36.荷馬車
王配は中央領の視察を終え、明日王城に向けて出発する。
現在はその確認中だった。
「…東領に向かう街道の警備を厳重にした方が記者は引っかかるんじゃないか?」
「もう、決定してしまったので変更は出来ません。わざわざ普段その道を使用している農家や商人を使って危険の有無を調べさせたのですから、記者は目を付けていないと思います」
そう言ったのは、王族専属護衛兵のルカだ。
彼は女王が塔を脱出したすぐ後から王族の護衛を任されている。
当時は女王だけだったが、現在は王配も護衛している。
「殿下…まさか遠回りをするのがお嫌なだけですか?」
ジョルジョは苦笑していた。
彼は短い付き合いだが王配ならばそう考えるだろうと思ったのだ。
「バレたか。一刻も早くエレオノーラに会いたいんだよ。一週間も会えないなんて、結婚してからは初めてだからな…これ以上会えない日々が続くと人や物に当たり散らしそうだ」
王配は冗談めかして言ったが、目は真剣だった。
「兵士相手に剣の打ち込みはお止めくださいね」
女王と王配が結婚する前に一年間ほど離ればなれになっていたのだが、その間王配は様々な事柄により苛立っていた。
それを発散するために兵士との訓練をしていたのだが、圧倒的な力の差を見せつけて勝利したため兵士の士気が下がったのだった。
「分かっている。アイズベルクの全身を洗ったり、毛を梳かしてやって誤魔化している。おかげであいつもご機嫌だろう?」
「はい。いつもより扱い易いとの報告を受けております」
答えたのはルカだ。
アイズベルクは自身が認めた相手でないと噛みついたり蹴ろうとしたりするのだが、王配が来た後はご機嫌になるのだ。
「それでだ。俺の身代わりになるのは誰だ?」
「領兵に黒髪で長身の者がおりましたので、彼に任せます。失礼ながら殿下の衣類をお借りいたします。黒い馬もおりましたので、アイズベルク号のように額を白く化粧いたします」
王配の愛馬は王子時代からずっと同じ馬なので、記者もどんな馬か知っているだろう。
「ああ、分かった。あいつは額を黒く塗っておくか。なんなら鼻の周りも白く塗って変装させてみるか。…俺も市井の者が着るような服を着るのだろう?」
「はい。ご用意いたしました」
「あいつの毛並みを良くしてしまったが大丈夫だろうか。砂浴びでもさせるかなぁ…。俺も髭は剃らずに髪も整えない方がいいだろうな」
「そうですね。他のお供の者にも伝えておきましょう」
翌朝、先に身代わり達を王配がいつもする通りに正面から行かせた。
そして王配達は商人に扮して中央領の領城の裏口から出た。
それも、いつも出入りしている商人に混じってである。
「これでバレたらどうしようもないな」
「ええ」
王配はルカと共に商人の荷馬車に乗っており、その荷馬車はなんと王配の愛馬が引いていた。
まわりには警護の兵が馬に乗って伴走しているが、領城に出入りする商人なのでいつも警護はついているため何の違和感もない。
「よく引いてくれましたね」
「まだ機嫌がいいのだろう」
そんな愛馬を横目で見ながら王配とルカは話した。
商人の馬と王配の愛馬を交代させ、商人の馬を領城に置いてきたのだ。
商人が所有している馬はまだいるそうで、明日の配送も大丈夫だと言うので作戦に参加してもらった。
「…一頭なのにこの馬力は凄いですね」
中央領城の御用商人の長は驚いている。
いつもは二頭で引いているらしいのだが、ただ単に王配の愛馬が他の馬と一緒に荷馬車を引くのを嫌がっただけだった。
「だろう?だが、明らかにいつもより遅いな。この分だと東領に入るのは夕方ぐらいだろうか」
「はい。その後東領の領城で一泊いたします」
「ああ、エレオノーラ…」
あからさまに落ち込んだ王配を見て、商人は目を丸くして驚いていた。
「仲が大変よろしいというのは本当だったんですね」
「本当だ。毎日毎時毎分毎秒、彼女の顔を見たいと思っている」
「左様でございますか」
王配が女王に恋い焦がれる姿を見て、商人は頬が緩んだ。
「頼れる人材がいればその者に領主を譲りたいと思っている。正直、ジョルジョでもなんら問題ないと思っているんだがな…」
ジョルジョは宰相、もとい前の宰相であるジュゼッペ先生の推薦で領主の補佐をしている。
もちろん現在も先生とも交流があり、毎月手紙が届くらしい。
「はい。私もそう思います。しかし、王配殿下が領主になられたと聞いた時は中央領民は全員歓喜いたしましたよ。見捨てられたのではなかったのだと思いました」
「ううーん、やはりそう思ってしまうのか」
「ジョルジョ様も素晴らしい方です。感謝しきれません。」
「ああ、彼がいなければこんなに早く復興の兆しは見えなかっただろう。それほどまでに荒れていたからな」
たった十年、されど十年で荒れに荒れていた。
荒れ果てていた。
「ええ、もちろんでございます。…本心を言ってしまえば肩書きなのです。王族の、しかも王配殿下となれば諸手を挙げて喜びます。力を入れてくださると、目にかけてくださっていると思えますからね」
「そうか。…ちらりと聞いたが、第二王子を嫌がっている領民が少なくないと聞いたが?」
王配はこの件についてかなり気になっているようだ。
「それは…前王が非道の限りを尽くしましたから、そう怪しんでしまう人達もいるのです」
商人がそう言うと、間近で前王を見ていたルカが顔を顰めた。
「元王都をどうするつもりだ、だってな…。北部の市に行った時に言われたよ。漁師に混じっていたんだ。まあ、その時には漁師達と打ち解けていたから彼らが庇ってくれたが、復興したその後はどうするか考えてしまった。国としては学園都市にしたいんだが、俺自身の考えは何だろうと思ったな。やはりこの国では女性の地位が低いから、それを改善せねばとは思ったが、それは国全体で取り組む事だしなぁ」
「…それだけでも十分でございますよ」
「そうかなぁ。エレオノーラならもう少し先を見ている気がするんだが」
「陛下がですか?」
商人はとても意外そうな顔をした。
「意外か?」
王配はそんな商人の顔を見てニヤリと口角を上げた。
「いえ、そんな。降灰対策の歌もですが、他の降灰対策も迅速でした。他国の商人と話す機会があったのですが、まだ対策でもめている国があるそうです」
「そうなのか?ウルカヌス国からの使者が来てから一月ぐらいは経ったよな?まぁ、基本王城内に女王反対勢力はいない…あるいは身を隠しているからか、会議は滞りなく進むからかな。小さい国だから上から下へ、下から上へ行くのが早いんだ」
「セマルグル王国ではどうだったのですか?」
商人の声が少し小さくなった。
「まず厄介な老人達がいたな…。ってベラベラと喋ってしまったが、まさか記者の仲間じゃないよな?」
「まさか!彼らには迷惑しているのですよ。競合相手に情報を漏らされた経験が何度かあるのですから!」
例の新聞社ではないだろうから、他の新聞社にやられたようだ。
「何を狙っているかとか、予算はとかか?」
「…はい。二度と煮え湯を飲まされないと誓ったのです。先輩に散々教えられたのに、つい信じてしまって…お恥ずかしい話です」
「失敗から学ぶ事もあるだろうが、情報が敵にまわるのほど痛いことはないだろう」
「ええ、本当に」
その後、いつもと違う道を進んで行った。
途中で何回か休憩をしたが、特に異変はなかった。
「直に東領に入ります。たしか、東領の領兵が待っているのですよね?」
「はい。そうです。将軍殿の知り合いが待っているそうです」
商人に言われてルカが答えた。
将軍の知り合いというぐらいだから、かなり信頼の置ける人物だろう。
「知り合い?」
「はい。先遣隊のうちの一人だそうです」
「ああ、あの時の…」
連合国軍の一員として動いてもらった人達で、彼らは将軍と共に簒奪者を伐とうとしていたのだ。
それとは別に先生が連合国軍に嘆願書を送ろうとしているのを知り、先生と将軍は合流したのだった。
「もともと東領の領兵だったそうで、復帰したのだそうです」
「東領は誅伐に行く時に通過したから、その時に会っているかもしれないな」
何十分か後に中央領と東領との境の関所が見えてきた。
関所の手前側には馬が二頭おり、手綱を持っている人物が王配の乗る荷馬車を見ているので商人の仲間だろう。
王配は荷馬車から降り、商人に礼を言った。
その間にルカは、アイズベルクの馬具を外し荷馬車から離していた。
「私達はここまでです。大変有意義な時間をありがとうございました」
「本当に助かったよ。ありがとう」
王配が右手を商人に差し出し、商人も右手を前に出してしっかりと握手した。
「今日の時間は生涯の宝になるでしょう」
「…大袈裟だろうに。俺はまだ暫く中央領の領主だろうから、また会う機会はあるだろう」
「ええ、その時はとびきりの食材をお届けいたします」
「はははっ!楽しみにしている!」
商人達に見送られ、王配と護衛の兵士達は関所を通過し東領に入った。
もちろん彼らの馬も一緒である。
「王配殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、有志の…先遣隊にいたのは貴方だな」
声をかけてきた兵士には見覚えがあった。
「覚えていてくださり光栄にございます。では早速、領城にご案内いたしますが…」
「その前に着替えた方がいいのだろう?領兵に警護されている一般人なんて余計に目立つからな」
「はい。殿下達には目立たぬように東領の兵士の格好をしていただきます」
王配達は甲冑に着替えた。
彼らの着替えはすでに東領の領城に届けてあるので、王城に帰る際にはいつも通りの格好になる。
着替え終わった頃には日が傾き始めていた。
アイズベルクは頑張りました。彼も妻子がいる王都に早く帰りたいのでしょう。




