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31.不在

 タイトルをいじりました。


 女王は一人で広い寝室にいた。

 一人でいると考えなくてもいい事をずっと考えてしまう。

 以前アンドレイから十分やっていると言われたが、本当にそうだろうかと自問自答してしまうのだ。

 自分の過小評価は悪い癖だと女王は思った。

 しかし、自身のいい所は何も浮かばない。

 王配がいたらきっと何かを言って励ましてくれるのだろうが、彼は今中央領に行っているので言ってはくれない。

 一週間ほどで帰っていると分かっているのに、ちっとも心が落ち着かない。

 一年間会えなかった時に比べたら遥かにましなのに、全然そんな気がしなかった。



(はっ!そうだわ。ワルツの練習をしましょう。体を動かせば少し気が紛れるのではないかしら?)



 女王が苦し紛れに思いついたのはワルツの練習だった。

 王配がいるつもりで構えて、足をゆっくりと動かしてみた。



(こうして…こう…)



 女王なりに頑張っている。

 姿勢も良くなったし、足元を見なくなった。

 問題は音楽と合わせられるかである。



(あ、ワルツは三拍子だったわね……)




 女王はワルツを三拍子で練習した後、小説の続きを久しぶりに読もうと思って本を手に取った。

 どのような話だったのかは覚えているが、一応前に読んだ時の最後のページを確認した。

 いつかの女王自身のように本物か疑われている場面だった。

 今は存在を疑われているので苦笑するしかない。



(やっぱり姿を見せるのが一番よね…。それに本人だと証言してくれる人…、出来れば身分の高い人よね。官の前での私の生存公表はジュゼッペ先生の前の宰相に証言させたわ)



 女王の生存公表は塔から救出されてすぐに行われたのではなかった。

 王族を恨む者がいるのが推測されていたので身を隠していたのだ。

 実際に公表した際に悪態をつく者がいた。

 彼らは今も王城に勤務しているが、特に女王に危害を加えようとはしていないようだ。



(ああ、いけない。小説を読んでいるのだったわね)



 女王は気を取り直して小説を読み出した。



(なんか、どれも私が体験したことがあるような話よね…。キール…キリル……)



 王配がいつだったか、大公の名前を言っていた。

 筆名を使っているのかと言っていたと女王は記憶している。



(……考えすぎるのはよくないわよね。切りのいい所まで読んだら、もう寝ましょう。疲れているから、なんだかそんな気がしちゃうのよ)



 女王はカーテンの隙間から夜空を覗き、そして眠りについた。




「おはようございます」

「おはよう」



 女王は大会議室に来ていた。

 当然だが、王配は不在だ。



「それでは始めます」



 いつもの事ながら、朝から会議だった。

 内容は降灰対応が遅れている、西領、中央領、北東領についてだった。

 これは昨日、宰相と法務大臣と話し合って派遣する人員の確保が出来たと伝えた。

 人員の内訳を説明すると異論はなかった。

 異論を言われて時間をくってしまうのは避けたかったので安心した。



「モコシュ大公国から布が届きました」



 外務大臣は実際に届いた布の一部を見せた。

 話には聞いていたが、薄いがなかなか丈夫そうな布だった。

 これなら作業に手間取らなさそうだ。



「早いわね」

「在庫がいくつかあったようです。一緒にマスクや手袋も届きました」

「マスク…」



 女王は先日の頭巾型のマスクを思い出した。

 あれには不具合があったので黙っておこうと思った矢先だった。



「そういえば、陛下がマスクを作っておられると小耳に挟んだのですが、本当でしょうか」



 言ったのは侍従長だった。

 多分侍女達から聞いたのだろう。



「ええ、本当よ。帽子と一体型の頭巾のような形のマスクを試作したの。着脱が楽かと思ったのだけど、夏につけると熱が籠もりそうだし、耳もふさがっているから音が聞こえにくいの。当然マスクで口元が隠れているから、大きな声で話さないと会話が成立しないのよね」



 女王はあまりに不格好だったので、現物を見せたくないと思った。

 なので先に問題点を沢山言っておく。

 そうすれば、彼らの興味を削げられるだろうと思ったのだ。



「聴覚の良い陛下でさえ聞こえづらいのでしたら、我々が着用したらより聞き取り困難でしょうね」

「ああ、そう言えば、それらしき物を王配殿下が中央領に持って行かれましたね」



 将軍は思い出すように左側を見ながら言った。



「ええっ?」



 女王は驚いて椅子から立ち上がった。

 大臣達はそんな女王の様子に驚いてポカンとしている。



「なっなんで…」



 女王は力が抜けてポスンと椅子に座った。



「殿下の性格を考えますと、中央領で広めようとしておられるのでしょう」

「改善点があるし、あんなに不格好なのに…」



 女王が変な物を作ったと思われるのだろう。

 中央領の人々は女王に対して変な印象を抱くのだろう。

 そう想像しただけでも心が沈んでいく。



「寒い地域ですと、目出し帽のような物を被っておりますよ。陛下がお作りになった物は見ておりませんが、話を聞く限り同じような形だと思います」



 宰相はケレース王国以外にも訪問歴があるのでどこかで見かけたのだろう。

 女王はそう推測した。



「見慣れないから変だと思うだけではないでしょうか」



 将軍は何故か笑顔だ。



「そう…かしらねぇ…」

「実物をお見せいただけますか?清掃作業の際に使用出来るかもしれません」



 侍女に頼んで頭巾を持って来てもらった。

 ただし、女王が作った物ではなく侍女達が作った物であるので出来が良い。

 縫い目は揃っているし真っ直ぐなのだ。


 女王は侍女達が作った頭巾を見て、さらに不安になった。

 今頃王配までが馬鹿にされているのではないかと思えてきたのだ。



(どうしましょう…アレクセイごめんなさい……)



 自分なりに上手く出来たと心のどこかで思っていた。

 しかし、侍女達が縫った頭巾と比べると天と地の差があったのだ。

 侍女が縫ったものは、かなり顔を近づけて見ても綺麗な縫い目をしているが、女王が縫ったものはそうではない。

 少々乱れがあったのだ。



「陛下いかがなさいましたか?」



 女王は視線を手元の頭巾から宰相に移した。

 すると宰相以外も女王の方を向いているのに気付いた。



「え?何でもないわ大丈夫よ。それでこの頭巾はどうするの?もし使うのならば今から作らないと間に合わないわよね」

「…という話を今しておりました」



 全く聞こえていなかった。

 かなりの衝撃だったので耳に入らなかったようだ。

 しまったと思い必死で誤魔化そうとした。



「…確認よ。確認……。そうね王配とは音の聞こえづらさをどうするか話したわ。耳の部分に穴を開けたら火山灰が入って来てしまうかもしれないでしょう?ならば大きな音がなる物を用意して指示を出す時に注目させて…。そうね、旗のように一目見て指示が分かる手段があるといいわね」

「ええ、そうですね。まずどのくらい聞こえづらいのか分かりませんので確かめてみたいのですが、こちらは女性用ですので我々だと頭が入りません。申し訳ないのですが、陛下に被っていただきたいのですがよろしいでしょうか?」



 宰相がさらりと言った。

 女王は大勢の前で一人だけ頭巾を被るのは見世物のようで少々嫌だった。

 恥ずかしいと思ったのだ。

 珍妙な光景だと思ったのだ。



「…構わないけど、他にも話すべき内容が山積みだったと記憶しているわ。それなのに会議を中断していいのかしら?それに女性ならば頭巾を被るのは誰でもいいと思うのよ。それとも何かしら?私にはそれくらいしか出来ないとでも思っているのかしらね。私はただ貴方達の報告に頷いていればいいと、書類に署名していればいいと。随分と馬鹿にされたものね」



 何故かスラスラと言えた。

 こんな不思議な経験は今までなかった。



「そのようなことは一切はございません!」

「そうかしら?現に否定したのは財務大臣だけだわ。…さあ、早く話を進めて。国民はどうなっているの?困窮者は?食糧はきちんと行き渡っているの?どれくらい持ちこたえられるの?季節風による被害想定は?それはいくつ出せたの?避難場所は確保出来たの?非常時の医療体制は?」



 またスラスラと言えた。

 女王は自分じゃないみたいだと思い、気持ち悪さを感じた。


 王配がいたら女王を止めただろうが、いないので誰も女王を止められない。

 最初は頭巾を被るのを拒否しようとしただけだったが、それがきっかけとなって女王が心に留めていた言葉が溢れ出てきてしまったのだ。


 女王はずっと自分が必要なのかと悩んでいた。

 王配は必要だと言ってくれたが、それは配偶者としてだろう。

 女王の存在がこの国に必要なのかと思ったのだ。

 もう大丈夫だと思っていたが、やはりまだ心の奥底にあったのだ。



「申し訳ございません。本来の会議に戻しましょう」

「…ええ、私も言い過ぎてしまったわ。会議を続けて」



 子どもみたいに喚いて、謝らせるなんて最低な人間だ。



(こんな王様が国民を守れるの?)



 国民だけでなく、両親にも王配にも顔向け出来ない。

 なんて恥ずかしいのだろうと女王は思った。



(ちゃんと話を聞かないと…)



 自分自身の愚かさに嫌になったが、今は自分の愚かさを嘆き悲しんでいる暇はないのだ。

 女王は握り拳を作り必死に話を聞いた。




 侍女達は女王とお揃いの頭巾を作りたかっただけです。

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