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33.喜怒哀楽


 女王は何度同じ過ちを犯すのだろうと悩んでいた。

 何度払拭しても、また同じ悩みで不安になり考え込んでしまう。

 最悪な事に、今回は大臣達に当たり散らすような発言をしてしまった。

 王でなくとも人間として恥ずかしい行為だったと女王はひどく落ち込んでいた。



「陛下、王配殿下からお手紙とお花が届きましたよ」

「え?本当?」



 そんな女王を励ますかのように、侍女長のダニエラが笑顔で女王に手紙を渡した。

 王配からの手紙は相変わらず飾り気のない封筒だった。

 彼らしいなと思い、女王は少し頬が緩んだ。



「花は花瓶に入れますね」

「ええ、ありがとう…」



 女王はもしかして王配は近くにいても彼女の気持ちが分かるのではないかと思ってしまった。

 ダニエラは手際よく花の茎の長さを整えて、白い花瓶に生けた。



「綺麗な黄色い花ね。香りも少しするのね」



 ほんの僅かだが、花から良い香りがした。

 少し気持ちが軽くなった気がした。



(だけど、私がやってしまった事は変えられない…)



 明るくなったり暗くなったり、なんともせわしない。

 口元は無理に口角を上げているが、目元は辛そうになっていた。



「ですが、一輪だけだなんて殿下らしいですね」

「え?どうして?」

「大輪だと陛下がお怒りになると思われたのでしょう」

「うふふっ!花は生き物のためにあるのよって言うと思ったのね」



 恐らく大量の花を贈られたら、女王はそう言っていただろう。

 女王は自身も王配のために何か出来ないかと思案した。

 しかし何も浮かばなくて肩を落とした。




 夜になり、女王は寝室で王配からの手紙を読んだ。

 手紙には女王を気遣う内容や中央領について書かれていた。

 中央領の北部にある湖の降灰対策が書かれていたのだが、どうやらそこで漁師達の妻自慢になり、王配も女王について話したようだ。



(漁師さんと仲良くなったのね…。なんだか、前と比べたら優しい字になったような気がするわね。前の字は筆圧が強かったし、もう少し角張った字だったと思うわ)



 女王は王配に返事を書こうと引き出しから便箋を取り出した。

 どれにしようかと様々な種類の便箋を順番に眺めた。



(模様があるのがいいかしら?それとも無地がいいかしら?)



 王配相手に可愛い花柄は変だろうし、無地だと味気ない。

 箔押しだと派手なので、空押し加工か浮き出し加工されている便箋にすることにした。

 これなら派手でも地味でもないだろう。



(お魚の模様の便箋を持っていたなんて知らなかったわ…)



 女王が使用する物のほとんどは女王の趣味ではなく侍女達の趣味である。

 女王は国や世界の流行がさっぱり分からないので、侍女達に任せているのだ。

 塔から救出されてからは世界の様子を知られるようになったが、情報量が多すぎて混乱しそうになるので、ドレスや装飾品、身のまわりの物の選択は侍女達にお願いしている。

 女王はケレース国内の情勢だけで手一杯であるし頭もいっぱいなのだ。



(今日の失態を書いてもいいのかしら?貴方がいないと駄目だなんて書いたら重いわよね。まずはお花の感想を書いて…。そうだわ、西領と中央領への人員派遣について書いて…ってこれじゃあ夫婦の手紙っぽくないわね。そういえば、文通をしていた時も私はケレース王国のことばかり書いていたわ。アレクセイは読んでて楽しいと思ってくれていたのかしら?…ああ、また後悔ばかりして。あっ!ワルツの練習をしたから、帰って来たら一緒に踊ってもらえないか書いて…)



 女王は王配への手紙を丁寧に書いた。

 書き進めていると、やはり今日の失態も書くべきではないかと思えてきた。



(私から言わなくても、誰かがアレクセイに伝えるのだから私自身からちゃん言うべきよね。いえ、誰も言わなくても私から言わないと…。格好つけても身の丈に合っていなかったら滑稽だもの。深刻そうに書いていいのかしら?あんまり心配させてもいけないし…自虐のように書いてもなんだか慰めて欲しそうに見えちゃうし…。報告書のように書けばそんなに心配させないし、慰めて欲しそうにはならないかしら?そうよね。事務的な感じで書けば大丈夫よね)



 女王は大臣達の前で一人で頭巾を被るのが嫌だったところから素直に手紙に書いた。

 書きながらまた落ち込みそうになったが、気持ちを保って書き続けた。



(なんだか、反省文ってやつみたいになっちゃったわね…。後は、きちんと良く噛んで食べてね。それとしっかりと睡眠をとってね…これでいいかしら?えっとあとは…貴方のエレオノーラより…っと)



 これでいいだろうと思い、女王はペンを置いた。

 女王は便箋のインクを乾かしてから封筒に入れ、封蝋で封じた。



(私もしっかり寝なきゃね)




「先日のイグニス島での被害の続報です。これ自体はあまりうちの国には関係ないのですけど、一応お伝えいたします」



 昼過ぎに女王の執務室にやって来たのは外務大臣だった。



「どれくらいの被害が出たかってことかしら?」

「それもですが、どうやら軍人と漁師の遺族が新聞社と研究者を訴えるようです」

「ええっ?」



 予想外だったので女王は思わず声を出して驚いてしまった。

 侍女達も驚いたようで、顔を見合わせている。



「これには続きがございます。新聞社は研究者を、研究者遺族は新聞社を訴えるそうです」

「…この新聞社の今までのやり口を聞くと、そのうち軍と漁師も訴えそうね。軍が止めなかったから、漁師が船を出したからとか言って」



 今の女王の表情を見たら王配は驚くだろう。

 それだけ露骨に嫌そうな表情になっている。



「ええ、最初はそうしようとしたようですが、批判が多くてやめたようです。まぁ、現在も批判があるようですが」

「はぁ、開いた口がふさがらないって、この事のためにある言葉だわ」



 どうやら最初は危険を顧みずにイグニス島に行った記者魂を褒め称える記事を載せていたらしいが、批判を受けて軍や漁師のせいにし、挙げ句の果て研究者のせいにしたようだ。

 新聞社側は研究者を焚きつけていないと証言しているらしい。



「この新聞社はウルカヌス国の新聞社ではなかったわよね。もしかして、世界中で色んな騒動を起こしているの?」

「そのようです。実は我が国にも記者が入って来ているとの情報があります。現在確認中とのことです」

「思いっきり関係があるのね。もしかしたら何処からか情報を得て、中央領に行っているアレクセイと接触するかもしれないわね」



 新聞記者が接触するとしたら、王配の視察時や王城へ帰る時を狙うだろう。



「ええ、他の省にも連絡しておりますから、王配殿下のお耳にも届いていると存じます」

「きっと、感情を煽るような言い方をして喋らすのよ。あるいは何度も同じような質問をして少しでも違いがあったら、そこを突いてくるのよ。あとは言い間違えをしたら揚げ足を取ったりね。本当にあくどいやり方だわっ」



 女王は昨日の落ち込みようとは人が変わったかのように怒っていた。



「…はい。皆に気を付けるように伝えておきます」



 外務大臣は女王の気迫に少し圧倒されていた。



「え?ええ、そうね。何だったら国民向けに注意を出してもいいかもしれないわね」

「ではそのように宰相に伝えておきます」

「ええ、頼んだわ」



 女王はまさかケレース王国にも噂の新聞社の記者が入って来ているかもしれないとは考えても見なかった。

 何しに来たのだろうと考えても分からないが、徒に国民の心を弄ぶような記事を書いたら許せない。

 すでに女王と王配の結婚の際に悪意のある記事を書いているらしいので油断出来ない。



「その新聞社の関係者全員を国外追放とか出来ないかしら…?」

「出来ませんね」

「そうよね…って宰相いつの間に……」



 顔を上げるとそこには宰相が立っていた。

 女王はいつもなら足音で気付くので、どうやら入り込みすぎていたようだ。



「たった今です。随分と考え込まれていたようですね」

「何やら別の意味で不穏な空気が立ち込めそうなんですもの」

「はい。そこでです。報道関係者は真実を報道するため等という大義名分で大陸法で行動の自由を守られるという訳の分からないことになっているのですが、それが制定された時はケレース王国は国境封鎖をしておりました」

「…ということは、うちの国はその法の適用外なの?」

「そう言い張って追い出すのも手ですし、行動を見張ってもいいでしょうね」



 宰相はニヤッと笑ったが、すぐに普段の顔に戻った。



「国境を封鎖していただけで、採決を棄権しただけとはならないかしら?」

「たしか、その大陸法の効力があるのは採決に参加した国だけだったと思います。その法の採決に参加した国名の欄にはケレース王国は入っていなかったと記憶しております」

「パランゲア大陸の連合国に属しているけど、その大陸法には含まれていないのね」

「ええ。署名しておりません」



 宰相はキッパリと言った。

 彼がここまで言うのならば心配なさそうだと女王は思った。



「ではそう言い張ってしまえば…」

「はい。なので例の新聞社に限らず、他国の新聞記者がいたら追い出すなり見張りをつけたり出来ます」

「身の安全を守るためとか理由をつけて見張りをつけられるわね。いえ、つけましょう」

「かしこまりました」



 これで不穏な記事を書かれる心配はなくなったと女王は安心した。

 少しでも国民を不安な気持ちにさせたくないので、降灰被害以外での心労は避けたい。

 しかし、新聞記者はすでにケレース国内で取材をしていたのだった。




 最初、サブタイトルは一喜一憂にしようとしてました…。

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