より美味しく感じられただろう。
「――そうです。法務大臣殿と甥は学友同士なのです」
「ああ、そうらしいな。法務大臣から聞いたよ。その縁もあって処刑を免れた人々を匿ってくれたのだろう?」
「…はい」
王配の言葉の後、元々緊張していたであろう東領領主の顔が強ばった。
「陛下も感謝していたよ」
「ですが…」
「匿ったのは贖罪の気持ちからか?陛下から聞いた。この領の出身の侍女が前王の、当時は王弟か…。愛人にさせられそうになったのだろう?」
以前にも女王から聞かされたが、先ほどの手紙にも記されていたのだ。
「はい。それを報告していれば、今でも陛下のご両親はご存命でらしたのではないかと思うのです。逃げ帰った女性の話から王弟の異常性に気付いておりました。それなのに私は自分が処分されるのではないかと恐れてしまい、陛下に、フェルディナンド様に報告出来なかったのです」
「賢王と言われた方だ。いくら弟でも庇わないだろう」
王配が言うと東領領主が黙って頷いた。
「王配殿下!あの時、私達兄弟が王都にいたのです。もし報告をしていたら、それを耳にした王弟が私達にする仕打ちが想像出来たので父は報告をためらってしまったのです」
領主の息子達が大きめな声で父親を庇った。
「待ってくれ。貴方達を咎めるつもりはないんだ。陛下も望んでおられない。今この話を持ち出したのは、もう自分達を責めないで欲しいからだ」
女王からの手紙に書いてあったのだ。
東領の領主達は自分達のせいで、ここまで被害が大きくなってしまったと考えているのではないかと。
「…処刑を免れた人々を匿ったのは贖罪の意識からだったかもしれないが、それで救われた人が沢山いるんだ」
「そうかもしれませんが…、あまりに多くの人々が亡くなりました」
東領領主達は項垂れてしまった。
皆、完全に食事する手が止まってしまっている。
「ああ。だがそれはもう変えられない。今は前を、未来を見て欲しい。…陛下は風通しがよい国にしたいそうだ。きちんと下からの意見が通りやすいようにしたいと願っているんだ」
「しかし、陛下になんとお詫び申し上げたらいいのか…」
「大丈夫さ。…そう言えば、陛下に会うときはいつも強ばった顔をしているそうじゃないか。はじめは緊張しているのかと思ったそうだが、実は彼女に悪いと感じていたからか?」
再び東領領主は沈黙したまま頷いた。
彼は今にも泣き出しそうだった。
夫人と子ども達は肩を震わせ鼻をすすっていた。
「せっかくのご馳走が冷めてしまうし、泣いていては塩味が濃くなってしまう。鼻が詰まっていてはいい匂いも嗅げない。さあ、涙を拭いて上手い食事を食べよう」
晩餐終了後、王配は東領領主と一緒に酒を飲みがてら話をしていた。
「陛下からいつ罰を下されるのか怖かったのか?」
「罰が怖かったのではありません。いつも笑顔を向けてくださる優しさがが怖かったのです。私の保身のせいで、取り返しのつかない惨事が起きてしまったのですから…」
「いっそ罰してくれと?ううーん、少し違うが財務大臣やジュゼッペ先生も自分を罰してくれと言っていたな」
「お二人がですか?」
東領領主はとても驚いたような顔をしていた。
二人は彼が知る限り優秀な人物なので、罰せられるような行為はしないと思ったからだ。
「ああ。まだ陛下の生存公表をしていなかった時だ。俺の行動を怪しんだ財務大臣とその部下達が陛下のいる部屋に乗り込んできたんだ。誤解が解けた後に財務大臣が罰してくれと言ってきて、その騒ぎを聞きつけた先生も官のやった事だからと長である自分を罰するように言ってきたんだよ。まぁ、どちらも処罰はなかったがな」
「そうでございましたか……」
「罰してくれた方が気が楽になるというのもあるのだろうか…?そう考えるとなかなか辛いのかもなぁ」
「……罰せられないのが罰なのでしょうか」
東領領主は俯きながらポツリと言った。
先ほど夫人から聞いたのだが、普段は飲酒しないらしいので、酔いが回ってきているのかもしれない。
「かもな。今は復興と降灰への対策だ。罰を受けるのはそれを成し遂げてからでもいいんじゃないのか?というか、人手が足りないからそうしてくれないと困る」
「はい……」
「ところで、手紙に書いてあったのだが息子達はいい年なのに結婚していないそうだな。領主の息子ならば引く手あまただろうに。もしかしなくとも、息子の代で終わらそうとしているのか?」
「そこまで読んでらっしゃいましたか……」
東領領主は力なく笑い、彼は侍従から水を渡されて飲んだ。
「俺の妻を舐めてもらっちゃ困る。天然だし少し抜けているような発言はするが、しっかりしているんだ。可愛いだろう。いや、容姿は美しいのだがな。うん」
王配はかなりの量のワインや蒸留酒を飲んでいるので、彼も酔ってきたようだ。
目が据わり始めている。
侍従は王配にも水を渡したが、王配はグラスをそのまま机に置いてしまった。
「はい、とてもお美しく…ご両親に大変よく似ておられます。なので尚更、心が痛むのです」
「あー、またそうなるのか。もういい、一生悩め!悩んで悩んで、領民のために働け!」
「はいぃ」
「飲め!なんなら息子達も呼ぶか?」
「そうしましょうぅ」
翌朝、顔色の悪い男が複数いた。
その後息子二人も巻き込まれたのだ。
「それでは殿下、陛下によろしくお伝え下さい」
真っ青な顔をした東領領主がいた。
「ああ…もちろんだ」
「殿下、ありがとうございました」
領主の長男が軽くお辞儀をした。
おそらく軽くしか頭を下げられないと思われる。
「ああ…。悔いるのはいいが、そのせいで動きが鈍るのは好ましくない。十年以上も悔悟してきたんだから、もう十分だろう」
「はい。これからは父と兄と共に東領の領民のためにより迅速に動いていこうと思います」
こう言ったのは領主の次男だ。
彼は父と兄よりかは顔色が悪くなかった。
「活躍を楽しみにしている」
「主人と息子達が吹っ切れたようで、なんと感謝申し上げたらよいのか…」
「夫人も大変だっただろう。これからも彼らの事をよろしく頼む」
そう言って少し青い顔をした王配は東領領城から王城に向けて出発した。
次回は猫師匠が登場します。




