34.王配と侍従の会話
王配はケレース王国内に例の新聞社の記者が入国しているとの知らせを受けた。
当然ながら、彼はうんざりとした表情になっている。
「また、いちゃもんつけにきたのか?考えただけでイライラするな。まったく……」
王配は肘掛けに肘をつき、頬杖をしてため息を吐いた。
なにやらブツブツと恨み言を言っている。
「殿下!ちょうど陛下からの手紙が届きましたよ!」
侍従が駆け足でやって来た。
王配の機嫌が悪くなると、笑顔でも威圧感満載になるので彼らも必死だった。
「本当か?!近くにいなくても俺の気持ちが分かるなんて流石エレオノーラ…俺の女神……」
王配は侍従から手紙とペーパーナイフを受け取り封筒を開けた。
便箋を開くと濃紺のインクで文字が書かれているのが見えた。
「いつ見ても美しい字だな。…ん?よく見ると魚がいる…。そうか、漁師の話をしたからか…。今すぐ全部読んでしまおうか、それとも時間をかけてじっくり読むか悩みどころだな…」
侍従はどちらの方が王配の機嫌が良くなるのだろうと考えていた。
「んまぁ、何回でも読めばいいか」
「左様でございますね」
王配が女王からの手紙を読み始めると、それまでのうんざりとした表情は消え穏やかになった。
そう思われたが、少ししたら王配の表情が曇ってきた。
「ああ…。エレオノーラが辛いときに近くにいてやれないなんて、駄目な夫だな」
「殿下がお側にいらっしゃらないから…かもしれません」
「ん?そうだろうか。…ああ、そうか、俺も彼女と離れると心穏やかに過ごせなくなるからな。エレオノーラもそうなのかもしれないな。まさに一心同体だな」
王配がご機嫌になり侍従は安心した。
「それにしても新聞記者もだが、南領領主の母親がなぁ…。まさか南部の市の視察の際に登場するとは思わないだろう?来るなら前もって言っておけと思う。心臓に悪い」
言われていても腹立たしいのには変わらない。
「一領主が自分の領地以外に赴く際は通常ならば連絡しておきますね」
「都合がついたので急遽参りましたとか、意味が分からん。そのわりには随分と着飾っていたな」
「殿下より着飾ってらしたとか」
王配は一応正装していたが、動きやすい格好をしていたので簡素といえば簡素だった。
しかし南領領主とその母親はかなり着飾っており、どう見ても前もって準備していたようだった。
「俺の前に出るからとか言ってたな。その癖に領主同士の話だの言って…。なのに急に王配殿下は王城では何をしてらっしゃいますの?一向に陛下のご懐妊を耳にしませんけど。だとさ。俺は種付け馬じゃないぞ」
王配は物まねをしながら言った。
侍従は南領領主の母親には会ったことなかったが、ここいう女性はいるなと思い王配に同情した。
南領領主の母は男尊女卑のきらいがある。
女王の即位の時の祝いの手紙にも、要約するとさっさと男児を産んで譲位しろと書かれていた。
他の領では領主以外からは手紙がなかったのにも関わらず、南領領主の母は無礼な内容の手紙をわざわざ送ってきたのだった。
「南領領主の母君はまだ領主についてまわるのですね。まだ成人してないとはいえ、もう十五歳になられたのですから、自分の意志で動けるでしょうに。ああ、すみません。出過ぎた口を利いてしまいました」
南領領主は物心つく前から領主をしているため、母親と姉が手助けをしてきた。
手助けといえば聞こえはいいが、実際は母親が牛耳っているのだ。
「いや、俺も…というかほとんどは同じように思っているだろう。権力から遠ざけるために学校の礼儀作法の講師をお願いしたのになぁ…。今の状況を考えたら開校は先になりそうだ」
「と言うことは、南の母君の力はまだまだ及びそうですね」
侍従は苦笑し、王配もつられて苦笑いをした。
「はあ…ちょいちょいエレオノーラの妊娠はまだかと手紙が届いているらしい。もちろんエレオノーラには言っていないがな。まさか俺に直接言いに来るとは恐ろしい」
どうやら月一で届くらしい。
王配は中身を確認せねばならない官吏を気の毒に思った。
「…まだご結婚されて一年ほどですのに、なんて無礼な!」
「何故あんな考えになったのやら…」
「やはり、ケレース王国には他の国より男尊女卑の傾向が強いと存じます。ついこの間まで女学校は塾扱いでございましたし、まだまだ女性が外に働きに出るのに抵抗があるのでしょう」
「そうか。連合国軍の女性兵士や女性医師などを見て、国民はどう思ったんだ?」
王配の出身国ではどの仕事でも女性がいたと思う。
もちろん女性が多い仕事、例えば子守にも男性がいた。
「女性兵士には単純に驚いておりました。それも後方支援ではない方もいらっしゃいましたからね。女性医師は…看護師だと思っている人が多いようでした。いえ、この国では女性の看護師がいるだけでも驚きなのですけれど」
なので、他の国は進んでいるのだなとしか思っていなかったのだ。
女性医師の存在を知った人々は大層驚いたらしい。
「そうかぁ…。女性の役人登用も当分先になりそうだな。この領城にも女性の役人はいないよな?」
「はい。女性は皆、侍女をしておりますね」
王城も女王以外の女性は皆侍女をしている。
他の領城でも、領主の親族でなければ女性の仕事は侍女のみだ。
「…女主人もいないんだよな」
「おそらくは。私が知っている限りですと女性で組織や団体等の長をしているのは、死んだ夫の後を引き継いだ女店主ぐらいですね。あるいは娘が…、しかし息子や娘婿が店主になる場合が遥かに多いです」
「そうか。セマルグルには大臣をはじめ高官に女性が多くいる。他の国でもだ。これは十年間国境封鎖されていたからではなく、それ以前からの問題なのだろう?」
王配がチラリと侍従を見ると、彼は軽く頷いた。
「ええ。陛下のお父上フェルディナンド様が改革を進めているとの噂を耳にしたことがあります。しかし、それが叶わず今の今までこのような有様なのです。実は私の姉はとても頭が良く、贔屓目でなく中央領で一番の頭脳を持っておりました」
侍従は肩を落として、もの悲しそうな顔をして言った。
「それで姉はどうしたんだ?」
「どんなに頭が良くてもこの国では女と言うだけで、仕事は侍女しかありません。どこかに嫁ぐしかないのです。姉は嫌気がさしたのか国を捨てて出て行ってしまいました。出て行ってから手紙は一通も届いておりません。国境封鎖が解除された今でも一通も届いていないのです」
侍従は何処にいるのかも分からない姉を思い、目に涙を溜めた。
「それは寂しいな…。戻って来てもいいと思えるような国にしよう。エレオノーラへの手紙にも書いておくよ」
「そんなっ!よろしいのですか?私はただの侍従でございますよ?」
彼はただの侍従と言っているが、侍従になるにも試験が設けられているし人柄も審査されている。
「なに、国民の声を届けるだけだ。きっと他にも似たような境遇の人はいるだろうしな」
「うっ…なんと感謝申し上げたらいいのか…」
「ほんのちょっと食事の量を増やしてくれれば、それでいいさ」
王配は寝る前にもう一度女王からの手紙を読んだ。
そろそろ女王の顔を見ないと、情緒不安定になりそうだったのだ。
王配はこっそり女王の持ち物を拝借しようかと思ったが、侍女に見つかり断念した。
今度からは女王に断りを入れて、堂々と持って来ようと王配は思った。
(ワルツか…。エレオノーラがいつまでたっても上手くならないのは身長差のせいだろうか。それとも俺がちゃんと出来ていないのか?)
王配は自身のせいかと思ったが、踊りにうるさい彼の母親から褒められていたので、それはないなと思い直した。
(やはり、エレオノーラは運動神経がよろしくないようだ…。もう少し国が豊かになったら晩餐会で踊りを披露せねばならない時がくるだろうから、今からきちんと練習しておかないとな…。というか、今はワルツしか練習してないじゃないか…。他のダンスを練習したらワルツも良くなるだろうか…)
翌朝の食事は少し量が増えて食べ応えがあった。
王配が執務室で腹を落ち着かせていたら少々騒がしくなった。
「殿下!大変でございます!」
侍従が駆け足でやって来た。
領城内では走ってはいけなくはないが、行儀はよくないので控えた方がよい。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「どうぞこちらをご覧下さい」
「え、新聞ってもしや……ん?」
侍従が慌てて持って来たのは例の新聞社の記事の切り抜きだった。
「侮辱等はしていないな。むしろ褒めている。どういうつもりだ?」
王配は思いっきり眉間に皺を寄せて訝しんでいる。
「はい。怪しさ満点の記事でございます」
「やたらとエレオノーラを礼賛しているな。奴等が言うと勘ぐるしかない」
「ええ、大変怪しいです」
「これはおそらく――」
おそらく……?
少しでも続きが気になる方は評価とブクマをよろしくお願いいたします!
更新の励みになります!




