32.王配、頭巾を広める
王配は湖のある北部の市から領城に戻って来ていた。
「これなんだが、どうだろうか…」
王配はジョルジョに女王が縫った頭巾を見せた。
言葉とは裏腹に王配はとっておきを披露するかのような顔をしていた。
「ああ、帽子とマスクを一つにしたのですね。これなら耳の穴にも入らないしいいですね。…殿下がお作りになったのですか?」
ジョルジョは頭巾の出来からして、侍女やお針子ではないだろうと思った。
「まさか。俺は何も縫えない。我が妻が縫ったのだ」
「ええっ?陛下がですか?」
ジョルジョは女王がここまで縫えるのかと驚いた。
専門職と比べたら上手くはないが、日常で使う分には申し分ない出来だったからだ。
「ああそうだ。綺麗な指に針で刺したような傷が増えたから何事かと思ったら、これを作っていたんだ。てっきり、またぬいぐるみの服でも作っているのかと思ったんだが、俺のために作ってくれていたんだ」
王配は惚気話を聞かせたかったようだ。
実際王配の表情はにやついている。
「調節出来るようにすれば、一人一人で寸法を測らなくても良さそうですね」
「この辺りか?」
「はい。口元を覆う部分をいじればいけると思いますよ」
王配はそうかと頷いた。
「陛下自らが発案なさったのですか?」
「多分な。本人はこれしか出来ないからと謙遜していた」
女王はいつも彼女自身を過小評価する。
これは王配が唯一女王の気に入らない部分だった。
「そんな…。十分やってくださっておりますよ。まず、王配殿下を中央領の領主にしてくださいました。これだけでどれほど、中央領の領民の心に余裕が生まれたことか」
「大袈裟だろう。実務はほとんどしていないのだから」
「名前や肩書きは大事でございますよ。殿下はそれだけではございませんけどね」
「いつから太鼓持ちになったんだ…」
王配は苦笑いせざるを得なかった。
「陛下とのお話も楽しく聞かせて頂いておりますよ。子狼ですか?ここら辺だと野生の大型獣は見かけませんね。やはり山を越えて国境を越えてきたのでしょうかね」
「そうだろうなぁ…。中央以外の領には野生動物は増えているのだろうか」
中央領以外は国境に接しているが、入国出来るのは北領、南西領、南東領からのみだ。
他は高い山が連なっているので実質不可能だ。
昔、パランゲア大陸の不可侵条約を結ばれていなかった時は東側の国が攻めようとしてきたらしいが、全滅に近い状態だったらしい。
「こちらには話は届いておりませんね。中央領は小動物なら見かけるようになりました」
主に鼠や兎などの齧歯類だそうだ。
「そのうち小動物を狙う肉食獣が来るんだろうが、人間まで襲われたら困るなぁ」
王城の厩舎に猫が住み着いたように、齧歯類を追ってより大きな肉食獣や猛禽類が来るのだろう。
「降灰の影響で山や森の実りが減ったら、生き物は人里まで降りてくるでしょうね」
「うーん、それは駆除しないといけなくなるんだろうなぁ。吹き矢で麻酔針を飛ばして保護して自然に帰せたらいいのだろうが。余裕がないと無理だろう」
正直殺してしまった方が生きて捕らえるより楽なのだ。
「生態系を元に戻したいですから、出来るなら駆除は避けたいですね」
「そうなんだが、人命優先で頼むよ」
「かしこまりました」
「虫たちもどうなるか…。蜜蜂はどうなんだ?」
蜜蜂をはじめとする花粉媒介者がいないと作物は実らない。
全てを人の手で行うとなるとかなりの労働力を有する。
「領城の近くで数匹見られたそうです。どこに巣を作るか偵察していたのでしょう」
ジョルジョは過去に見た蜜蜂の様子を思い出して笑顔になった。
「ちゃんと、この国に住み着いてくれたのだな」
「ええ、ちゃんと花がありますからね」
ケレース王国内には少しずつ自然の植物が戻って来ている。
「ああ、農務省に種が残されていたからな…」
「それだけではございませんでしょう?昨年の陛下と殿下の結婚式のお祝いに殿下の母方の伯父君から贈り物があったではないですか」
王配の母方の伯父は植物が好きなので世界中の植物を育てている。
その中にはケレース王国原産の植物も育てているので昨年の結婚式の時には贈り物の中には多くの種や球根があったのだ。
「伯父上には感謝しきれないな。蜂蜜も採れたのだろう?王城近くでも少し採れたから紅茶に入れて飲んだよ」
「ええ中央領でも採れましたよ。そのうち養蜂家も出てくるのではないでしょうか。甘い物はみんな欲しいでしょうからね」
「そうだな。商人が食糧の他に菓子を売って歩いたらしいが、かなり好評だったのだろう?」
これはマクシムから聞いた話だ。
「そう聞いております」
「何を必要とされているかを見極める。これを彼らから習ってみたい。国民と同じ視線になればいいのだろうが、生まれてこの方ずっと王族で衣食住に恵まれているからさっぱり分からない」
王配は椅子の背もたれに寄りかかり、首を傾げた。
「…先ほども言いましたが、十分やって下さっておりますよ。一昨年、農作物の授粉に連合国軍の兵士を派遣してくださりました。とても助かったと報告をうけております。嬉しさのあまり、涙した者もいたとか」
「ああ、妻は国民が何を求めているのかよく分かっていると思う。火山灰対策の歌の案も彼女だ。楽団員や劇団員が仕事を失わないようにしたようだ。だが、俺はどうだろうと考えてしまう。何かこの国の国民のために出来ているのだろうかとな。先日祖父が来た時にも相談したのだが、つい不安になってしまい、その考えが頭の中から離れてくれないんだ」
何回大丈夫だと言われれば、頭から離れるのだろうと思う時が王配にはあった。
「案を出さなくても相手の話をきちんと聞くのはとても大事ですよ。漁師と仲良くなられたそうではないですか。漁師だけでなく、職人気質のある人達と打ち解けるのは大変ですよ?」
「ハハッ!隣国の第二王子の怪しげな印象を払拭出来ていたらいいのだがな」
王配は笑うがジョルジョには空元気のように見えた。
「花の話も伺いましたよ。陛下宛に一輪の花を贈るそうですね。もっと多くなくていいのかと聞かれたそうですね」
「エレオノーラだったら花は生き物達のためにあるのだと怒るだろうと答えた。皆が驚いていたなぁ」
王配は皆の驚きの表情を思い出していた。
皆目を丸くして驚いていた。
「大体王侯貴族の贈り物は大量と相場が決まっておりますから、驚いたのでございましょう」
「あるいは見たことのない桁の高価な宝石とかか。確かに野の花一輪は一国の女王への贈り物ではないかな?」
王配はニヤリと口角を上げた。
「夫が妻へ贈るのなら問題ないでしょう」
「ああ、そうだと嬉しいんだがな。なんだか、励まされてしまった。そんなつもりじゃなかったのにな」
「若者の悩みを聞くのが年長者の役目でございますよ」
「ふっ、ジュゼッペ先生に信頼されているだけの事はあるなぁ…」
先生は一見無害そうな温厚な老人だが、長年宰相をしていただけあって鋭い指摘をしたりする。
「あの方には鍛えられました」
ジョルジョが苦笑いをしたのは、彼の若い頃を思い出したからだった。
当然先生も若かったので、今以上に鋭く厳しい言葉を投げかけられたのだ。
「そうだ。妻と二人で、先生の講義を受けようかと話したんだ」
「陛下と殿下が聴講生ですか?」
ジョルジョは驚き、近くにいた侍従も驚いている。
「ジョルジョもどうだ?」
王配は悪戯を思いついた子どものような顔になった。
「何十年も近くで聞いていましたから遠慮させていただきます」
翌日、中央領の南部の市に向かった。
ジョルジョの出身地なので彼に案内を頼んだ。
「ここら辺は牛を放牧しているのか」
丘を茶色い牛がちらほらといるのが見えた。
子牛もいるようだ。
「小規模ですが乳牛を飼育しております」
小規模とは言ったものの、ケレース王国では平均的な規模である。
それでも小規模と言ったのは、王配の母国のセマルグル王国と比較するとかなり小さいからだ。
「乳牛と言っても他のほ乳類と同じで出産後でないと乳が出ないのだろう?」
「ええ、そうですよ。子牛には哺乳瓶を使い人の手で乳を飲ませます」
「そうだよなぁ。分けて貰っているんだよなぁ。もう少し感謝しせねばならないよなぁ…」
次は増設した牛舎を見に行った。
すでに何頭か入っていて、横たわったりくつろいだりしている。
「結構しっかりとした作りになっているな。屋根が三角なのは火山灰が落ちるようにか?」
増設された牛舎の屋根は他の建物より急な角度をしていた。
「そうです。豪雪地帯はこのようになっているとの話を聞きましたので参考にいたしました」
「やはりそうか。まわりに撒いてあるのはなんだ?」
牛舎の周囲だけではなく、敷地のまわりにも白っぽい粉が撒かれていた。
「石灰ですよ。感染症予防に撒いてあるのです」
「そうか。土壌の酸性化を中和するために輸入したが、あまったら酪農家に回せるかもしれないな」
「それは有り難いですね。十年間は外国から人が来なかったので感染症もそんなに心配しなくてよかったのですが、今は人の出入りが激しくなっているので必要なんですよ」
「野生の動物が運んで来たりはなかったのか?」
「獣は見つかり次第、食糧や毛皮にされていましたからね…」
食糧難から生き物であれば捕らえて食べていたらしい。
鳥や鼠はもちろんだが、虫や爬虫類等も食していたそうだ。
「ああ…そうか……」
そりゃこの国に動物が寄りつかなくなるなと王配は思った。
サブタイトルを思いつけなかったです…。
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